「さ、さきっち…!」
ギリと歯軋りを噛む。
雨が口の中に入ってくる。
「…久しぶり、トンカツ君」
「トンカツじゃねーよ」
視線で殺すほど睨む。
「沼田も堀田もキサマの仕業かぁ…っ!」
「…へ?あ、あのーどうしてそんなに怖い顔してるんでしょうか?」
「とぼけんじゃねぇ!俺の知り合い二人もやっておきながらその上近松を渡せだと!?ふざけんなオラ!」
「え、えーと、ああ…それはどう説明したら…」
何故か小首をかしげて悩む彼女、散々やっておきながらなんて野郎だ。
無邪気な悪魔って奴か…!
「…ど、どうしたの…?」
俺に体を預けていた近松が俺を見上げる。
髪の毛も目も雨で濡れている。
あごの先から滴り落ちる水滴が、制服のスカートに落ち色をさらに濃くする。
「近松…どいてろ!コイツが…コイツが皆をやった犯人だ!!」
「ええ!?」
「ち、違います!違いますよぉ〜!私は…」
「黙れぇぇぇぇぇ!!!」
近松を振り払って走り出す。
水溜りを越えて、一心不乱に走り出す。
言葉と判別できない叫びは雨の音にかき消されて消える。
そして彼女の肩を掴むと、勢いをそのままに地面に押し倒した。
「きゃあっ!」
水しぶきをあげて彼女は倒れこむ。
拳をかざして見下ろす、彼女に言及する。
「答えろ!一体何をやったんだ!」
「ちょっ…アンタ…っ!」
近松が後ろから肩を掴むが、かまうもんかもう。
「黙ってろ!」
ドシィッ!
拳を地面に横たわる彼女の横に打ち下ろすと、小さな悲鳴があがった。
「さぁ答えろ!アイツらに一体テメェは何をしたんだ!!」
「ち、ちちちちがいます!わたしは何もやってませんってばぁ〜」
涙を瞳に浮かべて必死に首を横に振る。
「まだ言うつもり…」
ぐい、と襟を引っ張られた。
「ちょっと!マズイわよ!ここで騒いだら人が見てる…」
「……」
「…ぁ」
振り返ると近松が言葉を止めた、何かとても恐ろしいものでも見たような目で俺を見ている。
黙っていると泣き出しそうな近松はおそるおそる俺の襟首を離した。
…そうしている内になんだなんだ、と雨の中だったが光景が珍しかったらしく道行く人が足を止める。
そりゃそうだ、どしゃぶりの雨の中で男が女を押し倒してるもんな。
思わず舌打ちした、吐いたツバは地面の水溜りに浮く。
俺がさきっちに視線を戻すと、解凍されたように近松が喋り出した。
「一体どうしたのよ、この娘が何かしたって言うの?」
「コイツは…」
「あ、あのぉ…何か誤解が生まれてるようですけれども、弁解をさせてくださいよぉ」
眼下には相変わらず情けないの一言のさきっちが首を壊れそうなぐらい振る。
…俺、そんなに怖い?
「…」
「アンタ、この人が犯人だって言ってたけど、全然そんな感じしないんだけど…」
「…」
同感。
犯人というにはあまりにも寝ぼけすぎてる。
「それに…堀田さんを刺したの…この人じゃないよ」
「は、はぃ〜」
「だがコイツは沼田を…!!」
「それは話すと長くなりまして…あーん、どうして人に見られちゃったんだろ…」
「とりあえず離してあげてよ…このままじゃ警察呼ばれちゃうよ」
「…ちっ」
手を離すとさきっちは立ち上がりそのままブツブツと独り言を始めた。
「…とりあえず、二人とも俺の家へ来い。聞きたいことがある」
「…」
「…うん」
二人とも、頷いた。
…は?頷いた?
…ちょっと待て俺!冷静になると俺とんでもないこと言ってねーか?
し、しまった、シリアスになりすぎたー!おいおいおい、今更帰ってきてもこまるぜヒーローオブザコメディ。
なんか場が落ち着いた瞬間に俺に笑いの神降りてきたフィーバー!
あ、雨で…いやいや水でびしょぬれになった女性二人を部屋に連れこむだなんていやーんハレンチ!
「…」
くねくねと踊る僕に二人ともグレードシカトクラッシュ。
っていうかそこ!近松さん得意のつっこむところでしょ!
「…」
おーい、無視?
…そのまま無言で電車に乗る三人、しかもずぶぬれ。
車窓から切り取られた画像が流れていく、外は相変わらず豪雨、だがどうでもよかった。
冷房機の低い音、ブレーキ音、ガタンガタンと電車が揺れる音、普段心地よい揺れも今は心地よくなかった。
そんなことをぶっとばすくらいかなり刺激的な映像が俺の目下にある。
…おお、おおお!近松の制服が透けてブラが…。
う、上から覗いたら…ピリオドの向こうが見…って違ぁーーーー!!
い、いやしかしさっきのシリアスから一点、そんなことを口走れば間違いなくぶっ殺されるを通り越して関係を絶たれる!
い、いやしかし…濡れた髪といい先ほどの泣いてた表情といい、近松め、ちょっと知らない間にこんなに色っぽくなりやがって、お父さん嬉しいやら悲しいやら。
うーん、こうしてみたら出るところ出てるし、引っ込む所引っ込んでんなぁ。
スカートもケツに張り付いてライン丸わかりだし、うわー。うわー。
それが右の人。
左の人もびしょぬれなんだけど…ゴシック服ってどうしてもバサバサ分厚いから濡れても全く魅力無し。
でもさきっちの濡れた唇がセクシィ、待てよ、いやいやいや俺さっきこの人押し倒したんか、今更うへへ。
濡れてるので座るのも悪いなぁ、とドア側に立ってたんだけど、何故か両手の花は俺の側に立っている。
近松に至ってはずっと俺の制服の上を掴んで離さない、不安そうな表情も変わらない、なんかアレだなぁ、普段と違う雰囲気だナぁ、なんつか桜庭みたいな。
しかしアレだなぁ、雨は女をエロくするな、全くの偏見だが。
側に置いてみると激しくそう思う、アイドルビデオとかでもホースでわざと服濡らすにはそういう意図があったのか…くっ!不覚だ!
「…どうしたの?」
「え?」
「さっきから、ずっと怖い顔してるから…」
俺の顔を見上げる近松。
どうも珍しくシリアスな顔が続いたので、おかしく思ったらしい、ちなみにさっきの思考全部僕ちん顔真面目なまんまですから。
おかしく、つっても笑う方じゃなくて、変だ、の方ね。
「俺?」
「うん…そんなの、アンタじゃないよ…いつもみたいに、ふざけててよ」
失礼ね!決め付けないで頂戴!バイピーコ。
いやそうね、こんな顔してても頭の中はシリアスの反動かいつもの二倍エロいこと考えてるんだけどね。
キサマにわかるかな!
…それにしてもいつも俺ふざけてたんだ、そういうイメージが近松に植え付けられてたんだガッデム!畜生…俺はいつだってクールビューティーを目指してたのに…ごめん、大嘘。
「…どうしちゃったの…皆、皆、おかしいよ…」
いや、俺はおかしくないよ、正常。
っていうか皆って誰?
「アンタまで…嫌だよ…嫌…ぁっ…!」
搾り出したような悲痛な叫びが喉から漏れた。
「近松…」
今こそあのセリフを言う時だ。
「ブラ、透けてる」
「………」
「……」
沈黙、数秒。
その後みるみる近松が情けない顔になっていく。
安心と喜びと涙が入り混じる顔、震えて感情を我慢するが、次の瞬間に爆発した。
「ふぐっ、うえ、うええっ、よ、よかったよぉ〜〜!」
うわ!抱きつくな!何故泣く!泣くな!周りの人からスゴイ目で見られてる!
愛想笑いでごまかす、俺、かなり惨め。
おおわ!は、鼻水が制服についてますよ門左衛門さん!汚ぇっ!オイコラ!
「トンカツさんは、女の子泣かせですね」
「黙ってろい!」
「ぐすっ…良かった…アンタは何も変わって無い…。よかったぁ…」
相変わらず俺に抱きついたまま上目遣いで、呟くように言う近松。
アレだなぁ、捨てる直前の子犬にせがまれたみたい。
くすん、と胸元で鼻をならす。
「あんさー、チカチカ?お前の方がおかしーんだぜ?俺からすればさ、最近はツッコミも弱くなったし」
「そ、それは…その…」
「その?」
「…や、やっぱり…桜庭さんみたいな女の子らしい方が…アンタも好きかなって思って」
「は?お前そんなネガティブな奴じゃねーだろ?」
「だ、だって…アンタ、アタシと恋人ごっこしてからずっと桜庭さんの話ばっかりして…やっぱり、アタシってすぐ殴ったり、アンタのこと馬鹿にしてばっかりで…その、あの…ごめんなさい」
「なんで謝るんだお前は…」
「トンカツさんは女心がわかってないんですねー」
「黙ってろい!大体お前、俺も大変だったんだぞ」
あのな!あのな!あのな!!!
全てタイミングが悪いんですよ!言い訳させてもらうけどね!…言い訳させてよ、お願いですから。
だって木か?『ごっこ』が始まったの、で金にいきなりチカに怒られて、それで土にいきなり桜庭にキスされたんだっけ?なんて駆け足な俺のラブ青春。
そういうことがあった数日。
逆に俺も混乱しまくりな毎日でしたよ、うん、だって皆すごい駆け足で変わっていくんだもの、俺は最初からなーんも変わっちゃいないってのに。
とんとん。
さきっちに肩を叩かれた。
「恋する女の子は盲目で、恋する女の子は綺麗になっていくんですよ。わかってあげなくちゃ!」
ぐっと拳を握ってガッツポーズ!
「黙ってろい」
でも、なんとなくわかる気がする。
でもお前ら早過ぎ、別にグランなツーリスモをしてるわけじゃないんだから。
思いとは裏腹に窓の外の景色もおっそろしいスピードで過ぎていった。
ああ、俺の家に着いちゃった。
当たり前だが、なんのためらいもなくドアを開く。
ガチャ。
「ええ!?」
「う、うわぁ!鍵閉めてないんですか!?」
後ろからつっこみが炸裂した。
「めんどい」
「あ、アンタねー…無用心よ、危ないじゃない」
「そうですよ、この時代は物騒なんですから」
「うるせーうるせー。ちょっと待ってろ」
耳をふさいで玄関に上がる、そのまま風呂の前まで直行。
洗面台に置かれたバスタオルをひったくって玄関へと舞い戻る。
「これで体拭け。後風呂がすぐに沸くから入ってろ。ほれほれ」
ぽいぽい。
「わ、わ、投げないでください」
「あ、ありがと…」
「俺は上で着替える、覗かないでよ!」
胸を手で押さえ片足を上げる。
「…こっちのセリフよ」
くすりと、笑う近松、ようやく大人しくなったみたいです。
さっきの弱気な近松もなかなか初々しくてよかとでしたが。
とにかく、濡れた美少女二人を無理矢理フロに詰め込んで、俺はやかましい音を立てて二階の自室に駆け上がる。
走りながら肌に張り付いたカッターシャツを脱ぎ捨てて、ズボンをぬいでパンツ一丁に。
そのままベッドへダイブ!
「これが噂の必殺ルパンダイブだぜ!!」
ゴキンッ!!
頭と首が恐ろしい音をたてる。
うん、布団を敷き忘れていた。
頭がベッドに突き刺さった状態から、それを機軸にしてさしたコンパスが倒れるようにゆっくりと足から地面に崩れ落ちる。
「…シット…フジコちゅわぁんは機嫌が悪いようだ…」
よし、一人コント終了、うつ伏せからつま先の力だけで上体を起こして膝を曲げて座る。
よしよし俺も調子が戻ってきた。
うーん、馬鹿さ加減MAXMATRIX、意味がわからないって?大丈夫、俺もわからん。
たんすから適当に「組人」と書かれたシャツ、半端丈のズボンを空中に舞いながら二秒で着る。
ちなみに組人は「くみんちゅ」と読み、沖縄に以前行ったときに掴まされたブランドシャツのパチモンである、それをあえて買う俺の男気。
他にも「海栗人」「悪人」「赤人」「馬鹿人」などある、いわゆるO-ショックみたいなものだ。
空中で華麗に着替えた後、地面に正座。
「…さて」
今、階下には美少女二人が戦闘…いや銭湯中。
いや、据え膳くわねばなんとやら、ここで覗きに行かなければ男がすたるというもの。
さぁついにこの俺が年齢制限作品の壁を打ち破る時が来た。
一っ飛びで階段を駆け下りると、フロ場に直行。
ガラガラァッ!
「オラァ、生裸見てー」
―――あら?
「何してんのアンタ」
「トンカツ君、えっちですねー」
いまだ二人は以前きていた服のまま。
あ、そうかフロがあんな短時間で沸く訳がないや。
「この俺のせっかち者ぉぉぉぉ!!」
「なんだか激しく落ち込んでるんですが…」
「馬鹿ねー、もう」
近松、苦笑。
「萎えた、帰る…」
死人と書いてゾンビと読む、バイオっぽいハザードの死人のような足取りで俺は来た道を帰る、ひどく重い足取り。
ああ、畜生、なんかもう完全にさめた…。
「ちょっと待ちなさいよ」
「なんだよぉチカチカぁ、散々期待させといてこの状況じゃ俺はもう何もする気にはなれないよぉ」
「服、どうしらいいの?」
「あ、私もです」
「知らねぇよ、裸で語り合おうぜよぉ」
バキィッ!!
左頬を拳で殴られる。
「変態」
「おお、近松の久しぶりのナックル…いい、いいよぉ」
「き、気持ち悪いわよアンタ…」
「それよりあのー服は…」
「ふふ…そんな暴力的な近松はこれでも着てろ!!」
「?」
ちゃらっらたらー(+未来から来たネコ型ロボットの手)
「エプロンだ!ただのエプロン!裸えぷろんだコノヤ「この変態!!!」
ドゴーンッ!!!!!
次はみぞおち。
風呂場から吹っ飛ばされた。
「あ、あのー本当に何を着ればいいんでしょう?」
「そ、そこの洗濯機の上におかんのジャージがある…それでも着てろ、グフッ」
「し、下着はどうすればいいのよ」
殴られた頬を押さえながら喋る、…?なんだか口の中で転がってるぞ。
…こ、これは…まさか、歯!?
…う、うわー久しぶりに殴られたからなぁ、顔面…しかも二個ぐらい転がってるんですが…俺あごの骨折れてないだろうな。
うぷっ…や、やばい血が口の中にいっぱいたまって気持ち悪い。
いやいやいやここで吐くと玄関が血だらけに…。
駄目だ駄目だ吐くな、吐いちゃ駄目だ。
自分に言い聞かせる、吐くな吐くな吐くな…。
「ね、ねぇってば、恥ずかしいんだから早く答えてよ!」
「吐くな(俺)!!」
「は、はぁ!?『はくな』!?何言ってんのよ!!」
「きゃ、トンカツ君はえっちですねぇ」
「今吐くと相当ヤバイ状況になるぞ…(俺)(←自分に言い聞かせてる)」
「…え、えっと…じゃ、じゃあはかない方がいい………の?」
「…ふぅ…いや、待ってろ台所で吐いてくる」
「ええ!?アンタがはいてくるって…あ、ちょっと待ちなさいよ!」
うげ、また血が…。
みぞおちを殴られた時に内臓を損傷したのか?
とにかく胃から逆流するものを口から戻す、正確な描写は気持ち悪いので自主規制させてもらう、音で判断してくれ。
びたびだびたびだびだびだー。
「…うわ、血とか嘔吐物とかいろいろまじってる」
台所の流し場でたまってたものを吐き捨てる。
「…いやぁ、近松のナックルはやはり効くなぁ」
何故か殴られてズキズキ各所が傷むのにニヤニヤしてしまう、俺ってMなのかしら、とか思いつつ。
いや、嬉しいのは多分、近松が俺が理想とする近松に戻ったからだ。
あんな風に恋する乙女になっても、近づきすぎられては俺にとって…。
「ねー!沸いたら入ってもいいの?」
風呂場から大声が届く。
「ふはははは!入りたく無いならば入らなくてもいいぞ!」
返事が返ってこない、呆れられたか。
こういう時は、フロに入ってるときおんにゃのこ同士で色々と体の各部分をまさぐりあって声だけが聞こえるのがお約束だが…。
俺はお約束が大嫌いだ!
だから聞かぬ!あえて聞かぬぞその声を!うはははは!(高笑い)その代わり自室でひたすら妄想を抱いてやるよ!!
………………(妄想中)
「うわ、ヤバイ。純情な僕には刺激が強すぎる」
考える前に耐えれませんでした、うわっふ。
ここで書いたらもう戻れないしね。
仕方ないからラジオを製作する。
「詰まった」
なんとかかんとか難関だったアンテナに配線を繋げて、これで拾ってきたでかいパーツは全て繋げた事になるが…。
桜庭に解読してもらった3005の意味もいまだわからない上に、肝心のラジオ部分の配線の最後の部分が問題だ。
「うーむ…」
どうやら説明書どおりに作れば完成するっていうほど甘くはないようだ。
「こいつぁ、ちぃっと頭を捻らないと駄目かなぁ」
34番と34番をつなげたら『トランジスタ』が1個たりなくなるんだよなぁ。
50番線に書かれているトランジスタの数は2個、今持っているトランジスタは4個、50番に二個つなげたら、足りなくなる。
かといって残りのトランジスタ使用マークは全て『S』マークつき、俺はこれがスペシャルのSだとみなしてこのSがついているところには全部灯台で拾ってきたパーツを使っている。
…だけど、どう考えても一つ足りないんだ、トランジスタが。
それに、これだけ電流を増幅させていくのに、まだ抵抗器の使用はゼロ。
「…このままじゃこれ、ビーム砲が撃てるぞ」
アンテナもあるし…、本当にこれ軍事兵器じゃないだろうな。
そうするとラジオ部分が発射ボタンになって…おお!俺世界を征服できるんじゃないのか!?
うへへ、これを脅しにして…まずは吉野家の牛丼を復活させよう!次はチョコバットを飽きるまで食おう。
「んな訳ゃねーか」
ばたり、と四肢を地面に投げ出して倒れる。
今日だけで14番はやり終えた、残すは五番だけ、うあーもう今日は十分だろ、とため息をつく。
ずっと細かい作業してたから目が痛いや。
瞬きすると白いぼやけも消え、天井の蛍光灯に目を細める。
眩しかったから首を窓のほうに向けた、外は強い風らしくガタガタと窓がゆれている雨足も収まっていないらしく、ずっと叩きつけられる音が続いている。
視線を部屋の逆、ドアの方に向けた、見慣れた景色が広がる。
「あー…アイツらはまだ出てこないのか」
ウチのフロは高性能だから10分で沸く、それにして家に帰ってきたのが7時…。
「もう八時じゃないか、一時間近くフロに入ってやがる…何してんだアイツラ」
女は長風呂。
良く聞く言葉だけど嘘じゃあ無いみたい。
…………暇だ。
「暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ」
ごろごろごろ、とひたすら地面を転がるとベッドに突き当たる。
そのままベッドの下に手をつっこむ。
「仕方ねーからエロ本でも読んでるかなー」
「何読んでんのよアンタはっ!」
振り向くとジャージ×2.
「なんだ、もうあがったのか、ちっ」
「何よその舌打ちは…変態」
「なんだと!男として当然の反応だ!キサマは女に興味も無いようなホモ野郎が好みだってのかフゥー!」
「べっ、別にそういうわけじゃないけど…」
「…?」
んー?
「おい、なんで顔赤いんだよずっと」
「え!?べ、別にそんなことは…」
「風邪でもひいてんじゃないのか?…そちらのさきっちさんも、なんで体をもじもじさせてるんでしょうか」
「え、だってその…」
「あ、アンタのいうとおりにしてあげたからよっ!」
なんだか最後らへん怒ったように恥ずかしさを隠すように叫ばれた、俺はまだ何もしてないぞ。
…その間にこそこそベッドの下にエロ本をしまう俺。
「俺の言うとおり?」
「…スースーします」
「は、はいてないのよ…」
「吐いてない?」
何をだ。
「穿いてないのよーーーーーーーーー!!!アンタがはくなって言ったからでしょーっ!!」
「…はい?別に吐かなかったらそれはそれでいいんじゃない?(俺は吐いたけど)」
「こ、このぉ…」
「落ち着かないです」
「そんなのが趣味だなんて…はぁ…でも頑張らなきゃ…」
何を言ってるんだコイツら?
「…まぁいいや、とりあえずお前らそこに直れ」
ジャージ×2を俺の前に座らせる。
風呂上りだからちょっちシャンプーの匂いが髪の毛から広がる。
今更だけど夜に女二人を自分の部屋に上げるというおかしなシチュエーションにどっきりわくわく、僕ちん、色々想像して前かがみ。
でも表情は真面目。
「聞きたいことは山ほどあるんだ」
「…トンカツさん真面目な顔したら、雰囲気怖くなりますね…」
「同感」
ほっとけ。
「まず、さきっち…お前が犯人じゃないとしたら…沼田に何をしたんだ」
「…それを話すと長くなります」
「話せ、俺はともかく近松は友達が巻き込まれたんだ。無関係じゃない」
「…はい」
黒い長髪を手でかきあげ、しばしの沈黙の後ゆっくりと話し出す。
「ここ最近、ここ辺り一帯で起こっている事件…その原因は『トランジスタウィルス』に起因します」
聞きなれない単語が飛び出した。
「はぁ?」
「ウィルス…?ウィルスって、あの病気のアレですよね」
「はい」
「いや、いやいやいやそんな名前初耳だぜ俺は」
さきっちはゆっくりと喋る。
まるで昔話を語るように。
「当然です、そんなウィルス、この時代には存在しないのですから」
「…存在しない?」
雨音が強くなる。
気のせいか、外の天気模様はますます悪くなっていっている気がする。
「今から千年後、アメリカ共和国の大都市で原因不明の事件が起こります。…被害者はある日なんの前触れもなくいきなり意識を失うのです」
「それって…」
「今回の事件におそろしく似てるな」
「しかし、その事件は無事に解決しました」
「え?原因不明なんじゃないの?」
「原因は…電流なんです」
「電流?」
「人々がストレスを感じる時、私達人間は脳内である物質…ノルアドレナリンという物質が発生します。ノルアドレナリンはネガティブな気持ちを引きおこす脳内物質です。この分泌が多いと人は、不安やストレスを多く感じるのです」
「ふむ」
「トランジスタウィルスは…脳内に軽い電流を発生させ、脳の活動を異常にしこのノルアドレナリンを大量に分泌させるのです。そして、ノルアドレナリンによるストレスを脳の限界量を超えると、脳はコンピューターのようにフリーズします。気持ちが体を壊すのです。…潜伏期間は人により様々で、ストレスや精神的疲労などが大変たまっている状態だと発症して意識不明になりやすくなります。…アメリカの大都市はストレスのたまってる人が多かったので大事件に発展しました」
「脳に電流?」
「はい、脳内物質は脳の神経細胞間で放出され、脳内神経ネットワークにその情報が伝えられます。それは将来、精神医療の分野、少しの電流を脳に流すことによって、コントロールすることを可能にしました」
「わ、わからないんだけど…あはは」
まぁ、その気持ちもわからなくもない、専門用語でまくりだし。
「トランジスタウィルスはウィルスといいますが、作為的に作られた電波なんです、範囲は非常に少なく、感染経緯も絞られます」
「…そこだ、そのなんとかウィルスはどうやって人にうつるんだ?」
「鉄のようなもので人に触れるのです、ウィルスに感染した人は電流を帯びている状態になり、電気が金属を通るように、人に電導力が強い物質で触れると接触した人物もトランジスタウィルスの電流が流れ、発症します」
「なるほど」
「あ、アンタわかるの?」
近松が驚いたような顔で俺を見る。
「ばぁろー俺を誰だと思ってんだ」
「…ちょ、ちょっと尊敬」
そうか、わかってきたぞ。
刺された…って言ってたな、堀田は。
「近松、堀田が刺された時、どうして堀田が刺されたって判断したんだ?」
「え?…犯人が…ナイフみたいな光ってる刃物を持ってたから…」
ビンゴだ。
犯人は堀田を傷つける為に刃物を持っていたんじゃない。
―――電流を流してトランジスタウィルスに感染させるために、電導力が高い物質で堀田に触れたんだ。
「それで被害者に一定性がなかったのか…犯人はどういう目的なんだ」
「…犯人はウィルスに感染した人物です、人生に悲観し時空機でこの時代にやってきました」
「なるほど、「皆死ねばいいのに」的発想か。…って待てよ、ウィルス治んねーのか?」
「あ、はい」
さきっちはジャージのポケットから大工さんが腰に回してる工具入れみたいなものを出した。
カバーをあけると、中には注射器のようなものが何本か入っている。
「意識不明はノルアドレナリンの大量分泌により脳の負荷が増し情報を処理しきれなくなっておこります。食い止めるには、『セロトニン』という平常心をもたらす脳内物質を起こすための『電流』を流せばいいんです。そうすれば脳は正常状態に戻ります」
「その注射器は?」
「特殊な電流を浴びたイオン付加の液体です。これを血液中に注射すると脳に血液が回ったときに、セロトニンを発生させてくれます」
「う〜ん…」
隣を見ると、近松が目を回していた。
相当混乱しているようだ。
「デスペル!」
「きゃあっ!?」
「うわあっ!ど、どうしたんですか!?」
「状態異常を回復する魔法だ」
「???」
駄目だ、伝わらなかったらしい。
「な、なんなのよアンタ達…アタシ全然訳がわかんないわよぉ…」
ふらふらと頼りない足取りで立ち上がる。
「どったの近松?」
「流石に八時半で家に帰ってないとお母さん心配するから…電話借りていい?」
「あー、なるほど。一階にレトロな黒い電話あるだろ?アレを使え」
「うん、わかった…はぁ…」
「どうした?知り合いの男の家にいるの〜♪てへ☆って連絡するのが辛いか?」
「ば、馬鹿っ!と、友達の家にいるって言うに決まってるでしょ!」
啖呵をきったあと、ふらふらとまたこけそうな歩き方で階下へと降りていった。
「あの人、元気ないですよね…」
「まぁ、今日一日いろんなことがあったんだ、疲れるだろ。俺も疲れて今にも寝そうZZZ」
「わぁ!寝ないで下さい!」
「冗談だ」
「…ふぅ、…でも、なんでですか?」
「何が?」
「私…未来の話してるんですよ?普通信じないですよ」
「普通ならな、俺は普通じゃないんだ。馬鹿なんだ、YO!」
「はぁ…」
納得したのかしてないのか微妙な表情で頷く。
「沼田にうったのは、そのセロなんとかの抵抗薬か」
「はい、抵抗薬を打てば意識不明になっても二三日で回復します。あの少年ももう回復してるんじゃないでしょうか?」
「被害者はどうしてバラバラなんだろうか…」
「トランジスタウィルスは急激に発生したりしなかったりするので…多く発生した瞬間に触れた人ぐらいしか突然意識不明にはなりません。少なければただ気持ちが沈むだけなので…」
一つ謎が残る。
どうして堀田は感染した瞬間に発症したんだろうか。
そして近松が錯乱した理由…。
何か、堀田のストレスを一瞬でMAXまであげるような行為があったのだろうか…。
―――アタシなの!アタシ!全部アタシのせいなの!堀田さんが倒れたのは…!アタシのぉっ!―――
…チカマツ?
「………ふーん、電流ねぇ…」
「でも被害は広まってしまって…一気に直す方法が無いことは無いんですが…」
言葉を遮る。
「さきっちは何者?」
「え?私ですか?」
「うん、ただのゴスロリ女の子があんな詳しい訳ねーべよ」
「…私は、未来から来た…この時代の警察みたいなものです」
「そうだろうと思ったけど」
カラカラ、と笑う。
「おかしな話ですよね、全てが終われば私は夢だったと思ってくれれば…………ってああああああ!!!」
「どうした!さきっち」
さきっちは口をパクパクさせながら、部屋の隅においてある『ラジオ』を指差す。
「ぴ…PK7-5じゃないですか!!!ど、どうしてトンカツ君が持ってるんですか!?」
「拾った」
「ひ、拾ったって…と、トンカツ君前に私に会った時箱みたいなものは「知らない」って言ったじゃないですかっ!」
「言ってねーよ!お前とまた会ったら教えてやる!っつたんだ!」
「前に会ったじゃないですかーっ!」
「お前が教えてくれっていってないだろ」
「……うぅ、確かに…」
負けを認めたらしく、手を地面につきうなだれる。
「で、このラジオが何よ」
「これはラジオじゃありません、電波発信機です。この注射器に入ってる液体の電流をイオン分解で増幅させて空気中にばらまく装置です。そうすれば、一時的にトランジスタウィルスを防ぐ事が出来るので…」
あー、そういうことだったのか…。
やたらと大きい電流を発生させなければいけないわけも、アンテナの訳もこれで納得したぜ。
「そのままでは運べないので分解して持ってきたのですが、重くて…。それが不覚にも途中あまりにも重いので路上に放置していたら………あれ?こ、これもしかして完成してます!?」
ほぼ完成した『ラジオ』をさわさわとなでる。
「んー後ちょっとってところだな」
「…す、すごい…1000年前の人間が完成させるだなんて…」
「馬鹿にしてんのかコラ」
「め、滅相もございません!それじゃあすぐ完成させましょう!」
「どーして」
「外の天気も心配ですから……もし雷が落ちれば、トランジスタ感染者とあいまってこの辺りに強烈な電磁場が発生します。そうなると、少しのストレスしか抱えていない人も皆…」
「あのさ、さきっち」
「は、はい」
がらり、と窓を開ける。
外は雷雨と暴風の嵐、どうやら台風が来たらしい。
がらがらがらぴしゃーん。
笑顔で答える。
「もー遅い」
ビシッと音をたてて石化するさきっち。
「うわわわわわ!!どどどどーしましょう」
「落ち着け未来人」
「は、早く完成させないと大変なことに―――」
ドサァッ。
階下で人の倒れる音。
「…ま、まさか…」
「そ、そうです!あの人もウィルスに感染してる恐れがあるから私抵抗薬をうとうと…さっぱり忘れてました〜〜!!!」
「…おい!チカチカ!返事しろ!!」
「―――おいっ!!」
ガガーンッ!!!!
背後でまた一つ大きな雷鳴が地面を揺らした。