未来が、あの人に出会ったのは、同じクラスになってからでした。
始業式のその日に、いきなり壇上で「俺はこのクラスの破壊王」になるって大声で叫んだもんだから、それはびっくりしました。
そのインパクトが大きくて、この学校で始めて顔を覚えた男の人でした。
今までずっと女の子としか仲良くしてこなかった、大人しい未来だから。
男の人のイメージはあんな感じの人なんだなぁ、って思いました。
後で、それは間違いだった、って気づきましたけど。
それでも彼はとっても変な人…ううん、楽しい人なんです。
ある日のことです。
未来が仲良くお友達とお話していると。
「こらぁ!女同士で仲良く楽しそうだなぁ!」
思わず固まってしまいました。
いきなり、そんな風に話しかけてくるもんだから、止まってしまいます。
お友達も固まっていました。
彼は何故か憤りながら意味不明な単語を羅列していきます。
でも、最後には。
「ごめんなさい、俺も女子と仲良くしたいんです、混ぜてください」
って今までが嘘みたいに、あまりにも情けなく頭を下げるもんだから、思わずおかしくて笑ってしまいました。
その日が、彼とお話した、初めての日でした。
唐突に訳のわからないことを言い出したり、おちょくったり、いじめられたり。
彼は見ていて飽きません。
結局彼が意味不明な…その、しもねた?というのを言い始めるとお友達や、他の男の子たちに連れて行かれてしまいました。
お友達は呆れかえっていましたが、それでも嫌ってはいないと思います。
だって彼が話した後はみんなさっぱりしてたから。
そんな彼のことが好きになったのは、突然でした。
恥ずかしいですけど、今まで恋愛というものに縁が遠かったんですので、最初は何かわからないけど、お友達に話すとそれは恋だね、といわれました。
図書委員である未来は、たまに蔵書整理で重い本をたくさん図書室に運び込まなければいけないときがあるんです。
とりあえず、たくさん本の入った段ボール箱をグラウンドのトラックから一階のエレベーターまで運ぶだけなんですけど、あまり運動が得意でない未来はそれでも辛くて…。
廊下の途中で、思わず力が抜けて座り込んでしまいました。
「ほーい!呼ば・飛び・ジャーン」
「きゃあっ!?」
いきなり後ろから声をかけられたので、思わず飛び上がってしまいました。
「そんなに驚く事じゃないだろう、略しただけだ、ハックション」
「へ?へ?」
「これはこれは、桜庭ラバラバ図書委員じゃありませんこと。何どうしたの!?まさかそれっぽっちの荷物でへこたれたっていうの!?」
「は、はぃ…お恥ずかしながら」
「馬鹿ぁっ!」
彼はいきなりどこから取り出したのか、ハンカチをかみました。
ご丁寧に目薬までさしています。
「そんな…ひろみが、ひろみがそんなに情けないだなんて…コーチ悲しい!」
「あ、あのぉ…」
「大丈夫だぜ!サクラバー!俺に任せろ百人馬力だ!」
「へ?へ?」
未来がぼーっとしてる間に彼はいともたやすくその段ボール箱を持ち上げます。
思わず拍手してしまいました。
「いやいや照れるぜ、照れるぜ照れるからやめろこらぁ!」
「は、はぃっ!!」
褒めたのに、怒られてしまいました。
彼は普段ずっと笑顔なんですけど、時々意味も無く怖くなります。
「うへへ、びびったラバラバって可愛いのぉ〜」
「…ぁ」
でも、次の瞬間には人を食ったように満面の笑みを浮かべているのです。
良くわからない人です。
でも。
段ボール箱を運んでくれた彼の後姿を見ていると、何故かどきどきしてしまいました。
それからはなんとなく気がつくと彼を目線でおっていたり、彼のことを考えてたり。
側に近寄るとどきどきして、離れるとちょっと寂しくなります。
それは、恋だそうです。
誰に?という問いに、彼、と答えると、悪いこといわないからやめときなさい、といわれました。
くすん。
彼には仲の良い女の子がいます。
名前を近松さん、といいます、とっても可愛い女の子です。
近松さんは、未来と違ってとっても元気がいいです、それに言いたいこともはっきり言いますし、女の子にも男の子にも人気が高いです。
その上優しいし、面倒見がいいし、未来みたいなおとなしい子にも話しかけてくれます、非の打ち所がありません。
それに…もう一度言いますけど、近松さんは、彼ととっても仲がいいんです。
とっても羨ましいです。
近松さんは彼の前の席で、いつもいともたやすく彼に話しかけます。
彼がぶつぶつとつぶやくと、軽く叩いたりしてます。
すごいです、あんなに簡単に男の子と接することができるだなんて…。
未来みたいな引っ込み思案からすれば羨ましくてたまりません。
彼が近松さんと笑いあったりするところを、未来はずっと離れて見てました。
…あっ!吹っ飛ばされました、痛そうです…。
手を上げた近松さんも少し、しまった、という表情をしてます。
きっとわざとじゃないんだと思います。
だけど、彼は暴力を振るわれてむしろ喜んでるようで、その辺り微妙にかみあってるようでかみあってないようで、未来はくすくすと笑ってしまいます。
家に帰ると、妹とママがいます。
お父さんは海外へ仕事へ行ってて、一年に一度家に帰ってきます。
だから家は女の人だけです。
自然と言う事も決まっちゃってて…中学生の妹はいつも学校で格好良い男の子の話ばかりです。
ママはクスクスと笑うんですが、未来としてはそれだけ男の子と話せるのはすごいなぁ、と思ってばかりで、お姉さんとしてなんだか悔しい気持ちでいっぱいです。
「お姉ちゃん、線はいいのに、性格が駄目よ」
駄目だしされてしまいました。
「でもでも、もうその年でしょ?気になる奴の一人や二人いるんじゃないの〜?」
「え?…え、えと」
「あ!その反応!いるでしょお姉ちゃん!だれだれ?お姉ちゃんは部活入ってないから…図書委員の先輩とか?同じクラスとか?」
……とっても、顔が熱い気がしました。
でも、妹に対して嘘はついてはお姉さんとしての威厳が保てないので、ゆっくり頷きました。
「おー!あの奥手なお姉ちゃんがねぇ…ボクは嬉しいよ」
「…も、もういいでしょ」
「駄目駄目、ねぇねぇ、どんな人なの?イケメン?」
「うーん…変な人、かなぁ」
「…は?」
「で、でもでも!その、優しくて面白くて…たまに優しいんだぁ」
「ふーん、にやけちゃって。ぞっこんだね」
「に、にやけてなんかないもん!」
「あらあら、一度家に連れてきて欲しいわね」
「ま、ママまでっ!」
こんな感じで彼のことが好きなのかなぁ、って思い始めてからは家ではからかわれっぱなしです。
でもそれがこそばよくて、気持ちよく感じる時があるのが、彼のことを未来は本気で好きなのかなぁ、って感じるのです。
そんなある日、突然近松さんが様子を変えました。
急にそわそわしたり、顔を赤らめたり。
もしかして、近松さんも彼のことが好きなのかな…。
十分あり得る話だと思いました、あれだけ近い距離にいた二人だから…もしかして。
そんなことを考えた瞬間に心が苦しくなりました。
きゅんっ、て胸が引っ張られる感じ。
これってやっぱり少女漫画で書いてたアレなのかな…本当にそうなるだなんて。
…そう考えると急に彼のことで頭がいっぱいになりました。
近松さんとつきあってる彼を嫌だな、って考えてしまいました、未来は嫌な子です。
自分で自分が嫌になりました。
翌日、近松さんが学校を休みました。
「近松にプリントを渡さなきゃならんのだが…誰か頼まれてくれんか?」
先生が休みの近松さんの分のプリントを渡す人を探してるようです。
「はいはい、先生」
「お、北河、お前いってくれるか」
「はい」
「じゃあ、頼むぞ」
なんとお友達が自分から手をあげて先生からプリントをもらってきました。
「…アレ?舞、近松さんと家近かったっけ?」
「何言ってんの、未来。あんたが渡すの」
「…へ?」
急に耳に口を近づけて小声で話し出しました。
(あんたアイツ好きだって言ってたでしょ)
(す、好きだなんて、そんな…)
(確かアイツ近松さんと家近いからさ、一緒にプリント渡してきなさいよ)
(ええっ!?)
ついつい後ろを振り向いてしまいます。
近松さんの後ろにいる彼は、ぐーすかぴーと可愛らしく寝息を立てています。
(…で、でも)
(後はアタシらが上手くやっとくから、ほらほら)
(うーん…)
無し崩し的に近松さんの家に一緒にいくことになりました。
でも彼は駅でなんと海の方面へ行こうとしました。
「あれ?どうして反対側に行くんですか?」
彼は未来に近松さんの家に近い駅を教えて、中央新都心方面とは逆の、海の方面への号線に向かう。
「地図では近松さんと同じ方面のはずなんですけど」
「俺はちょっと寄る所があるんだ、道案内はここまで、じゃあな」
「ま、待ってくださいっ!」
「あんだよ、別に俺に用があるんじゃないでしょー、近松っちゃんに用があるんでしょー」
「い、いえお供します!」
「なんで」
「え、あ、あのその…」
「一人の方が気楽なんだ、なんせ今から俺はルパンの三代目の如くカリオストロ城らしきところへ忍び込むんだ」
「そ、そうなの!?」
「…わざと?」
「え、いえ、さっき御曹司って言ってたからすごいこともやってるのかな、と」
彼、黙ってしまいました、スゴイ目で見てきます。
うぅ、未来駄目な事言っちゃいましたか…?
「俺は行くぞ」
「つ、ついていきますっ!」
…はわわ、冷静に考えるとすごいこと言っちゃったような…。
「どーして」
「そ、その…い、一緒にいると、面白いので」
「…」
ま、また黙っちゃいました、ぅぅ。
「もー追い払うのもめんどくさい、好きにしてくれ」
「は、はいっ!」
な、なんとか了承を得ました…。
その後、どういうわけか未来たちは元暮灯台に到着しました。
…あれ?
なんだか未来が混乱してるうちにも彼はどんどんどんどん先へ進んでいきます。
灯台の中は薄暗くて、なんだか君が悪いです。
薄暗い螺旋階段、入ってくる明かりは小窓からの太陽に光だけ、懐中電灯とかないと進めないですよ〜。
バタバタバタバタッ!
「ゃあああああああああ!!」
な、何かが未来の顔に、顔にぃ〜〜!?
「うおあっ!どうした桜庭!」
「い、今、なにか、なにかぁぁ〜〜〜」
「ああ、コウモリだ」
「こ、コウモリ!?」
…ぅぁ、き、気が遠く…。
「お前、灯台を甘く見るなよ、ふふふ…俺もいまだにここにいる生物の全てを網羅していない」
「そ、そんなぁ」
な、何がいるんですかぁ!?
怖くなって、ぎゅっと、彼の腕を握る。
…あ、触っちゃった……。
…暖かい。
「怖かったら捕まってろ、ここまで来たらもう帰れとは言わん。最後まで行くぞ」
「う、うん…」
「っていうかお前さっきからずーーっと顔赤いけどさ、風邪ひいてんの?」
「え、え、いや、そんなことないですよっ」
ふわっ!か、顔あかくなってるんでしょうかっ!?
ううっ、は、恥ずかしいです。
「おい、でこ、貸してみろ」
「へ、はわわわっ」
て、手のひらが額に…。
「……っ!!」
はわわわわわわわわわ。
「熱いね。といっても、この暑さだからなあ、正味よくわからん。…ちょっち待ってろ」
「?」
彼は肩にかけた通学鞄の中から何かを取り出しました。
どうやら保温用のカバーにつつまれたペットボトルみたいです。
「これを額に当ててろ、ちょっとは涼しくなるはずだ。もしかしたら顔が赤いのは熱中症かもしれんからな」
…あ。
…えへ、やっぱり、優しいんだぁ…。
「あ、はい、あ、ありがとう…」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をされました。
「ええっ!?」
「人から礼を言われるのは大嫌いなんですよぉ僕。別に君が倒れたってどーでもいいんですよぉ、死して屍拾うものはいねぇーんだよぉ。ただね!」
ビシッと指を刺されました。
「お前が倒れたら後で何か言われるのは絶対に俺なんスよ、男女不平等だね」
「……あはっ、ふふふ」
…素直じゃないね…えへへ。
「…優しいね」
さらに嫌そうな顔をされました…どうしてですか?
「…うん、優しい」
「やめてくれ、死ぬ。気持ち悪くて死ぬ」
「いい人だねーっ」
「いぎゃああっ」
耳をふさいで階段を駆け上がって逃げていきます…なんだか面白いですー♪
「えへへ、待ってくださいよぉ」
…と、彼は大きな扉の前で止まりました。
「…さっさと目的果たそう」
「目的?」
「ああ、俺の今日の目的は、アンテナを持ってくることだ」
目の前にある大きな扉を開けると、なんだか色がついているみたいな空気が外に出てきました。。
けほけほっ…埃がいっぱいですー。
「随分と誰も来てないって感じだね」
「前来た時もすでに警察はここには来てなかったみてーだしな」
ちょうど展望台の頂上の狭い部屋、という感じです。
きょろきょろとあたりを見回す前に、目の前にとても大きな窓がありました。。
「わーっ…すごい…」
高いところから、この町が一望できます…すごい、綺麗な景色です。
偶然かもしれないけど、こうやって君とこんなに綺麗な景色を見れたなんて…まるで観覧車に乗ってる気分です。
…なんて、未来、何言ってるんだろ。
「いい場所だね、ここ…」
「いいかどーかは知らんが、普通の人はまず入れない場所アル」
そんな彼は景色には興味が無いようで、部屋の天井をごそごそと何かいじっています。
ギリギリギリ…。
ちょうど上から滑り落ちてくるように階段が天井からぶらさがりました。
「…わ」
「びっくりしたろ、こいつは警察でも見つけられなかったみたいでな、上はほとんど手付かずさ」
首を天井裏の部屋につっこんだまま、彼は喋ります。
「ま、桜庭はそこで景色でも眺めてな俺は仕事がある」
「仕事?」
そう言うと彼はするするっと動物のように上に上がっていってしまった。
そのまましばらく反応がありません。
流石に長袖だと暑くなってきました…ちょっとお行儀悪いですけど、襟元を大きく開けて、手で風を送り込みます。
…しばらくしてもまだ彼は帰ってきません、流石に不安になって呼びかけてみました。
「…あ、あのー、いますかー?」
「いるわい、悪いけどちょっち手伝ってくれねーか?」
「え?なに〜?」
「コイツを上から下ろすんだ」
「…わっ、アンテナ?」
「そーだよ、重たいから気をつけろよっ…。そっち側半分持ってくれ」
「う、うん」
たくさん運動したので、腰が痛いです…いたた…。
「これで、全部出したなぁ」
…あ、暑いです。
ごめんなさい、未来は暑さにも寒さにも弱いんですぅ…。
「うぅぅ…」
「おーい大丈夫か桜庭ぁ」
「なんとかぁ…」
…でも、目がぐるぐる回ります…。
なんだか変な気分になってきました、はぅはぅ。
「…ここって、知ってる人、未来たちだけだよね…」
「あーそうね、誰にも言うなよ。言っても針金開ける技術がないと入れないけど」
「…えへへ、二人だけの秘密か、なんだかいいなぁ、こういうの」
…はぅ、な、何を言ってるの!未来はっ!
…あぅぅ、駄目です、暑さで意識がもうろうと…。
「あーそうね、別に秘密でもなんでもないけど」
「そんなことないよ、秘密秘密、特別な場所」
…唇、柔らかそうです。
近松さんとつきあってるのかな。
でも、やっぱり諦められない。
「…ここだったら、誰もいないよね」
…キス…したいな…。
「あーそうね、さっきから一体なんだってんだ」
ちゅっ…。
「あーそう…」
「………」
あ。
あわ。
あわわ。
あわわわわわわわ!!!
み、未来なんてことをっ!!
「ふ、二人だけの秘密!じゃ、じゃあねっ!未来諦めないからっ」
わわわ、し、しかもなんてことを!
ど、どうしよう…。
帰る間、駅の中で未来はずっとどきどきしていました。
…あ、近松さんへプリントを渡すの忘れてました…。
でも実は今日中、っていうのは口実なのです。
なんだか気が抜けたようで、まだ鼓動はとまりません、ふぅ。
今日は寝れないんだろうな、と思っていたら、夜彼から電話がかかってきました。
相変わらず良くわからない人です、はぅぅ、恥ずかしくてまともにお話できませんでした…。
でも。
「大丈夫、俺、近松と同じくらいお前のこと好きだから、言……」
「ッ!!!」
彼が最後にそのセリフを言った瞬間、未来はのぼせあがって転んでしまいました。
…どういう意味だったんだろ。
最後に何かいいかけてたよね…。
はぅ…せっかくあのキスで、諦めつけようと思ってたのに…。
翌日。
大変な事になりました。
簡単に説明すると未来が…彼に告白寸前になったのです。
…でも、寸前でした。
…お昼に…学校で生徒が刺されたっていう事件が起こったのです。
しかも近松さんの目の前で友達が刺されたらしくて…近松さんはずっと保健室で眠っていました。
その後、何故か彼は未来の家にいました。
帰る道に迷ったらしく、地図を見せて欲しい、だそうです。
…でも、きっと優しい彼のことだから、未来のことを心配して一緒に来てくれたに違いありません。
…そう思うのは、自己満足でしょうか?
妹にからかわれて、ママに笑われて、彼と始めて一緒にごはんを食べて…。
皆と遊んで…まるで彼は来たばかりなのにもう家になじんで、まるで家族のようでした。
不思議な人です…他人にすぐ馴染んで、心を明けさせるのに。
自分のことは、全く言わない。
彼は誰が好きなんでしょうか。
それとも何も思っていないんでしょうか。
仮にも、キスしたんですよ、未来。
…どう、思ってるんでしょうか?
妹と遊ぶ彼の目からは何もわかりません。
流石に時間も六時を越えて、帰る彼。
「じゃ、じゃあ…」
「おう」
「覚えてろよオニーサン!!次は勝つからなー!また来なさいよっ!
「二度とこねーよ」
「あ、あはは…」
「地図あんがとな、後やっぱ物騒だし気をつけろよ」
「う、うん…」
「じゃあママさんに、メシ美味かったって言っといてくれ」
「うん…」
「じゃあな」
言いたいことは色々会って…送ってくれてありがとう、とか。
…未来の事、どう思ってるの、とか?
「あ…」
「…あん?何?」
「……あ、あの……!」
「用がないなら帰るぞ?」
「あっ…!!」
駄目、勇気を出して言わないと…何も変わらないっ…。
「……未来、やっぱり君のことが…っ!」
…うっすら目を開けると、もう誰もいませんでした。
「……?あ、アレ?いない…帰っちゃんだ…」
夜風が薄い桜色のショートヘアーをかきあげる。
「はぁ。駄目だな、未来…もうちょっと頑張らないと…」
…本当に、彼のことはよくわかりません。
一緒にいると安心できるのに、わからないから不安です、とっても変な気分です。
「お姉ちゃん、ぞっこんでしょ」
「の、望っ!」
リビングに帰ってきた瞬間に言われました。
「…ま、でもいいんじゃない?変だけど悪い人じゃなさそうだし、顔も悪くないし」
「も、もぉ…」
「でもお姉ちゃんおとなしすぎだよ、今は女の子から積極的にアタックしなきゃ!男の子はみーんなオクテなんだから」
未来は望ほどパワフルになれそうもありません。
ザーーッ。
と、窓に急に雨音が。
「あれ…?雨?」
「あ、そうそう」
台所で荒いものをしているママの声が聞こえました。
「今晩は台風が来るらしいから、二人とも気をつけてね」
「台風…」
「何に気をつけろっていうのよ、ママは心配性なんだから」
ガガーーンッ!!!
急に、大きな音。
「きゃあっ!」
思わず、頭を抱えてしまいます。
「…か、かみなりだ〜…すごかったね、のぞ…み…」
…。
望は目をつぶって倒れていました。
なんの前触れもなく、急に。
「の、望!!どうしたの!?望!望!」
必死に肩をゆすってみるも、反応はありません。
「そ、そんな!ママ!ママ!望が!望が!!」
望はベッドに寝かせて二階にいます。
息もしてるし、熱もないけど、急に倒れちゃって…。
ママは病院に電話したけど、この台風だから明日の朝まではいけないって…。
お医者さんは単なる疲労だ、って言ってましたけど…。
未来は怖かった。
なんだか、このまま世界が終わっちゃいそうな気がして…。
だから、気づいたら彼の家に電話していました。
不安で押しつぶされそうで…。
しばらくのコール音の後、聞きなれた彼の声が聞こえました。
『もしもし!』
…でも、いつもの明るい彼の声と違って…声はなんだか切迫してました。
「あっ!もしもし桜庭です!」
『ラバーか!大丈夫か!?』
「どうしよ、どうしよぉ!望が…望がいきなり倒れちゃって…!目を覚まさなくて」
慌てて意味不明なことを言ってる気がしました。
…でも、彼の声を聞いただけでちょっとだけほっとしました、彼は大丈夫みたいです。
『とにかく落ち着け桜庭!お母さんは大丈夫か?」
「う、うん。ママは大丈夫…」
『桜庭…とにかくネガティブになるな!』
へ?
「え?!」
『物事をポジティブに考えろ!』
不安な未来を感じ取ってくれたのか、彼は優しい言葉をかけてくれます。
「う、うん…」
『お前は大丈夫!絶対に失敗しない!絶対に事態はいい方向に向かうから!』
「………」
…珍しく、彼にしては焦っていました。
だから、未来もなんだかすっきりと安心できる気分にはなれなくて…。
しばらく無言が続いたので、不安になってきて…。
「ねぇ…どうしたの!?大丈夫!」
『大丈夫…大丈夫だ!俺はずっとここにいるから』
「…え?」
『不安ならずっと電話してればいい、俺はずっと電話しててやるから』
「…え、ほ、本当?」
『ああ。だから大丈夫、俺がついてるから』
「…あ……ぅ、うん!」
彼は、神様かもしれません。
こんなに力強い言葉…あれ?あれれ?涙が…。
『ありがと…う、ぐす…』
「お、おいおい、なんで泣くよ」
『ううん、なんだかほっとして………ぐす…』
「…よし、ちょっと待っててな、俺もやらなきゃならないこともあるんだ。受話器はつけっぱなしにしとくからな。大丈夫だから。」
『…うん、うん…わかった』
ごとり、と受話器を置く。
彼はその後、皆を助ける為に何かを作ってるらしく、電話の向こうで悪戦苦闘してました。
女の人の声も聞こえたのですが、誰でしょうか。
…こんな状況でそんなことを考えるなんて…本当、未来は嫌な子…。
「ゴトンッ」
!?
急に受話器が落ちる音がしました、向こうからは何か彼が苦しんでる声が聞こえます。
「ど、どうしたの!?」
返事は返ってきません。
その代わりに誰かと話しているような声や、怒鳴るような声が聞こえてきて…。
「…大丈夫!ねぇ!どうしたの!?」
一向に返事がありません、未来はどんどん不安になって…。
心が締め付けられるみたいで…。
君の側にいれないことが、どれだけ心細いか…わかってしまって…。
「…嫌だよ!未来をおいていかないでよ!」
『桜庭ぁ…』
その時でした、わずかに受話器から彼の声が聞こえたのです。
「…!!どうしたの!?大丈夫!?ケガとかしたの!?」
『―――生きてもう一回会ったら、もっかいキスしてくれ』
『―――ごとり』
「え!?え!?ど、どうしたの!?なんでそんなこと!」
「もしもし!?もしもし!?ねぇ!ねぇ!!」
…その声は、その彼の声は…なんだかすごい鬼気迫ってるようで。
別れを告げるみたいで。
―――バチィンッ、っという電気が漏電したような音の後。
―――彼の声は二度と聞こえてきませんでした―――。