「あん?休み?」
何故か桜庭ちゃんから近松が休みだと言う事を告げられた。
「うん、今日は来てないみたい。なんでか知ってる?」
「俺が」
ちょっぴり窓の外を見つめながらクールに決めてみる。
「知ってる訳ないだろ」
「…そうなの?」
相手の桜庭には効果が無いみたいだ…。
まるで地面タイプに十万だか百万だかボルトを食らわせた気分である。
「大体なんで俺に聞くんだよぉ、先生に聞けばいいじゃんかよぉ」
悔しいから甘えてみた。
「え、だ、だって、どの…」
何故か言いよどむ桜庭タン、可愛いねぇ、身長差を忘れて妹扱いしそうだ。
近松にもこれくらいの可愛さが…あったら…。
(おはよっ、今日もいい天気だねっ)
あったら怖っ!
「知らん知らん、大方風邪でも引いたんだろ。昨日俺に古武術かました罰が当たったんだ。罪と罰だ、因果応報だ、情けは人の為ならずだ」
「え、えとー」
早口でまくしたてたので慌てる桜庭、どうもいきなりの展開に弱いらしい。
あたふたとした後気がついたように深呼吸する、よほどパニックに弱いらしい。
らしいらしい。らしい。
「し、知らないならいいんですが…」
「おう知らん、かえって寝れ」
「は、はい、ごめんなさい」
しゅんとした感じで席に戻っていく。
うーむ俺ってなかなかSだね、あ、ちなみにSMはスーパーマリオの略称なんだ。
任天堂さん、本当にごめんなさい。
そんなことより、早く授業よ終われ、終われ、灯台が待ち遠しい。
灯台に何かヒントが隠されている、かもしれないし、かもしれなくないし。
想像を事実として認めてしまうと、それが事実でなかったときのショックが大きいから俺は灯台には何も無いと期待する。
そうすれば、もし何も無くてもショックは少ない、これ人間の知恵。
落ちた時に、落ちるとわかっていたときとわかっていなかったときでは痛みが違う。
「ガキーンゴキーンガカーンゴーン」
なんて脳内で予鈴を変換してみる、おお!なんだもう一日が終わったのか!?
すごいな、終われ終われと願っていたら本当に早く終わった。
俺っちもしかして魔法学校へ通って眼鏡の少年と仲良くできるんじゃないか?
「最近は例の事件は起きていないが、相変わらず原因は不明だ。お前たちも不信な人物に気をつけて帰れよ」
「起立」
「礼」
その二言で一斉に教室に喧騒が戻ってくる、やはり話題はあの例の事件でもちきりだ。
噂によると意識不明はアメリカの新化学兵器のせいだとか、悪い電波が出てるだとか、宇宙人が襲来しただの言われているが、根も葉もない。
それも最近はおさまり気味のため、一時期に比べると話題性は薄い、今はそれよりもサッカー日本代表のことの方が皆重要らしい、もっとも、俺もだが。
明日日曜日にはコンフェデレーション杯の対ブラジル戦が行われるのだ、負けるとわかっていてもサッカー大国ブラジルのレベルの高さでどれだけ対抗できるか俺も楽しみだ。
とまぁ、そんなことより前にさっさと筆箱をバッグの中にいれて格好よく席を立つ。
「ちょっと、掃除なんだから前に机運んでよ」
立てなかった。
と。
「あ、ちょっと待って待って」
どこかから声をかけられる、情けなさ全開で机を押していた俺はつい、前につんのめった。
この可愛らしい声(CV野川)は桜庭しかいるまい、って俺に何の用やねん。
どうせたいしたようでは無いだろう、シカトシカト、無視無視。
「ま、待ってよ〜!」
悔しかったら名前を読んでみろ、もっとも設定されてないから呼べる訳ないんだが。
と、ついに肩をひっぱられた、簡単に足を止められる。
うう、この桜庭、顔の割にでかい、それこそバレー選手ばりに、スカイタワーでも投げれそうだ。
しかも身長では負けてる俺!うう、男としてのプライドが…。
「あ、俺?他の人かと思った」
「ひどいよ、待ってくれてもいいのに…」
「ドンマイ」
ちょっと泣きそうになった後、首をふって気持ちを入れ替える。
明るい顔でプリントを渡してきた。
「あのね、未来、近松さんにプリントを届けなきゃならないんだけど…」
「じゃあ」
「か、帰らないでよ〜!」
「なんかすげー嫌な予感がするんだ!そう!例えるなら、暗殺寸前の大統領のような」
「す、すごい!そんなことわかるの?」
「わからん、じゃあ」
「か、帰らないでよ〜」
「なんかすげー嫌な予感がするんだ!そう!例えるなら、九回二死なのにサヨナラホームランを打たれる寸前のエースみたいな」
「昔、野球部だったの?」
「帰宅部、じゃあ」
「か、帰らないでよ〜」
「なんかすげー嫌な予感が」
パシン。
おお、ええかげんひじをノートで叩かれてしまった。
しかし桜庭ではない、桜庭の友達の女生徒A、B、Cだ、いつの間にか隣にいた。
どうも俺を睨んでいる。
「アンタいつまでそうやってからかってんのよ」
「未来も未来で、操られてないでとっとと用件言いなさいよ」
「え、え?未来、操られてたの」
四人の目線がデカイ人に集中した、コイツヒャクパー天然ダネ。
「とにかく、未来と一緒に近松にプリント渡してきてよ」
「はぁ?どーして俺が」
「緊急調査資料かなにか知らないけど、絶対月曜日に提出しないといけないの、先生が渡してくるようにって」
「はぁ?どーすぃて俺が」
「アンタが一番近松さんと家が近いの」
「…マジ?」
そういえばうちのクラスの奴で一番帰り道が近い、もしくは帰るときに目撃した奴と言えば近松しかいない。
「じゃーなんで桜庭までついてくんの」
「君一人じゃどうも心配だしね」
「さぼりそうだし」
うんうん、と頷く。
「待ちな、俺はバカじゃねーぜ。それなら桜庭が一人で行けばいいじゃないか」
「…そ、それは」
(未来!未来!泣き落としよ!)
(な、なきおとし!?)
(潤んだ目つきで上目遣い…できないわね)
(いいから座りなさいっ!)
いきなり友達に座らされる桜庭、ご丁寧にも正座だ。
(私と、一緒に行くの、そんなに嫌?って言うの!)
「み、未来と一緒に行くの、そんなに嫌?」
ごめん、全部聞こえてる。
そして、正座の姿勢で見上げられても、かなり不気味だ。
想像してもらえばいい、どんなに可愛くてもねぇ、言動が怪しけりゃねぇ。
たとえ松浦さんだろうが後藤さんだろうが、正座で見上げられれば俺は引く。
「うん、嫌」
「う、うえええ」
「わっ、わっ、泣かないで未来」
「アンタ女泣かせるなんて最低!」
「どーしろゆーねん」
「最初から行けばいいじゃない!」
「ほらほらとっとと行く行く!」
「わっ、ちょっ、お前ら、俺は行かねーっつの!」
「お、お願い。未来道わからないの、教えてくれない?」
今度はナチュラルにお願いされた、もちろん上から見下ろされてるが。
「…わーったわーった、じゃ行くぞ」
「う、うん」
「未来ファイトっ!」
「う、うんっ!」
「なんで近松の家に行くのがファイトなんだよ」
「え、ええ!?い、いや、その」
「あーあれか、近松っちゃん女に人気あるもんな、お前もその口か」
近松と桜庭、レズレズか、ぐへへ、おじさん大興奮だね。
「その口?」
「…お前、近松のこと好きだろ」
「へ!?そ、そんな訳ないよっ、確かに近松さんは素敵だけど…」
素敵と、形容される辺り近松のイメージ像がわかりやすい、いわゆるベルサイユの薔薇なのだ、宝塚系と言ってもいいや。
ん?いや実際可愛いくないと言われれば決してそんなことはないが、どっちかっていうと綺麗系、いやいや男らしいな、やっぱり。
「それに未来…」
「あん?」
「う、ううん、何でもない」
「なんだよー何隠し事かよ、俺と桜庭の仲じゃん、そういうの無しの方向で」
「え、ええ、えええ、っと…その、あの」
何故か赤面する桜庭、ははぁん、さては近松以外の女が好きだな。
ってなんでやねん、どうも俺はそっちに結びつけるクセがあるな、男と男は絶対に許さないくせに、色々とあるじゃないか、見ててむかつくとか気分悪いとか、いや別に否定してる訳じゃないのだが、やっぱり女と女の方が見てて爽やか(?)じゃないか、大体今はビデオもそういうジャンルはたくさん普及してるし…。
「あ、あのー」
「何?やはりハードなのがお好みか?」
「へ?あ、えと、その…下駄箱、通り過ぎてますよ」
大失態。
ええい、下品な事を考えすぎて下駄箱を通り過ぎたなどとなんてマヌケな真似を。
しかもこの天真爛漫何も考えてませんようで考えてるのかやっぱりどうか良くわからないキャラは多分作ってない天然さん桜庭の前でやってしまうとは…。
「えと、近松さんの家は最寄の電車駅から二駅…あの、いつも電車で通ってるの?」
「いや、いつもは自家用車だ」
「え、ええっ!く、車持ってるんですか?」
「リムジンだぞ、実は俺の家は大金持ち何だ、俺は本名三菱って言うんだ」
「ふぇ…し、知らなかったです…」
「大嘘だ」
「え?う、嘘?」
「実はリムジンじゃなくてF1なんだ、キムタクに影響受けたんだ、主題歌はエアロスミスなんだ」
「え?え?え?」
パニクるー桜庭、いやはや見ていてなんともニヤリズム。
目がぐるぐるしてるねー、焦ってるのが手に取るようにわかるよこのクソアマが。
「いいか、近松の駅はここから中央新都心側に二駅だ。確か降りてすぐのところのマンションのはずだ」
「あれ?どうして反対側に行くんですか?」
俺はとっとと桜庭に近松の家を教えて、中央新都心方面とは逆の、海の方面への側に向かう。
「地図では近松さんと同じ方面のはずなんですけど」
「俺はちょっと寄る所があるんだ、道案内はここまで、じゃあな」
「ま、待ってくださいっ!」
「あんだよ、別に俺に用があるんじゃないでしょー、近松っちゃんに用があるんでしょー」
「い、いえお供します!」
「なんで」
「え、あ、あのその…」
「一人の方が気楽なんだ、なんせ今から俺はルパンの三代目の如くカリオストロ城らしきところへ忍び込むんだ」
「そ、そうなの!?」
「…わざと?」
「え、いえ、さっき御曹司って言ってたからすごいこともやってるのかな、と」
てへへ、と頭をかく桜庭。
断言しよう、こいつは『バカ』だ。俺とはベクトル…方向性が違うが。
「俺は行くぞ」
「つ、ついていきますっ!」
「どーして」
「そ、その…い、一緒にいると、面白いので」
「…」
それはけなされてるのか褒められてるのか。
「もー追い払うのもめんどくさい、好きにしてくれ」
「は、はいっ!」
何故か嬉しそうに後をついてくる桜庭ちゃん、定期をかざすとそそくさと海方面の二号線側ベンチに座り込む。
「久しぶりに雨が降ってねーかと思ったら、暑いのなんの」
カッターシャツの首元を開けてパタパタと手で空気を送り込む。
六月中旬、たまに雨が振らないかと思えば猛暑と思える暑さ、きっと地球は毎年毎年温暖化に向かってるんだろう。
「暑いですねぇ」
「桜庭さぁ、なんでこんなクソ暑いのに長袖着てるの?」
「へ?未来ですか?」
疑問だ、激しく疑問だ。別にもう夏服は着てもいいはずなのに、わざわざ長袖の制服を着てる(当然ブレザーでは無いが)。
「うーん、やっぱり腕のラインとか気になっちゃうんで…」
「噂の二の腕?」
「はぅぅっ」
痛いところをつかれたらしく、凹む桜庭。
「そ、そのちょっと最近気になってきたんで…」
「桜庭とかさぁ、別にスタイルいいじゃん。背でかいし、足長いし」
「で、でも…」
「じゃあ見せてみーさ」
「へ!?」
「ほれほれ、腕めくって見せてみな」
「で、でも…」
流石に若干引き気味な彼女、だがしかし、普段近松やらなんやらで女の子になれてる俺は全く引かない。
っていうか桜庭ともそこそこ仲いいしね。
渋々ながら桜庭も袖をめくって腕を見せてくれた、何故かちょっとどきどきどきんちゃん。
「…普通じゃん」
白い肌は真珠のようだ、見たことないけど。
思ったより細い腕が目の前に現れた、やっぱり普通じゃん。
「そんなことないよ…しばらく運動してなかったんで…」
「運動?」
「はい、図書委員の仕事で本の整理や蔵出しがあるんですけど、今月はちょっとそれをサボり気味でして…」
「ふーん、触っていい?」
「へ、へええ!?」
「触る、ふにふに」
「や…やぁ…だ、だめだよぅ」
おおっ!柔らけー、なんだこりゃ!女の子ってやっぱり未知な生物だな。
そういえば二の腕と乳の柔らかさは同じだって聞いたことある、ってことはこの二の腕は結構でかい桜庭の…。
「ふぁ…や、やめてくださいよぉ…」
「あ、ごめん、調子にのりすぎた」
我に返って手を離す、桜庭は赤い顔でいそいそと袖を直した。
空中でもう一度指を動かしてみる…いやぁ、柔らかかったなぁ。
「……」
沈黙。
そりゃそうだろうが。
一応言い訳しておく。
「あまりにも暑くて頭いかれちゃった。いわゆる熱中症」
「そ、そうなんですか!?大丈夫?!」
「大丈夫、二の腕触ったら直った」
「そ、そうですか…」
はぅ〜、と安堵の息をもらす桜庭、きっと俺のくだらない嘘を信じて本当に心配したんだろうな。
なんだかそう思うと罪悪感が沸いてきた。
「…」
「…」
何故か沈黙、俺はともかく桜庭はさっきから黙りっぱなしだ。
俺は言うと、罪悪感に苛まれてたりする、ああっ因果応報だっ、このままじゃ近松の二の舞になるっ!!
うーん、いやいや騙される方が悪いのだ、この天然青春娘が…。
「…あ、あのっ!」
桜庭が何かを言いかけたとき、ホームに電車が入ってきた。
ようやく搾り出した小さな声も、電車の通過音にかき消される。
「お、よーやく来たな」
「うぅ…」
通り過ぎていく車内はガラガラ、当然だ、この時間帯に誰が海に向かおうと言うのだ。
釣り人か、漁師か…一般人が海で泳ぐにはまだまだ早すぎる。
あいた席に適当に腰を下ろす、背後の窓を開けようと思ったが車内のクーラーを考えてそのままにしておく。
「涼し〜〜!!」
車内の冷房に感謝感謝、両手を挙げて喜ぶ。
外の暑さとのギャップがあるから、またこの冷房がありがたく感じる、うんうん。
「何してんだよ、ほれほれ座れ座れ。こんだけあいてるんだから気がねするない」
窓を背中に背負い向かい合う形となっている座席、俺が座った席のその隣をぽんぽんと手のひらで叩く。
何故かおずおずと隣に座る桜庭、誰もいないのに誰に気を使ってるんだ。
「あの、どこへ行くの?」
「トーダイ」
「え!?東京大学ですか!?」
「わざとだろ」
「あ、えへへ、流石にばれましたか」
「いい加減俺の性格もわかってるだろうに」
「でも、元暮灯台に何の用があるんですか?」
「野暮用でな。ちょっと秘密を探りに」
「秘密?」
可愛らしく小首をかしげる桜庭、いい加減惚れそうだ。
「ああ、まぁあんまり気にする事じゃない」
「気になるよぉ」
「気にしなくていい」
「さっき未来の二の腕触った…」
「じゃあ俺のも触るか?」
「うう、未来、触られ損…」
何故かがっくりと肩を落とす桜庭、そんなに腕を触られたのがショックだったのだろうか。
『触らないで!バイキンがうつるじゃないっ!』
とか、可愛らしい顔の奥で一体どんな毒を吐いているのだろうか、気になる〜。
いやいやそういう奴じゃないな桜庭は、どっちかっていうといじられキャラなのに笑ってその役を甘んじるくらい優しい奴のはずだ。
「あそこには、珍しいものがあるんだ」
「でも外は単なるテトラポッドばっかりだったと…」
「中だよ」
「え!?で、でも中は元々立ち入り禁止だし、灯台の管理人さんが意識不明になってからは封鎖されてるはずじゃ…」
「うふふ」
含み笑い。
海の駅、性格には「網末」という駅名なのだが。
とにかく人気の無いその駅に降り立つと俺は海を横目にすたすたと羨道を抜けていく。
コンクリートでできた海岸線の防波堤を真っ直ぐ行くと、すでに向こう側には太陽を遮るようにして大きな建物が立っていた。
そして目の前には金網の鉄線と黄色い立ち入り禁止の札。
「ほら、やっぱり通行禁止だよ?」
桜庭が目の前の大きな金網を指差す、侵入者を拒む鉄線がぐるぐると巻きつけてある、それはともすれば昔何かで読んだ本、眠り姫の城にある侵入者を拒む薔薇に似ている気がする。
別に中に姫があるわけじゃないけどねぇ。
「ふふ、甘いな桜庭、真実はいつも裏側にある」
某子供が大人に…じゃなかった大人が子供になっちゃった名探偵の主人公っぽく決めてみる、微妙にミスってる気もするが。
「裏側?」
「警察も本当にマヌケだと思うんだが。この下見てみな」
「う、うわわっ!」
いつのまにか坂道を登っていたのか、道の海側は断崖絶壁というほどではないが軽く落差ができている、慌てて桜庭は道側に飛びのいた。
さらにその下を覗くと、遙か下にテトラポッドの山がある。
桜庭は飛びのいた時の衝撃で腰を地面に打っていた。
「灯台なんか始めてきたから、わからなかったよ…」
「んで、だ、この下のテトラポッドの所にはなーんにも無いだろ?」
桜庭がおそるおそる下を覗くと、確かに下は海の上にテトラポッドが浮かんでいるだけだ、鉄線のようなものは見えない。
「ほれほれ桜庭戻るぞ」
「え、どこいくの〜?」
「下のテトラポッドを通って灯台に入るのさ」
「…へ!?」
「きゃああっ!」
ざっぱぁん。
「う、うわわわっ!」
ばっしゃぁん。
「ふぇぇぇっ!」
どっぱぁん。
別に、海に落ちてる訳じゃない。
テトラポッドに当たる波の音に驚いているだけだ、桜庭が。
図体でかいクセに小心者が。
「何やってんだ、おいてくぞ」
「だ、だだだだ、だって波がテトラポッドをのりこえ…」
ぱしゃんっ。
「う、うわわわ!」
今にもこけそうな彼女、見てて………むかついてきた。
あーあー、やっぱり置いてくればよかったかなぁ。
「おら、早くこっち来いって」
「う、うん」
ジグザグな足場を軽い足取りで桜庭の下へ向かう。
「…わ、わわわわわっ!!」
と、サクラバーバランスを崩す。
おい、冗談じゃないぞ、こんなところでこけたら頭打って死ぬぞ。
俺のせいにされたら…いや、近松とかなら絶対俺のせいにするっ!
「何やってんだ!」
クラスの人たちの痛い視線を避ける為に、必死でサクラバーを支える。
ついつい抱えるような格好になってしまった、あ、やべーケツ触っちゃってるよ。
「あ……」
「危ないよーここ、とっとと近松ちゃん所へ帰りなさい、しっしっ」
「………ごめん」
「謝ってすむ問題じゃないんでー、ついてくるならスムーズにお願いします」
「う、うん…わわわっ」
言ってる側からふらつく桜庭、見てられん。
「おら、来い」
両足を広げてねそべ…るのではなく、かがんで背中を差し出す。
「え、え、ええ?」
「おぶってやんだよー見りゃわかるっしょぅ、あぶなかしくて見てられないアル」
「で、でも」
「いいから乗れ!アル!俺は早く行きたいのっ!アル」
「う、うん…でも大丈夫?こけない?」
「あいやー、ワタシを誰だと思てるアルか?中国四千年の歴史バカにしちゃ駄目アルね」
何故かエセ中国人になる俺、しかし本当にこの俺をなめてもらっては困る、これでも足腰にはかなり自信があるのだ、女の二人や五人のせたくらいで。
ズンッ。
「…うぐぅ」
お、重い、流石桜庭、身長170over…。
「だ、大丈夫?」
しかしここで笑顔で答えるのが男って奴アルね、段々慣れてきたし。
俺は軽く余裕、と答えると、テトラポッドを軽快に歩いていく。
「…つかまってろよー、落ちたら死ぬアルね」
「…うん」
ぎゅっ。
むにゅっ。
何が背中に当たってるかは各自のご想像にお任せします。
いやぁ、いやぁいやぁ、さっきの二の腕と甲乙つけがたいねえ、げへへ。
「背中、広いね…」
「狭いよ、一般の人と比べるとペットボトルのキャップぐらい」
「そ、そんなことないよっ!?……なんだか、安心できちゃう」
「じゃあ、転んでみるアルか?」
「わわわっ、やめてやめて」
そんなブラックだかホワイトだか妙に薄いピンクだかなジョークを交わしつつ、先ほど桜庭が覗いて腰を抜かした地点を通過、そのまま灯台の真下に来る。
「ここから、どうするの?」
「いや、ここを裏に回ると反対側に階段があるんだ」
「あややっ!本当だっ」
でも向こう側からは階段に伝わるルートは全て封鎖されている、それで大丈夫かと思ったのが間違いだ。
これなら小学生のワルガキでも入れる。
「ほれ、降りろ降りろ、いい加減手がしびれてきた」
「うう、ごめんなさいぃ…」
なんだか近松と違って反応が大人しいなぁ、物足りないようで落ち着くようで。
なんのかんの言って、桜庭も結構男子に人気あるんだよなぁ、なんというかほわほわしてるし、ふわふわしてるし、むにむにぽわぽわしてるし、出るとこ出ててひっこむとひっこんでるし。
擬音ばかりでスマン、まぁつまりそういう奴なのだ。
「んで、灯台の鍵は針金で外す」
「うわわっ、犯罪犯罪っ!」
「ふふ、軽犯罪は罪に問われない」
「そんなこと無い無いっ!子供が真似しちゃどうするの〜!?」
「大丈夫だ賢いお子ちゃまはこんな腐った話読まん!」
楽屋ネタはどうかと思うのでそろそろやめておく。
素早く鍵を外す、カチャカチャしてると後ろから不安そうな声がやってきた。
「警察の人は来ないの?」
「もうとっくにここは捜査が終わってんだピョン、指紋とかも全部とられてたしピョン。もう上には何も残っちゃいないと思うけど違うんだなぁピョン」
ギギギ、と錆びたような音をたててドアが開いていく。
中は人がいなくなって結構たつのか埃だらけである、クモの巣を拾った枝でけちらしながら階段をあがっていく。
薄暗い螺旋階段、入ってくる明かりは小窓からの太陽に光のみ、普通は懐中電灯とかを持って入ってくるような場所なのだ。
ちなみに、コウモリとか余裕ですんでいる。
バタバタバタバタッ!
「ゃあああああああああ!!」
「うおあっ!どうした桜庭!」
「い、今、なにか、なにかぁぁ〜〜〜」
薄暗いので表情は良くわからないが涙声だ。
「ああ、コウモリだ」
「こ、コウモリ!?」
「お前、灯台を甘く見るなよ、ふふふ…俺もいまだにここにいる生物の全てを網羅していない」
と言っても一、二回しか来ていないが。
「そ、そんなぁ」
ぎゅっと、腕を握り締められる。
むにっと、何かが腕に当たる、むひょひょ。
「怖かったら捕まってろ、ここまで来たらもう帰れとは言わん。最後まで行くぞ」
「う、うん…」
「っていうかお前さっきからずーーっと顔赤いけどさ、風邪ひいてんの?」
「え、え、いや、そんなことないですよっ」
…なぜ焦る、怪しい。
「おい、でこ、貸してみろ」
「へ、はわわわっ」
しがみつかれてる腕の反対側の腕、その手のひらでサクラバーの額を触る。
「……っ!!」
熱い、熱いのだが…。自分の手も熱いから良くわからん、っていうか気温が暑い。
「熱いね。といっても、この暑さだからなあ、正味よくわからん。…ちょっち待ってろ」
「?」
肩にかけた通学鞄をごそごそと探る、そして中から保温用のカバーにつつまれたペットボトルを取り出す、ちなみに中意味はカテキン式だ、健康にいいんだぞ〜。
「これを額に当ててろ、ちょっとは涼しくなるはずだ。もしかしたら顔が赤いのは熱中症かもしれんからな」
「あ、はい、あ、ありがとう…」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をしてみる。
「ええっ!?」
「人から礼を言われるのは大嫌いなんですよぉ僕。別に君が倒れたってどーでもいいんですよぉ、死して屍拾うものはいねぇーんだよぉ。ただね!」
ビシッと指を刺す。
「お前が倒れたら後で何か言われるのは絶対に俺なんスよ、男女不平等だね」
「……あはっ、ふふふ」
一瞬呆然とした後、何故か笑い出した、何故だ。
「…優しいね」
さらに嫌そうな顔をしてみる。
「…うん、優しい」
「やめてくれ、死ぬ。気持ち悪くて死ぬ」
「いい人だねーっ」
「いぎゃああっ」
耳をふさいで階段を駆け上がる、まずい、いらねー弱点を握られたか。
「えへへ、待ってくださいよぉ」
何故か上機嫌で追いかけてくる桜庭、鬼か。
「…さっさと目的果たそう」
「目的?」
「ああ、俺の今日の目的は、アンテナを持ってくることだ」
ゴール地点の行き止まり、ガチャリ、とてっぺんの扉をあける。
するとまぁさらに埃まみれな部屋。
「随分と誰も来てないって感じだね」
「前来た時もすでに警察はここには来てなかったみてーだしな」
ちょうど展望台の頂上の狭い部屋、という感じ、中は倉庫のように狭いが、眼前には大きな窓がついており、景色を一望できる。
「わーっ…すごい…」
窓手前にひじをつき、展望を眺める桜庭は感嘆の息をもらす。
そりゃそうだ、下手すると観覧車並の景色を望めるのだ、実際にかなり壮観である。
まず目の前に広がる海、今日のように晴れた日なら向こう側に山、さらに臨海都市の姿も見える、視線を左にずらすと俺達のすんでいる田舎街、右側は果てしなく海が広がっている。
「いい場所だね、ここ…」
「いいかどーかは知らんが、普通の人はまず入れない場所アル」
俺としてはそんな景色に対して興味はなく、それよりも天井裏にある秘密部屋にある。
天井にあるわずかなフック、それに枝をひっかけて、強く引っ張ると…。
ギリギリギリ…。
ちょうど上から滑り落ちてくるように階段が天井からぶらさがる。
「…わ」
「びっくりしたろ、こいつは警察でも見つけられなかったみたいでな、上はほとんど手付かずさ」
むわっとする熱気を手で払い、すぐ側にある小窓を開ける、涼しい浜風が部屋の中に入ってくる。
「ま、桜庭はそこで景色でも眺めてな俺は仕事がある」
「仕事?」
手早く階段に足をかけると、するすると上に登る。
流石に屋根裏は換気が無いので今日の暑さが全てこもってサウナ状態だ、座ってるだけで汗が出る。
屋根が低いので移動は自由に出来ない、滲む汗を手でぬぐい屋根裏の部屋の端へと向かう。
そこにあるのは、前は関係ないと見向きもしなかった…ダンボール箱大はある放射状に広がったパラポラアンテナ。
バッグから説明書を取り出す。
見比べてみても、あのラジオの大きさと比べてみても。
「こいつだ…こいつに接続するんだ」
端っこにはなにかケーブルを差し込むような穴もある、コイツで間違いない。
しかもさらに奥にはもう少し色々なパーツやケーブル、スイッチまで入った箱があった。
どうして気づかなかったのだ、俺はアホか。
「ふんぬっ!!」
っていうか、アンテナ重たっ!
つーか疲れた…とりあえず下に降ろして、後は桜庭に手伝ってもらうとするか…桜庭を連れてきて正解だったかもしれんな。
「…あ、あのー、いますかー?」
「いるわい、悪いけどちょっち手伝ってくれねーか?」
「え?なに〜?」
「コイツを上から下ろすんだ」
「…わっ、アンテナ?」
「そーだよ、重たいから気をつけろよっ」
片足だけを階段にかけ、アンテナをどうにかこうにか屋根裏から出す。
「そっち側半分持ってくれ」
「う、うん」
どうにかこうにか。
「これで、全部出したなぁ」
換気全開にした灯台の部屋の中、壁に背中をつけて大きく息をつく。
あっづー…流石にガラス通して日光がモロ入ってくるから、熱がこもる。
「うぅぅ…」
「おーい大丈夫か桜庭ぁ」
「なんとかぁ…」
二人とも暑さでグロッキーだ、午後に突入しているとはいえ、太陽はその威力をちっとも弱めない、あー太陽ぶん殴りたい、死ぬけど。
「…ここって、知ってる人、未来たちだけだよね…」
「あーそうね、誰にも言うなよ。言っても針金開ける技術がないと入れないけど」
「…えへへ、二人だけの秘密か、なんだかいいなぁ、こういうの」
「あーそうね、別に秘密でもなんでもないけど」
「そんなことないよ、秘密秘密、特別な場所」
何故か嬉しそうだ、この暑さでテンションが上がる意味がわからん、こいつ実は体内にクーラーを内蔵してんじゃねーのか。
「…ここだったら、誰もいないよね」
「あーそうね、さっきから一体なんだってんだ」
それは、不意打ちのキス。
「あーそう…」
「………」
目の前には頬をピンク色に染めた桜庭。
「ふ、二人だけの秘密!じゃ、じゃあねっ!未来諦めないからっ」
それだけ言うと、どたばたと部屋から出て行った。
「きゃああーーーコウモリいやーーー」
悲鳴が下から聞こえた。
俺はといえば、その口をつけられた頬をさすりながら、思っていた。
「一人称が自分の名前なのは、どうかと思うぞ桜庭未来ちゃん」
あと、アンテナ一人で降ろすのどうしたもんか、とか。
…近松へのプリントは、いったいどうすんねん、とか。
この暑さは一体誰の恨みやねん、とか。
若貴問題と相撲の将来はどこに行くねん、とか。
とか、とか考えることが多すぎて。
「あづー…」
とりあえず、暑さでダウン、俺。