6月6日はドラえもんの日だ。
…なぜかって?そりゃあ…ドラえもん絵描き歌を聞けばわかることだ。
そんな呟きも虚しく、今日も外はバケツをひっくり返したような大雨。
(いくら梅雨と言っても振りすぎだろコレは)
天気に「くたばれ!」と言う無意味な行動を繰り返しつつ制服に着替える、面倒くさいから学校を休んでもいいのだが、今日の学食の日替わりランチは大好きなトンカツ定食だ。
それを食べ逃すくらいなら死んだ方が良い。
半袖のカッターシャツに手を通すと、朝飯も無しにバッグに謎のラジオ…仮にRと名づけた物体の説明書と筆箱をしまいこんで家を飛び出す。
バシャアッ。
思い切り水を浴びた。
傘を持っていくのを忘れてしまっていたのだ、あほか俺は。
…。
……。
………。
豪快な金属音が鳴り響いて…くれたらもう少し面白いと思う。
「なぁなぁ近松、チャイムの音お寺の鐘の音に変えてくれねーかな?」
目の前の、外ハネがキュートな知り合いの女の子に話しかけたら。
馬鹿でしょアンタ。
と一蹴された。
僕は大人しく説明書を読むことにした、しくしく。
かばんの中から取り出した紙は少し湿気にあてられて湿っていた、少し苦々しい感情が湧き出てきた後、机の上に置く。
休み時間という少ない時間の中で図だけの説明書の解読、シャーペンを取り出して勉強時間からの思考の続きを開始する。
「アンタ、またそれやってんの?授業中も書いてなかった?」
「真面目に勉強するような人間に見えるか俺が」
「…期末で赤点とって補習に呼び出されても知らないわよ」
なんだか見下された気がした。
「あんだとテメー。テメーもそんなこと言える立場か」
「………おほほ」
知ってるぞ、この女も中間テストの欠点は俺といい勝負なのだ。
お互い馬鹿にしあった末に俺が12RでKOされたのを忘れたとは言わせない…ごめんなさいウソです、「ぐはは!お前も欠ってるじゃねーかバーカバーカバーカバーカ」つったら一発でのされました。
一体この細い腕にどれだけの力があるのか。
「ひ、ひゃうっ!!な、なにいきなり腕掴んでるのよっ!」
「いや、お前ボクシングやってたのか、と思って」
「ど、どうして?」
「あの破壊力は世界を目指せ」
そこまで言ったときまた拳が飛んできた。
「ぐふっ!!…い、命拾いしたな近松。俺以外なら100%入院でお前はムショ行きだ」
「アンタ以外にこんなことしないわよ」
実際にボクシングやってたかどうかは知らないが、近松はなかなかスポーツ万能である、NOT運動音痴少女。
護身術だかなんだか知らんが…そのおかげで、男よりも女の子に人気がある妙な奴だ、妙じゃないか、男らしいし。
「…なんか考えてたでしょ」
「一般性との休み時間の過ごし方のアンケートのカッコイイタイトルを考えていた」
「…あ、そ」
疲れたようなため息をついて前を向き直る近松。
「テメー!逃げる気か!」
「馬鹿、もう先生来てるわよ」
知らないうちにチャイムが鳴ったらしい、あー。なんて意味の無い時間の使い方を。
………。
……。
…。
「昼飯時パーリィピーポーだっ!」
チャイムと同時に俺は席を飛び出して廊下に着地する。
そのまま勢い良く走り出すと目の前の曲がり角を左に曲がり、そのまま階段を一気に飛び降りる。
ジンジンする足の痛みをこらえて、学食の扉を勢い良く開けると…まだ中には誰もいない!一番乗りだ!やった!俺がチャンプだ!
早速朝の内にすでに購入していたトンカツ定食略してトン定の券をおばちゃんに叩きつけ―――。
「…きゃっ」
「のあう!?なんだテメーはっ」
トン定券を叩きつけようと思ったところ、タッチの差で知らない娘さんが券をすでに差し出していた。
いやごめん、うそ、実は俺が無理矢理割り込もうとしただけだけど。
「あ、いや、その、ご、ごめんなさい…」
「いや、レディファーストだ。先へ行け」
「え、でも、その、あの」
「行け!大丈夫!死にはしない!」
なんだか自分でも良くわからんくなってきたが男はともかく、女を泣かしてまでトン定を食った日にはお天道様に顔向けできん。
目の前の娘っ子に両手を差し出して「先へ行け」的ジェスチャー。
「ご、ごめんなさい…」
な、なんていじらしい!近松にもこのくらい女らしさがあれば…、いやアイツは男か。
娘っ子さんはペコリと一礼するとトン定を…いやざるそばを受け取っておぼつかない足取りで歩いていった。
いかん、あまりのトン定の食べたさにざるさばがトン定に見えてしまった。
「おばちゃん!トン定一つ!」
ほっかほかのトンかつ+αは二秒で出てきた。
この手際の良さは宇宙一かもしれない。
感心しつつそろそろ人が増えてきた学食の端っこ窓際の定位置にどかり、っと腰を…下ろせない。
「…へ?」
「ああ!?」
見ればさっきのお嬢様っぽい娘っこである。
そして、指定席に。
「そこ、マイ指定席」
「え…!?あ、そ、その!ごめんなさい!すぐどきますから」
「ウェイトアモーメント!!」
叫びと共に手のひらを差し出す。
「は、はいっ!」
「俺、向側に座る君座らなくてもいい」
「ど、どうしていきなりカタコトに…」
「ディスプレースは俺の指定席だが、君のその可愛さに免じて許す」
「あ、ありがとうございます…」
またもやぺこりと謝る娘っ子、可愛い、可愛いぞこんちくしょう。
良く見ればルックスも可愛いではないか、まるで澄み切った川のようにさらさらの黒いロングヘアー、吸い込まれそうな大きな眼、ととのった鼻、唇。
「あ、あの…私の顔に何かついてますか?」
「ドラえもんの髭が」
「え、ええっ!?」
「書きたい」
「へ、へええっ!?」
なんだか予想以上に驚くので逆にかわいそうになってきた。
「あ、あの先ほどはどうもスイマセンでした…」
「あ?」
二分弱ですでにカツ定を10/9平らげた俺は、急に謝られたから顔を上げた。
「そうだ!謝れ!」
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
張り合いが無い。
「…いいよ、別に。っていうか自分何?」
「え、私ですか…?」
そう、ずっと気になっていたのだが、この娘、この学校の制服ではないのだ。
うちの学校の女子の制服はセーラー服なのだが、目の前の可愛いこいつは胸元にリボンがついている制服(多分)を着ている。
「わ、私は、降矢美咲というんですが…」
「さきっち、か」
「さきっち!?」
「って、そーじゃねーよ。お前ここの学校の奴じゃないだろ」
「…え!?ど、どうしてそれを!?」
いや、そこで何でそこまで驚くかわからん。
「うちの学校は世もうらやむブルマーな制服なのだっ!!」
「え、えええーーー!?」
大嘘です。
「そ、そうだったんですか…」
「って気づけおい!んな訳ねーだろ。見ろよ、うちはセーラー服だ」
親指でそこらの席の女子生徒を指す。
「あ、本当です」
「お前、天然だろ」
「すいません、良く言われます…」
だろうな、俺のボケをボケで返す奴はそうはいない。
「じゃあ何?この学校に転校とかそういう系?」
「……………………そ、そうなんです!」
何だ今の間はーーーーーーーーっ(心の叫び)
しかも汗タラタラだし、あんてわかりやすい奴だ、わかりやすい奴だ。
二回も言っちゃったぜ。
(怪しい、怪しいぞこいつ)
可愛いバラでもトゲトゲチック…ちょっと違うがまぁニュアンスだけ伝わればいい。
「ふーん…転校生ね」
「そ、そうです!だから全然怪しくなんか無いですよっ!」
怪しい。
「そ、そうだ。あ、あのここら辺で最近変な事件起こってますよね」
「ん?あー…さきっちはここらへんの人なのか?」
「は、はい。ちょっと怖くなっちゃって。原因とかわかってないんでしょうか?」
「さぁなー、警察もお手上げなんだろ」
変な事件、人々が急に意識不明の状態に陥るこの前近松と話したアレである。
あれから一週間ほどが経つが未だ、なんの進展も見られない。
「変な箱とか、落ちてませんでした?」
ぴくり、と眉を動かしてしまった。
「…いや、知らないな」
「そうですか…」
「その箱がどうしたのか?」
「…え?あ、いや、その。私の知り合いの人が探してるんで…銀色の変な箱です」
「ふーん…」
「あの…あったらまた教えてくれませんか?」
俺は席を立った。
「まぁ、アンタと会えたらな」
これ以上ボロを出す前に俺はそうそうに学食を退散した。
怪しい、怪しいすぎる。
怪しい美少女がなんであのラジオ通称Rの事を知ってるんだ、いやもしかしたらそうかもしれないが…普通あんな銀の箱なくさねーよ。
なんか、ちょっと不気味。
振り返った時、さきっちはもうそこにはいなかった。
「ありゃー」
なんとなく驚いてみる。
「何よ馬鹿みたいな顔して」
「失礼な。才気溢れてるだろ、俺って」
「馬鹿」
馬鹿馬鹿売るせー奴だ、馬鹿って言う方が馬鹿だバーカ!
なんていったら殴られるから言わないけど。
「残って勉強でもするのか?」
「どうしてよ」
近松っちゃんは鞄を机に置いたまま、帰る素振りなど見せはしない。
ちっ、せっかくこの俺が一緒に帰ってやろうと思ったのに。
「帰んねーのか?」
「あたしの勝手でしょ」
なんだかちょっぴりセンチメンタルな表情で言われた。
ため息がなんとも叙情的でロマンティック、意味わからん。
「何淀んでんだよ。フラレたのか」
「何言ってんのよ」
「宝くじに外れたのか」
「はぁ〜〜〜…アンタって本当馬鹿ね。アンタほど馬鹿なら羨ましいわよ」
「………人を傷つけるようなことをしたのか」
向こう側の顔色が見てわかるほど変わった。
「…………」
「お前が凹む理由なんかそれか後やろうと思ってできなかった後悔ぐらいしか思いつかん。失敗とかそんなんで凹むほどネガティブじゃねーだろ」
「なんで…そうやって時々鋭いのよ」
「俺は馬鹿だからだ」
目線を下に下げると、それ以上近松は何も言わなかった。
「俺は帰るぞ」
「…帰りなさいよ勝手に」
「それともお前が帰るまで待っててやろうか」
「……好きにしたら、私行くわよ。絶対について来ないでね!」
急に怒気をはらんだ口調になった近松はのしのしと教室を出て行った。
残された俺。
とりあえず近松の鞄に「ふぁいとじゃ〜」とメモを残して教室を出た。
外の雨はもう上がっていた。
椅子に座る。
もちろん自宅の自室の机とセットになっている椅子だ、別に電撃を受けて死刑になるわけじゃない。
「ふーむ」
目の前の設計図にはすでに無数のメモがびっちりと書かれていた、全て俺の仕事だ。
別に誰にほめられる訳でもないが、ほめられる訳じゃないから逆にやる気が出る。
全作業工程34番のうち、一週間で24番までうめた、あれだけ説明の無い説明書でこれだけまで完成させた俺は神やもしれん。
良くバカバカ言われてるからな、言うだろ良く、天才と馬鹿は紙一重か。二重か。どちらかというと二重の方が個人的にはいい。
「なんて馬鹿なことを考えてるバヤイではない」
再び作業に入る。
ここまでで大体は完成の形が見えてくるはずなのだが…まったくわからん。
大体ラジオだかなんだか、それ系は結構似たような配列をしてるはずなのだが…こんな配列は見たことない。
つーか、ほとんど抵抗器とか使ってない、このまま何かを使って電流を流したなら一瞬にして電線全部が焼き焦げるぞ。
「正体不明だナ、まさしく」
電波を受信するっていうようなものでもないし…、そして何よりも気になるのがこれだ。
「…トランジスタ」
それはトランジスタと呼ぶにはあまりにも大きいパーツ。
トランジスタというのは、もともと電流を増幅させるための部品、今現在ただでさえ電力を抑えるものが無いのに、これ以上電流を増幅させれば…。
「面白いじゃーねーの」
なんだかワクワクしてきた、昼間のさきっちといい、なんだかこのラジオは絶対怪しいぜ。
再び回路を繋いでいく、この先に何があるのか、そして事件に何か関係があるのか。
『チリリリンッ!!』
と、作業に集中していた時に急にベルがなった。
うちの電話は今時珍しく黒電話なのだ、いやあえて黒電話にしてるというか。
『チリリリリリリリリ』
この質感がたまらんというか、デティールというか、黒光りというか。
『チリリリリリ』
「わかったよ!とるよ!うるせーな!こっちはオールドカルチャーの良さをワビサビを感じてんだ邪魔するな!いやとるけどさ!」
わけのわからない一人問答をしながら、ジュワッキをとる。
「はー、もしもし」
『あ…あの…』
声の主はさきっちか!?
『ち、近松と申しますけど』
あん?近松?にゃーんだ…。
なんだかまぁ、覇気の無い声だなぁ、男らしくいやいや近松らしくない。
「俺だよ俺、にゃんのよーだよ」
『あ、アンタ…?いや、その…』
そのまま「あ」とか「その」とか言いにくいときに出る言葉ランキング上位につけそうな言葉が連呼される、眠たくなってきた。
「にゃんだよー、おいらは忙しいにゃー」
『あ、アンタは人が真剣な話をしようとしてるってのに…』
「何だよ」
「…どうして急にそうやって真剣な声になるのよ」
ワガママな奴だにゃ!!
『あ、あのさ…今日はその、ごめんね。あたし機嫌悪くてさ、ひどいこと言っちゃってさ』
「あー?」
放課後の事だろうか。
「あのな、そんなことよりも俺は世界を狙えるパンチを抑えて欲しい」
『そうだよね…痛いよね、ごめんね、いつも』
「えらく殊勝じゃねーか。どうしたってんだ」
『うん…別に、なんとなくアンタの馬鹿な声を聞きたくなっただけよ』
「むきーー!わざわざ電話かけてきてまで馬鹿にするかおんしゃー!切るぞっ!」
『あ!ちょ、ちょっと待ってよ!』
「…はい、ちょっと待った!」
『小学生みたいなことしてるんじゃないのっ!』
「あー…なんだよ、一体」
『明日さ、放課後屋上に来てくれないかな?』
「はー?」
『ね、お願い。昼食奢るからさ』
受話器の向こうなので顔は見えないが、手を合わせてお願いしてるポーズが頭に浮かんだ。
コイツがこうやって殊勝になる時は絶対に裏がある。
「また生徒会のなんとかかんとかー?」
近松は部活には所属していない、生徒会の下っ端だ。
いや、幹部か?まぁ興味ないから知らん、っていうかなんか奢るとか言われた時は体外手伝わされることになる。
受けるか受けないかは俺のその時の気分に寄るが…。
『う、うん、まぁそんなところ』
「あー…じゃあパン二つ用意しとけ、じゃあ俺は用事があるから切る」
『うん、ありが』
ブツンッ。
あいつからお礼を言われるなんて虫唾がはしる、似合わねー。
なんつーかちょっぴりしょんぼりしてたな、口調とか、あれかやっぱり女の子って奴か。
それならますますアイツのことはわからん、なんせガールズハートは秋の空って奴だ、あの後何があったのかね。
やれやれ、と肩をすくめると再び作業に没頭した。