016桐生院一年戦7ここまでか?
もともと小柄の方だ、体格も野球選手にしてはあまりにも細すぎる。
だから、いくら溜め込んでも限界がある。
そう、冬馬にはスタミナが無かった。
カキーンッ!!
またも、軽快な金属音がグラウンドに響き渡る。
セカンドランナーがホームインして、ついに桐生院に得点が入った。
将星ナインに静かなる不安が渦巻いていく。
七回表 桐2-4将 1アウト ランナー1・3塁
1アウトをとったものの、三連打を許し、ついに一回以来の失点。
悲しいかな、スタミナがなくなってくると頼みのコントロールも悪くなる、そうなるとコントロールで勝負していた冬馬にとっては致命的だ。
この終盤にして相川が危惧していた事が起こり始めた。
タイムをかけ、マウンド上に駆け寄る相川と、内野陣。
相川「…」
肩で息をする冬馬、明らかに顔には疲労の色が見え始めていた。
冬馬「はぁ、はぁ…」
吉田「ここまでか?」
相川「そうだな、さすがに限界だろう」
冬馬「そ、そんなことありません!まだ、いけます!」
必死で手を振ってみせる、冬馬。
平気さを見せたいようだが、痛々しい以外の何者でもない。
冬馬「…はぁ、はぁ…」
御神楽「ふっ、愚民は大人しくしてればいいものの…」
冬馬「い、いけます!!」
冬馬の叫びに周りは唖然とした。
大場「ふ、冬馬君?」
相川「ムキになるな、練習試合だぞ?」
冬馬「俺にとっては…俺にとっては大事な試合なんです!!」
吉田「…大事な試合?」
冬馬「やっとここまでこれたんだ!このマウンドに立てたんだ!…だから」
冬馬の言葉には何か訴えるものがあった。
相川「…ふぅ、どうしたもんかな」
冬馬「お願いします…!」
吉田と相川は二三度会話を交わした。
吉田「じゃあ、この回だな」
相川「…そうだな、この回押さえ切ったら、最後まで行こう」
御神楽「ふっ、愚民と言うものの心は理解できないな…後にはこの帝王たる僕が控えていると言うのに」
冬馬「…ふんだ、お前なんかには回さないよっ」
強がりもここまで来ればたいしたものだ。
今までの冬馬は大人しく謙虚で、ここまで意地を張るような奴ではなかった、が必死なのだろう。
気迫は伝わってくる。
『四番、サード布袋!』
相川(不幸ってのは続くもんなんだな…)
この場面でこの打者、今の冬馬じゃ到底押さえきれそうにない。
相川(しかし、どうしようもない、か)
言った以上は、アイツを信じるしかない。
マウンド上の冬馬を。
しかし、現実はそう甘くないようだ。
カキィィィィーーーーーンッ!!!
冬馬が投じた一球目、…それを布袋は豪快にフルスイングでレフトスタンドに叩き込んだ。
冬馬「―――っ!!??」
3ラン、逆転の一発だった。
勝てるかもしれない、と言う希望を打ち砕くには十分だった。
冬馬「あ、ああ…」
相川(…やられた、か)
コントロールが甘かった、高めに浮いた球を振りぬかれた。
布袋がゆっくりとベースを周りきると、ぽん、と冬馬の右肩が叩かれた。
御神楽「…代われ愚民、貴様にはもう無理だ」
冬馬「…」
御神楽「貴様の意地で勝つチャンスを逃したのだ」
冬馬「…」
吉田「惜しかったな冬馬、ま、次があるさ」
冬馬は帽子を深くかぶる、顔から上の表情がわからなくなった。
冬馬「…はい、すみません」
『ピッチャー冬馬君に代わりまして、御神楽君、そしてショートに冬馬君が入ります』
ちょうど、ショートとピッチャーが入れ替わる形になって、交代した。
後続を御神楽が抑えて七回表が終了した。
そして迎えた、九回裏、桐5-4将
将星高校最後の攻撃が回ってきた。
円陣を組む将星高校ナイン。
吉田「まだ負けたわけじゃない!ここからだ!」
相川「気合入れていくぞ!」
全員『おっす!!』
『バッター、九番冬馬君!』
冬馬「責めないの…?」
降矢「はぁ?」
コールがかかったのにも関わらず冬馬は降矢の前に立っていた。
冬馬「俺が…俺が打たれたんだ、俺のせいで…」
降矢「言いたいことはそれだけか?」
冬馬「…え?」
降矢「用がないなら早くバッターボックスに立てよ、そんで俺に回せ」
冬馬「どうして?いつもなら、俺のこと散々に言うくせに…」
降矢「いいから、行けよ殴られたいのか?」
冬馬「…降矢」
降矢「今、お前責めてどーなるんだ?わかるか?いいからランナーに出て、俺に回せ」
冬馬「…わかったよ、降矢!」
降矢「うぜえな!早くいけっつってんだろ!!」
冬馬「わ、わかったよ!」
冬馬は慌ててバッターボックスへと走っていった。
緒方先生「…降矢君、冬馬君を責めないの?」
いつもの性格の悪い降矢なら、仕方なく打たれたことでも心をえぐるような言葉を、容赦なく突きつけるはずだ。
降矢「だから、時間の無駄だって言ってんだろ。確かにいびんのは楽しいけど、それでどーなるんだ」
降矢は冬馬の方を見ながら言った。
降矢「俺はこのまま負けるなんて絶対に嫌だね。それにここで思いっきり言ってすっきり終わるよりも、後で散々言ってやったほうが、心が傷つくだろ…ひひひ」
いやな笑いが響いた。
緒方先生「まったく、降矢君は性格が良いのか悪いのかわからないわね」
降矢「アンタに決められる覚えはない」
そしてマウンド上の望月は…。
布袋「望月、肩は大丈夫か?」
望月「…肩?」
布袋「隠してたつもりだろうが、かばって投げてることぐらいわかったさ」
(―――降矢「暴力なら負ける気がしないね」
望月「単に負けるのが怖いんだろ、臆病者。聞く耳持たずもここまで来ると芸術品だな」
バキィ!!
気がつくと望月の『右肩』を力の限り殴っていた。
降矢「言いたいことはそれだけか」
望月「うげぅ…ぐっ、お前は試合しても負けても、逃げても、どっちにしても負け犬なんだよ!!」―――)
そう、あの時、降矢に殴られた右肩である。
望月「…ばれてたか?」
布袋「まあ、な。七回辺りからか、球威が衰え始めたのは…。肩、痛めたのか?」
望月「…ちょっと、な」
布袋「まあ、いい。後一回だ、この回さえ抑えればもう終わりだ」
二人はバッターボックスに立つ冬馬を見た。
そして、無言で頷いた。
「プレイ!」
望月(…まさか、アイツに殴れらたのがここまで痛むとは思わなかったな…つくづく最低な野郎だ)
悪態をついても痛みが引くわけではない、今できることは全力でミットに投げ込む事だけだ。
望月の左足が上がり、右腕がしなる!
ズキン。
望月「―――!?」
激痛が走ったのはその時だった。
冬馬「!」
バランスを崩した望月が放った球はミットではなく、冬馬の方へと向かっていった。
相川「冬馬ーっ!!!!」
吉田「よけるんだーっつ!!!」
…しかし冬馬はよけようとはしなかった、むしろ球に向かっていく気迫が漂っていた。
降矢「………っ!」
ドコッ。
鈍い音ともにボールは冬馬の腹部に当たった…!
冬馬「うわぁっ!!」
そのままグラウンドに倒れこむ冬馬。
大場「冬馬君!」
県「冬馬君!大丈夫!!」
将星のベンチ全員が冬馬のもとへと向かう!
うずくまった冬馬はうめくように、何か一言二言口を開いた。
冬馬「ううっ…!」
降矢「馬鹿かテメェ。なんでよけなかった」
冬馬「…降矢、俺、ランナーに出たよ……!」
痛々しい笑顔だが、ひたすらにまっすぐだった。
降矢「…!」
降矢の目が見開いた。
相川「…」
吉田「冬馬、お前…」
冬馬「絶対に勝つんだ…だから、信じたよ、降矢」
降矢「…ヒーロー気取りか…」
いつも通りの容赦ない返事だったが、いつもよりかは幾分か柔らかかった。
御神楽「…愚民と言えど、その心意気、無駄にはさせんぞ」
吉田「み、御神楽?」
急に雰囲気の変わった御神楽。
その目には今までとは違う光がともっていた。
御神楽「この帝王である僕もむざむざアウトになるわけにはいかんな」
くるり、とバッターボックスの方をむく。
県「み、御神楽先輩…頑張ってください!」
三澤「御神楽君、頑張って」
相川「自称帝王が、ここで終わるんじゃないぞ」
御神楽「ふ、貴様達の心意気、しかと受け取った」
変化は訪れていた。
実際に試合を行うことによって、いやでもチームプレーが必要になってくる。
試合前よりは確実に彼らの絆は強まっていた。
降矢「ドイツもコイツも…、馬鹿ばっかりか」
降矢はまとまりつつあるチームに対し、苦笑を浮かべるだけだった。