目の前に置かれた七面鳥。

…うん、別に今日クリスマスじゃないよね。

っていうか他にもほぼバイキング状態の大量の料理が置いてあるんですが。

晩御飯と呼ばれて下におりれば、この有様。

「あ、あのー桜庭さん、この豪勢な料理は一体なんなんですか」

「え?晩御飯だよ、どうかしたですか?」

普通に答えんなよ。

「…いや、その、この豪華さ、何?」

「え?普通ですよ?」

ドギャーン。

…普通て、しかもここ台所なのにリビング並に広いぞ…しかもなんかバーにあるカウンターみたいな奴もあるし…。

恐るべしブルジョア。

「あれあれ?カレシさん、もしかしてこんなにスゴイ料理見たことないの?」

と、生意気なツインテール娘が席に座っていきなり俺に話しかけてきた。

「の、ののの望!別にか、カレシなんかじゃあ…」

「…はぁ、どうも育ちが良くないもんで」

「…ふーん、ま、冴えてないし、そんな感じはしたけど〜?」

「望っ!」

「もーうるさいなぁお姉ちゃんは。二人がラヴラヴだからからかってるだけじゃん」

「あ、あわわ、ち、ちちち違うよっ!べ、別にそんなんじゃあ」

「ふーん、じゃぁオニーサンはお姉ちゃんのことどう思ってるの?」

「新鮮なリアクション役」

妹、沈黙。

「ああ?どーした、ノーリアクションかコラ」

「ちょっ、お、オニーサン、さっきまでと口調が違う…」

アイアンクロー。

「うわっ!?」

「育ちが良くなくて悪かったな…テメー俺を怒らせるとどうなるかわかってんのか…」

「…ひぃいぃっ!?」

「望、気をつけてね、怒ったらすごく怖いから」

「ちょっ、お、お姉ちゃん!?」

徐々に力を込める。

「いたたたたた〜!?」

「…ガキが生言ってんじゃねぇぞ」

「いた、いたたっ!お姉ちゃん助けて!」

「自業自得です」

メキメキっと頭蓋骨が悲鳴をあげる。

うへへ年端も行かぬ少女にアイアンクロー、しかも初対面。

こんなレアな体験めったにねー!

「ご、ごめんなさぃぃ!ゆ、許してぇ!」

「んー許して欲しい?望ちゃん」

「う、うんうんうんうん!」

「…嫌だぴょーん」

「鬼ィィィーーーー!!」

「あらあら、仲がいいわね〜」

妹さんで遊んでいると、桜庭のお母様がどんぶり茶碗を持ってやってきた。

…おとと、流石に親御さんの前でこれはマズイか。

ぱっ、と手を離す。

「痛、いたた…オニーサンの馬鹿」

「あんま姉を困らせるんじゃねー」

「ぅー」

納得いかない、と言った表情で俺を見る。

なんとか反撃したいようだが、流石にアイアンクローが怖いらしく下から見上げてくるだけで何も言わない。

ふふ、体は正直ってことアルネ、これ中国四千年の伝説ネ!

「…あの、この丼は一体…」

「男の子だから、これくらい食べれますよね」

「お、お母さん、流石に無理だよ〜」

「あらあら?ごめんなさいね、男の子がウチにはいないからわからなくて…」

「…い、いえ!お、お母さんのメシなら俺いくらでも食えますよ!」

「あらあらぁ〜♪頼もしいわね」

「駄目だよママ、騙されちゃ…こいつ鬼だよ」

「何か言ったかい?(にっこり)」

「ビクゥッ!…ふるふる(首を横に振る)」

「あ、あのごめんね、こんなことになっちゃって…」

「いいって気にすんなよ、俺の方こそ感謝したいくれーだ」

「…うん…」

「遠慮すんなよ、楽しくメシ食おうぜ?な?」

「う、うんっ」

「立場逆じゃん…」

「何か言ったかな(にっこり)」

「べ、別にぃ〜」

「あらあら〜♪」

そんな感じで、楽しく飯を食ってしまった。

話によると父親は現在海外にいるらしい、でやっぱり某有名電気会社Sの管理職クラスらしい…うーむ、ブルジョワ。

…それならば!と気合を入れてごく自然に桜庭のお母様を口説いてみたが、全部飄々と流されてしまった。

…できる。

飯も美味いし…おふくろの味っていうより、万人向けって感じか?

「…それにしても美味いッスね〜」

「当たり前じゃん、ママの料理はセカイイチなんだから!」

「あらあら、こんなオバサン褒めても何も出ないわよ」

「いえいえ、本当に美味しいですよ」

「えっへん」

「お前には聞いちゃいねーっての」

「何よオニーサン、随分と私には態度が違うじゃん」

「当然だ、俺ぁガキには興味が無いもんでねー」

「なっ!私ガキじゃないよー!」

「人の事をからかって楽しめる辺りはまだまだガキだ」

「じゃあ君もまだまだ子供だねっ。近松さんのこといっつも手玉にとってるし」

「…桜庭、黙ってろって」

「ぎゃははは!オニーサンもガキガキじゃーんっ!」

「ええいうるせーこの小娘が!決着つけてやろーかっ!」

「いいよ!?じゃあ私、ゲームとってくる!」

「こらっ望!まだご飯中でしょ〜」

「あ、そだっけ…」

「うふふ、賑やかでいいわね」

…うーむ、なんつーかこういう家族の団欒って久しぶりだなぁ。

家だといっつもカップヌードルだしなぁ、うへへ、サトウのご飯よりやっぱ美味いね。

「ほらほら!オニーサン!早くご飯食べなよ〜!私もう食べ終わったよ〜?」

「黙れ、お母様のメシが美味すぎてもうちょっと味わいたいのだ」

「あ、おかわりいる?未来よそうよ?」

「ん?そーかじゃあ…って遠慮しろよ俺!」

「自分につっこむなよ…」

「え、いいよいいよ全然、うん。…最初君ずっと固かったし、なんだかちょっと不安だったから。あ、今はすごいリラックスしてるよね」

「…?ま、まぁ…」

「…じゃ、じゃあ…」

そう言うと未来は丼ひったくって炊飯器へ走っていった。

「……家庭的だなぁ桜庭」

「うふふ、新婚さんみたいね二人とも」

「あ、いや…」

「ねぇねぇオニーサンどう?お姉ちゃん鈍いけど、そういうことには結構気がつくんだよ」

「どう?ってなにが?」

「鈍いな〜恋人に!ってことだよ」

「…あー?ガキがませてんじゃねーよ」

鉄の爪っ。

「痛っ、いたたたたたた!」

…そーいえば、昼間ヤバイ雰囲気だったな〜…。

あの時の笑顔がフィードバックスする。


(―――本当の未来を…見せても、いいですよ)


…今晩のオカズ決定!

「あ、あの…よそいました…」

「おうセンキューぜ」

「早く食べろー早くー」

「うるせぇ!気が散る!」

「あはは」

うーん、ヤバイ、和む、和むぞ。

和みすぎて現在の自分にかなり自己嫌悪気味。

…こんな平和な男じゃ駄目なんだ俺は…多分。




その後、妹さんが自信を持っていた格闘ゲームで、妹さんをボッコボコにのめした。

予想通り桜庭はそういうのが全然駄目だった、趣味とか言って日記かいてそうだもんな…。

時間も六時を越え、帰る俺。

流石に女性三人の家に夜遅くまでいるわけにはいかねーっての。

「じゃ、じゃあ…」

「おう」

「覚えてろよオニーサン!!次は勝つからなー!また来なさいよっ!

「二度とこねーよ」

「あ、あはは…」

「地図あんがとな、後やっぱ物騒だし気をつけろよ」

「う、うん…」

「じゃあママさんに、メシ美味かったって言っといてくれ」

「うん…」

「じゃあな」

軽く手を振ってブルジョア宅を後にする。

「あ…」

後ろで、蚊が鳴くような小さな声が聞こえた。

「…あん?何?」

「……あ、あの……!」

「用がないなら帰るぞ?」

「あっ…!!」

…。

「……未来、やっぱり君のことが…っ!……?あ、アレ?いない…帰っちゃんだ…」

夜風が薄い桜色のショートヘアーをかきあげる。

「はぁ。駄目だな、未来…もうちょっと頑張らないと…」

ため息をついて、玄関のドアを開ける未来、ガチャリ、と遠くでドアがしまる音が聞こえた。

…うーむ、ヤバイな、ややこしい展開になりつつあるぞ。

かといって、はっきり断るのもそれはそれでややこしくなりそうだし…。

「現状維持ってすんげー難しいよね…」

壁の陰に隠れて、俺は一人呟いた。




月が〜出た出ぇ〜た〜月がぁ〜出たぁ〜。

わかりきってるんだけどさ、上には月…が無い。

「ありゃ?」

いつのまにか上空は黒い雲に覆われ、星の輝きはおろか、月の姿もどこにもなかった。

妙に不気味な紫色が空に浮かぶ。

「曇ってんな…また一雨くんのかね」

せっかく梅雨が明けたと思ったのによ、雨はジメジメしてるからやなんだよね。

かといって晴れてるのも気に食わない。

こう、微妙な曇りな日が一番好きなんだよね、眩しくも無くうっとおしくもなく。

こちらに働きかけてこず、ちょうどいいあんばいで、ちょっと距離をとって併走する。

それが理想なんだ、近づきすぎたり、離れすぎたりするとAとBの良好な関係は切れてしまう。

だから、その微妙なラインが一番好きなんだ、それ以上動いちゃ駄目なんだ。

それが俺にとっての理想。

チカもラバも、ちょっと俺に近づきすぎてる。

「…困り果てた」

俺は近すぎるのも遠すぎるのもキライだ、わがままだと言いたければ言えばいい。

それが真理なんだ、踏み込みすぎた好印象は、永遠に続きはしない。

駅への道をとぼとぼと歩きながら、ふとあのことを思い出す。

(…さきっち…)

彼女は何者なのだ。

謎が多すぎる。

「変なビーム撃って、変な注射さして…そういえば、沼田はどうなったんだろ…まだ意識不明なのかな…」

まさか近松も、目を覚ましてないんじゃないだろうな。

んー……それは無いか、だって寝言言ってたもんな。

渡したくない、とかどーとか、錯乱状態にまでなるだなんて、そんなに堀田が目の前でやられたのがショックだったのかな。

「…アイツ…物理的に強いくせに、精神は弱いからな…」

ちょっとした人の気持ちに自分を左右される、人を傷つけることを怖がる。

…さばさばしてるように見えて、本当はすごく繊細な奴だよな、めんどくせー奴だな。

そこがまたギャップでニヤリズムなんだが…まぁまぁ今日はかなり近松の機嫌を損ねたからな、これでちょっとだけ離れてまた微妙に仲良くしていけば…。

「うへ、うへへへ」

俺、サイテーだな。

自分でもそう思う。

でもそうやって人の気持ちを操作していかないと、傷つくのは自分何だ。

俺はもう傷つきたくないから、自分が一番可愛いから…でも一人は嫌だから。

本当、俺ってサイテーだよ………な………?

「……っ?」

「……」

もう街灯が完全について仕事帰りのサラリーマンで賑わう商店街、その奥の駅のホームに、ぽつん、と小さな人影。

近づいていくと少しづつその姿は鮮明になっていった、セーラー服の女子高生…ありゃ?あの外ハネは………近松?

腕を背中に回して、電柱にもたれかかっている、誰かを待ってんのか?

いや、アイツ保健室で寝てたはずじゃ…?

「よぉ」

「…っ!」

声をかけると、ビクリと体を奮わせる。

そこにいつもの覇気はなく、まるで捨てられた子犬みたいに今にも泣き出しそうだった。

「……」

「何してんのこんなところで」

「…ぁ」

ちら、とこちらに視線を向けたが、すぐにそれは地面に向かう。

こうして、しおらしい姿を見せられると、結構可愛いかもしんない。

「…」

少し喉から声がもれたが、それもすぐ雑踏の人声にかき消される。

視線はキョロキョロと地面の辺りを出口も見つけれられずさ迷う。

少しづつ顔が赤くなっていくのがわかる。

「……」

それでも何も言い出そうとしない、時々こちらを少し潤った瞳で見上げては、口を開くが、少し唇が震えた後、また下を向く。

ええい、じれったい。

「何だよ、俺は帰るかんな、今日はいろんなイベントがあってもうヘトヘトなんだ」

「…ちょ…待って、…お願い」

ぎゅっ。

カッターシャツのすそをつかまれる。

あーもう、ラジオも気になってるっちゅーのに、お前もヤバイんだから早く帰って寝ろ。

帰れ帰れ帰れ帰れと目で訴える。

「…」

ぎゅっ。

しかしまぁ、目で訴えても近松が下向いてるからちっとも伝わらなかった。

でも、口に出して何かを言うような気分じゃない。

今…間に音が挟まると、彼女と俺の距離はもう一生縮まらない気がした。

近づきたくないのに、離れたくない。

それは少なくとも近松が俺に抱いてる好意が…俺は嫌いじゃないからだ。

本当、サイテーだよな、でもやめない。

それが俺だから。

「あんさー、何よ、俺疲れてるから早く帰りたいんだけど」

「…ぁ……」

少しイラついたような表情を見せると、近松はすぐに手を離した。

「…」

「…お前もさ、疲れてるんだったら早く帰って寝ろ」

「…うん…」

ふぅ。

頬をかく。

「そんな泣きそうな顔すんなよ、どーしたってんだもう」

「…ぅえ、うぇええ…」

「お、おい…」

今まで抑えていた涙があふれ出る。

ドサッ。

そして、胸に飛び込んできた。

肩をゆっくりと抱く。

小さな胸の鼓動が少しづつ速くなっていき、それが直に俺に伝わる。

小さな近松の顔が、俺の胸元に押し付けられる。

流石の俺も冷静にならざるをえなかった。

「…う、ぐすっ…」



「…どうしたんだ」

「うえ、うえええあああああっ!」

嗚咽が、少しづつ悲鳴に近いものに変わっていく。

「うわあああああっ!」

涙が、叫びが俺に向けられる。

剥き出しの感情は心をえぐられるようだった。

「ごめんなさいっ!ごめんなさい!アタシの!アタシのせいでーーー!!」

「まぁ落ち着けって、何があったかさっぱりわからん」

ぽつり。

「ん?」

気づけば、上空から水滴が一粒、また一粒。

体に当たるたび、そこから少しづつ熱が奪われてひんやりする。

上と下から…今日は水難の日だ、少しづつ服の色が変わっていく。。

ドザーーーッ!!!

そして、大雨が降り出す、一瞬で服のシミが広がった。

スコール、天をひっくり返したような大雨が辺りを襲う。

にわかに騒がしくなった辺りは、荷物を頭の上に当てて走り出す人が増える。

それでも俺達二人は動かない、…いや、動けね〜。

ぽたり、ぽたりと、髪の毛の先から雫が垂れる。

「アタシなの!アタシ!全部アタシのせいなの!堀田さんが倒れたのは…!アタシのぉっ!」

何回も何回も叫びながら俺の胸を叩く。

それは近松の心を刃物で傷つけているみたいで…。

「落ち着けっ!」

半狂乱の近松の肩を揺さぶる。

「とにかく落ち着け!」

「うぐっ、ぐすっ…うえ、うぇ…」

「…近松、何があったんだ」

ドザーーッ。

「堀田さんが倒れたのは、アタシがアタシが堀田さんを裏切ったからだって…アタシが傷つけたから…って…アタシ、アタシ!どうしたらいいの!?」

「お、お前が…?どういうことだよ、全く話が見えない」

「あの人。意識は人の『心が傷ついた時に』ショックを和らげる為に消える…ってその人は何にも誰にも傷つけられない世界で生きる為に死ぬって…わかんない!アタシわかんないよぉっ!」

ザアアアアアッ!!

相変わらず雨が降りしきる中、近松は誰へとわからない懺悔を繰り返す。

錯乱状態ってコレかよ、冗談じゃねー!こーいうめんどくせーことには関わりたくないってのに!


…そして闇は静かに下りてくる。

「―――その人を、渡してください、危険です」

傘も差さずに、黒いゴシックな衣装に身を固めた少女が歩いてくる。

間違いない…奴だ。

「―――っ!」

「さ…さきっちぃ…!!!」


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