目の前の近松は…。
廊下の壁に立ち尽くしていた。
両頬に手をあて、狂ったような顔で小さな嗚咽を漏らしている。
何か、それは恐ろしいものを見たような…。
「あ…ああ…ああああ」
「ち、近松さん…大丈夫?」
側に近寄る女子生徒が近松の肩を抱く。
それに気づく様子も無く、空ろな目で真下に転がる被害者の女子生徒を見ている…いや、脳がそれを認識しているかどうかはわからないが…。
被害者は…見覚えのある顔だった。
「こいつぁ…確か、前俺に弓が飛んできた時の…」
生徒会、会計、堀田美恵…!
「おいお前!出て行きなさい!」
教員が俺の手を握り、輪の中へ連れ出そうとする。
もう俺は被害者が近松ではない事を知り安堵してしまっていたので、何の反抗もなく輪の外へ引きずり出された。
そのまま力なく、廊下の壁にもたれかかる。
腰の力が抜けたのか、そのまま重力に流されて座り込んでしまった。
コンクリートはやけに冷めていた気がした。
半ば放心状態で、とにかく近松が被害者ではないことを喜んでいた俺だったが…。
…何故か、違和感を覚え、納得がいかなかった。
「まったく!お前ら早く教室へ戻れ!」
喧騒の中に、生徒指導の教務員の声が大きく響き渡る。
その内、一人二人とチャイムの音同時に無理やり教員に生徒は連れて行かされた。
「あ…」
いつの間にか、壁にもたれかかって座っていた俺の前に桜庭が立っていた。
不安な顔で、覗き込むように俺の様子を伺う。
ぎこちなく笑う桜庭。
「…教室、戻ろう…?」
頷くしかなかった。
授業、俺の前の席は空白のまま。
必然と息苦しい空気のまま、その日の授業は終了した。
「くはー!」
…こーのバカチンがぁっ!!と教師が終礼を終了した途端に思い切り息を吐いて、飛び起きる。
いやいやいや、lこんな息苦しいムードなんか俺にあったもんじゃねー。
放課後はキャンバス!いやいやハッピーランドだ、やれやれ周りにつられてシリアスちゃんになるなんて俺らしくもないない。
よし!さぁ、陽気のオーラをふりまくぞ!しけた顔してっと余計犯人に狙われるぞ!憶測だが!
『ざわ…』
おお!俺のパワーにつられて皆も少しづつ口を開き始めたっ。
うむうむ、さすが俺。
いつだってエンターテイナーなクールガイ、人を楽しませる冷血漢だっ!キラリーン。
「…あのー、それって矛盾してると思うんですけど…」
「なにぃ!この俺を馬鹿にしようってのか!?」
「い、いえ!そ、そんなつもりは…」
「……って、サクラバーじゃん、どしたの?」
この俺のキャラクターにケチをつけてきた野郎…いや女郎は近松だった。
どうも今日は縁があるな、縁。
「え、いや、その…近松さん、今保健室にいるらしいんだけど…」
「はぁ」
「…え?お、お見舞いにいかないの?」
思い切り爆笑してやった。
「どどどどーして俺がああああああんな奴をわざわざ心配しなきゃいいいいけないんだ!」
「…くすくす、わかりやすいですよぉ」
何!この俺を笑うか!ええいなんたる女郎!
いい性格だ…キサマなら歌舞伎町の女王になれる!
「かぶきちょう?」
「ああ…あそこはすげーぞ、日本の風俗街ナンバー…ってあれ?」
…なんかおかしかない?
「あのさ、お前いつからテレパシストになったの?」
「え?さっきから、全部声に出して言ってますよ?」
「…………ジーザス」
良かった、エロイこと考えてなくて。
うん、そりゃあ『ピー』とか『ズババドキュウウン!』とか(自主規制)
「…あの」
腕をとってきた、そのまま組まれる。
おおお、なんて大胆な、俺に巴投げくらいたいのか!?
「…その」
うーん、節目がちで手を口にあてるその仕草がいちいちいじらしい、いい、いいよ桜庭ちゃん、第一オーディション合格よっ!
「…近松さんのところ、いこう」
「はーい!」
何故か武田のテツヤばりに大声を張り上げてしまった。
え?テンション高いのは何故って?
うん、あれだよね、こうむにゃむにゃしたものが腕に当たってるんですよ、確信犯ですか彼女は、まぁそんなことが起きればテンションも上がるよ。
だって俺男だもん!
まーそんなことはどうだっていい、今が良けりゃどうだっていい。
「…どうして前かがみ?」
「…べっつにぃ〜!べっつにぃ〜!ラバラバは〜知らなくて〜いいことだ・か・ら〜!」
「…気になりますぅ」
なんだかすねた目で見上げられた。
いくら俺が陽気サンサン太陽パワーマイナスイオンを常に外側に向けて放出してるとはいえ、やっぱりさっきの事件が尻尾をひきまくってるのか、校内の雰囲気はいやに冷めている。
廊下の壁も天井も床もいやに無機質に見える。
ふと廊下の窓から外を見るとパトカーも数台……普通こういう時って生徒帰らせるよなぁ。
「なぁなぁラバラバ、こういう時って俺らすぐ帰れるんじゃないの?僕ちん実は早く帰りたかったんだけども」
「…不謹慎です!というか、先生言ってたじゃないですか『まだ校内にいる可能性があるから、生徒はあまり外をうろつかないように』って」
「寝てたぴょーん」
「…しっかりしてくださいよぉ〜」
殴られない辺りのリアクション、かなり新鮮。
「ふーん、で今は?」
「警察の人が辺りを囲んでますけど…まだ見つかってません。校内にはもういないみたいなんですが…」
それでもう出歩いてもいいって訳ね。
「帰り道も結構道路とか封鎖されてて、特別なバスとかで帰らなきゃ生徒もいるらしいですよ」
「ふーん。お前は?」
「未来は徒歩です」
「お、お前が杜甫(中国の有名な詩人)だと!?…そうか、すごいな…」
「え?そうですか?…と言っても、家が近いので…」
えへへ、とはにかむ。
「家が近い!?マジで!?すげーなお前どこに住んでるんだ!?(杜甫は中国人です)」
「はい、知らなかったんですか?」
「ああ…そうか、今度サインでももらいにいこうかな」
「さ、サイン!?な、なんのですか?」
「決まってるだろ!杜甫のだよ!」
「と、徒歩の!?」
いかん、ちょっと面白くなってきたぞ。
なかなか俺とノリがあうな、この娘は。
「まぁ、それは置いておこう」
「…ええ!?」
「それより…他に情報は無いのか?」
「えええ!?え、えーと」
急に話題を変えられて対応できない桜庭、あたふたーあたふたー。
「あやや…えと、えとえと」
「被害者はどうなってる?」
「あ…えと、病院に搬送されましたが、いまだ意識は戻らないそうです…」
まるで助手のワトソン君ばりに答えてくれる、うーむ中々の情報通。
…意外なところで頼りになるかも。
「…また意識不明、か。…こりゃー…また一連の事件に関連してる感じがガンガンするね」
「…事件って…あの?」
「あぁ、謎の多数意識不明者が出てるアレだ。…この頃はおとなしくなってたと思ったんだがよーよー」
「…」
不安そうに目を伏せて窓の外に目をやる。
手がちょっと震えていた。
「ダイジョーブライジョーブ、ラバラバはー、僕がー守ってあげちゃうから!」
あーやっちゃった、僕って最低(自己嫌悪)
「…ほ、本当ですか!?」
おい、こんだけふざけて言ってるのにどうしてちょっぴり感動的な感じで返事するのさ。
っていうか、原因が謎やのにどうやって守るんだ、我ながら失言だった。
「…ありがとうございます」
「いや、なになに…男として女の子を守るのは当然ッスよ、うん」
ああ、俺のバカバカ、一度演技しちゃうと止まらないんです。
ボロが出る前に話を戻そう。
「…俺さぁ、ちらっと見たんだけど」
「な、何をですか?」
「被害者」
「…え……」
「寝てるみたいで、息はあった。…でもな、一つ気にくわねー点があるんだ」
「点?」
「あーうん、そう」
さっきの喧騒を思い出す。
教員につかまれる前に俺は確かに被害者を見た。
「刺された…って目撃者は皆言ってんだろ?」
「はい、体当たりするようにして、当たった後そのまま倒れたらしいです」
「普通刃物でさされたら、もっと血とかどばーって出るんじゃねーか?」
「は、はい…」
そう、被害者の周りには結婚…いやいや血痕が全く無いんだ。
じゃぁ皆何をもって刺されたって判断したんだ。
「…どうして刺されたってわかったんだろな?」
「そ、それもそうですね…」
「人間ってのはさ、こう、極限状態だとすごく判断が鈍るんだと」
「は、はい」
「…もしな、俺がいきなり倒れて、側にいた奴が何か「刺せるようなものを持ってて」…誰かが悲鳴をあげたらどうする?」
「それは…刺されたって思いますけど…あ!」
「だろ?憶測にすぎねーんだが、そんな気がするんだ。そうじゃなきゃ、その場の判断で刺されたなんてわかんねぇはずよ」
確かに、あの時悲鳴はあがっていた。
あの状況で冷静に判断を下せる高校生はカネダイチ少年とクドーさんだけだ、そうじゃなけりゃ誰だって探偵になれる。
俺ですら、ボケる余裕が無かったからな。
「…わかんねーのは刺す気も無いのにどうしてそういうことになったんだ?ってことだ。…それとも、何かフェイントかけられてるのか」
「…」
「と、時にラバよ、何故俺をそんなキラキラ☆した目で見る」
上を見上げると、なんだか感動した目で桜庭が俺を見つめていた。
…上から………屈辱じゃ。
「す…」
「酢?」
一文字で判断しちゃ駄目だよね、俺。
「すごいです!!ま、まるで探偵さんみたいですよ!」
「…ふふ、実は正体は隠していたが…俺は探偵さんなのだ!」
……。
……?アレ?ハンノウガカエッテコナイヨ。
「…アレ?君は三菱さんで、御曹司で、ルパン三世なんじゃないですか?」
「…」
よ、良く覚えてるな、こいつ。
「ま、まぁ、それは置いておいてだな…んで、近松はどうしてあそこにいたんだ?」
「わからないですけど、堀田さんと話してたところに、いきなり『黒いコート』の人が歩いてきたらしいです」
…黒い。コート?
「コート…?このクソ暑いのに?」
「はい、身長は170cmくらいの女の人だったらしいです」
「170cm…!!ま、まさか桜庭お前が…!」
「み、未来じゃないですよぅ!!」
わたわた、と手を左右に振る。
「うん、知ってる。大体ずっと俺といたじゃん」
「ひ、ひどいですよぉ、からかいましたねっ!」
「うん、俺はSだから」
「…えす?」
「忘れてくれ、ごめん、俺が悪かった、忘れてください、忘れろぉぉお!」
「は、はぃぃっ!」
どこまで知ってるのか判別がつかん!
…それならそれで、教えがいがあるというもの、うへへ。
つかなーある程度の予備知識が無いとこっちが話しててかなり虚しくなるんだよなぁ。
うーむ、ある程度の下ネタは教えといた方がいいかな。
え?お前アホかって?うへへ、いやぁ、そういうシチュエーションって俺見たことないもの。
男が女に下ネタを教えるシチュエーション、どうよ?グッと来たべ、ニヤリ来たべ?。
…誰に言ってんだ俺は、虚しい。
「あのさー」
「はい?」
「桜庭、えっちなこと教えたろか」
「―――――――――っ!!!!!!!!!!!!!!」
ばひゅんっ。
なんか耳から蒸気が噴出した。
こらこら、後ずさるな。
ちょっとニュアンスを変えて言ってみただけだ、他意はない。
「あ、あああああああああああああああああああの、み、みみ未来、あの。そそそそ、その、ええと、あの、ち、違うんです!べ、別にそんなんじゃなくて、あわわわ、きょ、興味が無い訳じゃないんですが…あ、い、いえいえ!普段から考えてるなんて、そんなんじゃなくて!その!あの…き、君になら、じゃなくて、あああ、あやや、ええと、あああー!み、みみ未来、べべべべ別に、そそそ、そういうのは、ききっきっききキライじゃないですけど!」
「おーおー落ち着け、他意は無い」
「鯛!?對!?体位!?」
落ち着け、『い』が一個増えてる。
「おお、そんなことをしてる間に保健室へつきましたよ桜庭さん」
「へえ!?い、いきなり、こんなところででですか!?だだだだ、駄目ですよぉ!先生も近松さんもいますよっ?!っててってていうか、君には近松さんがあああああ」
「冗談だよ、ブラックジョーク」
「ええ!?ぶ、ブラック!?ブラックってなんですかー!?………へ?」
「もうその話は終わり終わり、落ち着きなさい、ほらほらー、深呼吸深呼吸」
「…う、うぅぅ…穴があった入りたいたい…」
「ほらほらー吸ってー」
「すー」
「吐いてー」
「はー」
「吸ってー」
「すー」
「ちょっと悩ましげな感じに吐いてー」
「はぁっ…ぁ…ぁん…」
「はい、吸ってー」
「すー」
「ちょっぴり息苦しそうに吐いてー」
「はっ、あっ…ぅ…ふぅ…っ」
…うむgoodグッド、ベネ!(イタリア語で良い)ディモールトグラッツェ!(同語ですごくいい)!!!!
「吸ってー」
「すー」
「下ボタンを押してコピー」
「未来はカービィじゃありません!」
ナイスつっこみ!って駄目か、大体何も口に入れてないし。
…って知ってたんだ。
「吐いてー」
「うぅ…何事もなかったかのように話を進めないで下さい」
「吐いてー」
「…は、はー」
言いなりになる辺り相当嫌いじゃない。
「吐いてー」
「はー」
「吐いてー」
「…は、は…」
「吐いてー」
「…」
「吐いてー」
「…ぁ…」
「おい、どうした吐けよ」
「……ぷるぷる(もう駄目です)」
「甘えんなコラ!吐けオラァ!!」
「ひぃぃ!ご、ごめんなさい!もう未来…だ、駄目ですっ!」
「駄目だ飲み込め!」
「はひぃ!?吐くんじゃないんですか!?」
「吐きたい気持ちはわかるが飲み込め!」
「は、はい…すー」
よし。
「落ち着いたか?」
「…は、はい」
「ならよし、入るぞ」
「…うふふ」
「なーにがおかしい」
「…不思議ですね、あんな事件があった後なのに、不思議と君がいると…安心して笑える…」
「俺自身が危険だからな」
ぶっとんでるほど馬鹿なことやってたし。
なんか嫌なムードになるのを恐れて俺は保健室の扉を開け放った。
ガラガラー。
「おぅーい、近松いるけー?!コラァ!?…道場破りじゃあああああああ!」
「うわーーー!?はわわっ!ち、違いますっ!」
ビシィッ!!
ぐわあっ!?な、なんかが額に!?…なんだこりゃ?体温計?(デジタル)
「ちょっと!君、保健室なんだから静かにしてくれる」
くるっと回転椅子を回してこちらを向く女性。
「あーん、なんだとテメー俺に意見くれるたぁ…河野先生じゃないですか、すみません」
いやにグラマラスな美女が白衣の下の巨乳を揺らしながらため息をつく。
ううーん、グロスがセクシィー、先生唇ぬめぬめです、ってかエロイです。
「はぁ…また君か…。もう君保健室立ち入り禁止にしようかしら」
「またって…何かやったんですか?」
「ああ。一ヶ月くらい前あまりの気分の悪さに保健室へ行ったんぜが、ねぼけて先生を襲いそうになったころ。先生もまんざらじゃなかったらしく、すぐにその気に「嘘をつくな嘘を!」
がぃーん。
「はわわっ!?」
またもや体温計(アナログ)が飛んできた。
先生、水銀の方は投げないで下さい、割れたらマジでヤバイから(水銀は猛毒です、絶対にマネしないでね!)
つー。
「気分が悪いからって、来たのはいいけど、いきなり竹刀持って「討ち入りじゃー」って入ってきたのよ。私だけだから良かったものの…はぁ。キミ馬鹿?」
「あ、あのー…」
「しかたないけん…ワシは、赤穂浪士じゃけぇ…」
「意味がわからないわよ。精神病院紹介してあげましょうか」
先生キツイでーす。
でも…先生の魅力はその女王様的なサディステッィク、ハード(自主規制)フゥー(裏声)
「いいッス…いいッス先生ぇ、もっとキツイ言葉ください」
「…もういいわ、こっちが頭痛くなってきた。…で、何しにきたの?」
「あの、未来達近松さんの様子を見に来たんです」
「俺は今回は大義名分があるよフゥー!」
「わかったから静かにしなさいもう。彼女ならそっちのベッドで寝てるわ」
寝てる?
「あのさ先生」
「…ぅ……いきなり真剣な顔しないで、焦ったじゃない」
そんなことぁどーでもいいのだ、テレビのスイッチの消音ボタン並に。
あれって使わないよね。
「なんで寝てんすか。近松には何も無いはずじゃあ…」
「そうなんだけど…ずっと彼女錯乱状態で…落ち着けるの大変だったのよ。ようやく落ち着いて眠った所で…」
「そうですか…」
「実はクロロホルムで…」
「ええええ!?」
おいおい。
「っていうか…錯乱?」
「そりゃそうよ、目の前でお友達が刺されたんでしょ?…普通まともじゃいられないわよ」
…そりゃそうだが…むー何か嫌な予感がする。
俺と桜庭は近松の寝顔を拝借した。
「…顔色悪くないですね、良かったです」
「寝顔だけ見てたら可愛ぇーなぁ、マジックで顔に落書きしてぇ」
「だ、だめですよぅー!」
桜庭のあわわっぷりを横目に、布団にかくれている近松の腕を取る。
…!?
―――こ、これは…!
「………なっ!!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「………み、……見ろ桜庭!!!」
「は、はい!」
「―――BCG注射の後だ!」
思い切りこけられた。
「…な、なにかと思っちゃったじゃないですかー!」
「馬鹿野郎!…実は俺もなんだ…」
昔、ブイブイ言わせてた時代につけられた傷。
袖をまくって桜庭に見せる。
男の勲章。
「あ、ほんとだー」
「なんかこーいうのって、仲間が見つかると嬉しいんだよなぁ〜」
「あはは」
「…はぁ、アンタたち、用事が終わったんならもう帰りなさい」
「え、でも…」
「彼女…結構錯乱状態だったから、起きてもまだ何するかわからないの。私が責任を持って見守るから」
「…はい」
あのさ、俺抜きで話を進めないでクレー。
全く…でもコイツも堀田同様あの沼田の時みたいな注射の後は無し、か…。
………うーむ、犯人がさきっちだとしたら…まだ確定はできないけどあの変な注射で被害にあうはずだ。
だけど、堀田も近松も全く外傷が無い。
どうして、急に意識不明になったんだ?
…いや、犯人はさきっちじゃないってことか。
さっきの桜庭の話が本当なら犯人は170、さきっちはどう見繕っても150ぐらいしかないチビだ。
「…わかんねーなぁ」
どーもこーも…。
「…ぅ……」
うん?寝言か?
「…ぁ、ごめ…」
語目。なんかエロイこと言わないかな〜、うへへ。
そしたらafter散々いじってやるわ。
「ごめんなさ…だめ…アタシ…本当は…渡したくない…」
…。
「…ヤダ…好……いや」
なんかすげーうなされてるなぁ。
「…帰った方がいいかもです…」
「だな、じゃあなんか後ろ髪を引かれる思いだが俺は帰る」
「あなたたちも教われないように気をつけてね」
「はい、失礼します」
「河野!次来た時キサマの命は無いものだと思え!!」
「あ、あはは…」
ガラガラァー!!。
思い切りドアをしめてやった。
とん。
とみせかけて最後だけはめっちゃ静かにしめてやった、うへへ。
「近松さん…ちょっと心配だな」
「まぁアイツのことだ、心配ねーだろ。殺したって死なねー奴だ」
がはは、と笑い飛ばす。
「う、うーんそれは違う気が…」
「ま、それより気になるのは犯人だな…」
「うん…怖いよね…」
玄関口で靴を吐きかえる。
そのまま校門を出て向かう方向は桜庭は←、俺は→。
「…じゃあ、また、明日……」
「おう!じゃーな桜庭達者でなー!」
二人は分かれる。
別々の道へ。
なんだか振り返ったときの桜庭の姿がいやに不安そうに見えた。
「よーラバラバ!元気か!」
「きゃぅっ!?」
いきなり悲鳴をあげられた。
向こうさんはかなり困惑してるご様子。
「へ?へ!?ど、どうして?か、帰ったはずじゃ…」
桜庭の前に、何故か俺は立っていた。
空じゃないけど鉄じゃないし城でもないけどそびえ立つ俺。
「ど、どうして?私の前に?」
「迷った」
「…ぇ?」
「迷った」
「…へ?」
「三回も言わせんじゃねーよぉ!!!!迷ったんだよ桜庭ぁ〜!!お前の家まで行って地図をみせてくれよぉ〜!」
…ああ、桜庭の足にしがみつくなんて情け無い俺。
涙出てきた。
「ええ?!か、帰り道で迷ったんですか!?」
「だってさぁ〜!駅前にいたる道が封鎖しまくっててさ〜!道逸れたら逸れたで工事中だしさぁ〜!適当に歩いてたら…こうなった、えっへん」
「…お、おつかれさまでした」
「おつかれじゃねぇよコノヤロウ!あー腹立つ!」
ズンズンと先を歩き出す。
「あ、ま、待ってください!」
「待つわ!地図がねーと駅前に行くにはどのルート通るかさっぱりわかんないしよぉ〜!」
「……」
そのまま桜庭の家に向けて二人歩き出す。
無言、きまずいので辺りの描写でも脳内変換してみる。
初夏の香りがする。
梅雨ももうあけるな、と空を見上げれば六時過ぎなのにまだ西の空が赤くなり始めたくらい、日も長くなってきている。
「…あの」
桜庭の横顔が、夕焼けに照らされて。
「…優しい、ですね、やっぱり」
にっこり笑う。
俺はにっこり吐く。
「うげぇえええ!」
「きゃあ!!!ど、どうしたんですか!?」
「あのな!俺はそういう風に言われるのが嫌っつったろバカタレが!」
「あ…ご、ごめんなさい!」
「…ぅー」
「…でも、未来のこと心配して来てくれたんですよね」
「……はい!?…そんな訳ないでしょー」
「…くすくす、やっぱりやさ」
ぷに。
そこで俺は桜庭の頬に指を突き立てる。
「…ぁ」
「……知り合いが襲われたらサー、寝覚めが悪いシサー」
「…ぷっ…くすくすくす」
それから桜庭の家につくまでずっとラバは笑いっぱなしだった。
何がおかしい、何がおかしいのだ!俺は芸人じゃねー!
…で、桜庭の家に到着っと。
「…ここが未来の家です」
「―――!!!!!!!!!」
ぶったまげた。
「う、うらぎりものぉっ!!!!」
「へ、へぇ!?」
「こんな…こんなブルジョワジィーな…こんな…こんなことってあるかーーっ!!」
でっけぇ家じゃのぉぉ!!!!
一軒や、三階建てって所かオイぃぃぃ!
「…ぐすっ、うえっ、うえ…うえ、うぇぇ…うえしたうえしたひだりみぎひだりみぎえーびー…ぅわああ」
はっ!ついコマンドを入力してしまった…。
「な、泣かないで下さいよー」
「だって、だって桜庭ん家がこないに、こないに大きいやなんて…うちは、うちはは悲しいどすえ!」
「ええ、そ、そんなこといわれても…うぅ、ごめんなさいぃ」
ごめん、どっちかっていうと桜庭の方がお嬢様っぽいのは想像ついてた。
どっか世間知らずな辺りとか、うふ、うへへh、真っ白なお嬢様汚してぇー。
「ごめんなさいっ!ごめんなさいぃっ!」
「気にするなよ桜庭…俺は金なんかで人を判断しねー」
そして優しく肩に手を置く。
「…あ」
何故照れる、桜庭。
いつの間にか立場が入れ替わってる事に対してのつっこみは無しか。
「あのー…」
「は、はひゃいっ!?」
突然後ろから話しかけられる。
「…いつまでコントやってるの?家、入りなよ」
「あらあら、未来ちゃん、お友達?」
「ママ!?望!?」
振り向いた先におっとりしたロングヘアーの女性、ジト目で桜庭を睨む生意気そうなセーラー服ツインテール。
…桜庭、本当お約束名家族構成だナお前、どっかで見たことあるよ俺。
策略か、コレは。
「ええと、あなたは…」
「これはこれは、桜庭さんのお母様ですか?自分は桜庭さんのクラスメートでして…いつも桜庭さんにお世話になっています」
俺余所行きモード発動!(余所行きモードは他人に対して印象を良くする為に、その場その場に応じて最強の演技をする必殺の能力だ)
ちなみに一子相伝。
「…あらあらあらぁ♪丁寧な人ねぇ、未来?この子がいってた…」
「わっ、わわわ!ママ!」
「ふーん…」
じろじろと、俺をなめまわす(おそらく)桜庭の妹さん。
なんだ、惚れたか?キラーン。
「…顔は悪く無いわねー」
なんて生意気な野郎だ、テメー殺されてーのか。
「こ!こら望!何てこと言うのっ!」
「お姉ちゃんから話は聞いてるよ、いっつもキミの話ばっかりでさー、ボクも飽き飽きしてたんだ。…でもその話も間違いじゃないみたい」
「も、もー!」
「あ、あはは、賑やかな家族だね桜庭さん」
「え!?あ、う、うん…?」
…あかん、圧倒されてるぞ俺。
しっかりしんかい!!
…決意むなしく、なし崩し的に晩御飯をご一緒させていただくことに。
あの『あらあら』お母さんに、余所行きモードの俺が通用するわけなかった。
で。
どうして俺は桜庭の部屋にいるんでしょーか。
辺りはぬいぐるみと、ピンク色のカーテン。
やわらかそうにゃベッドとまくらに、整った本棚と机。
わぁ、少女趣味だわぁ、ぶちこわしてー。
「ご、ごめんね、こんなことになっちゃって…」
「本当にその通りだ!…まったく」
「ご、ごめんなさい」
「…あ、いや、そのー、謝られても困るし、俺の方こそスマンな、なんか迷惑かけてるみたいで」
「そ、そんなことないよっ!…み、未来は…ちょっと嬉しかった…かも」
最後らへんが聞き取れなかった。
「えー?」
「な、なんでもないですー!」
…。
……。
っていうか、やることねーなぁ。
さっきから二人して正座で向かい合う始末。
この俺としたことが、この部屋の雰囲気にやられていつものマイパワーが出せない。
おそるべし桜庭'sルーム!
しゃーねぇなぁ…、説明書でも読むかなぁ…。
「…?どうしたの?」
カバンからごそごそ、と説明書を取り出す俺。
「んー、俺今ラジオみてーなん作ってんだ」
「へぇ〜…すごいねっ」
「馬鹿にしてんのかっ!」
「ええ!?う、ううんそ、そんなことないよ」
「まー気にすんな、でなーこれが難しくて難しくて…説明を頭の中に叩き込んでおかないと中々先に進めなくてな」
「ふぅ〜ん…」
中々興味がありげな顔で説明書を覗き込む桜庭。
「…あれ?コレ何?」
「あ?」
突然、桜庭が何かに気づいたように説明書の端を指で指す。
だが。
「何も書いて無いぜラバー、どうした?クレイジーか?」
「ううん、あ…ちょっと貸して、それ」
「おお」
おお、何気に積極的なラバー、ニヤリ。
説明書を持って机に座るや否や、鉛筆で説明書に何かを書き始めた。
「お、おいおい!色々メモってんだからあんまり落書きしないでくれー」
「違う違う………ほら、ここ」
「――――――こいつぁ…!」
桜庭が余白に鉛筆でこすったあと。
黒い芯の中で、黒に染められなかった白の文字がくっきりとうつる。
「こすりだしっていうんだよ、出ないボールペンとかで書いたら、筆圧だけが紙に残るんだ〜」
なにやら人差し指をたてて自慢げに胸をはる。
そんなことより、俺が気になるのは…。
「…3005―――――?」