011桐生院一年戦2さぁこっちの番だ
ガキッ、とつまった音が地面に跳ねた。
ゆっくりと転がったボールはショートからファーストへと送球される。
『スリーアウト!チェンジ!!』
冬馬「よし!」
犠牲フライで一点は取られたものの、なんとか最少得点で桐生院打線を抑えた冬馬。
吉田「冬馬ー!ナイスピッチング!!」
マウンドからベンチへひきあげる途中で右肩を思いっきり叩かれた。
冬馬「痛てて…キャプテン、強く叩きすぎですよ」
涙目だが本気で嫌がってるわけではない。
吉田「はっはっは!」
相川「なんとか一点ですんだか…」
県「でも相手はあの桐生院ですよ、すごいです!」
降矢「何浮かれてんだボケが」
大場「ふ、降矢どん…」
降矢「腑抜けたピッチングしてんじゃねぇぞ、ぶち殺されたいのか?このちんちくりんが」
相川「降矢、言いすぎだぞ。冬馬はあのピッチングだからこそ桐生院打線相手に一点ですんだんだ」
降矢「相手一年なんでしょ?ボール前に飛ばされただけで恥っすよ、恥」
冬馬「…ぅ」
降矢「けっ、大人しくしてろ、皆もおだてすぎなんじゃないっすか?」
降矢はそれだけ言うと、ベンチの一番左端に音を立てるほど大げさに座った。
相川「冬馬、気にするな、アイツは…」
冬馬「わかってます」
冬馬はそのまま降矢に一番遠い右端の席に座った。
相川「…はぁ、どうしてこうなるかね」
吉田「はっはっは、ケンカするほど仲がいいんだろう!」
降矢&冬馬「違います!」
御神楽「…ふぅ、醜いな」
一回裏、将星高校の攻撃は一番御神楽から。
吉田「御神楽〜!頑張ってこいよ〜!」
御神楽「ふん…貴様に命令される覚えはないな」
三澤「御神楽君頑張ってね〜!」
御神楽「不肖この御神楽昴、いざ三澤様の為に命を懸けるのみであります!」
相川「…あいつも大概だな…」
『一番、ショート御神楽君』
降矢「…?」
桐生院のマウンド上にいたのはちんちくりん二号…もとい望月光ではなかった。
降矢「あのクソチビはどこにいった…?」
降矢が向こうのベンチを目を細めてみると、望月はベンチに座っていた。
降矢「はぁ!?テメェついにベンチに落ちたかちんちくりん二号!!!」
降矢はまるでケンカでも吹っかける勢いで向こうのベンチに対して怒号を送った。
望月「バカかお前は!俺は一軍でもレギュラーになれる実力を持ってるんだぞ!こんな試合に出るわけないだろうが!!」
降矢「あぁ、そうかい!じゃあそこでコールド負けになるのでも見てろってん…もごっ!!」
急に口を塞がれてしまった。
緒方先生「降矢君、騒ぎすぎ!大人しくうちのチームの応援でもしてなさい!」
降矢「…ちっ」
桐生院の投手は、植田というらしい。
その植田、第一球を投げる。
ズバン!!
『ストライクワン!!』
高めストレートの快速球だが、降矢はそのボールに首をひねった。
降矢「いい加減離せこの巨乳が」
小池もびっくりの胸を持つ顧問を振り払う。
緒方先生「急に真剣な顔してどうしたの?」
降矢「…」
植田投手の二球目は低めに外れるスライダー。
『ボール!!!』
降矢「…ちっ」
降矢は帽子を深くかぶり直した。
緒方先生「降矢君?」
降矢「あんなクソピッチャー見る価値もねー。あのちんちくりん二号の足元にも及ばねーよ」
ぼそりと、緒方先生にしか聞こえないくらいの小声で降矢は呟いた。
御神楽は植田の第三球を打ってサードゴロに終わった。
『アウト!!』
御神楽「くっ…!」
とぼとぼとベンチに帰ってくる御神楽。
吉田「どんまいどんまい、はっはっは!!」
御神楽「でかい声で笑うな!貴様のその笑い声は不愉快極まりないわ!」
相川「…で、どうだ、相手の投手は?」
御神楽「さすが、桐生院…なかなかの球だな」
降矢「よく言うぜ…」
御神楽「…む?なにか言ったか愚民が」
降矢「なんでもねーよ!」
『二番センター県君』
相川「県、お前まだ、準備できてないのか?!」
県「あぁっ、はいっ!」
おろおろと自分のバットを探す県。
御神楽「…まるで駄目だな」
県「い、いってきます!」
降矢「待てやパシリ!!」
大声が背後から聞こえる、いつのまにか後には先ほどまでベンチに座っていたはずの降矢が立っていた。
降矢「…」
県「な、なんでしょうか?降矢さん」
降矢「耳を貸せ」
県「…は、はいっ!」
ごにょごにょごにょ。
降矢「わかったか?」
県「す、すみません、もう一度お願いします!」
ごにょごにょごにょ。
降矢「…わかったか?」
県「え、えぇと…」
県は緊張のため、目はあらぬ方向を、体はガクガク震えていた。
きっと意識もどこか遠い所へ行っているのだろう。
降矢「パシリ、緊張してんのか」
県「は、はぃぃ〜…」
泣きそうな声で頷かれると、降矢大きく息を吐き、呆れた。
降矢「いいか、パシリ」
県「は、はい?」
バキィィッ!!!
冬馬「!!」
吉田「!!」
相川「なにやってんんだあのバカは!!」
顔面をおもいっきり殴ると、県はふらふらと膝をついた。
県「あ、あぅ…」
降矢「目ぇ覚めたか?」
相川「降矢!お前何してんだ!」
県「だ、大丈夫です!!!」
降矢「殴って欲しかったらいつでも言えよ、何度でもぶちのめしてやるから」
県「は、はいっ!」
相川「降矢、やりすぎじゃないのか?」
降矢「あれぐらいでいーんすよ、アイツは」
相川「?」
降矢「あのクソ臆病者はケツをはたけばはたくほど走る、サラブレッドだ」
県(うぅ…歯の奥がぎんぎん痛む…)
バッターボックスに立っても、痛みは引かなかった。
県(…で、でもやらなくちゃ!僕しかできないんだ!)
植田投手は振りかぶった。
先ほどの言葉が反芻する。
県「うあああああ!!」
コンッ!!!
県が出したバットにボールは軽く当たり、そのまま転がった。
『ば、バント!!??』
桐生院の内野手全員が虚をつかれた。
降矢(―――いいか、パシリ。相手の内野手は俺たちのことをとにかくなめてやがる。だがな、お前の足だけは桐生院には負けん。バントでサード前に転がして、後は…)
県「いつものように、ファーストベースを自動販売機と思って走れーー!!」
降矢「パシリ!早く買ってこねぇとぶっ殺すぞ!!」
県「はぃぃぃーーー!!!」
ドギュンッ!!!
望月「なっ!!」
布袋「速い!!」
サード布袋がボールを投げようとした時、すでに県はファーストベース上を駆け抜けていた!
『セーフ、セーフ!』
オオーッ!!っと将星側ベンチが盛り上がった。
冬馬「県!すごいよ!!」
大場「初ヒットですたい!!」
吉田「よっしゃー!よくやった!!!」
しかし県はファーストベースを走りに抜けた後、そのままベンチに戻ってきた。
降矢「…?」
県「はぁ、はぁ…!」
降矢「何してんだお前」
県「か、買ってきた後は報告するのがいつもの決まりになってますよ…」
言葉を全て言い終わる前に裏拳が顔面に入っていた。
県「あああ」
降矢「ボケが…早く一塁ベースに行って来い!!」
県「はいぃ!!」
県は鼻血をバッティンググローブで拭きながら一塁ベースに戻っていった。