013桐生院一年戦4ふんばりどころ、か
降矢の打球はフェンスを越えた…満塁ホームランだ!!
一回裏 桐1-4将
降矢がベースを踏んでいくごとに、打球の方向を見ていた植田の顔が青ざめていった。
ようやく現実を認め始めたのだろうか、決して暑いから出てきたのではない汗を大量にかいていた。
吉田「降矢ぁぁーーーっ!!」
降矢「うおっ!?」
ホームベース上には先に到着していた面々が待ち伏せていた。
吉田「このこのこのこの!」
ガンガンガンガンガン!
めちゃくちゃに、にやけた顔で痛いほどに肩を叩かれる、まったくもって感情がわかりやすい人だ。
降矢「痛い、痛いって」
県「ふ、降矢さぁぁーーーん!!!」
こちらは感動したようで、ガシィッと勢い良くベースを踏んだ降矢の両手をにぎり、ぶんぶんと上下に揺らし始めた。
降矢「おおお」
県「すごいです!すごいです!すごいです!さすが降矢さん!!かっこよすぎです!くはーーー!!」
お前は、アイドルのおっかけか。
大場「ふふふふふ降矢どーん!!」
降矢「いい加減うざいわっ!!」
突進してくる怪物の腹に突、き出した右足がつきささった。
大場「はぶぉふぉっ!?」
みぞおちに入ったのだろう、妙な叫び声をあげながら巨体はゆっくりと沈んだ。
相川「…流石だな」
御神楽「ふん、奇跡というものが起こるという事がこれで証明されたな」
冬馬「ふ、ふんっ!」
どうやら、素直に喜べない人もいるようだが…。
緒方先生「やったわね、降矢君!もしかしたこの試合、勝てるかも…」
降矢「ってか、これぐらいで浮かれてんじゃねーよ」
周りを黙らせる冷静な声。
ケースに放りこんだバットが二三度音を立てた。
降矢「お前らさっきまでさんざん相手は桐生院だ、とかほざいてたくせに、なんでここまで喜べるかね。見ろよ」
降矢が親指で指した先には、ちんちくりん二号…もとい、一年生エースの望月がピッチング練習を終えようと、全力投球に入っていた。
降矢「まだ一回、しかもここまでは前座だ」
どかっと、腰をベンチの右端におろす。
降矢「桐生院とやらの本気を拝めるぜ」
『ピッチャー、植田君に変わりまして、望月君!』
確かに目の色が変わっていた、さきほどまでのあざけるような笑みはそこには無く、代わりに焦りとも悔しさともいえる真剣な表情が桐生院ベンチに並んでいた。
植田「…」
笠原「肩を落とすな、いい経験になっただろう」
植田「…はい」
桐生院監督、桐生院を何度も甲子園に導いた名将笠原(かさはら)監督が、植田の肩をたたく。
笠原「植田、望月のピッチングを目をそらさずに見ていろ」
笠原監督のメガネの奥の目が、光った。
『六番、キャッチャー相川君』
相川「さて…降矢の言うとおり、あちらさんも本気を出してきたようだな」
マウンド上でピッチング練習を行う望月にはおちゃらけた顔は無く、そこには「一年生エース」がいた。
「プレイ!」
相川(まずは様子見だな…この前見たときもそうとうストレートは速かったが)
二三度、足場をならして望月は振りかぶった。
ズバンッ!!!!!!
…先ほどの植田とは比較にならないストレートが、キャッチャーミットに吸い込まれた。
「す、ストライク!!」
吉田「なっ!!」
冬馬「は、速い!!」
県「この前よりもずっと…!!」
降矢「ようやく、か」
ズバンッ!!
「ストライクツー!!!」
相川(お、おいおい…冗談じゃないぜ、これが桐生院の本気だってのかよ…中々きついな)
植田もたしかに『球速』は速かった。
…しかし、望月の球とは『ノビ』が違う。
打者の手前で何度も加速してくるような錯覚に襲われる。
球の『ノビ』があるストレートは実際の球速よりも速く見せ、打者にとっては二倍にも三倍にも打ちにくくなる。
しかし、黙っているわけにもいかない、バットは降らなければ当たらないのだ。
相川「くあああっ」
スイングをしにいくために右足を踏み込んだ。
ドバンッ!!!
…がすでにボールはそこにはなかった。
相川(スイングすら、させてもらえんだと…!)
スイングする前に、ミットにおさまっていたのだ。
ストレートでの三球三振、これが『全国』の桐生院だった。
ズバーンッ!!!!
「ストライクバッターアウト!!!」
その後、七番の能登も三球三振に倒れ、一回の攻防が終了した。
降矢「後八回、どこまで持つかな」
わざと挑発的な言葉で冬馬の方を振り返った。
冬馬「…くっ!見てろよ、降矢!」
降矢「せっかく逆転してやったのに、とんだ言い草だな」
冬馬「…ぐ、ぐ〜…」
言葉が出なくなったのか、うつむいて低い声でうなり始める。
冬馬「…お、俺だって!」
その後、それだけを言うと全速力でマウンドに走っていった。
相川「あんまり、怒らせるとコントロールがにぶってくるぞ」
降矢「それをコントロールするのがキャッチャーっす」
相川「言ってくれるな」
降矢「だって、そうでしょ?」
相川「相変わらずムカつく奴だ」
相川はふっと、苦笑してキャッチャーマスクをかぶった。
『六番セカンド、上之宮君』
冬馬「絶対に抑えてみせる…!!」
相川(…さて、逆転の後の回、か…踏ん張りどころだな)
桐生院ナインは怒りに燃えていた。
格下の、しかも無名の高校に三点差で負けているのだ。
…しかし、それが冬馬にとってはプラスに働いた。
ガキリッ!
「くそっ!!」
鈍い音の後、ボールは平凡なファーストフライ。
ガキンッ!!
セカンドゴロ。
コキッ!!
「ああっ!」
ピッチャーゴロ。
『スリーアウト、チェンジ!!』
冬馬「や、やった!!」
打ち気に走る打線に対して相川のリードが冴えた。
すべて、打ち取ったボールに対してはストライクゾーンを投げていない。
つまり、桐生院はことごとくボール球を打たされていた。
スライダーとカーブ、そして勝負どころのストレート。
そのどれもが決して一線級とはいえないが、コントロールで何とか抑えていく。
対しての望月はバットにすらかすらせない、踊るようなピッチングで将星高校のバッター相手に三振の山を築いていく。
そして三回、再び一回の得点のチャンスメイカーとなった弓生に打線が回ってきた。