015桐生院一年戦6打ってやろうじゃねぇか























そして試合は五回裏、桐1-4将






2アウトで打順が回ってきた。

椅子においてあったヘルメットをバットで引き寄せて、かぶる。



『五番、ライト降矢君』



相変わらず、このグラウンドにはあまりにも似合わない金髪が日を受けて光る。

いつのまにか太陽はわずかばかり西に傾き始め、眼下の影は少しづつ伸び始めている。

正直、暑さにはうんざりしていた、もともとスポーツ少年で無い上に、タバコがまずかった。




降矢「き、気分悪ぃ…」



長い間日光に当たっていたので、やられたらしい。

しかし、ここで倒れるのは格好が悪すぎる。

揺らぐ景色をぴしっと定め、回る頭を止めて、バッターボックスにむかった、そしてもうタバコはやめよう、と思った。

目つきの悪い目をさらにしかめてマウンド上の宿敵を睨みつける。




望月「ようやくお前に借りを返すときが来たな」

降矢「へっ、ほざけちんちくりん二号が、お前ごときのレベルで俺に勝てると思ってんのか?」


相変わらず口の減らない両者、先ほどの相川と弓生の無言の戦いとは正反対だ。


望月「さて、無様に三振か、それとも力の差を感じさせる内野ゴロか。三秒やる、選んだらだどうだ?」

降矢「テメェの顔面を砕くピッチャーライナーか、あの世の果てまで飛んでいく場外ホームランだな」



まさしく、ケンカの売りあいだ。

両者の顔も先ほどから険しくなりっぱなしのまま。

一触即発、お互いがお互いを完全に格下と見て会話している、その所為でお互いの怒りはさらに上がっていく。




降矢「いいから速く投げてきやがれ!!こっちはお前を殺したくてうずうずしてんの!!」



先にキレたのは降矢だった。

スポーツという名目でこのちんちんりん二号を『殺す』。

…とは言葉のあやだが、二度と降矢に逆らえないようにするには絶好の場面だ。

顔面めがけてピッチャーライナー、偶然当たっちゃいました、でごまかせる。

もちろん、わざと、という証拠は無い。

しかし、相手に確実に当てる技術も無かった。




悔しいが、先ほどまでのピッチングを見てる限りではコイツの実力は相当なものだ。

あの対戦の時よりもはるかに上がっている。

だからといって、むざむざ負けるのは降矢のアイデンティティに反する。

打てないにしても相手に一泡ふかせて…いや。




降矢「だせぇーのは嫌いなんだ、絶対に打ってやる」





相変わらず基本を無視した構え、最初から大きく腰をひねったままで止めている。




阪神の濱中の竜巻打法に近いが、あれよりももっと露骨にひねっている、ほぼ相手に背中を見せているほどだ。

それはこの方が打ちやすい、というそれだけの理由だったのだ。

最初はそれほどひどくなかったのだが、練習のたびにそのフォームはひどくなっていった。

専門家…解説者から見れば「ひどいものだ」と言って目をそむけるだろう。





対する望月は基本に忠実な綺麗なオーバースロー。

本に載っているお手本とまではいかず、少しスリークウォーター気味だが、専門家から見ても十分賞賛に値するだろう。





不良上がりの降矢。

中学の時は世界大会のゼッケンをももらい、野球エリート人生でここまできた望月。




何から何まで正反対の二人が、再び同じグラウンドにたった。







望月「行くぜ!降矢!」



振りかぶってからの、望月の第一球!

望月「おらぁっ!!」

気合十分の球…まずはスライダー!!



ギュウンッ!!!



降矢「!!」

ズバァン!!!

『ストライクワンッ!!』






降矢は口笛を吹いた。


降矢(…こいつは、中々きついな)



最初に対戦した植田の変化球とは、段違いだ。

キレも変化量も、スピードすらもこちらの方が一枚も二枚も上手だ。

流石は一年エースといったところか…!





降矢「けっ、やるじゃねーか」

望月「お前に言われると、虫唾が走るね」

降矢「皮肉ってことに気づけねーのか、バカ」

望月「ま、言いたいことなら、アウトをとられた後にいくらでも言えばいい!!」





二球目、内角ボールのシュート。

右ピッチャーである望月のシュートが右バッターである降矢の内角に鋭くくいこんでくる。



しかし降矢は全くよけずに、不動のままそこに立っている。

何度も金属バットでぼこぼこにうちのめされた彼にとっては、石のボールも他の選手に比べれば恐怖ははるかに低い。







三球目は外角に外れるストレート、これでカウントは1-2。



しかし、今は決してバッター…降矢にとっては有利なカウントではない。

わざと外しているのがわかるからだ、それだけのコントロールが望月にはある。






冬馬「…すごい」

相川「だろうな」

冬馬「今のストレートも、さっきのシュートも…」



遙かに自分よりは格上だった、わかってはいたけど、こうも見せ付けられると、謙虚な冬馬でも同じ投手としてのプライドが悲鳴を上げる。



相川「比べる事が間違ってんだよ…望月は実力だけ帝王実業の奴らと同じレベルだって言われてるんだ」






東京都立帝王大学付属高校…去年見事、甲子園春夏連覇を果たした名門中の名門高校。

そこと同じレベルだと評される男が、いま自分達と対戦しているのだ。

そう考えると、冬馬の体が一瞬震えた。




そして、その男から一度とはいえ屈辱を味あわせた男が、今バッターボックスに立っている。


冬馬(もしかして実は降矢ってすごいのかな?)


冬馬の頭の中にその疑問が浮かんだ。










降矢「ボール、ボール、怖いのか?俺が?」

望月「いいぜ、じゃあ俺の本気をみせてやるよ!」


降矢(本気?)



今まで見せた球はスライダー、シュート、ストレート。

これで本気が先ほどの植田と同じただ速いだけのストレートだと言うなら、お笑いだ。



降矢(スタンドに運んでやる)



望月がゆっくりふりかぶる。



望月(打つなら打ってみな、金髪野郎!!)




ビシィッ!!!





腕がしなり、ボールがキャッチャーミットを目指してむかっていく。

しかし、スピードは今のストレートよりも遅い、キレというキレも、ノビもない。



降矢(笑わせるぜっ)



気持ちだけを吐き捨て、ひねった腰の力を思い切り放った!


相川「!!」

冬馬「!!」

















―――――フッ!





















降矢「何!!!」


ボールはいきなり視界から消えた。

まるで魔法のように。



降矢「き、消えた!??!」




スイングするがボールは当然そこにはない。




ブンッ…ズバンッ!!!



「ストライクツー!!」



降矢「何だと!!」



振り返ってキャッチャーミットを見ると、見事にボールはミットに入っていた。


降矢「…これは」



そして見下ろすと、ベースの少し前にグラウンドの土の色が違う場所があった。



降矢「…ワンバウンドした…ってことか」



そう、消えたのではない、落ちたのだ。

消えたボールの正体は、落ちる球…フォークだ。









冬馬「―――!」


冬馬は開いた口がふさがらなかった。


相川「なんて、落差だ…」

御神楽「僕の球よりも落ちている…!」



高めに来たボールがワンバウンドしてミットに収まっているのだ、信じられない落差だ。

プロと言えど、こんなフォークを投げられる選手は限られてくる。



御神楽「…今までの打者に対してはあのボールは投げていなかった、とっておきという奴だ。愚民ごときにこの僕がなめられるとは思わなかったな」



相川「望月も、降矢に対しては目の色が違うな。相当あのことを根に持っていると見える」
















望月「これが、俺の本当の実力だ。お前と勝負した時には投げていなかったけどな」

降矢「あっそう」


驚くかと思えば、軽く流した。

本当に降矢の言動は読めない。


降矢「それがどーした」


軽くバットを回して、構えに入る。


望月(…なんだ、その態度は…?まさか、また何か打つ秘策を見つけたと言うのか?)


一縷の不安が望月の頭を巡ったが、それはすぐに払拭された。


望月(このフォーク、そうそう打たれてたまるか!!)






カウント2-2からの、五球目。

もう一度フォークで来る、降矢はそう思った。

読みとか計算とかいうタイプではないが、わかってても打たれないその『フォーク』を投げてくるに違いない。



人差し指と中指の間に挟んだボール。


望月の第五球目!!!


















―――くるり、と降矢は後ろを向いてバッターボックスから出て行く。

















望月「な!?」

冬馬「何で〜〜っ!?」


もちろんボールはストライクゾーンを通り落ちてミットに収まる。


「ストライク!バッターアウト!!!」


審判の宣告の前にもう降矢はベンチに向かっていた。




愕然とした表情の望月、そして両ベンチの選手。

かつてこんなことがあっただろうか?

ボールがミットに収まる前に勝負を放棄してバッターボックスを出て行くことなど。



望月「…おい!金髪!何を考えてるんだお前は!」

降矢「…今回は勝負しないだけだ」


…勝ちも負けも無い、そこにあるのは試合から逃げた、という降矢の卑怯な態度だけだった。


望月「―――!!」


降矢は、足を止めた。


降矢「何だよ、その目は?ま、たかが野球で勝てるからって人生決まらないぜ?」


それだけを言い捨てると、再びベンチに向かって歩き始めた。










望月(…くそっ!アウトをとったってのに、何だこの悔しさはっ!!)


今までの野球人生の中で、あんな奴見たこと無い、いやあんな行為、あるべきことじゃない。


望月(くそっ!次に回ってきたら完膚なきに叩きのめしてやる!!)








その後も、望月のピッチングは冴え渡り、将星打線に付け入る隙を与えない。








そして試合は終盤。


『七回』冬馬のピンチを迎える!















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