「ふむ」
と俺は頭を捻る。
隣には傘をさしてくれている近松。
コイツとは駅までが帰り道同じなのだ、それで朝奇しくも傘を家に置き忘れるという失態をしでかした俺を傘にいれさせてやってるのだ。
もちろん、身長差で俺が傘の天井にあたりまくってるのだが。
「…っていうか、アンタまだそれいじってんの?」
近松が指す、俺の両手に持たれた小さな箱、周りは銀のようなアルミのような色でコーティングされた金属状の壁。
つか、アルミなんだけどさ。
「うむ、そーなんだ。色々考えないとわからん」
「っていうかそれ何?昨日の今日でいきなりどうしたっていうのよ」
「拾った」
「はぁ?」
一端間を置いてから、近松の素っ頓狂な声が飛んできた。
俺を見る目はアンタ本当に馬鹿なの、とでも言いたさげだ。
「…アンタ、本当に変わってるわね」
呆れられた。
「で、何なのそれ」
「俺にもわからん」
「はぃ?」
「わからんが…一緒に説明書が落ちてたんだ」
「説明書…?」
「お、興味ありげだな。事細かに説明してやろうか、明日の昼食おごりで」
俺はピースサインをして見せた、もちろん意味は二百円分という意味だ。
「私、今日の昼食の分のお金まだ返してもらってないんだけどな〜」
「…さて、帰ろうっと」
再び箱を学生かばんの中にしまうと、それをかばうように懐に入れて駆け出…。
「待ちなさい、お金返しなさい、ついでにそれも説明しなさい」
せなかった、っていうか急に首ねっこをつかまないでくれ、首の骨がいい加減折れる。
「わかった、わかったよ、ゴホッ!ほれ!」
俺は急いでポケットの中から五百円を取り出すと、近松に放り投げた。
「わっわっ!な、投げないでよっ」
慌てながらも、コインをキャッチする近松、おお、ナイスプレー。
「って、傘持ってるのは私なんだから!無茶したら二人とも濡れるでしょっ!」
「じゃーそこで、雨宿りするべ」
「…へ?」
俺が適当に指差したのは…いかにも洒落た喫茶店。
別にどこでも良かったのだが、たまたま指差した場所がそこなのだ。
いかにも、いかにも恋人どもがいちゃいちゃとこの世を祝うかのようにのたまうふざけた場所(のように見える)!
そんな場所に俺とコイツが行くのもどうかと思うが、とりあえず指差した以上は否定できないので、行こうぜ、と誘ってみる。
「…あ、いや、でも」
…と、何だか歯切れの悪い返事が返ってきた。
「こんな所で立ち話もなんだろう、さぁ入れ」
「ってアンタのうちじゃないでしょ!」
「気にするな」
無理矢理手を引っ張ると、喫茶店に入る。
入り口でお二人様ですか、と聞かれ「もう一人いるのが見えないのか!?」と従業員に訴えたら、近松にぶたれた。痛い。そこはボケだろうに。
とりあえず、席を通されて、窓際に座る。
「おーすげー、雨。こんだけ降ってりゃ客も少ないでしょ?」
「は、はい。お客様も大変でしたね」
「そーそー、俺も傘忘れちまってさぁ、もーあれだよ、水も滴るって奴?」
「ふふ、ご注文、どういたされますか」
「コーヒー、ブラックに砂糖、もう先に入れといて」
なんだか流された気がする、わからない方には説明しよう。
今の会話は俺と従業員の会話である、わかってるか。
最後の笑いは馬鹿にしたのか、好感触か微妙な所だが、とりあえず俺としてはそのでら可愛い制服を近くで見たいから話しかけただけである。
しかし、流石は人生でも先輩軽く流されて営業スマイル、ただもんじゃない。
「それに引き換えなんだお前は!さっきからきょろきょろしやがって、まるで田舎者。ああ、田舎者」
「だ、だって私こういう所入ったことないんだもん」
こそこそと俺にしか聞こえないようにのたまう近松、流石に男らしいコイツが入るような場所ではないな。
どっちかっていうと、セレブとか似合うかもしんない、この喫茶店。
だがしかし、何だその女々しい態度はっ!いつも俺をぶちのめすその力強さはどこへ消えた近松門左衛門!
「彼女の方のご注文はどうなされますか?」
「へぁっ!?い、いや!別に、私そんなんじゃ!」
「そーそー、ただのケンカダチッスよ。コイツはヴラックコーヒーで」
あえて、Vの発音で言ってみた。
「かしこまりました、うふふ」
なんだか意味深な笑みを残して従業員さんは去っていった、いやー胸でかかったなぁ。
「は、早く出ようよ」
なぜか、せかせかな近松っちゃん。
「アホか、まだ注文の品も来てねーよ。大体本題の話をしてなかっただろうが」
「本題?」
「これだよ、これ」
俺はかばんの中にしまっておいた大きな箱を取り出した。
「あ、そういえばそうだった。何コレ?」
「いや、俺もわからんのだが、説明書があるのだ。ほれ」
「?」
俺は近松に説明書のようなようでないものを渡した。
何故、ようなようでないものなのかは、近松の表情を見ればわかる。
なんだか微妙な表情だが、そうまるで小学生が大学の入学用紙を見たような。
そう、難解な問題を見たような気難しい顔である、眉を真ん中に寄せて、唸り始めた。
「…何これ」
帰ってきた答えはいとも単純なものだった。
「何だ、お前ならわかると思ったんだがな」
「どうして」
「野生、獣の勘?」
「どうして」
「だってお前野じゅ―――」
ゲインッ。
そこまで言って椅子の下で膝蹴りを喰らった。
「っっ!?」
「おほほ、アンタね、ここまで来て言う?」
目が笑ってなかった。
周囲を気にして膝蹴りを食らわしたのなら、周囲を気にして温厚にしてくれ。
「で、何なのコレ」
「わかってりゃお前に聞きなんかしない、とりあえず矢印が書いてあるから組み立てているだけだ」
その説明書らしきものに書かれていたのは、作られていくイラストと矢印だけだった。
わかりやすいといえばわかりやすいが、文字が無い分不気味だ。
「で、気になって夜も眠れないから組み立てて見た。幸運なことに、組み立てるのに必要なパーツのほとんどが箱の中に一緒に入ってたから、そのまま作ってる」
「それ、どこで拾ったの?」
「チーズケーキ二個で教えてや」ミシィッ!
次は近松の靴がかかとにめり込んだ。
「…灯台の中だよ」
「灯台…って?あの元暮灯台?」
元暮と書いて「もとくらし」と読む、なんとまぁ色々と見逃しそうな名前だが。
この街は海辺に近い、すぐ側、という訳でもないのだが電車で二駅乗り継げば着くぐらい近い。
夏はなかなか人が集まるその海、今年もそろそろ人が増える頃だろう。
「なんでまたあんな所行ったのよ」
「最近、近隣で原因不明の事故が起こってるのは知ってるよな」
「…え、ええ」
どうして、そこでその話題、と言った驚いた表情。
急に話が真剣みを帯びたので、近松は大人しくなった。
似合わん。
「お待たせしました、コーヒーです」
とまぁ、いつまで待たせるんだと思っていたコーヒーがようやく届いたので話を一端断ち切ることにした。
大体、コイツとまともな話をしても面白くもなんともない。
「それでは、ごゆっくりどうそ」
一礼し、盆を胸に抱えて離れていく後姿がについつい目がいってしまった。
主に、ケツ!姉ちゃんいい尻してんなぁ、ぐへへ。
「…」
ゲシィッ!!
机が揺れるほど蹴られた、痛い。
「あにすんだお前はっ!」
「大きな声出さないでよ!恥ずかしいなぁもう…」
「俺は蹴られた理由を聞いてるんだ」
「なんとなくムカついたの。それで…あの事件がどうかしたの?」
なんだか上手く話題をそらされてる気がする、痛い俺としては理由を深く追求した意思、コイツと真面目な話しても面白くないしなぁ、どうしたものか。
「ちょっと面白く話してやろう」
「…はぁ?」
「最近、この近隣の人々がいきなり原因不明の意識不明状態になってるのは知ってるじょ〜?」
ゴンッ!
「…普通に喋りなさい」
「…はい」
段々威力が増してきたので、大人しく従う。
っていうか従うしかなかった。
「でさぁ、今度はあの灯台の管理人がぶっ倒れたんだ。船が来ても点灯しないから不審に思って警察にTELしたら、管理人意識不明だってよ」
「…うん」
「んで、俺としてはそんな事件があれば気になるじゃん。で灯台まで行った」
「…」
おお、おお、なんだその呆れたような困ったような頭が痛いような顔は。
頭に手を当てて眉間に皺を寄せるな。
「そしたら、これが落ちてたって訳よ」
「…ふーん…」
「なんか関係あるかな、と思って組み立ててる」
「あ、危ないじゃない!もしかしたら、それが原因なんじゃないの!?」
「だろ?俺もそう思う」
「じゃあ!」
「何言ってんだ近松門左衛門。ここで俺が謎を解けば俺は一躍有名人だぞ。おまけに、意識を取り戻した人からのお返しが待ってるかもしれない。下手すると、可愛い子がいるかも…」
「馬鹿」
「ふふん、いつまでも俺を馬鹿に出来ると思うなよ。俺が事件を解決した暁には、お前は俺のペットとして一生飼ってやる、ふふいかに男らしいお前と言っても体は女、あんなことやこんな」
「…変態っ!」
バキィッ。
ついに堪忍袋が爆発したらしく、アゴを思い切り殴られた。
こいつ…できる、おかげで俺は脳震盪状態だ。
「まったくもう…」
ずず、とコーヒーをすする近松。
「…う、げほげほっ!!な、何よこれ!」
「毒薬だ」
「う、うそっ!?」
嘘に決まってるだろ、なんで喫茶店が毒薬出すんだ。
「なんだよ、お前コーヒー飲んだことないのか?」
「だ、だって…だ、大体私こんなとこ入ったことないって言ったでしょ」
恥ずかしいのか小声でひそひそと話す近松。
「怖気づいたか」
「使い方間違ってるわよ!」
「ふん、数々の修羅場を潜り抜けてきたお前が、こんな黒い物体ごときに屈するとはな」
「じゃーアンタ飲んでみなさいよ」
ジト目で指差したのは俺の前に出されたコーヒー、近松と同じく真っ黒けっけの苦々しい液体のはずである。
「え、い、いや。別に俺は…飲めるぞ」
「証拠見せてみなさいよ」
「…ま、まぁ待て」
「何それ、私にあれだけ大口叩いておいて…」
ニヤニヤとさっきまでとは立場が逆転したかのように笑う。
しかし、表情上では困ってるいるように見える俺も内面は余裕である。
なぜなら、この黒い液体には俺のだけ特別に細工してあるのだ。
「じゃあ飲む」
「え?」
ごくごくごく、ごくん。
「ぷはぁーーっ!やっぱ梅雨はこれだねっ」
若干周りからクスクス笑われるが、近松はそんなことも気にせずあんぐりと口をあけて俺を見た。
「あ、あんた舌の感覚までどうにかしてるのね…」
「いや違うな、これがお前と俺の差だ。つまり、君はまだまだお子ちゃまってこと」
むっ、と眉を吊り上げる。
「こ、これぐらい私だって飲めるわよ」
「ではどうぞ、さぁどうぞ、ぐいっと」
「…う、い、いくよ」
くぴくぴ…。
「う、げほげほ、げほっ!」
やはり衝撃には耐えられず咳き込む近松。
「う、にが、苦い…よぉ…こんなの飲める訳ないでしょっ」
「逆ギレか、見苦しー」
「う、うぅう…」
悔しさと怒りが入り混じった表情で俺を見てくる。
俺は相変わらずニヤニヤとしながらコーヒーカップをチンチンと指で鳴らす。
「…く…むぅ…ぁ」
視線に耐えられず、小さく喉を鳴らしてブツを飲み込んでいく。
飲みきれずに口から溢れた液体があごを通って滴り落ちていき、テーブルクロスにシミをつける。
「あふ、あ。…ぐ、に、苦いけど、全部飲んだわよっ!」
「お疲れ、で?何、俺に何か用?」
「…………くのっ」
メキィッ。
痛いだけの価値のある台詞は一杯聞けたので満足。
「な、なんか疲れたわ…」
「そりゃあお前砂糖も入れないもん」
「…へ?」
「ちなみに、俺のは最初から砂糖入ってたから」
そう頼んだはずである。
「今更だけど、砂糖とミルクならそこの箱の中に入ってるんでどうぞ」
俺は親指でテーブルの端っこに済まなさそうに置かれている黒い箱を指した。
近松がおそるおそるふたを開けると、山のようにシュガースティックとカップミルクが入っている。
「…」
「そう睨むな。お、雨もやんだし、そろそろ帰るか?」
「全部アンタの驕りね」
「んー、聞こえな」バキィッ!
どうやら相当怒っているようである。
いやあ、その怒った表情が俺はなんとも言えないんだけどさぁ。
「…はぁ、アンタってもう、全く…どうして」
「それは俺が俺である所以だからだ」
「…はあ?」
「こうでなければ俺じゃないだろう」
「…」
なんだか納得したような、納得いかないような微妙な顔。
俺はおごってやるよ、と言って先にレジに向かった。
窓の外にはもう、虹が出ていた。
近松をからかってから一時間後。
家に帰って、作業は続く。
説明書に書いてあるように回線をはんだで繋いでいく。
…おかしなことに気づいたのは今さっきだ。
「おかしい」
どうも、このラジオなんだか良くわからない――ふたの上にチューナーと音量らしき二つのツマミ、スピーカーのようなものがついてるので俺は勝手にラジオと決めている―――箱なんだが。
どの回路も板も、一端作られてから無理矢理壊されたような跡があるのだ。
その証拠に、変に回路が元々ついていてる場所があったり、はんだで溶かした後に残る銀色の玉みたいな物が、まだいじっていない所にあったりする。
どう見ても、手が一度加えられてる。
「…作ってから壊すような意味があったのか」
作業を中断して、換気の為に開けていた窓から外を見る。
すでに昼間の雲はどこにもなく、空には綺麗な月が出ている。
「…こいつは、ますます怪しいな」
机に上に置かれた作りかけのラジオを一瞥すると、大きなため息をついてずるずると壁にもたれたまま腰を地面につけた。
先は長い、全工程34番のうち、完成したのはわずか4番までだ。