010桐生院一年戦1力の差ってやつなのか…!
今年の六月は梅雨らしい梅雨にならないらしい。
五月最後の日の天気予報はそう言っていた、そしてその通り空は快晴の二文字の通り晴れ渡る。
降矢「…ぶちのめしにきてやった、ありがたく思え」
望月「でかい口たたいてられるのも今のうちだ」
将星高校から電車に乗り、乗り換え一回の、山間に桐生院高校はある。
四方を自然に囲まれた雄大な空間に、大きな学校は鎮座していた。
桐生院高校は野球部専用の球場を持っている、流石全国レベルの高校だ…試合の場は、その専用グラウンドである。
砂塵舞うグラウンドに両校の選手が整列する。
降矢「…顔面にプロテクターをつけて投げるのをオススメするぜ」
望月「ボールに当たるはずもないのに、何故プロテクターをつけなきゃならないんだ?」
審判「両選手、私語は慎みなさい!」
二人「…」
目線が飛び交う、言葉はいらないのだ。
冬馬「はぁ…血の気多すぎ」
審判「それではただいまより、桐生院高校対将星高校の練習試合を始める!両校選手、礼!!!」
ぐいっと、ユニフォームをひっぱられた。
冬馬(帽子を取って、礼!礼!)
面倒くさいと思いつつも、一応挨拶だけはしておく。
審判に無礼を働く事の大変さをこの一ヶ月であの巨乳(顧問)とこのちんちくりん(冬馬)に死ぬほど教え込まれてしまった。
選手「「「「おねがいします!!」」」」
緒方先生「それじゃレギュラーを発表するわね!!
一番ショート御神楽!
二番センター県!
三番サード吉田!
四番ファースト大場!
五番ライト降矢!
六番キャッチャー相川!
七番レフト能登!
八番セカンド原田!
九番ピッチャーは冬馬君!
…と元気な声で言ってください、吉田より」
三澤「せ、先生、そこは言わなくていいんですよ」
マネージャーのツッコミにより、巨乳の額に大きな水玉が浮かぶ。
一同が失笑する。
緒方先生「……き、緊張をほぐしてあげたの!」
吉田「と、とにかく皆気合いれていくぞ!」
一同「おおおーっ!!!」
先攻は桐生院高校。
審判「プレイボール!!!」
吉田「さぁ、泣いても笑っても始まっちまったぜ」
降矢「全員一年だと…なめやがって、思い知らせてやる」
『一番、センター弓生(ゆみばえ)君』
突然ホームベースの後ろの方からスピーカーを通して透き通った声が聞こえてきた。
緒方「なっ、何この声!?」
三澤「うわぁ〜すごいですね、試合してくれるのにウグイス嬢がついてくれるんですか」
緒方「う、ウグイス嬢?」
三澤「はい、プロ野球でも選手の名前をよんでるじゃないですか」
緒方「…う、ウグイス嬢って言うのね…わたしもまだまだ勉強が必要ね…」
三澤「あはは…わからないことがあったら私が教えますから心配しないでください」
緒方「ありがとう三澤さん!!」
話を元に戻そう。
マウンド上は先発の座を勝ち取ったピッチャー冬馬優。
理由は簡単、御神楽の方が守備がうまいからだ。
冬馬「…素直に喜べない」
しかし、マウンドを任された以上は責任を持たなくてはならない、それがピッチャーだ。
冬馬「よし!しまっていこー!!」
吉田「おう!冬馬!リラックスしていけ!!」
大場「冬馬君!頑張るですとー!!」
声援を背中に受け、キャッチャーのサインを確認する。
相川(…まずは、低めにスライダー!)
冬馬(はい!)
冬馬は珍しいサウスポーのアンダースローのピッチャー、右足を高く上げ、上体を沈むようにして投げる!
相川(よし!いいフォームだ!!)
肩からひじ、手首の順に力が移動する!
冬馬「たぁーっ!!!」
指がボールに引っかかる小気味いい音が聞こえた。
相川(いいボールだ!このコースなら打てまい!!)
この右バッターに対してストライクゾーンギリギリの外角のスライダー、打ちにくい球だ!
弓生「―――このコースなら打てない、と思っているだろう」
ヘルメットの下、バンダナに隠れた目が光る。
相川「なに?」
弓生「いくら一年といえど、桐生院高校をなめない方がいい、と思っていたほうがいい」
一瞬のスイング―――!
相川「!?」
弓生「予想以上にスイングが早い、と思っただろう」
カキーンッ!!!
甲高い金属音を残しボールは三遊間を抜けていく!
冬馬「はっ!!」
レフトが回り込み、ボールに追いつく。
冬馬「くっ、早速ノーアウト一塁か!」
ダンッ!!
その時、ファーストベースを踏みつける音が耳を通り抜けた。
相川「いや違う!!!レフト!セカンドだ!!」
能登「!!」
弓生は恐ろしいスピードで、一塁キャンバスを駆け抜けていく!
レフトがボールに追いついた時点ですでに一塁と二塁の間まで走っていた。
能登「…!!」
レフトが返球する、しかし…!
吉田「御神楽!セカンドへ入れ!カバーだ!!」
セカンドが追いつけず、球はグラブをかする。
御神楽「くっ!!」
バシィッ!!
ピッチャーの手前まで走った御神楽は、なんとかボールを止める事に成功する。
冬馬「…う」
弓生「…思ったより強い、と思っただろう」
御神楽「…?」
弓生「寄せ集めのチームで、この桐生院に集結した中学精鋭に勝てると思っただろう。…桐生院をなめないほうがいい、と思った方がいい」
冬馬はぞくり、と背中に悪寒が走ったのを感じた。
続く二番に送りバントを決められて、1アウト三塁。
カキーン!!
冬馬「くっ!」
クリーンナップの三番に特大犠牲フライを打たれ、あっという間に先制されてしまう。
桐1-0将
冬馬「…くそっ!!」
三澤「…うーん、さすが強豪。そつがないですね」
緒方先生「そつがない?」
三澤「はい、出たランナーを送って犠牲フライで一点を取る、地味ですが得点の確実性の高い攻撃ですね」
緒方先生「うー、やるならもっとホームランとかどかどか打ちなさいよ、うちの降矢君みたいに!」
三澤「そこを確実にこなすのが『強い』んですね、ピッチャー…冬馬君にとっても嫌な一点なんですよ」
そして二死だが、迎える桐生院の四番!
『四番サード布袋(ほてい)君!』
堂々とした構え、一分の隙すらもない。
不動の気迫には感動さえ覚える。
相川(こんな奴が一年だと!?桐生院…なんてところだ)
布袋「さぁ、来い」
出されたサインは低めにストレート。
冬馬「くぁっ!!」
バシィ!!!
『ストライク!!』
際どいコースだというのに悠然と見送った。
相川(…微動だにしないだと?)
布袋「…」
相川(…構うものか、キャッチャーにできることは、自分のリードとマウンドの投手を信じることだけだ!!)
冬馬の二球目は外角に外れるスライダー。
『ボール!!』
布袋「…」
またもやピクリとも動かない、布袋。
相川(…こいつ、一体何を考えてやがる…?)
返球をしようとちらりとマウンド上の投手に目をやる。
冬馬「はぁ…はぁ…」
冬馬はすでに大量の汗をかいていた。
相川(なっ、なんだあの汗は!?)
疲れるにしては球数が少なすぎる。
そこで初めて相川は布袋の目線に気づいた。
相川(…こいつら、常時冬馬にプレッシャーを与えてやがるのか…!)
目線は冬馬のみをとらえ、ともすればこのバッターたちの気迫に押しつぶされかねない。
少しでも隙を見せれば、そこをつかれる。
『常にコントロールミスは許されない』
そのことだけが冬馬の頭の中をうずまいていた。
相川(…まずい!このままじゃ冬馬が一回もたない…!)
一息おけ、と手を振って落ち着かせるつもりだったのだが、パニックとプレッシャーに押しつぶされた冬馬は、その動作をサインと間違えた。
冬馬「たぁーーっ!」
相川「冬馬!落ち着け!!」
布袋「…つぶれたかっ!!」
高めに浮いた甘い変化球。
相川(―――やられた!!)
カキィィィィーーーーンッ!!
すさまじい打球音を残して打球は弾丸ライナーでサードの上を通過しレフトスタンドに飛んでいく!
布袋「…これで、あのピッチャーも終わりか」
ホームランを確信した布袋はバットをゆっくりと投げ捨ててファーストベースへとかけていく。
布袋「…?」
しかし…布袋は違和感を覚えた。
それははただ一つ。
ホームランを示す審判の腕をぐるぐると回す動作がないことだ。
『あ、アウトーーー!!!』
布袋「なっ!!」
相川「んだと!?」
視線は、サードの吉田に集まった。
吉田「はっはっは!」
…そのグラブにはしっかりとボールが収まっていた。
県「すっ、すごい!キャプテンのファインプレーだ!!」
冬馬「キャプテ〜ン…」
へなへな、とマウンドに崩れ落ちる冬馬。
サードの真上を通過したボールに飛びついた、…がそのジャンピングキャッチは偶然の産物だった。
たまたま、グローブにボールが収まっただけだ。
しかし、雰囲気を変えるには十分すぎるプレイだ!
布袋「…くっ」
弓生「何故入らなかった、と思っただろう」
布袋「…たまたま偶然、こんなこともあるさ」
望月「違うな、あの冬馬という投手、球数が増えるごとに球威が増している」
弓生「なに?」
布袋「…言われれば確かに甘く入ったとはいえ、変化球のキレは弓生のときよりも大きかった」
望月「…まだまだ未知数な奴らだ、と思った方がいい!」
緒方先生「きゃー!きゃー!!吉田君いいわよーー!!」
三澤「傑ちゃん!ナイスプレー!!」
冬馬「ありがとうございますキャプテン…!」
マウンドに駆け寄り、手渡しでボールを渡す吉田。
吉田「はっはっは、気にするな。…まぁ後ろには俺たちがついているから安心して打たれろ!はっはっは!!」
冬馬「…はぁ」
一点のビハインドがあるということを忘れさせるような気楽な笑い声は冬馬をあきれさせたが…。
冬馬「…はい!がんばります!!」
力づけるには最高の笑い声だった。