009なめられたもんだぜ





















吉田「なんとっ、実は六月の最初の日に!練習試合が決定した!!!」


部室にやってきたキャプテンは大きな声で張り上げた。


降矢「は?」

県「練習試合!?」

冬馬「ホントですか?!」

吉田「うむ!みんな喜んでくれい、はっはっは!!」


しかし、キャプテンの言葉とは裏腹に、皆の表情はあまり優れてたわけではなかった。


吉田「…どうした?」

降矢「おいおい、よしてくれよキャプテン、俺はまだ初心者だぜ」

県「練習も少ないし…負けると思います…」


申し訳ない、といった表情の県、冬馬も似たような顔をしていた。


冬馬「キャプテン、ちょっと早すぎるんじゃないですか?」

吉田「む、そうか?」

降矢「創部一ヶ月の俺たちに何ができるってんだ」

県「…」

吉田「ふむ…どうしたもんかな」


ぽりぽり、と頭をかくキャプテン。


相川「あのな、お前ら…特に冬馬には、だが、今度の試合でレギュラー…背番号1を決定しようと思う」


気がつけば、キャプテンの後ろにはいつのまにか相川先輩が立っていた。


冬馬「ええ!?」

相川「実際に試合で試してみないとわからないだろ」

降矢「…」

吉田「どうした、降矢」






降矢「…やってらんねーっすよ」





県「え?」

吉田「降矢?」

降矢「何でわざわざ負ける試合をするんすか?理解できないっすね」

相川「…まだ負けると決まったわけじゃ」

降矢「いーすか、先輩」


俺は相川先輩の鼻に指を突きつけた。


降矢「寄せ集めの『野球ごっこ』でなにができる?そんなくだらねーことして敗北感を味わうくらいなら、練習してる方がまだマシだ」

相川「何だと?」


目線がぶつかる。


吉田「おい、相川…」

相川「一年がえらそうにほざくな…お前は『経験』する事の大切さを何にもわかっていない」

降矢「でかい声出すなって、うぜーから」

冬馬「や、やめなよ二人とも」

相川「痛い目にあいたいのか」

降矢「やってみろよ、雑魚が」


しばし、にらみ合いが続く。


相川「…」

降矢「…」

県「降矢さん…」

降矢「…くだらん、俺は帰るぞ」


ベンチに置いたバッグをかつぎ、部室を飛び出す。


相川「…逃げる気か?」

降矢「はぁ?相手にしてらんねーって言ってんの。わかる?」


相川「今度の相手はあの名門『桐生院高校』」

降矢「あ、そう。俺には関係ないから」


相川「相手は”全員一年生”だ」


降矢「…!」

相川「ま、相手は中学上がりとはいえ、各都道府県から集ってきた超一流だ、お前みたいな尻尾を巻いて逃げ出す弱虫とは比べる必要もない」

降矢「よくしゃべる口だな、ゴタクはいいっつてんだろ!」


そのまま、飛び出していく。


降矢「けっ、勝てもしないのに必死になりやがって、ダセーことこの上ないな」



???「…今のお前の方がダサいとは思うがな」


降矢「?!」


サブグラウンドの入り口に、黒い学ランが立っていた。


県「ああっ!?」

冬馬「望月君!」

降矢「負け犬ちんちくりん二号、何しに来た」

望月「逃げ出す臆病虫のお前に言われたくな…」


ドグァッ。


冬馬「!!」

県「!!」

吉田「!」

望月「かはぁっ!!」


いい加減、虫唾が走るようなことしかほざかない望月のみぞおちを蹴り上げる。

今の降矢はイライラしていた。


降矢「いや、邪魔だからどけ」

望月「て、テメェ…!」

降矢「今俺すげームカついてんの、わかる?」

吉田「ふ、降矢!お前なんてことを!!」

相川「…」

降矢「なんすか?暴力事件で退部ッスか?好きにすれば?俺は負けるために部活に入ったんじゃないし」

望月「けっ…情けないなぁ、オイ!」

降矢「何?まだ言う事あんの?蹴るぞ」

望月「困ったらすぐに暴力!勝ち目のない試合は逃げる!なんだそりゃ?だっせーなぁ!」


みぞおちを押さえながら笑い出す望月。


降矢「どうやら死にたいらしいな、クソが」

望月「お前が野球する資格なんてないんだよ!」

降矢「お前に言われなくても知ってるって。で、言う事はそれだけか」

望月「はっ、情けない!そうやってこれからも絶対に勝てること以外からは逃げ出すんだろ?今のお前じゃ俺には絶対に勝てないね」

降矢「暴力なら負ける気がしない」

望月「単に負けるのが怖いんだろ、臆病者。聞く耳持たずもここまで来ると芸術品だな」


バキィ!!


気がつくと望月の右肩を力の限り殴っていた。



降矢「言いたいことはそれだけか」

望月「うげぅ…ぐっ、お前は試合しても負けても、逃げても、どっちにしても負け犬なんだよ!!」

降矢「はぁ?お前バカか?」

望月「…なに?」

降矢「俺が勝てば、負け犬はお前だろうが」

望月「…!」

降矢「ものわかり悪い野郎だな、俺が負けるってのはありえないんだよ」


にやり。

望月の口の端が上がった。


望月「ようやく、ヤル気になったか、来た甲斐があるってもんだぜ」

降矢「…?」

望月「いや、お前らがビビって辞退したなら俺がお前に復讐できないからな」

降矢「なんだと?」


ぴくり、と降矢の眉があがった。


望月「お前に『敗北』の味を覚えさせたいね、その自信に満ちた顔がどう歪むか楽しみでたまらない」

降矢「…ちんちくりん二号が、寝言は寝て言えやコラ」

望月「六月一日、日曜日、お前が野球で俺に負ける記念日だ」

降矢「おもしれぇな、それじゃ六月一日はお前が顔面骨折で再起不能になる日だ…」


望月「せいぜいバットでも磨いてるんだな」

降矢「うざいから去ね、俺は練習で忙しいんだよ、お前みたいに暇じゃないの、わかる?」

望月「練習で忙しい、ね」



ふっと、望月が笑う。

降矢は、う、と苦い表情を浮かべた。


降矢(…しまった、うまいことのってしまったか…この野郎)

吉田「…降矢」

降矢「いいッスよ、負けなけりゃいーんだ」

相川「おい、降矢」

降矢「んだよ、やるって言ってるだろ」

相川「…とりあえず、ユニフォームに着替えろ」


鼻で笑う相川先輩。

後輩にあんな態度をとられながらもクールに許せるとは…やはり降矢よりは大人みたいだ。


降矢「…スンマセンした」

この人は割りと尊敬に値する人かもしれない、降矢は頭を下げた。

相川「とりあえず、すぐに頭に血が上る癖は直した方がいいな」

降矢「…仰るとおりです」

吉田「望月君、ありがとう」

望月「礼を言われる筋合いなんかないね。この試合は俺が高校で始めて勝利をあげる記念すべき試合だからな」

相川「…降矢がすまないことをしたな」

望月「ふん、こんなのかすり傷にもならないね」

降矢「んだと…!」


相川「降矢」

降矢「………スンマセン」


望月「個人的にこの前のその金髪との試合は納得できないから、今度は全力で戦わしてもらう、負けるためにせいぜい練習するんだね」


そう言って、望月は静かに去っていった。












降矢「…」

冬馬「降矢…」


降矢「ムカつくよな、アレ、絶対にぶっ殺す」


ユニフォームに着替えた俺は早速バットを振っていた。


県「降矢さん!頑張りましょう!」

降矢「うるせー、黙れ、熱いのは嫌なんだよ」

相川「相手は全員一年だ、勝てない相手じゃない」

降矢「一年?なめられたもんだぜ…」

吉田「ああ!絶対に負けられないぜ!みんな、俺たちの初戦だ!頑張ろうぜ!」











その頃桐生院高校では…。


堂島「練習の後どこへ行っていた、望月」

望月「…」

堂島「答えろ」

望月「…将星です」

堂島「…試合も近いというのに余裕だな。だが高校は中学の遊びとは違う。一人の行動がチーム全体の士気を乱しかねない」

望月「はい、すみませんでした…」

堂島「…仮にお前みたいな奴でも桐生院の名前を背負っている男だ。ぶらぶらと軽く動かないでもらいたい、桐生院の名が廃る」

望月「…」

堂島「わかったなら、グラウンド整備だ。いいな」

望月「はい…」


望月は一礼すると広い広い桐生院のグラウンドへ駆け出した。


堂島「…望月の奴、右肩をいためたのか…?」


堂島は望月が終止右肩に視線を移していたのに気づいていた。


堂島「…困った一年坊主だ、いずれ私の前に立ちふさがるやもしれぬ…」













大場「んん…?お、おいどん、寝てたとですか?」

一人部室で忘れられた大場だった。













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