君と僕は、知らない同士の他人。
…の、はずだった。
進学して、たまたま同じクラスになって。
席が隣になって話すようになったりして。
この年頃になればもっと、色々と遠慮とかためらいとかあるかと思ってたけど、予想外でこのクラスの仲は良かった。
そのまま、進級して俺はまたなんとなしに日々を過ごしていく。
なんとなしに日々をすごしていく。
足りない回線の電量は、大きくなるはずも無く。
トランジスタ
「…アンタ、何してんの?」
少し濡れた青いスカーフに白いセーラー服…肩が少し濡れているのは、外で雨が降っているからだろう。
「ねぇ」
幸い、俺は雨が降る前に登校してきたので、制服が濡れる心配は無かった。
「ねぇったら」
衣替えしてから、そう時間もたっていない夏服だったので、すぐに汚すと親から苦情が来るだろう。
「…」
…そんなことはどうでもよくて。
「無視しないでくれるぅ〜〜〜」
「ほ、ほひっ!ふひをひっはふはっ!」
説明に手間取っている間に、いきなりほっぺたを引っ張られた、なんて凶暴なんだ。
きっとコイツの前世は武士に違いない!…いや、そりゃあ武士が全員凶暴なのは偏見だろうけど。
「朝から無視するなんて、相変わらずねアンタは」
「答えようとする前に、手を出されたんだっ」
目の前の濡れたセーラー服の少女は、呆れたように視線をそらした後、教室の一番窓際、後ろから二番目の俺の前の席に着いた。
この濡れた少女、名前を近松という、下の名前を覚えてるほど俺は暇じゃない、っていうかしっかり知ってるけどあえて言わなくても…ねぇ。
つか、あれだな、濡れたっていう表現は言いえて妙だな、なんつーか、そういう系のタイトルのようであり、ようでなかったり…。
そういえば、ありそうでないこととかあるよな…たとえばお好み焼きの中にえびが入ってたり、あんこでできたケーキがなかったり…。
「で、アンタ何してんのよ、変な道具引っ張り出して」
「…あー、お前まだいたのかよ」
「あのねぇ…私はアンタの前の席でしょうが」
「俺の知り合いに朝から濡れ濡れの痴女はおらん」
ゴキィンッ。
拳で頭をどつかれた、なんて暴力的なっ。
前を見ると、顔を真っ赤にして拳を震わせている近松が居た、仁王立ちで。
座ってりゃいいのに、なんでわざわざ立つのかね。
「あ、朝っぱらからなんてこというのよっ!ぶつわよっ」
頼むからぶつ前に言ってくれ。
「はぁ…あんたって本当馬鹿ね!」
「何だと、流石に今の台詞にはこの崇高なる俺の脳もカチンと来たぞ」
「…馬鹿」
「むきぃー」
あえて棒読みで言ってみる、ちなみに上記のように必死なふりをしてるが、俺の視線は先ほどから机の上の物体に注がれている。
「話が進まないじゃない…何してんのよ、アンタ」
「見てわかんねーか、失明したか」
ゴキンッ。
「ぐはうっ!?」
「一言多い」
「あのな、手元が狂ったらどうしてくれるんだっ!」
「知らない」
「…ぐぬぬ」
この暴力(ピーーーーーーーー≪禁止用語≫)女め、といいたいところだが、それど頃で無いので、作業に集中する。
ああ、こんな馬鹿な台詞を交わしている間にもうHRが始まっちまうじゃないか、なんとしてもこの回線だけでも繋がないと…!
「っていうか、何それ。…箱?」
近松が俺の前に置かれた奇妙な箱を指差した。
「…まさか、アンタにそんな変な趣味があるとはねぇ」
そのまま、机に置かれた工具箱からドライバーを取り出してくるくると細い指で回す。
そう、この男女、全体的に線が細いのだ、そのくせ俺に攻撃する時はしゃれにならないくらいの破壊力を要する、馬鹿になったらこいつのせいだ、ぜったい。
と、そんな余裕は無いと言っとろうに。
自分に言い聞かせて、再び作業に入る。
とりあえずこの回線をあそこにおいて、こっちのをこの端でまとめておけば…。
「…ま、こんなもんだなぁ。あんま学校で無茶する訳にも行かないし、しまっとこ」
と、キリのいいところでちょうどHRの鐘が鳴る。
「…アンタ、何作ってんの?」
先生が来ないのをいい事に近松は体ごと後ろを向いて、俺に話しかけてくる。
周りの生徒も遅刻ギリギリで飛び込んできて、教室は急に騒がしくなってきた。
「前を向け、先生が来るぞコノヤロウ」
「残念でした、私は『野郎』ではありません〜」
「どっからどうみても、男、ラストサムライ、マイクタイソンだよ、君ぁああ”あ”あ”〜〜!?」
喋ってる途中で思い切り足を踏まれた。
「ったくもう…どうしてアンタはそう口が悪いかな」
「お前だからだ」
「…へ?」
「お前なら何を言っても、大丈夫な気がするから」
「…ちょ、あんたこんなところで何言い出す…」
「だって、僕らは男友達じゃないかっ!」
ゲシィッ!
ついに顔面に拳がめりこんだ。
その後のことは覚えてない。
悲鳴と歓声が飛び交う教室の声をバックに、意識はブラックアウト。
次に目が覚めたのは、昼休みでした。
「…うー」
「ようやく目が覚めた?」
「…ココハドコ、ワタシハダレ」
「何言ってんのよ馬鹿」
ええい、自分でやっておきながら人事のように…。
収まらない怒りは毒牙となって彼女をおそ――。
「昼ごはん、食べなくてもいーの?」
その台詞に俺の眠っていた胃袋細胞が動き出した。
まるで獲物を狙うような視線で時計を見ると、すでに時刻は次の授業まで後5分。
ドガァァーンッ!!
雷と同時に、ショックが俺を攻める。
いわゆる、青いイナズマだ、古いか。
僕を攻めるのだ。
「なんてこった…俺としたことが」
「…アンタはいついかなるときでもテンションが高いのねぇ…」
周りを見渡すと、弁当を持ってきてる奴、学食で買ってきたパンをむさぼっている奴。
ドイツもコイツもオランダも敵だコノヤロウ。
「俺が何故こんなにも苦しんでいるのか説明すると、つまり学食のパンは人気だから予鈴がなってすぐに行かないと間に合わないのだ!」
あー、俺の馬鹿!どうしてすぐに行かなかったんだ。
「あんた、誰に言ってるのよ…」
近松の涼しいつっこみをよそに俺は前方に見える悪友N氏へと飛ぶ。
そりゃあもうロケットの如く。
「ちょっ!…アンタ待ちなさいよっ」
「おい!沼田!そのウィンナー俺に食わせろ!」
「おわ!なんだいきなり!」
「いいからよこせ!俺は腹が減ったとも言わずもがな!」
「日本語おかしいぞ!」
周りの奴も苦笑しながら俺と沼田のやりとりを見ている。
なんだか、馬鹿にされている気もしなくも無いが。
「テメーラ!飯の怨念は深いぞ!」
「テメーが寝てるのが悪いんだろ」
「そうそう、近松と夫婦喧嘩してっからだ」
「…なっ!何言ってるのよ!別に私はそんなんじゃ」
と、視界に遠慮がちにあがる手が。
その指の細さ…女子だ!
「あ、あの…未来のでよければ…卵焼きあげようか?」
「桜庭〜〜!!」
「きゃあっ!」
突然なんとも心優しいことをぬかす、図書委員長桜庭に俺は思わず抱き…ついたら犯罪だから手を大きく広げて「抱きつくぞ〜、げへへ」なそぶりを見せた。
まぁ、実際は大きく手を広げているだけで、驚いて身をかがめている桜庭っちはひどくマヌケだ、実際僕達男子大笑い。
「未来、大丈夫〜?」
「そんなにお腹すいてるのなら、弁当持ってくればいいじゃない」
「コイツにそんな暇があるように見えたか?」
「朝っぱらから机でごそごそ何かいじってたじゃん」
周りの奴らがざわざわと会話に加わってくる。
とりあえず、背が高い割に行動が小動物じみてる心優しい桜庭未来図書委員長に、優しく手を伸ばす。
もちろん、起こすために手を差し伸べるだけだが。
「…え?」
「大丈夫、優しくするから…さぁ」
「へぇっ!?」
「この痴漢!!」
バキィッ!!
油断していたら、近松のケリがぶっ飛んできた。
いや、なんとなく予想はついたけど、俺は期待を裏切れないのだ。
だって、『痴漢』の『漢』はオトコと読むから!
俺は吹っ飛んだふりして沼田のウィンナーをパクリと食べると…。
「のわ!ドサクサにまぎれて何してんだテメェ!」
「拙者忍びの者でござる、ニンニン」
「意味わかんねぇ!」
グイッ!
突然動きを止められた。
「アンタねぇ〜…いつもいつも周りに迷惑ばかりかけて、こっちに来なさいっ!」
近寄ってきた近松に首根っこを捉えられて、自分の席までひきずられる。
なすがまま、俺が居なくなった前方の席一帯は爆笑するもの、呆れるもの、微笑むもの様々。
不思議な事に、蔑むような視線は無かった、それがこのクラスのいいところなのだ…がっ!
ゴインッ!
「テメェ近松!もうちょっと優しく扱え!頭が机に足にゴインと言う音を当てて当たったじゃないですか!」
「ごめんごめん、見えなかった」
「どんな言い訳だ!」
「そんなことより、ほら」
ドン、と。
男らしく、目の前に何かが置かれた。
いわゆる、壮健美茶とクリームパン×2である。
「…人の話を聞きなさい。アンタが寝てる間、私がわざわざ買ってきてあげたんだから」
「わー!うめー!超うめーよこれ!クリーム最高!エリック・クラプトン最高!」
「人の話聞きなさいってば!」
…とまぁ、騒がしいような俺の日常。
別に、俺だって騒がしくしようと思ってしてるんじゃない。
ノーマルなのだ、これで。
この教室の、この空間はすごくすごしやすい、いるもの全てが素の自分でいられる。
そりゃあ仲にはノリが合わない奴や、仲があまり良くない奴もいるけれど。
それなり俺達は楽しくやってます、楽しく。
それが、急に変わるとは俺も思ってなかったんだがなぁ。