278東創家高校戦10回避









六回裏 将星2-1東創家 一死、一塁。


西条(ちっ…)

相川(西条…?)


今までサクサクっと東創家打線を打ちとってきた西条だったが、今の真条への十球ファールが答えたのか、今までよりも呼吸の量が増えてきていた。

といっても、まだ100球を少し超えた程度なはずだ…それにしても先程の足立へのストレートは今までの球と少し違っていた。



不破「自信。大事」

海部「ん?」

不破「西条が今、バッターに打たれた球は、今までのと違った」

蘇我「ふぇ?」

山田「そーなの?あたしには同じ風に見えたけど…」

不破「そうかもしれない。でも東創家の打者と、将星バッテリーには違う風に見えていると思う」


あれだけ自分たちが苦戦していたストレートを、いとも簡単に粘ってみせた真条。
あれだけ完膚なきまでにねじ伏せていたストレートを、いとも簡単に弾き返された西条。

東創家にとっては、それは自信と追い風に。

西条にとっては、不信と向かい風に。

つまり、今までのように上手くいかない、という不安が西条の脳を一瞬よぎったのだ。加えて一回からの全力投球が響いた脳裏になかった肩の疲労を呼び起こした。

さらに足立のヒットが、西条の今まで『上手くいき過ぎていた』ピッチングの歯車を、ぎしりと変えた。




バシィッ!!!

『ボール、フォアボール!!!』


緒方「…!」

降矢(西条の野郎どーしたってんだ)

緒方「と、冬馬君!」

冬馬「は、はい!」

降矢(お…)

緒方「肩をつくる、って奴をしなさい!一応!」

降矢(ほー…。監督らしいこともたまにはするんだな)

冬馬「わかりました!ほら、降矢いくよ!」

降矢「へいへい…」

ナナコ「えーちゃんいってらっしゃい!」

降矢「すぐもどってくるっつーの」

グローブと、相川の予備のレガースをつけてピッチング練習に向かう二人。流石にファントムはとれないので投げないが。


緒方「…ピンチ、って奴ね」

桜井「西条くん…!」

六条「西条くん頑張れーー!!」



西条(やべえ…なんやこれ気ぃつかんかったけど、左肩おも…)

『ワアアアアアアーーッ!!』


山田「さぁ大変なことになってきました!将星の先発は背番号10の西条くん!二番足立にヒットを許した後、三番の浅田にも四球です!!」

海部「しかもストレートでのフォアボールか…」

不破「さっきのストレート狙い撃ちが効いた。どう考えても動揺してる」



浅田(なるほど、真条さんの狙いはこういうことだったのか)


あれだけの全力投球で100球だ。疲れない訳がない。
アウトだろうがヒットだろうが、粘るだけ粘ってストレートを打ち返すことが、真条の狙いだった。

狙いは当たった、先程まではズバズバ決まっていたストレートがストライクに入らなくなった。今のも1-3からのストレートで四球だ。

相川「タイム!!」


慌ててタイムをとり、相川がマウンドに駆け寄る。

この試合初めてのタイムということもあり、内野手外野手全員がマウンドまで集まってきた。


相川「大丈夫か西条」

西条「…うっす。問題ないッス」

吉田「流石にストレートに慣れてきやがったって感じだな…」

御神楽「というよりもあの一番に粘られたのが効いたか」

西条「問題ないッス」

相川(…ふむ)

野多摩「西条くん大丈夫?」

西条「あんだよ、大丈夫やってゆってるやろ?」

野多摩「ん〜…それならいいけど〜…」

県「とにかく僕たちも全力で守ります。バックを信じて投げてください」

西条「なんや言うようになったなぁ県」

大場「なんかしっかりしたとですねぇ」

県「へ?あっ、え、えっと…。ま、守りは任せてくださいってことです!」

西条「…へっ」

原田「とにかく、ここを凌ぐッスよ!一点は勝ってるんス!」

西条「せやな。あのチビにピンチでマウンドは渡したくはないな」


チラリ、と一塁側の黄色い声援を目にやる。

冬馬が降矢相手に投球練習を始めていた、ピンチで冬馬にマウンドを任せるということは、相手に借りを作るということだ。


西条「てめえのケツはてめえのケツで吹かんとな」

吉田「っしゃよく言った!」

相川「無理はするなよ。俺も出来る限りリードはするが…」


相川と西条の目線は打席に。

ブルン、ブルン、と大きく素振りをする四番キャッチャーの金堂が左打席に入っていた。

先程の打席では先制のきっかけにもなった、センターオーバーの三塁打を放っている。打率も良ければ、一発も狙ってくる強打者だ。

そしてこの一死、一塁、二塁の…西条がこの試合迎える二度目のピンチだった。


相川「相手は四番だ。無理せず、冷静にいくぞ」

西条「ッス」

吉田「よっしゃあ!!みんな守るぜええ!!しょうせーーーーーーーい!!」

『ファイッ、オーシ!!!』


皆(真田を除く)が中腰になり、拳を握りしめて大声を出す。将星の恒例行事だ。

そして吉田が行くぜい!と声をかけて、それぞれがグラウンドに散っていく中、真田だけがマウンドに残っていた。


西条「真田先輩…?なんすか?」

真田「お前の好きなように投げれば良い…。が、こだわりたいなら、こだわれ。逃げて打たれる方が悪い。それだけだ」

西条「…?はぁ…わかりました」

真田「…」


真田はそれだけを言うと、レフトに向かって背を向けた。


真田「頑張れよ」

西条「…!…ッス!」



『四番、キャッチャー金堂君!』

『ワアアアアアアアアッ!!』

「金堂いけええええええ!!」

「ここでぶちかませっ!!打てえええ!」

『金堂!金堂!金堂!金堂!』



金堂「へへ…」



「西条君ふぁいとおおーーー!!!」

「打たれんじゃないわよおお!!」

「早く冬馬くんに代われええええ!!」

「でもちょっとなら、応援してあげてもいいわよおお!」

『西条!西条!西条!!』


西条「…へっ」



セットポジションから…西条………左腕!




西条「こなぁら!!!」

金堂「しゃああい!!!!」


ヒュドォンッ!!!!!

『ストライーーーッ!!!!!』


真っ向勝負!!!

145kmのストレートが高めに、それを金堂は全力で振りにいったがバットを空を斬る!

勢い余って、思わずよろけるほどのフルスイング!


西条「…へっ」

金堂「…へへっ」

『ワアアアアアーーッ!!!』



海部「…お、また変わったか?」

不破「…変な投手。一瞬で調子が大きく変わる…安定しない…」

柳牛「なんというか…声で自分を盛り上げて…るっていうか…」

蘇我「なんでちょっとうっとりした目で見てるのー?」

柳牛「ふえ!?そ、そんなことないからね!」

山田「とにもかくにも抑えてもらわなきゃ困るってことよね!」

夙川「むむ…神頼みですね」



――-ドバァンッ!!!

『ボール!』


金堂(なんだぁ、こいつボールの勢いが戻りやがった)

真条「ずれた歯車を、自分の気迫と意気で無理やり戻したか」

此花「なんてピッチャーだ…」


西条にとっては、細かい事はどうでもいい。

要は自分が自分にたいして納得のいける球を全力で、ただ全力で投げ込むだけだ。自信がなくても、不安があっても、大声を上げていればそんなものはどこかに消え去る。

大声で!

ただ!

叫ぶ!!


西条「ぅらあああああああああああああっ!!!!」

ギャオンッ!!!!!


ゴウッ!と唸りをあげて白球が土の上を滑走する。


































だが、金堂はその球に即座に反応し…!

―――フッ、キィイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!




西条「!!!!!!」

金堂「どうだっ!!」



フルスイングが、白球を捉える。

ボールはレフト上空、すでに真田は追うのを諦めていた。

『ワアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!!』

打球は青空に吸い込まれるようにスタンドへ…!
















『ファール、ファールボール!』




『おおおおおおおおおお……!』

歓声が一瞬にして安堵と溜息に変わる。

飛距離も角度も十分だったがレフト線へ切れてファールボール。ポールのずいぶん左側を飛んでいった。


金堂(ちっ!くそ!)

西条(もうけもうけ…)


一瞬ひやっと、したが球威で負けてる気はなかった。

先程真条に狂わされた歯車を西条は気迫と根性で戻していた、要はただの負けん気なのだが。


金堂(おもくそ引っ張ったつもりだったが、めちゃめちゃに押し負けた。こいつ本当に一年坊か!?)


しかも試合前に聞いた話では、右腕ぶっ壊して左腕に転向したとか。しかもそれもまだ3ヶ月たってないとか。


金堂(バケモンかこの一年…)


確かに浅田と比べればフォームは汚いし、腕のフリだけで無理やりボールを投げているふしはある。ところがこの投手、気合だけでガンガンストライクをとってくる。

球の速さは才能だ、この男にはこの汚いフォームが一番あっているのだろう。それでも147km出すのだから大した才能だ。


西条「いくぜええええええええっ!!!!!」

『ワアアアアアアアアアーッ!!!』

金堂「ちぃっ!!」


西条の叫び声と将星の歓声が一体となって金堂に襲いかかる。

ストレート!!!





――ズバァンッ!!!

『ストライッ!!!バッターアウッ!!!』

『オオオオオオオオオオオオッ!!』


西条「どないや!!これが将星の西条やで!」

金堂「面白ぇぜ一年坊!!覚えとくぜその名前!!」




西条はこの後の楠木もセンターフライで切り抜け、結局この回のピンチもゼロで凌ぎきった。

試合前の様相では玉城、西条両先発の名前から打撃戦になるのでは?という予想もたったようだが、その予想に反してここまで試合は2-1という見事な投手戦。

特に西条の好投が光る試合と、今のところなっている。

東創家は真条を起点にどう西条を攻略していくかが、ポイントになるだろう。対する将星は、どうしても追加点が欲しい。

好投手浅田に対して迎える七回表…!




西条「…?」

吉田「どうした西条?」

西条「いや、なんもないッス!」

野多摩「ナイスピッチ〜!」

西条「たりまえやボケ。俺を誰やと思ってるんや」

御神楽「しかし大声で将星の西条や!は少し恥ずかしくないか?」

西条「う…確かに」

相川「おい西条、次の回お前からだぞ。後、降矢。ご苦労、打つときは俺が冬馬の球を受けよう」

降矢「うぃっす」


西条は何かを確かめるように、左腕を大きくぐるぐる回した。

そして結局何もなかったのか、首をかしげてヘルメットを被った。






七回表 将星2-1東創家 



『九番、ピッチャー西条君!』

西条「よっしゃあ!いくで浅田ァ!」

浅田「…お前が将星の西条なら、俺は東創家の浅田だぜ!」



試合も終盤戦、ここまで相川がこの試合西条を引っ張ったのは絶好調だから、という理由だけではない。

ここまで西条はヒットにデッドボールと全ての打席出塁している、冬馬と西条が違う点は、もう一つある。

西条の打撃力は決して将星の中では悪くない、ということだ。

頂点が真田として降矢、吉田、御神楽と続いて次に名前が上がるのが、パワーなら大場、ミートなら野多摩だが。二つを兼ね備えた打者としてなら西条の名前があがってくる。

非力な冬馬に比べて、パンチ力もミート力もある西条をこの接戦で外すのは惜しい。変えるとしても、ライトの野多摩を下げてそこにおいてもいいぐらいだ。



ズバァンッ!!!

『ボール!!』


西条(うげ、速ぇ…)

浅田「どうだ西条ォ!負けてねぇぜ俺も!」


西条は浅田に対して始めての打席となる、初球外れはしたものの球速表示は146をマークしている。

しかも西条と違って綺麗なフォームで、ノビのある威力のあるストレートだ。西条も別の意味で威力はあるが、こっちが正統派と言えるだろう。


バシィンッ!!!!

『ストライーッ!!』


スプリットとストレートで確実にカウントを稼ぎ、決め球は鋭く曲がる高速スライダー、というのが浅田の持ち味だろう。だとすると追い込まれる前に勝負したい。

西条は次の球を打ちにいくことに決めた。

第三球!


浅田「どおりゃああ!!」

西条「ぅらぁっ!!」


ボールは、西条の直前でわずかにだが下に、カクンっと落ちる。

――SFF!


ガギィンッ!!

完全に詰まった当たり!!…だが!


浅田「くっ!!」

西条「おっしゃあ!」


おもいっきり叩きつけた分だけ、ボールが高く上がり、サードの中田が捕るまでに一瞬かかる。その時間を利用して、西条、一塁まで疾走!駆ける駆ける!!

「くそおっ!」

サードジャンピングキャッチから、勢い良く一塁へ送球!!

西条「どおおらあああああっ!!!」

西条勢い良くそのまま一塁ベースへとヘッドスライディング!!


『セーーーーフッ!!!!』


『ワアアアアアーーッ!!!!』



海部「ノーアウトのランナーか!!!」

不破「良く走った。いいこいいこ」

柳牛「流石です西条くんっ♪」

山田「次は…御神楽様だよ!みんな応援応援!!」


『キャアアアアアアーーッ!!!!』

『御神楽様ァアアアーッッ!!!』




『一番、ショート、御神楽君』


御神楽「無死のランナーか、果たして果たして…」


二打席目の時は一塁走者の西条を送った御神楽だが。

この打席も送ってくるのかそれとも。相川含めた将星陣の考えは勝負して欲しい。浅田の球をまともに打ち返せるメンバーが限られている中、この打席は安打を放って欲しいところだ。

…が!


バシィッ!!!

『ストライッ、ツー!!』

西条と同じように、いや相乗効果か。浅田の調子は内野安打を打たれても変わらず、尻上がりに調子をあげていく。

ストレートはガンガン伸び、変化球は冴え渡る。

カウント2-1の勝負所…浅田の投球は…!!





御神楽(スライダー!)


ヒュッ、と風の音を立ててボールが御神楽の向こう側へとそれていく。真田ですら当てるだけで精一杯だった高速スライダー。

御神楽のバットは空を斬った。


『ストライーッ!!バッターアウッ!!』


御神楽(ぐ…!あのスライダー…予想以上に切れる)

真田(変化の始まりが遅いんだ。だからつられて振りにいくと全部空振りだ)

吉田「うぐぐぐぐ」

三澤「うぐぐぐぐ」

桜井「な、何やってんの二人共…?」

吉田「さっきからチャンスに点がはいらねーだろ!」

三澤「打て!打て!って念を送ってたのに…」

吉田「柚子もか!奇遇だな!俺もだ!」

三澤「傑ちゃんはいつもやってるじゃない…」

桜井(やっぱり夫婦だなぁこの二人)




続く県は、冷静に一塁の西条を二塁に送る。

このあたりのバントの精度は県が将星の中で一番上手いだろう、ほぼ送りバントを失敗したことがない。


…そして!!ここまでノーヒットの吉田が打席に立つ!




『三番、サード、吉田君』


吉田「おっしゃあああああああああああ!!!」


西条よりも熱気で満ちあふれたこの男が、右打席に立つ!





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