「なぁ、なんで待ち伏せてるんだ。闇討ち?」
「殴るわよ」
「…殴る前に言ってそれ」
ヒリヒリする頬をさすりながら俺は彼女に問いかけた。
まぁ、殴られたと言ってもいつもより全然マシだ、だってビンタされただけだもん。
「で、何してんだ?」
時刻は朝、通勤ラッシュを潜り抜けてようよう駅のホームから脱出すると、水溜りが残るロータリーに近松の姿を見つけた。
俺の姿を見つけるやいなやいきなり近寄ってくる不気味っぷりについ、うわぁ!ストーカーだ、と大声で叫んだもんだからビンタされた、痛い。
「昨日言ったでしょ…」
なぜか、最後のほうは尻すぼみになった。
赤い顔でもじもじと、小声でごっこ、するんでしょ、と言われた、キモイ。
「あー、恋人ねグハゥッ!?」
今度こそ思い切り顔面に左ストレートを喰らった。
「大きい声で言わないでよ!恥ずかしいでしょ!」
「それだと、趣旨がずれてるだろうが。皆に知られないと意味ねーんじゃねーの」
「う…そ、それは、そうだけど…恥ずかしいじゃない」
恥ずかしがる近松、なんていじらしい、なんてコイツらしくねー。
「アンタと恋人だなんて、人に知られたらどんなこと言われるか…」
「ごっこだろうが」
「…そ、そりゃそうだけど、その、ねぇ?」
聞かれてもわからんわい。
どうも、コイツは言ってることが支離滅裂だな、こんな馬鹿相手にしてる場合ではないのだ。
「ちょっ、どこ行くのよ〜!?」
「学校以外にあるか?」
「あ、そ、そうだっけ」
「なんだそのギャグは、マイナス500000000000000000000点」
「ゼロ多っ!」
「くだらん事やってないで、行くぞ」
「あ、う、うん」
とてとて、と俺の後をついてくる。
どうも調子狂うなぁ…、振り返ったら何故か笑ってた、不気味だ。
「何がおかしいんだよ」
「別に〜♪」
こ、怖い、なんだコイツ、意味無いのに笑い出すとは。
「あ、あれじゃない、その、『仮にも』恋人なんだし、手とか、繋いだ方が…」
「はぁ?『ごっこ』なんだろーが」
「で、でもその〜…なんていうか、やっぱり、こういうことやっとかないと」
「意味わかんないんスけど」
「いいでしょ、ほ、ほら、手繋ごう」
なんか、納得いかないが、とりあえず握る事にした。
ボッ。
何か沸騰した音が聞こえた。
「何固まってンスか?」
「……あ、あはは、いや、その、学校、行こう?」
今までに無いくらいの慌てたようななんというかな声で俺を先導する近松。
あぁ、マジ調子狂う。
学校へ行く途中に様々な人にあって、冷やかされたのは言わずもがな。
何故かぶん殴られた、五回ぐらい、しかも五回とも理由がわからんかった、理不尽だ。
学校へついてからも近松の変っぷりは変わらない。
「あれ?結衣ちゃん今日なんか嬉しそうだね」
「え?そ、そう?別にそんなことないけど?」
「嘘だ〜、さっきからニヤニヤしてるもん」
「そ、そうかな…」
教室、桜庭図書委員長に話しかけられた近松は急に顔をマッサージし始めた。
「何か、あったの?」
「え、い、いや、別に、何もないけど?」
「ん〜…怪しいなぁ〜」
アホらしい、俺は不貞寝することにした。
何故か、どうも朝から殺気がこもった視線がビシビシと背中を刺すのだ。
特に女子から。
「…じろー」
「…じろー」
人の名前ではない、廊下から教室を覗く女子生徒が発している声を俺の脳内で勝手に音に変換しただけだ。
っつか、怖っ!なんだアレ、ドアの隙間から見てる、家政婦か!?しかも絶対俺見てるし。
チャイムが鳴るのを望むばかりである、これだけ授業が早く来て欲しいと思ったのは始めてだ。
「あ、あのさー」
突然前の近松が俺の方を振り返った、見ればすでに桜庭は自分の席で次の強化の準備をしていた。
「アンタ、今日昼ご飯どうするの?」
「ブレッド」
英語で答えた、ちなみにパンは英語ではない。
「あ、あのさ、なら屋上で食べない?」
「屋上?…だるいので、パス1」
「ねぇ、お願い〜」
フリーズ、マイ脳内細胞。
な、…なんですか?あれ?俺聞き間違えた?
「……なんで固まってるのよ」
「………オレノシッテルチカマツハソンナコトバヲハカナイ」
「失礼ねっ!アタシだって…女の子なんだから」
背筋にオカンが走った、母ではない、寒気が。
「で、いいの、駄目なの」
「イイデスヨ」
はっ!つい頷いてしまった。
「…うん、じゃあ、昼休みになったら一緒に屋上行こっ」
「…ハイ」
何?何コレ?悪夢?…いやいやいやいやいやいやいや、待て近松、お前間違ってるぞ。
「あ、あのー近松さん?」
「何?」
「俺、なんか悪いことでもしましたか?」
「どうして?」
「その笑顔になんか裏がある気がして…」
「別にそんなの無いわよ、もう」
いやいやいやいやいや、ちょっと前まで俺が何かすると全部馬鹿呼ばわりだったのに、その変わり用は何かあってもおかしくない。
「あ、あのー、いわゆるぅ…あの日?」
「…もう、馬鹿なんだから」
「…へ?」
赤くなっただけで前を向いてしまった。
ぎゃああああああああああああああ。
おかしい!おかしいよ近松すぁん!!そこはぶん殴る所だよ!死ぬほど!
お、俺、殺されるんじゃないだろうなっ!
今までと「馬鹿」のニュアンスが違うんスよ、今までのはなんというかかんというか、本気で呆れてる馬鹿と、蔑んでる馬鹿だったンスよ、なんだ今の照れた感じの「馬鹿」はっ!
明日は、雷かもしれん、っていうか俺死ぬかもしれん、不慮の事故で。
昼休み。
俺は死にかけた、現在進行形で。
「…や、矢?」
近松と屋上に向かう途中、目の前にいきなり矢が突き刺さった。
ありえない、ありえないよコレ、雷はまだしも矢が降って…いや飛んできたか…。
「な、何コレーー!?」
壁にささった矢をみて悲鳴をあげる近松。
「お前のせいだ近松!」
「へ!?あ、アタシ?」
「お前がなんか最近変だから、ついに矢まで飛んできた!」
「い、意味わかんないわよっ!」
「ひとーーつ!浮世の野蛮人」
近松と口論していると、いきなり曲がり角の影から誰か出てきた。
「ラーメンマンか!?」
「アンタのその発想はどうかと思う…」
「ふたーーーつ!許してたまるか、野蛮人」
ゆらり、と光に照らされた姿は普通の女子高生だった。
おかしいのは、弓を背負ってる所だけ。
女子高生の手に握られた洋弓は、ギラリと光カタカタと向きを変え始めた。
「みーーっつ!許すまじ!近松お姉様に近寄る野蛮人!」
ギリ、と弓に張られた糸が悲鳴を上げる。
どーみても標的は俺。
「滅、殺!」
「冗談じゃねぇっ!!」
ポケットの中に入れておいた100円玉、それを手首に向けて弾く。
パキィンッ!
「!?」
それで弓の向きを変える、驚いた女子高生はとんでもない方向に向けて矢をうってしまった。
ガッシャーン。
いや、窓に向けてね。
あー、高いなぁこれ、一枚どれくらいするんだろ、いやあ面白いくらいに顔面蒼白だよこの子。
「っつか、危ないから凶器を振り回さないでちょん」
安堵の息をもらした僕ちんはそそくさとさっき弾いた100円玉を拾う。
…いやぁ、もったないじゃん。
「え、えーと、銭形平次?」
「違うぜとっつあん、ってか現状を把握してねー顔だなぁ」
近松はおろおろしてとりあえず俺の腕をにぎってきた。
うっとおしいから離せっ!
「くっ…流石に要注意人物、やりますね。刺客をあっさりと退けるとは」
と、曲がり角からまた何人か出てきた。
「あ、あんたは…!」
「何、近松?知り合い?」
出てきたのは全部で三人、しかも全員女だ。
「生徒会会計、堀田美恵!」
その中で先頭のチビの三つ網がキュートなゴスロリータが似合いそうな少女を指す近松。
「ふふ…その通りですよ近松お姉様」
何故かうっとりとした顔の会計さん、ってか生徒会って。
「朝倉さんは洋弓部部長なのですが…洋弓部、部費カットですね」
「そんな御無体なーっ!」
「ええい!お姉様に近づく虫を払えないなどという失態、見逃す訳にはいかないのです!」
「まだ弓は残って…アレー!?無い!?」
背中の弓は全部俺が回収させてもらった、こんなん刺さったら俺死ぬわ。
「っていうかお前ら何?俺知らんよ君ら」
「…ふふ、良くぞ聞いてくれました」
ビシッ!
ビシッ!
ビシシシッ!
統率された動きで、いわゆる戦隊物が揃った時のポーズ、後ろで爆発は流石に起こらんが。
『我ら、近松お姉様親衛隊!!』
「おい、チカー。早く屋上行くよーい」
「え、え、待ってよ〜!」
『って無視しないで下さい!!』
なんじゃこいつら、うっとおしい。
『アナタ!ここ最近近松お姉様と近づきすぎです!なんて羨ましい…もというらめしい!何者ですか!?』
「ナナシノゴンベイ」
「ムキーー!そこまで馬鹿にしますかっ!アナタはお姉様のなんですかっ!!」
「恋人役」
『…』
雷が落ちた。
「え、あ、ちょ、ちょっとアンタ!!何言ってんのよっ!!」
バキィィンッ!!
ギャース、また殴られた、しかも威力はいつもの二倍。
だってヒヨコが上でとんでるもの、痛い。
速くレバガチャ(レバーをガチャガチャすること、ゲーセンの格闘ゲームでぴよった時はこれで素早く回復だねっ)で回復しなければ。
『…………』
「あ、あのさ。堀田さん、別にコイツとはアタシ何でもないから」
「なんでやねん。昨日俺に『好きにしていいよ…君色にアタシを染めて』って」
『ヒィィィーーー!!お姉様が…そんなことをっ!』
「は、鼻血が…」
「堀田さん!ティッシュはここに!」
「って言ってないわ馬鹿ーー!!」
バキ、ゴキ、ドカーン!
三連コンボは反則だぜ近松っちゃん…某トゥモローのジョーばりに俺はぶっ倒れた。
「…はぁ、はぁ、と、とにかく!コイツと私は何でもないからねっ!コイツを狙うのは辞めてくれるっ」
「し、しかし…お姉様」
「君達も君達!もう…アタシよりカッコイイ男子でも見つけなよ」
「いえ!私達はお姉様以外に愛すべき人が見つかりませんん!」
「お姉様の勇猛さ可憐さ…ああ、思い出すだけでも濡」
「…」
それはマズイ。
「…アタシ、君達の想いには答えられないよ。アタシ…だって女の子だもん。好きな男の人と一緒にいたいから…」
「なっ!お、お姉様好きな人がいるのですかっ!?」
「…はっ!い、いや、その、こ、言葉のアヤでっ!」
「も、もしかして…この男ですか〜〜!!」
人を気安く指すな、その人差し指折るぞ。
「な、何言ってんのよ!そんな訳ないじゃないっ!」
「で、ではバレー部部長の神田君ですか!?」
「神田君イケメンだしね〜」
「違うわよ…と、とにかく!君達は早く新しい恋を見つけなさい!」
人を傷つけたくないとか言っといて、その言葉かよ近松っちゃん。
「ああ…そんな冷たいお姉様に萌え」
「是非私を御付のものに〜〜!」
「ちょっ!ちょっ!ついてこないで〜〜!!」
そのまま女子どもはどっかに走っていってしまった。
そして、一人残される俺。
「アレ?お前こんな所で何してんの?」
「Nか…ふふ、風が俺に話しかけて来るんだよ」
「頭いっちゃったのか〜」
殴り合いのケンカになりました
ちなみにガラスも僕達のせいになりました、理不尽ing。
「ごめんっ!」
目の前には手をあわす近松さん。
「ひぃぃぃっ!こ、こちらこそごめんなさいっ!」
謝るという行為に裏がある気がしてならない僕もつい謝る。
「あ、あれ?アンタが何で謝るのよ」
「え、いや。テメーが謝るくらいだから俺なんかしたのかなーって」
「…どうしてよ」
ため息をついてベンチに座る近松様、次の電車が来るまではまだまだ時間がある。
それにしても、この駅から続いてる車線の券売機はどうして金属でできているんだろう、触って冷たくて、思わずヒヤリ。
それはおいといて、放課後、何故か向こうから一緒に帰ろう、と脅された僕は手錠をつけてここにいます。
嘘じゃボケ、手錠なんか無いわ、普通に歩いてただけじゃ。
「とにかく、さっきの昼休み。なんか変な事になっちゃって」
「で、どうしたのよ。その後は体育倉庫で大爆発か?」
「おっぱらったに決まってるでしょ、なんで体育倉庫が爆発するのよ」
どうも伝わらなかったらしい、カマトトぶりやがって、どうせアイツラとそれはもう今流行り(?)の妹とお姉様が色々結んで、なんやかんやをマリア様が見ちゃいましたって奴だ。
言ってて俺もわからんが、大体見たことないし。
「まったくもう…アンタ相変わらず人を肩透かしさせるのが得意ね…なんだか自分が申し訳なく思えなくなっちゃった」
「なっ!じ、自分の罪を忘れるだと!?そんな罪深き事があってたまるかっ!マリアとかキリストとか見てるぞっ!」
「なんでいきなりそうなるのよ…大体私クリスチャンじゃないし」
「イスラマーか?」
「そんな訳ないでしょっ!はぁ〜あ…アンタはもういつもいつも…」
天を仰いで大きくため息をつく近松、ふはは参ったか。
俺の言葉マジックはそれはそれはRPG「最後の不思議」の白魔道師にも、某オリックスのO監督マジックにも、「てじな〜にゃ!」にも負けはしないのだ、全部ネタがわかった人には今なら豪華プレゼント、あて先は郵便番号…。
「あのさ、アタシのこと怒ってないの?」
「どーして」
「…だって、昼休み屋上に呼び出したのアタシなのに、アタシのせいでややこしくなっちゃって」
「お前な、そんなこと気にするくらいなら、今日は本気で痛かったので殴らないで下さいお願いします」
終盤、超丁寧語。
「…怒って、ない?」
「別にどーでもいいしなぁ、そんなことに気をかけてられるほど暇じゃないし(ラジオで)」
「どーでも…」
と、定刻より少し早めに電車がホームに滑り込んできた。
俺達と同じ学生達が四角い箱の中に次々となだれ込んでいく。
だが、近松は以前ベンチに座ったまま動こうとしない。
「バーカバカバカバカ!!」
かと思うと突然俺を突き飛ばした後、走り出して電車に飛び乗った。
「たとえ『ごっこ』でももうちょっと女の子の気持ち考えた方がいいわよっ!バカッ!どーでもいいなんて…最低!」
呆気にとられているうちに、ドアは閉まり電車は駆け抜けていってしまった。
置き去りにされた俺は腰をついたままどうすることもできなくて。
(…近松め、できる!)
あの突き飛ばし方、何かで見た古武術にそっくりだ。
電車は一つ乗り遅れてしまったが、レアな経験をした、うむうむ、怒ってこそのアイツ。
「…でも、最低って言われたのは久しぶりかもなぁ」
ちょっと泣いてた、うーむやはりバカにしすぎたか、ドンマイ俺。
しかしまぁ、朝には機嫌が良かったのに、今は怒って泣いて、忙しいやっちゃ。
本気でアイツの事はよくわからんのぉ。
結局、俺はその次の電車で帰った、帰宅ラッシュは一つ前の電車までだったらしく車内ガラガラ、楽々席に座れた、うむラッキー、明日近松に感謝しとこう。
帰宅後。
ラジオ(R)の製作にとりかかる俺。
いまだ完成予想図が見えない上に…重大な事に気づいた。
図30番の箱にはでかでかとパラポラアンテナがついている。
「こんなんついてなかったわーー!!!!」
…いや、待てよ、確か箱を拾った元暮灯台の奥のほうに確か傘みたいなんがあったような無かったような…。
「一度言ってみる価値はあるかもな」
完全につまった俺は椅子の背もたれに体を預けた。
そう言えば…あの事件も最近は大人しいなぁ…と言うよりも、俺がラジオを拾った時からぴたりと止まってるんだ。
ギシリと音をたてて起き上がる、目の前のラジオは相変わらず不気味に光っていた。
「絶対コイツは…ただものじゃない」
明日は土曜日だから半日授業、午後から灯台に行ってみるか。
そして土曜日。