002不安だらけだべ





















降矢「…」


隣には、もうすでにユニフォームを着た気合十分の冬馬、まるで今から遊園地に行くような目の輝きだ。

反対にブレザーを着崩して部室の壁にもたれた降矢は、こめかみを押さえて軽く後悔していた。


吉田「初めまして!俺が二年のキャプテン吉田傑(よしだすぐる)だ、ポジションはサードだ!よろしく!」


頭を短く刈った熱血感と言える好青年。

瞳は隣の冬馬と同レベルでキラキラ輝いている。

…これが、青春の輝きなのだろうか。


相川「主将が暑苦しい奴でスマンな。俺は二年の相川大志(あいかわたいし)、一応副主将なんだが、ま、気にしなくていい、ポジションはキャッチャーだ」


こちらはうってかわって、逆立てた髪の毛と、性格もクールそうな先輩。

なんだか、凸凹コンビというのがぴったりの個性豊かな二人だ。


緒方先生「それで、私が顧問の緒方よ」


乳でか、メガネ、お色気、といった三種の神器を備えている…いや、関係ないか。












冬馬「俺は一年三組の冬馬優です!よろしくお願いします!」


こちらも熱い、熱血自己紹介、ちんちくりんのくせに生意気な。


吉田「それで、そっちの君は!」

降矢「…俺は降矢、そこのちんちくりんと同じクラスだ」

冬馬「誰がちんちくりんだ!」

吉田「はっはっは!そうか!よろしくな!」


輝かんばかりの白い歯をにかっと笑わせて、右手を差し出してくる吉田先輩、…いや、こういう人は苦手だ。

だが、先輩にいきなり逆らうわけにもいかないだろう、やや控え目に手を出す降矢、案外マジメな部分だってあるのだ。


降矢「…よろしく」

吉田「おう!よろしくな!」


しかし、この人たちは降矢の見た目をなんとも思わないのだろうか?

…この学校に来てうんざりするほど、人の目線は感じてきたのだが。


吉田「それじゃ、早速練習行こう!今日はそうだな〜よし!初めての部員だから、バッティング練習でもしてみようか!」

冬馬「本当ですか!?」

吉田「おう!よーし、そうと決まったらバット、バット〜♪」

冬馬「わぁ〜い!」


部室へと消えていく二人…なんて適当な、ここはリトルリーグか。

と、肩を叩かれる。


相川「お前も部に入るんだろ?ついて来い」

降矢「いいのか?俺なんかが入っても」


と、相川先輩が振り返る。


相川「どういうことだ?」

降矢「…俺は高校球児なんてガラじゃないだろう?」


両手を広げて自分の格好をアピールした。


相川「じゃあ、何で野球部に来たんだ?」

降矢「は?」

相川「野球をするためだろうが、違うか?」

降矢「…はぁ」

相川「格好で野球ができないような部じゃない。大体この人数じゃそんなこと言ってられないだろうが」


そう言ってきびすを返すと、相川先輩はあの二人の後についていった。


降矢「…」


降矢はその後姿を呆然と眺めてることしかできなかった。



降矢(…なんだよ、案外かっこいいじゃねぇか、先輩)

緒方先生「さぁ、行くわよ」


降矢の肩をぽんぽんと叩く先生。


降矢「アンタも、俺のこと外見で判断しなかったな」


ホームルームの時も、授業の時も、このウシ乳にはあまり怒られた記憶が無い。


緒方先生「…つっぱってるくらい可愛いもんよ」


外見の割に説得力のある言葉だった。


緒方先生「さ、行きましょう、これで、後五人よね」


もうすでに俺は入部決定済みらしい。











吉田「まだ、部員数が少ないからグラウンド使用は許されてないんだ、だから俺たちはサブグラウンドで練習してる」

降矢「この大きさで、”サブ”ね」


さすが私立、サブグラウンドでもかなりの広さを誇っている。


吉田「ありがたいことに、部員数が少なくてサブグラウンドを使ってる部は野球部だけだから、実際うちが独占してるようなものだ」

冬馬「へぇ〜、ネットとかもあるんですね、意外としっかりしてるなぁ」

吉田「いや、うちは部費がおっそろしく少ないから、色々と工夫してる。ちなみにアレは俺の親父の漁船の網だ」



確かに、普通ネットというのは緑色なのにあれはどうみても深い青色がかっている、気のせいかもしれないが生臭い。


冬馬「あ、あはは…」

相川「冬馬、とか言ったな、お前ポジションはどこなんだ?」

冬馬「あ、は、はい、ピッチャーです!」

降矢「…ピッチャー、ね」

冬馬「な、なんだよその顔は!」


当然だ、ただでさえ小さいのに、そのくせピッチャーとかほざくか、このガキャ。




吉田「ピッチャー!?そうかそうか!それじゃ、いっぺん投げてみてくれないか?!」

冬馬「へ?…お、俺がですか!?」

吉田「おい、相川お前キャッチャーマスク持ってこい!」



苦笑して頷いた相川先輩は、キャッチャーマスクをつけて戻ってきた。



吉田「相川は中学の時から俺と一緒に野球をやってた仲間だ。ずっと捕手やってたから遠慮はいらない!思い切り投げ込んでやれ!」

冬馬「…あ、はい!」



驚きながらもマウンドにあがった冬馬はちょっと立派に………はやはり見えなかった。

帽子をかぶり直して、右足を大きく上げる冬馬。



降矢「…ん?アイツ”左利き”だったのか?」

吉田「!」


そのまま腰をひねり、地面すれすれの所から球を放り出す。






吉田「『左のアンダースロー!!』」


良く知られてる…いわゆるプロ野球選手が良く投げている上からの投げ方じゃなかった。

どちらかと言えばソフトボールのような…吉田先輩はアンダースローとか言ってるけど。

放たれたボールは、手と同じく地面すれすれを通り、まるで地面から浮き上がってくるようにミットに収まる。


ズバァン!


小気味よい音が、ミットに響いた。



相川「…ほぉ」


…正直驚いた、あのちんちくりんがこんなことができるなんて。



冬馬「ど、どうですか!?」

相川「なかなか…す」吉田「すごいじゃないか冬馬!!今の割とスピード出てたぞ!!」

相川「最後まで言わせろよ」



冬馬の手を取り合って喜ぶ吉田先輩、すごいのかどうかは、正直降矢にはわからなかった。

握った手を立てにぶんぶんと上下させまくる。

ちんちくりんは目を回して、あうあうしていた。




相川「左のアンダースローか、随分珍しいのに出会ったもんだな」

緒方先生「それって、すごいの?」

降矢「…アンタ顧問のくせに知らないのかよ」

緒方先生「あ、あはは、私は初心者だから…」


知識な無いようだ、乾いた笑いでしらけを誘う。

どうやら、成り行きで顧問になったようだ。


吉田「何いってんすか!左のアンダーなんて日本中探してもこの冬馬以外いないっすよ!」

相川「そんなことはない…が珍しいことには変わらないな」

緒方先生「それはすごいわ!」


…曰く、すごいらしい。


冬馬「はやや…あ、あの、先輩痛いです…」


さきほどから冬馬の両手を掴んだままだった。


吉田「む、そうか、スマンスマン!はっはっは!これでまた甲子園に一歩近づいたな相川!」

相川「それはちょっと、いや大分遠いな」

吉田「それで、降矢は…」

緒方先生「降矢君は初心者よ」


不本意だがしょうがない、事実は事実だ、冬馬を見ている限り降矢は何の力にもなりそうに無い。


吉田「おお、そうか!はっはっは!気にするな!じゃとりあえず、素振りしてみよう!」


爽やかな笑顔で、バットを渡される。

さすがに持ち方ぐらいはわかる、右手を上にバットを持ち、構えてみる。


吉田「おおっ、何かオーラを感じるな!」

相川「というか殺気というか…」


…釘バットは振ったことがあった、いや人に危害は加えていない、威圧である、降矢の為の弁解終了。


吉田「よし、振ってみてくれ!」


みんなが降矢に注目していた。

よし、ここはちょっと思いっきり振って驚かしてやろう、そう思った。


緒方先生「気負わなくて良いわよ、初めてでしょ?」


…緒方先生に言われると違う意味に聞こえるな、いや、この際それはどうでもいい、余計なお世話だ。

左足を上げて、腰から順に全筋肉に意識を集中させて。


降矢「振りぬくべし!」



―――ブオン!!!!




…。

降矢「…」


皆、黙ってしまった。

っていうか初心者に期待しすぎなんじゃないのか、この人たちは。









相川「…降矢、お前バッターボックスに立て」








降矢「…は?」

相川「いいから、早く」

降矢「…はぁ」


納得のいかないまま、俺はバッターボックスに立つ。


相川「冬馬、一球投げてくれんか?」

冬馬「はい、構わないですけど…」

降矢「なんなんすか、これは」


相川「今から、冬馬がストレートをど真ん中に投げる、お前はそれを渾身の力で振りぬけ」


降矢「…言ってる意味がよくわかんないっす」

相川「思い切り打てってことだ」



なるほど、とてもわかりやすい。



冬馬「じゃ、じゃぁいくよ降矢」

降矢「いいから早くしな」


冬馬がさっきと同じように右足を高く上げ、そこから上体かがめて、地面すれすれからボールを放つ。


降矢「うお!」


さっきは普通に見えたけど、実際に投げられるとまるで地面から浮き上がってくるみたいだ。


ズバァン!!


…バットを振ることができなかった。



相川「思い切り振れって言っただろ」

降矢「…す、スイマセン」


思わず敬語になってしまう。

降矢(まずいな、野球なめてたぜ、まさかこんなだとは思わなかった)

そう思った降矢は自分でも信じられないくらい素直に謝っていた。


相川「もう一球行くぞ」

降矢「…はい」


今度は何も気にしない、思いっきり振ってやる。

降矢(打ってやろうじゃねーか)

冬馬がボールを放つ!!






降矢「…がっ!!」




ガキィ!!!!









振り切った、振り切ってやったぜ。

どうやらボールには当たったみたいだな…。


降矢「ところで、ボールはどこいった?」

冬馬「…」


向こう側の冬馬は呆然とした表情で首だけ後ろを向いている。

相川先輩もセンコーも同じ方向を見ていた。



降矢「…どうなったんすか」


地面にへたり込んだ俺は誰ともなくに尋ねた。


吉田「場外ホームランだ…!」

相川「…サブグラウンドのはるか向こう側に消えていったよ」


へ?ほ、ホームラン…?


吉田「ふ、降矢ーーー!!!」

降矢「うお!?」


ガシィ!と手を掴まれる。


吉田「すごいぞーっ!お前は本当に凄い!本当に初心者かーっ!?」

相川「スイング自体はあんまり綺麗じゃないが…パワーは本物だ。よくあのフォームで飛ばしたな…これはひょっとすると…、いやマジで甲子園がちらっと見えたかもしれないな」

何だか、盛り上がってるみたいだが…。


冬馬「降矢!お前凄いな!!」

緒方先生「何よ何よ!能ある鷹は爪隠すって奴!?」



…ほめられて、気分は悪くなかった。













そのころ、将星高校の外側の歩道。


???「…おお、これ野球のボールですよ」

???「グラウンドの向こう側から飛んできたようだな」


黒い学ランの二人、肩に下げたスポーツバッグ。

二人は他校の偵察に行ってきた帰り道だった、この近くにある他の高校の野球部の、だ。


???「まさか、こんな高校聞いた事無い」

???「…ふーん、ちょっと行ってみません?こんなところに野球部があるなんて知らなかったし…」

???「お、おい望月!」

望月「今の高校球界で投げたにしても打ったにしても、こんなに広いグラウンドから飛び出すような球を放つような奴はいないですよ」


そう言って望月はニヤリ、と笑った。


???「ふぅ、仕方の無い奴だ…」

二人は将星高校の門をくぐっていった。






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