007うぜぇナルシストだ

























原田「一年の原田俊介(はらだしゅんすけ)です!」

能登「同じく一年の能登堅司(のとけんじ)です…」

緒方先生「と、言うわけで新入部員よ!」


チラシの効果なのだろうか、新たに野球部に二人が加わった。


降矢「あれだけ配ってこれかよ」

吉田「はっはっはっは!頼むぞぉぉーっ!!!」


そして恒例のキャプテンの熱い握手×2。



冬馬「これで、あと一人だね降矢!」

降矢「言わんでもわかってる、うぜーなお前は」

冬馬「相変わらず、口悪いんだから…」


相川「しかし、俺たちの学年のときは二人だったからな…」

県「そうですよね、何で部員募集しなかったんですか?」

吉田「はっはっは!二年は俺や相川、大場をあわしても八人しかいないんだ

よ!」

降矢「…」

県「それは少ないですね…」


あはは、と苦笑する県。


三澤「そうだね…結構男子って浮いてたもん」

この二年生の三澤先輩は新マネージャー、吉田先輩の幼馴染だそうだ。

緑色のリボンが、キュートだ、キュートすぎる、何故吉田先輩の幼馴染なの

か。


吉田「よーし!みんなあと一人だ!気合入れていくぞ!」

全員「っしゃーっ!!」














…と気合を入れて一週間。

部室の前では、暗い面持ちで部員が集合していた。


降矢「…」

冬馬「…あと一人なのにねぇ…」

相川「こいつが簡単にはいかないか…」

吉田「なーに、沈むな沈むな!はっはっは!」


九人に足りない。

なかなか部員入部のめどが立たず、あと一人の状態で足踏みをしていた。


三澤「笑ってばっかりじゃ話は進まないよ、傑ちゃん…」

吉田「うーむ、しかし焦ってもどうにもならんからな」

???「…お困りのようですね、三澤さん」


どこからか聞こえてくる甘いホストのような声。


三澤「へ?」

相川「む?」


吉田「おおー、お前は…御神楽昴(みかぐらすばる)じゃないか、どうした

?!」


振り向いた先には黒髪でロン毛の、いかにも軽そうな男が立っていた。


御神楽「吉田、お前には用はないんだ」


…と、先ほどとはうって変わった態度、突き放すような冷徹な声…コイツ、

ただものじゃないな。


御神楽「三澤さんが野球部でマネージャーをしていると聞きまして、ぜひと

も力になりたいと思いまして」

吉田「なんだ御神楽、お前野球部入ってくれるのか!?」

御神楽「今僕は三澤さんと会話をしているんだ!黙っていろ!!!」

相川「おい、御神楽…」


相川先輩が出るまでもない、降矢が大きな音を立てて立ち上がった。


降矢「いきなりやってきてでかい顔しやがって、何様だテメェは?」

冬馬「お、おい降矢」

御神楽「何だ貴様は、今僕は三澤さんと会話しているんだ。邪魔しないでく

れとさっき言ったろう」

降矢「るせぇよボケ、うちのキャプテンに向かってどういう口の聞き方して

んだテメェ、ああ?」

御神楽「うるさいな、愚民が。貴様みたいな暴力しか頭に無い無能な人間に

は興味がないんだ。悪いが黙っててくれないか?貴様みたいな人間が神聖な

僕と話すというだけで、崇高な僕の履歴に傷がつくんだ、わかるか?」

降矢「ゴタク抜かしてんじゃねぇよ、死にてえか!」



このナルシスト野郎に一発入れようと、右拳に力を入れて―――。



吉田「やめろ降矢!!!!!!」

相川「…よ、吉田!?」

降矢「…」

三澤「す、傑ちゃん?」

吉田「降矢、暴力は駄目だ。試合を決めるなら野球でつけるんだ」

降矢「や、野球?」

吉田「そうだ、野球部なら勝負は野球でつけろ!この前の勝負と同じ、三球

勝負だ!」

降矢「だけどよ」

御神楽「ふん、恐れをなしたか、いきがってるのは外見だけのようだな」


むかっ。


降矢「その口ふさいでやるよ!二度と面が拝めない顔にしてやる!」

冬馬「…本当に頭に血がのぼるの早いんだから…」

大場「おいどんのことですと?」










サブグラウンド、この前あの望月とか言うちんちくりん二号を打ち負かして

からまだ日が浅い。

しかし冷静に考えれば何故試合をすることになったのだろうか、降矢は自分

の短気さを呪った。


御神楽「君はバッターかい?ピッチャーかい?」


ブレザーを脱ぎ、カッターシャツになった御神楽が袖をめくりながら言う、

体つきは良いようだ。


降矢「余裕ぶっこいてんじゃねぇよ、マウンドたてやオラ!」

御神楽「ふん、下種が。これだから不良という種族は嫌いなんだ」

冬馬「降矢、気をつけてね。何がくるかわからないから」

県「降矢さん!頑張ってください!」


相変わらず周りがうるさい。


御神楽「今日のこの勝利を三澤さん、アナタに捧げます」

三澤「あ、あはは」

降矢「いちいち気に障る野郎だな、死ね」


御神楽「勝負の前に一つ教えておいてあげよう、この僕はエリート育ちでね

、帝王学という君達には一生縁の無いものを幼き頃から教育されてね、スポ

ーツ、勉強、人の上に立つ方法全てを――」


降矢「うるせぇっつてんだろうが!!」


ガコン!!!


勢い良く金属バットを地面に叩きつける、周りの部員が押し黙った。


御神楽「聞く耳持たないという奴か…しかたない、身をもって味わいたまえ

!!」


勢い良く振りかぶって、相手の右手がしなる。


ビシィッ!!


降矢「…!」



ズバァ!!

相川「文句なしのストライクだな」

キャッチャー役の相川先輩から判定のコールが告げられる。


降矢「ど真ん中っすね、見りゃわかるっすよ」

キャッチャーミットはど真ん中に構えられていた。


県「おおーっ!!」

冬馬「け、結構早いね」

大場「おいどん、見えなかったですと」

御神楽「ふっ、ま軽くこの程度かな?」


片目にかかっている髪の毛を軽くかき上げる仕草、一つ一つの行動が今の俺

にとっては虫唾が走る。


御神楽「ま、白旗を上げるなら今のうちかな」

降矢「うるせぇっつってんだろ!死ねやボケ!カス!しゃべんじゃねぇ!」

御神楽「ふ、見苦しいね…いいだろう、好きにしたまえ、恥をかくのは目に

見えているからねっ!」


二球目、またまっすぐの速い球。

ズバァン!!


相川「ストライクだ」

降矢「…」


冬馬「どうしちゃったんだよ、降矢は…まだバットを一回も振ってないじゃ

ない」

県「は、早いから手が出ないんでしょうか」

大場「おいどん、まだ見えんとです」

三澤「大丈夫かな降矢君…」

冬馬「負ける、なんてことないよね」

吉田「いやぁ…それはないだろ」

大場「吉田どん、どういうことですと?」

吉田「見てれば、わかるさ!」





御神楽「一つ提案があるんだ、ここで僕がこの降矢君に勝ったら、僕を四番

でエースそしてキャプテンに任命して欲しい」


冬馬「な、なんだって!?」

御神楽「そして、三澤さん、僕と付き合って欲しい…それが人の頂点へと立

つ僕にはふさわしい…」


うっとりと、自分の言葉に酔いしれるように、髪をかきあげる御神楽。


相川「…そんな馬鹿な条件のむ訳が無いだろう!!」





吉田「…いいぜ!」





三澤「え、ええっ!?」

県「きゃ、キャプテン!?」

吉田「なんだ、お前らは降矢が負けると思っているのか?」

県「あ…」

三澤「傑ちゃん…」

冬馬「で、でも」


吉田「見てろ、わかるさ」




御神楽「という訳で、どうやら野球部のキャプテンはこの僕で決まりだね」

降矢「待てよ、俺からも条件がある」

御神楽「ん?いいさ何でも言いたまえ」

降矢「俺が勝ったら、この部では二度とあんな態度をとるんじゃねぇ、あと

キャプテンに土下座しろ」

御神楽「…ふ、まさかありえないね、僕が人に頭を下げるなんて」

降矢「…」

御神楽「この御神楽!」


力強く振りかぶる。


御神楽「昴が!」


そのまま状態を前に動かしていく。


御神楽「負けるわけが!」


右手からボールが放たれる。


御神楽「ないのだ!」



















降矢「…うるせぇよ、馬鹿」







当たった瞬間、球がひしゃげた。






カキィィィーーーーンッ!!!!






冬馬「!」

県「!!」

相川「…いったか!」


ボールは、サブグラウンドの向こうの、さらに向こうに消えた。


降矢「…テメェには顔に当てる価値もねぇ」



大場「か…」

三澤「勝ったよ!!」



外野がうるさくなる中、降矢は高々とバットを放り投げた。


御神楽「ま、まさか、この僕が…!何故、何故だ!」

降矢「遅ぇよ、ハエが止まるかと思ったぜ」

御神楽「!!」




吉田は得意顔で口を開いた。


吉田「…ほーらな」

冬馬「かっこよすぎだよーー降矢ーーっ!」

県「あ、で、でも降矢さん、なんで打てたんですか?一球目も二球目も全然

、手を出してなかったじゃないですか?」

吉田「お前も良く知ってるだろう、望月との差、だよ」

県「え?」


吉田「降矢は野球を始めて、いきなり望月っていう本格派のピッチャーの対

戦して打った。それは自信にもつながるし、球の速さもあれが普通だと思い

込んだんだろう」


つまり、あの望月の球が目に残っていて、この御神楽の球はそれよりも遙か

に遅かった、というわけだ。


吉田「まぁ、球のノビとかキレ色々あるだろうが、なんにせよいくらスポー

ツ万能と言ってる御神楽の球がすごくても、実戦ってのはわからないもんな

のさ」








大場「降矢どん!すごいとです!感動したとです!!」

冬馬「何でそんなに打てるんだよ!お前本当に初心者かー!?」

降矢「ええい、うざい!離せ!抱きつくな!」



御神楽「…」

御神楽は膝を突いた。


相川「これが、実力だろうな、アイツのは才能だが」

御神楽「馬鹿な…」

降矢「さ、約束だぜ、キャプテンに土下座してもらおうか」

御神楽「は、ば、馬鹿を言え!この僕がそんなことできるはずがな…」ブォ

ンッ!!



風が御神楽の頭のすぐ上をかすめた。

ぱらぱら、と髪の毛が何本か地面に落ちてくる。




降矢「人間の頭をぶちまけてみたかったんだよな、一回」

御神楽「ひぁ…」

降矢「早くしろって。帰って寝たいの俺は」

御神楽「ぐ…」

降矢「早くしろって言ってんだろボケ!一回死にてーのかクソが!!」


吉田「降矢!!止めろ!」


降矢「…またすか?」

吉田「別に俺に謝らんでもいい、そんなことより野球部に入ってくれないか

?あと一人でメンバーが揃うんだ」

御神楽「…馬鹿な、この僕が人の下につくなどと…」


不安そうな顔をしながら三澤も吉田の隣に並ぶ。


三澤「…御神楽君、みんなで仲良くやろうよ、ねっ」

御神楽「不肖この御神楽昴、アナタのために牛馬の如く働きましょう!」

三澤「うわぁっ!」



御神楽は三澤に向かって敬礼した、…なんつー立ち直りの早さだ。


御神楽「さぁ、早速練習を始めようではないか、三澤さんを国立競技場に連

れて行くのだ!」



それはサッカーだ。



冬馬「あ、あはは」

相川「ま、なんにせよ、これで九人揃ったのか」

大場「これで目指すは初勝利とです!」

県「降矢さん!頑張りましょう!」





降矢「…いいから早く帰らせろ、眠いんだ俺は」

冬馬「あ、相変わらずなんだから…」




降矢はまた大きなあくびを一つした。










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