003やってやろうじゃねぇか





















相川「で、だ」

降矢「なんすか?」


急に冷静になった相川先輩の一言で、周りのいいムードから一転した。

冷ややかな目線はボールの方向を見ている。


相川「もう知っている通り、うちの部は予算が少ない。というかほとんど無いに等しい」

降矢「はぁ」

相川「一つのボールも無駄にできんのだ」



…どうやら、探して来いという事だろうか。



相川「わかったな」

降矢「…いや、俺が捕りに行く必要はないみたいっすね」


俺は首だけを動かして、サブグラウンドの入り口を指した。

そこには、二人の学ランの生徒…!


望月「学校の大きさの割りには貧弱な野球部だな」


大きさは冬馬と同じくらいか。

小柄な帽子を横向きにかぶった少年がバスケットボールを回すように、野球のボールを指先で回していた。


???「いや、ここに来るまでに見た女子生徒の数から見て、つい最近共学になったんじゃないのか?」


もう一人は大柄な坊主…いやスポーツ刈りというよりはむしろスキンヘッドに近い色黒の大男。


緒方先生「!き、桐生院高校(きりゅういんこうこう)!」


確かに二人のバッグには「桐生院」と書かれていた。


降矢「…ってなんすか?」

緒方先生「知らないの?!同じ地区で甲子園に何度もでてる名門校じゃない!」

降矢「アンタ、初心者なんじゃなかったのか」

緒方先生「さすがに、それくらいは知ってるわよ!」


っていうか、それじゃますます甲子園は夢のまた夢だな。


相川「桐生院がどうしてここに…」

吉田「桐生院高校の方か!それは光栄だ!俺は将星高校主将、吉田傑だ!よろしく!」


おお、さすがキャプテン、高校球児の鑑(かがみ)よろしく帽子を脱いで挨拶とは…。


堂島「いえいえ、俺は桐生院高校二年堂島哲治(どうじまてつはる)だ、よろしく」

冬馬「ね、ね!君もしかして望月光(もちづきひかる?!」

望月「ほー、こんなところで俺の名前を聞くとは、やっぱり俺って有名人?」


…なんだ、このふざけたちんくちくりん二号は。


降矢「なんだ、このチビがそんな有名なのか」

望月「っ!?俺はチビじゃねぇ!!」


望月とか言う奴は急に俺の顔面めがけて、ボールを投げてきた。


ガシィ!


もちろん当たるはずも無く、俺は左手でそのボールを掴んだ。

投げた方の表情が、さっと変わった。


望月「なっ!?」

冬馬「…え、えっと、そうそう全中の日本代表で世界とも渡り合って…今年鳴り物入りで桐生院に入学した人だよ!うん!」

降矢「ふーん……このチビがね」


望月(こ、この野郎!俺の投げた球を全力でないとは言えこの至近距離でキャッチするだと!?)


堂島「望月、大人気ないぞ。俺たちはボールを返しに来ただけだろう」

望月「さっき、このボールを外まで飛ばしてきた奴はどいつだ?!」

降矢「俺だよ、チビ」

望月「何っ!!」

堂島「…ほぉ、君野球部なのかい?」


そう言ってじろじろと俺の体を軽蔑のような目で見るハゲ。


降矢「どういう意味だハゲ」

吉田「降矢!言葉がすぎるぞ!!」

降矢「………はぁ、すいません」

堂島「ま、いいだろう、こんな輩を野球部においているという事は実力などたかがしれている、と言う事だ」


なんだと、この野郎。


降矢「おい、ハゲどういう意味だ、そりゃ」

堂島「グラウンドは貴様のような者が立つ場所ではない!!!!」


いきなり俺のほうを向いてすごい形相で叫ぶハゲ。


降矢「…あっそ」


別に俺だってそう思ってるし、お前に言われる筋合いは無い。


望月「…あの球、本当にお前が飛ばしたのか?」

降矢「試してみるか?チビ」





二人、にらみ合う。


望月「いいぜ、勝負は三球、”球に当てたらお前の勝ち”にしてやるよ」

堂島「望月!」

降矢「おもしれぇ、チビ。返り討ちにしてやるよ」

望月「いいですね堂島さん、この野郎の鼻をへし折るまでは俺は帰りませんよ」

堂島「…好きにしろ」

冬馬「降矢!望月君は…!」

降矢「ちんちくりん一号は黙ってろ」

相川「キャッチャーは俺がやろう、いいな吉田」

吉田「うむうむ、これぞ青春なり!」



キャプテンはなんだか感動しながら首を上下させている、ほっておこう。

俺はさきほどのバットを手に取って、そのままメジャーリーガーのようにグルグルと回してみせる。

軽く素振りを二三回繰り返した後バッターボックスに入る。



降矢「いいぜ、いつでも来な」

望月「後悔するぜ、金髪野郎!!」



こちらは冬馬と違って足はあんまり上げないが、小さい体の割には豪快なフォームで右肩がしなる。


望月「どりゃぁーーっ!!」


威勢のいい掛け声とともに投げられたボールはすごいスピードで相川先輩のミットに納まる。


ドバァッ!!!


相川(おいおい…これで一年かよ)

冬馬「わーっ!」

緒方先生「速ーいっ!」

降矢「外野うるせぇ!!」

望月「どうした、もう恐れをなしたか?」

降矢「…ちっ、よくしゃべる口だ。ねじこんでやろーか?」

吉田「ふーむ降矢、ちょっとこっちへ来い!」


キャプテンがタイムのポーズを手で取ってこっちに叫んだ。


望月「お、おい!そんなのありかよ!?」

吉田「これでも降矢は初心者だ、それぐらいは勘弁してくれや」

堂島(…ということは初心者があそこまでボールを飛ばした事になるのか?)




キャプテンはかがむように指示して、俺の耳を近づける。



吉田(いいか、降矢、相手は自信満々だからまず変化球は無いだろう)

降矢(変化球?)

吉田(うむ、曲がる球や落ちる球は無いってことだ。次にお前の目なら、アイツの球筋を見切ることはまず不可能だろう)

降矢(悔しいっすけど、当たり。球速くて見えないッス)


見た目明らかに冬馬の球よりも早そうだ。


吉田(そこでだ、いいか、相手が振りかぶった瞬間から1.2.3を数えて、真ん中を思いっきり振りぬけ)

降矢(え?そんなんでいいんスか?)

吉田(うむ、今の球もど真ん中だし…。お前には多分ど真ん中しか投げてこないだろう)

降矢(1.2.3スイングッスね)

吉田(そうだ、よし、行って来い!)



マウンドの望月は相変わらず余裕の表情だった。


望月「降参の方法でも相談してたのか?」

降矢「まずはその口…黙らせてやるぜ」

望月「ド素人が!!!」



望月が、球を…投げる!



降矢(1…2…3!!!)


ブンッ!!

ズバァァン!!!



冬馬「空振り…!」

堂島(いや…わずかだが、かすっている)

望月「どうした、後一球だぜ?もう終わりか?」

降矢「いや、今ので見切らしてもらったぜ、おチビちゃん」


望月の顔が急に赤くなる、どうやら逆鱗に触れたようだ。


望月「チビって言うんじゃねぇぇぇーーー!!!!!」

降矢「いち、にぃ、さん―――ッ!!!!!!!」



降矢のバットが…ボールを、捉える!!

―――バキィィン!!!

当たった!球は望月めがけて飛んでいく!


望月「うおおお!!!」


バシィィ!!



…どうやら、顔面直撃にはならなかったようだ。

顔面ギリギリのところ、グローブでキャッチしていた。



望月「…っ!!」

降矢「…惜しい、あと一息でその口ぶち壊せたのによ」

望月「…お、俺の球を当てた…?」


まさか、こんな初心者に…?

望月の頬を嫌な汗がつたった。


堂島「望月、勝負はお前の負けだ、帰るぞ」

望月「ま、待ってくれ堂島先輩!結局はピッチャーライナーでアウト…」

堂島「見苦しいぞ望月!!!!!!!!!!」

望月「…っ」


キーン…ビリビリ。

どうでもいいが堂島はずいぶんとでかい声だ、冬馬も緒方も頭をふらふら揺らしている。


堂島「バットに当てられた時点でお前の負けだ、行くぞ」

望月「…この借りは、いつか返すぞ金髪野郎」

降矢「…十年早ぇーよチビ」


そう言って、望月と堂島は出て行った。



冬馬「降矢ーー!!!」


ばふっ、と抱きついてくる冬馬、

降矢「ええい!男が抱きつくんじゃねぇ!うぜぇ!マジうぜぇ!」

冬馬「すごいよ!降矢!お前本当に初心者か?!あの当たり、望月の真正面じゃなきゃ確実にヒットだよ!」

降矢「当たり前だ、俺を誰だと思ってやがる」

吉田「降矢ぁぁぁーーー!!」


あああ、キャプテンまで!暑苦しい!マジうぜー!!!

降矢は誰が見てもわかるほど、嫌そうな表情を浮かべた。


相川「…降矢!」

降矢「なっ!なんすか!?」


またか!?








相川「―――手の痺れ、取れたか?」



しかし、降矢に抱きつくことは無く、相川先輩はミットを外しての手を見せた…その手は赤くはれ上がっていた。



冬馬&吉田「!!」

降矢「…桐生院とか。流石ッスね、まだビリビリしてますよ」

相川「…奴め、相当な球威だ、ただのストレートなのに、まだミットの方の手がしびれてやがるぜ」

緒方先生「そんな子から打った降矢はエラーーイ!!!」


むにぃっ。

力強く抱きしめられた、当然顔は胸に埋まる。


降矢(おおっ!!…や、役得か)

冬馬「俺のときと反応が全然違う…」


むにむに…うるせぇ、男の癖に女と張り合うってのが間違ってるのだ、降矢は若干口元を緩ませた。


降矢「しかし…初日だってのにエライ目にあっちまったな…」














望月は先ほどからだんまりであった、やはり降矢が球を当てたことを気にしているのだろうか。


望月「…」

堂島「過ぎたことだ気にしても仕方が無い、恥じるなら己の慢心を恥じるんだな、三球続けてストレートなど…」

望月「違います、俺は確かに最後フォークを投げました」

堂島「…何?」

望月「フォークだったから、落ちた分だけピッチャーライナーです、ストレートなら…今頃ここまで持ってこられてますよ」


望月は自分の地面…校外の道路を指差した。


堂島「…将星高校か、まぁ路傍の石にすぎん…」




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