277東創家高校戦9追撃









六回表 将星2-1東創家 



『六番、キャッチャー相川君』

さて、ついに試合も終盤に突入しようかというところ。

十分間のグラウンド整備が終わり、一点リードした将星の攻撃は六番キャッチャーの相川から。西条が絶好調とはいえ、せめてもう一点欲しいところだが…。

ヒュオンッ!…バシィッ!!!

『ストライッ!』

相川(速い…)

ここまでの二打席、玉城の緩い球を見ていただけに余計にそう感じる。しかもさっきの高速スライダーだ。

相川(真田…よく当てたな)

グリップを握りなおしてバットを構える。
あのような打撃が相川にできるはずもない…だとしたら、リードを読むしかない。

金堂(…)

相川(金堂か)

此花は基本的に東創家の正捕手だ。
…だが、なぜかはわからないが浅田の時だけはファースト、キャプテンの金堂がキャッチャーマスクをかぶる。

金堂「どしたい相川くん、俺の顔なんかじろじろ見ちゃって」

相川「いや、キャッチャーが変わった意味が知りたくてな」

金堂「ふーん…。まぁ、そのうちわかるさ」


真田以外はストレートだけで十分と見たのか、相川にはここまで直球のみでカウント2-1。

玉城の時と違ってボールに自信があるのか、ストライクをガンガンとってくる。これもキャッチャーの性格か、それともピッチャーの性格か。

話し方を見てる限りこの二人のウマは合いそうだ、二人共ガンガン責めてくるタイプに思える。



――ヒュ、カッ!

バシィンッ!!!!

『ボール、ツー』


相川(ふー、手が出なかったぜ)

金堂(ふーん。スライダー見逃してきやがったか)


外角に外れるボール。
スイングしていれば確実に三振していただろう、だが相川は見送った…。というか手が出なかった。

三球勝負に来た、と言えば来たがボール球で勝負に来たのがこのバッテリーの食えない所だ。いつだってストライクとれる自信がある、ということだろう。


相川の予想では、四球目はストレート。内角に攻めてきて内野ゴロ狙いってところだろう。


ギィンッ!!!

『ファールボール!!』


浅田(おっ)

金堂(当てやがった…ってことは読んできたな相川)


内角要求だったが、わずかに甘く入ったストレートを相川は打ち返した。が打球は一塁線に切れてファール。


相川(――つーっ)


金属バットの芯よりもずいぶん自分側の場所で捉えてしまったので、相川の両手は電撃が走ったように痺れていた。

歯を噛んでその痺れを我慢する。なんて球威だ。


相川(読みきってスイングして、振り遅れたのかよ…詰まってたとは言え)


玉城には悪いかもしれないが、浅田は玉城よりも一枚も二枚も投手としての格が違う。変化球、直球、制球力、球威、キレ、ノビ、振る舞い、威圧感。どれをとっても…!


ガキシッ!!!


相川(ちっ!!!)


外角のSFFをひっかけて、投手正面のゴロ。

浅田冷静にそれをファーストに送って、ワンナウトだ。

『アウッ!!』


相川(スライダーも厄介だが…あのスプリットも厄介だ。ストレートだと思って振りにいったら全部ひっかけちまう)

『ワアアアアーーーッ!!』


海部「…まぁ、相川じゃ無理だろうな」

山田「なんでだよー、わかんないじゃんそんなの」

海部「あの真田という男ですら打てなかったんだ。だとしたら後は吉田と御神楽ぐらいしか浅田の球を弾き返せないだろ」

不破(こくこく)

氷上「何をいってるんですの晶!!相川様は無敵ですわよっ!!」

海部「うわあっ!舞…お前は黙って応援してろ」

蘇我「だとすると、逆転されたらやばいねーってこと?」

柳牛「西条くんの頑張り次第なんですね…」




試合というものは、後半に向かうにつれ、長さが増すに連れ、地力というものが大きく出てくる。安打を放てる選手が御神楽、吉田、真田だけの将星。対する、真条、足立、浅田、金堂、楠木、此花。

絶好調の西条が果たしてどこまで抑えきれるのかも、この試合のポイントになるかもしれない。


ガキィンッ!!


この後、ライト野多摩もスプリットをひっかけてサードゴロ。続く原田はストレートを打ち上げてファーストフライ。

将星は将星で立ちふさがる驚異を感じていたが……浅田、金堂バッテリーも将星に対して言いよどむような不安を感じていた。


金堂「くそっ…」

乱暴にキャッチャーミットを投げる金堂、浅田もまだマウンドに上がったのは二回だけだというのに額にわずかに汗をかいていた。

涼しい秋の風だというにもかかわらず、だ。

此花「…下位打線だというのに、しぶといですね」

結局相川、野多摩、原田とノーヒットに抑えられたのだが、投じた球は15球。相川に一球、野多摩に二球、原田に一球それぞれファールで粘られた。

あっさり三振にとって、反撃を、と思ったのだが。結果以上に何か苦虫を噛み潰したような不快感がバッテリーに残っていた。


金堂「相川の入れ知恵か」


そう、ここまで玉城には苦戦したが、浅田にはそれなりの粘りを見せれた理由――相川の地道なデータ入手による。おそらく金堂達の知らないところまで浅田のデータが入っているのだろう。

あれだけ玉城相手に簡単に凡退していた下位打線が、同じぐらい浅田に対して粘れるワケが無い。

しかも現在一点のビハインド…おまけに相手の投手はおそらく絶好調と来てる。

東創家の焦りはついに表面に現れ始めていた。





六回裏 将星2-1東創家 



しかし。この男はそんなチームメイトと比べてどこか雰囲気が違っていた。

真条一也…。

夏も二年生としてレギュラーで桐生院の大和相手に立ちふさがった、東創家の先頭打者にして核弾頭。

御神楽のような真条、ここまで四球とレフト前ヒット。絶好調の西条が唯一まともに打たれている相手だ。

この真条、ボサボサ頭に眼鏡で寡黙。一見頼りなさそうに見えるのだが、この県随一のチャンスメイカーであることは間違いない。

ランナーがいる時にはからっきしの打率、打点もまだ1と頼りない打者なのだが、ランナーがいない時の打率…通算ここまで六割を越える。それが、この男が東創家の一番に存在する理由。


真条「…」

大太鼓をバチで叩く大音量とともに、東創家野球部員60名からの声援がグラウンドに響き渡る。

『しんじょう!しんじょう!しんじょう!』

『そろそろ頼むぜ真条!!』

『弱小相手に調子のらせんなーー!!』


緒方「むっ!だーれが弱小よ!」

桜井「し、仕方ないですよ…うちはあまり有名ではありませんし」

三澤「そ、それでも陸王とか歴訪とか倒してきたじゃない!…成川には負けちゃったけど」

六条「でも、相手は夏準優勝高校ですし…」

降矢(その自信が裏返って焦りになってるんだろ)

冬馬「さいじょおおお!打たれるなよおお!」

ナナコ「さいじょおおお!」




『一番、レフト真条君』

『ワアアアアーーッ!』


相川(さぁ、三巡目…。まずはこの不気味な先頭打者を抑えなきゃな)

独特なフォームな真条、肩幅まで足を開いて直立不動、顔も無表情で不動。ただ肩と手だけが落ち着きなくふらふらと動いている。

タイミングをとってるのだろうが、まるで上半身と下半身が別の生き物のように感じるのは、おそらく首から上もあまり動いてないからだろう。

相川(こいつだけは西条のストレートが通用してない…)


真正面から来る気迫にまるで動じない、のれんのような奴だ。

フォームもどこかタコのようにも感じる。くにゃくにゃと動いて柔らかくボールを捉えてくる。

とはいいつつも、今日の西条はストレート中心に組み立てる以外に無いだろう。


相川(行くぞ)

西条「っしゃあ!!」


ランナーがいないので、思い切って振りかぶっていく。

右足をあげた状態から重心を前に動かしていく、そしてその勢いのまま無理やり左腕に力をこめる。

とある格闘漫画では、『力』はカタルシスの開放であり、力むことなくして破壊力は生まれないと語られていたが、まさに西条の投げ方はそれを体現していた。

見る人が見れば、あんなに無茶苦茶な投げ方なのに、どうしてストライクが入るんだろうと思うだろう。

だが、入るものは入るのだ。


――ズバァンッ!!!


気持ち良い音をたてて白球がミットに吸い込まれた!

高めに決まってワンストライク!


真条(…)

相川(見逃してきた…?)


多少は甘い球だったが、真条は全く打つ素振りを見せなかった。

まるで西条の様子を見ているように。相変わらず肩と手は動き続けていたが。

二球目、三球目とこの様子を不穏に感じた相川はスクリューを外角に投げさせ、外してカウント1-2。


相川(…なんだこいつ、何を考えている)

真条「…」

相川(スクリューにも反応しねえ…特に三球目のスクリューはストライクとられてもおかしくないコースだってのに)

真条「どうした?」

相川(…?)









真条「ストレート、投げてこないのか?」











相川(…ほう)

西条「ああん?」


左腕で額をぬぐう西条、そろそろ投球が100球に迫ってこようとししていた。


真条「ストレートはどうしたバッテリー。おじけづいたか?」

西条「んだとぉ…?」

相川(挑発してるつもりかコイツ…。それともよっぽどストレート打ちに自信があるのか?)


どちらにしても不気味なことには変わりない。

ここまで完全に東創家を抑えているストレートを名指しで狙うつもりか。



浅田「…ストレート狙い?」

金堂「あの野郎の考えてることだけは相変わらずわからねーな…」

楠木「ふぅむ…」

玉城「西条君打倒の何かがあるのかな…」

此花「もしかしたら…」

浅田「?」

金堂「なんだ此花ァ、なんかあるのか?」

此花「通用するかどうかはわからないんだけど…。西条君に対して持久戦に出たのかな…?」

浅田「持久戦…?」

金堂「持久戦ってぇと…それがどうしてストレート狙いにつながるんだ」

此花「わかりませんか?あのフォームですよ」

玉城「フォーム…」




西条(面白ぇ…投げましょうや相川先輩。向こうもストレートをご希望みたいッスよ)

相川(…投げたい所ではあるがな…何か嫌な予感がするんだ)

西条(ぶち抜いたるで)

相川(…よーし。その気迫にかけるか)


一呼吸おいて西条は低めストレートを要求。

西条はゆっくりと頷いて、第四球目…!!


―――バァンッ!!!

『ストライク、ツー!!!』


西条「…?」

相川(なんだ?)


ストレート要求にも関わらず、そのストレートをさらっと見逃し。しかもコースは要求した低めよりも甘く入ったというのに。

手を出してもおかしくはない球だったが、真条はあっさりと見送った。


相川(ストレート狙いはブラフ。俺がスクリュー投げさせると読んで、狙いが外れたのか?)

西条(なんや口程にもないな…。高めほったら三振やろ)

真条「…」


とにもかくにも、これで2-2。
追い込んだ相川の選択肢は高めストレート一択だろう。

西条(了解や…)


西条、再び振りかぶって、ゆっくりと…第、五球!!

ギャオッ!!!

左腕の音がここまで聞こえてくるようなフルスイング!!!!

ストレートが唸りをあげて高めに…!!!!







キィンッ!!

西条「!」

相川「!」

『ワアアッ!!!!』

海部「う」

山田「打ち返したーー!!」


西条は勢い良く振り返って背後を見るが、打球はジャンプするサード吉田の上…だが、ボールはそのままファールゾーンへ切れていく。

『ファールボール!!』

塁審が大きく手を横に開いた。


相川(当ててきやがった…しかも球の速さに逆らわず一塁へ綺麗に弾き返した)


美しいほどの流し打ち、だが打球は切れてファールゾーンへ。

なるほど速い球に対して力と力で勝負するのではなく、受け流すように打ち返すというわけか。

それができるが故のストレート打ちの自信か…。


相川(なら…)


相川のサインは低めのスクリュー。しかもボールに外せ、と。

西条は納得いかないながらも頷き、振りかぶる。




――ギィンッ!!!

『ファールボール!!!』

これも流し打って、三塁線に切れるファール。


――カキィンッ!!

『ファール!!!』

三球連続でファール、今度は外角のストレートを流し打ってファール。


西条(…んの野郎…!)

真条「…」




海部「まずいな…」

蘇我「んにゃ?どうしたんですかキャプテン」

不破「あの打者。西条の球に完全に対応している」

柳牛「ですね…ストレートもファールにしてるって感じです」

海部「当てるだけなら当てれる、ってことか。なめられてるな西条」

不破「それに…おそらく狙いはストレートを打ち返すことじゃない」

海部「…なるほど。持久戦か」

山田「持久戦?」

柳牛「あのストレート…あんな全力で投げてて100球持つかな…」





ギィンッ!!!

『ファール!!!』


西条「ちぃっ!しつけえ!」

これで四本目のファール、すでに次で九球目…。

西条「これでしまいや!!!」




バシィッ!!!!


外角高め、良いところに決まったが…!!!

『ボール、ボール!!!』

審判の首は横に振られた、これで2-3。フルカウント。

先頭打者から重たい重たい、西条は三度目のロージンバッグ。そして帽子を脱いで汗を拭う。

『ワアアアアアア!!』


熱戦となった真条の第三打席。

次が十球目!!!



西条「これでしまいやっ!!!」


―――シュゴッ!!!!!

直球!!高め!!!



真条「…………しっ!」








――カッ!!!!

『ワアッ!!』


浅田「捉えたッ!!」

金堂「いけっ!!」












――パァンッ!!!

『!!!!』

『ざわっ!!!』

ショート御神楽!

ジャンプ一本、ダイビングキャッチ!!!



山田「ショートライナーー!!」

海部「打ちとったか!!」

夙川「御神楽さんとってますね!」

不破「ないすぷれい・・・ぱちぱち」

『キャアアアアアアーーッ!!!』


西条「ふー…」

真条「…」

相川(…アウトはアウト…だが、ずいぶん粘られたな…)


ついに西条の球は100を超えた。

そして最後のストレート…今までと違って完璧に弾き返された。




楠木「ドンマイじゃの真条!」

金堂「惜しかったな…アウトは気にすんな」

真条「いや、あれでいい」

玉城「?」

此花「…真条、あなたは」

真条「最後のストレート。もう最初ほどの勢いはない」







キィンッ!!!


『ワアアアッ!!!』

歓声なりやまぬ内に、二番の足立がセカンドの右を抜ける今日はじめてのヒット!!!



真条「剥がれ落ちるぜ、あの左手」




六回裏 将星2-1東創家 一死、一塁。










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