004まだまだ先は長ぇな…









降矢「翌日の俺は筋肉痛に苦しんでいた」

今の降矢の気持ちをストレートに表現すると、そうなる。

冬馬「おーい、降矢ー」


クラスメイト1のちんちくりんが降矢の席によって来た

…もう放課後だった。

周りを見渡しても、教室に残っている人数はすでに少なくなっていた。


冬馬「降矢ー、おーい、生きてるかー?」

降矢「…うるせぇ、ここぞとばかりに嬉しそうな顔しやがって」

冬馬「どうしたの?降矢、もしかして筋肉痛?」


女は当たり前としても、男も危うくすっ転んでしまいそうな、満点の笑みを浮かべるちんちくりん、冬馬優。

この野郎…わかって言ってやがるな。


冬馬「まさか天下の降矢君があの程度の練習に音をあげたの?」


あの程度の練習…運動不足の降矢にとっては地獄の特訓に等しかった。

…あの勝負の後、センコー…顧問の緒方に無理矢理入部届けを書かされた後、最終下校時間までノックが続いたのだ。

結果、翌日はこの有様だ、目も当てられない。


降矢「馬鹿野郎、俺を誰だと思ってやがる」


冬馬の笑顔が死ぬほど癪に障ったので無理矢理立ち上がってやった…おお、驚いてるな。

だが関節が悲鳴を上げてるのはどうしようもない事実だった。


冬馬「…驚いたよ、降矢の性格であれだけしごかれてまだクラブに行く気があるなんて…」


…この野郎、さっきあの程度の練習とか言ってやがってだろうが、降矢は思わず毒づいた


降矢「…一日でやめるのもさすがにダサいからな」


すでに体は悲鳴を上げまくっているが。


冬馬「その調子その調子、安心しなよ、しばらくは練習はないから」

降矢「…何?」


俺の心に一筋の光明がさした。


冬馬「しばらくは、練習無いって言ってるんだよ」


おお、しまったこいつの顔が仏様に見える!

…別に仏教を信じてるわけじゃないが。


降矢「…なら俺は帰る、じゃあな――」


と言って体を反転しかけたところで、ブレザーの襟を掴まれた。


冬馬「ま、待てよ降矢!練習は無いけど部活はあるぞ」

降矢「…何?」

冬馬「忘れたのか?昨日のミーティング」


ミーティング…。








――吉田「明日からは部員勧誘を一週間やる!とりあえず九人そろえようではないか!はっはっはっはっは!!」――








降矢「…うわぁ、だりー」

冬馬「もう部員なんだからちゃんとやらなくちゃ駄目だろ!…ってわわわわわ」


止めようとする冬馬をひきずって歩き出す、当然体重がどう見ても軽そうな彼は降矢に引きずれる格好になる。

残念だが、ブレザーの襟じゃ引っ張っても首が絞まらない。


降矢「なんだ、お前俺の家までついてくるのか?」

冬馬「そっ!そんな訳無いだろっ!!!」


そこまで否定しなくてもいいだろうに、別にそんなに散らかってはいない。


降矢「だってよ、あの担任も忘れてるみたいだったじゃないかよ」


担任…巨乳教師の緒方由美子は降矢達の担任であり、顧問でもある。

ホームルームが終わっても、降矢たちに話しかける様子は無かった。


降矢「じゃぁ、先輩にばれないうちにばっくれるのが俺らしい」

冬馬「この最低男ーー!!」

降矢「最低だ、悪いか、俺は帰るからな」






ぶるん。


緒方「あ」


…この乳の揺れる音は。

緒方先生「あら?冬馬君に降矢君」

降矢「…げ」

しまった、結局冬馬に足止めされた形になってしまった。


冬馬「あれ?先生ジャージに着替えたんですか」


確かに、某なんでだろうの片方よろしく赤いジャージを着ていた。

正直…ダサい。


緒方先生「そうよ、やっぱりスーツだと窮屈だからね」

うーんと背伸びをする緒方、上体が前に出て胸が強調される。

いやぁエロい体だ、緒方大先生。


冬馬「どこ見てるの!」

緒方先生「それにしても降矢君が帰らないように冬馬君に見張ってもらえたのは正解ね」

降矢「…グルか」

冬馬「だって、降矢帰ろうとしてたじゃないか!」


…否定はできない。


緒方先生「さ、まずはチラシを作らなきゃね!」

降矢「…?もう貼ってあったじゃないか」

緒方先生「朝速く来て生徒に配るのよ」

冬馬「あ、言い忘れてた。朝練は明日からしっかりあるからね」

降矢「おい!俺がいつも遅刻ギリギリになってるの知ってるだろうが!」

緒方先生「良かったわね、遅刻しないですむわよ〜」

降矢(くっ大人しくしてりゃ調子にのりやがって…!)


流石に降矢の感情が沸点に近づきかけたその時。


降矢「テメェらぶっ殺「あ、あの!」…ああん?」





怒号は振り絞ったような情けない声で遮られた。

振り向くと、いかにも大人しそうで暗そうで本ばっか読んでそうな、坊ちゃん刈りの生徒が立っていた。









冬馬「あれ?県(あがた)君じゃない?」

降矢「あがた?」

冬馬「そう、県君。同じクラスじゃないか」


悪いが、降矢が覚えているはずもない。


緒方先生「どうしたのかしら県君?」

県「あ、あの僕野球部に入りたくて!」

冬馬&緒方先生「ほ、本当ーーー!!?」

県「…は、はい…」

降矢「正気かテメェ」


苦虫を噛み潰したような顔。


冬馬「なんてこと言うんだ降矢っ」

県「は、はい!昨日サブグラウンドで練習してましたよね!」

緒方先生「あら、あなた見てたの?」

県「は、はい!その、桐生院の望月選手と対決してたのあなたですよね!!」


と、降矢の方を向いて目を輝かせる県君とやら。

…降矢はこの手の輝きは苦手だった、さらに眉間にしわがよる。


降矢「なんだ、俺がどうした」

県「そ、その無茶苦茶かっこよかったです!!」

三人「え?!」

県「『その口をふさいでやる』って、顔めがけてライナー打ちましたよね!すごいです感動しました!」

降矢(…自分で言うのもなんだが、ありゃあ偶然なんだがな)

冬馬「でも考えたらすごいよね、やっぱり…偶もごっ!?」

降矢「…実力だ」


なんとなく人からそう言われるのに腹が立ったので冬馬の口を塞いでやった。


県「僕はいつも自分に自信なくて、大人しくて…でも!僕も降矢さんみたいにかっこよくなりたくて!!」

冬馬「降矢みたいになるのは止めといた方が良いよ…」

緒方先生「そうね」

頷く二人。

降矢「テメェら!!」

県「だ、だから僕も野球部に入れてください!お願いします!」


といって俺に頭を下げてくる県。


降矢「…うぜぇなぁ…俺に言っても始まらんだろうが、このウシ乳に言え」


俺は隣の緒方を首で指した。


県「ウシ乳…?」

緒方先生「ふ、降矢君!!」

冬馬「降矢!!」

降矢「…事実だろうが、この巨乳が俺たちの顧問だ」

県「は、はい緒方先生!これからよろしくお願いします!!」


いかにも真面目そうな顔をした県君は、真面目な顔して真面目に頭を下げた。

絵に描いたような大人しい優等生君だった。


緒方先生「それじゃ、とりあえず職員室に行きましょう、入部届け出さなくちゃね」

県「はい、わかりました!」


背筋をピーンと伸ばして、右足と右手を一緒に出して職員室に向かっていく県。


降矢「おい、県!」

県「は、はい!なんでしょうか」

降矢「俺のジュース買ってきてくれ」

冬馬「パシリに使うんじゃなーいっ!!」

県「わ、わかりました!待っててください!」

降矢「…入部届けの後でいい」

県「は、はいっ!!」


そう言うと120円をにぎりしめて県は緒方の後をついていった。


冬馬「…降矢、見損なったよ、パシリだなんて…」

降矢「それぐらいでガタガタ言うな。よし、県君は野球部のパシリに決定だ。冬馬も遠慮せずに使いまくってやれ」

冬馬「使わないよっ!!」

降矢「あ、そ」

県「降矢さん!」


といきなり県が目の前にいた。


降矢「うお!!」

冬馬「わ、速い!」

県「はぁ、はぁ…全速力で行ってきました、今から入部届けだしてきますね!!」

降矢「あ、ああ…」


再び廊下の奥に向かってダッシュしていく県。


降矢「…足速いな、アイツ…」


陸上部だったのだろうか?とにかくその走りは無茶苦茶早かった。

降矢とりあえず、その手に渡されたコーラのプルタブをあけた。

ブシャッ!!


降矢「…」


スプリンターのように手を振って走る県君が買ってきたコーラは泡立ちまくっていた。

そんなコーラを空ければ爆発するのは当然の結果だ。


冬馬「あははははは!!!」


爆笑。

むかついたので、冬馬の顔にもあびせてやった。


冬馬「うわああ!何すんだよ!!」

降矢「天罰だ」


しかし、何か抜けてる奴だ、県君。







とりあえず、これで五人。


降矢(…まだまだ先は長ぇな…)








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