276東創家高校戦8対峙
五回表 将星2-1東創家 無死、満塁。
――バシィンッ!!!!
『ストライッ、バッターアウトォッ!!!』
ついにマウンドにたった背番号10、東創家のエース浅田。
変わったばかりのマウンドで、まずは四番の大場を三振にとってきった。全て直球、西条に負けじと飛ばす右腕。
『ワアアアアアッ!!!』
冬馬「つ、ついに出てきたって感じだね…降矢」
降矢「夏より速くなってる…な」
三澤「せ、せっかく満塁になったのに…」
桜井「こ、この前の岳って人もすごかったけどこの人も…!」
ばゆん。
緒方「何気弱になってるのよ!」
バシーンッ!!
いつの間にか三澤と桜井の背後にいた緒方が景気よく三澤と桜井の肩を叩く。
三澤「ひゃっ!?」
桜井「せ、先生!!」
緒方「一点勝ってるんだし満塁じゃない!こんな時こそ応援が必要だわ!!打つのよ!真田君!!!」
六条「お、緒方先生…」うるうる。
野多摩「せんせ〜強気〜!」
西条「ま、確かに言う通りやな。打つ前から諦める話はないで」
相川(先生…)
三澤や桜井は相川や吉田と常にいるために少し野球にかぶれてしまった節があるが、緒方はいまだにルールブックと悪戦苦闘する毎日を過ごしていた。元々はど素人のただの世界史の教師なのだ、しかもそこまで野球に興味があった訳ではない。
純粋に頑張る生徒を応援しよう、という彼女の人徳だろう。
冬馬「真田先輩頑張れー!!」
六条「ファイトー!」
『打て打て真田!打て打て真田!ここだチャンスだホームラン♪』
時に何も知らない素人の一言が場の空気を変えることもある。
緒方にしてみれば浅田はただ球の速い投手だ、それがどれだけすごいことは当然真実としては別の場所にあるが。
緒方「147キロだした西条くんだって打たれてるんだから打てる打てるー!
西条「おいこらぁ!」
冬馬「うわぁ西条だめだよ!先生だよ!」
六条「ストップストップーー!!」
ナナコ「けんかだけんかだ!」
降矢「うるせぇ!!!黙って応援してろ!」
打席には五番、レフトの真田。
ここまでの打席はフォアボール、そして二打席目は先制点のきっかけとなったライトへの長打。
右打席、右手のバットグローブを口に当てたまま、片手でバットを掲げる。そしてそのままいつもの構えに戻る。
ビタリとバットを担いだまま止まる、微動だにしないその視線はマウンドの浅田を捉えていた。
金堂「さー、満塁で真田君か。どうするかな」
真田「御託はいいから早く投げさせな」
金堂「おいおいせっかちな奴だな」
真田「時間の無駄だ」
口をつぐむと、それ以降真田が言葉を出すことはなかった。
やれやれ、取り付く島もない、と金堂は溜息をついた後、浅田を見やる。
満塁のピンチだという割には気負っていなさそうだ。
微笑を携えたままロージンバッグで遊んでいる。
真田(…)
――浅田の球種はおよそ、わかってるだけで三球種だ。
いつかの相川のミーティングの言葉が真田の頭をよぎった。
東創家のエース浅田、一つは先程大場を三振に討ち取った140台のストレート。これが低めに決まってくるといよいよ手がつけられなくなる。
二つめはスプリット。それほど指の長くない浅田はフォークよりも浅く握るSFFを使っていた。落ちる幅は減るが速度は増す。
そして三つめは、先程のストレートとほとんど同じ速度で鋭く曲がり落ちる高速スライダー。
バシィイッ!!!!!
『ストライク、ワンッ!!』
『おおおおおおおーーッ!!』
初球、やはり警戒しているのかストレートでなく、スプリットでストライクをとってきた。初球は外してくると見逃した真田。
真田(こいつがスプリットって奴か。どっちかっていうとカットボールみたいだな)
もっとフォークのようにガクンと落ちる球を想定していたが、実際はチェンジアップのように若干沈むストレートといった感じだ。ただ速い。
バックスクリーンの球速表示も137を計測していた。
海部「さぁ出てきたぞ。あれが向こうのエースだ」
柳牛「す、すごいですね…」
山田「みーちゃんもそう思うの?」むにむに
柳牛「うひゃああ!?ちょ、ちょっとぉ!どこ触ってるんですかぁ!」
山田「すげえ」
蘇我「すごいよ!」
不破「すごいぞ」
海部(すごいのか…くそ…)
夙川「理穂、一応こちらの攻撃なんだから応援する素振りぐらいは…」
海部「ゴホン!不破、どうだ?あの球」
不破「私は野球には詳しくはない。ただ、西条の球よりもずっと――――速い」
蘇我「同じ147kmなのに?何が違うの?」
柳牛「くすんくすん…つまり、ボールの回転数ですよ」
夙川「ボールの回転数?」
バシィイイッ!!!!
『ストライク、ツー!!』
真田(…ほう)
金堂(どうだい真田くん。うちの浅田は速いぜぇ)
真田(大和さんには及ばないが…望月と同じくらい…いやそれ以上か)
同じストレートでも、それは投げる選手によって千差万別である。縫い目に合わせたツーシーム、ワンシームなどの持ち方だけでもストレートの特徴は大きく変わる。
浅田のストレートは西条のそれよりも、遥かにノビが良かった。
打者の手前で失速しない、それどころか加速するような印象さえ受ける。大和の白翼、望月のライオンハートには及ばないがそれでもかなりのノビを持っていると言える。
西条のストレートが不破に不満を言われた理由がこれだ。西条のストレートは左腕を力任せに振り回して腕で投げているため、球速そのものは速いが球の威力はない。速いはずなのに速く感じないストレートになってしまう。
だから同じ球速同じ球種といえど、これだけの差が出てくる。
金堂(だからこそ…)
浅田、セットポジションから左を上げて三球目!!
真田(野郎…!なめやがって!!)
浅田(くたばれっ!!!)
ビュオンッ!!!
風を切りながら右腕が振り下ろされる!ボールは外角低め。
真田(ストレ…スライダーか!!)
浅田(このスライダーがいきるってもんよ!!)
先程のノビのあるストレートから一転、途中まで同じ軌道をたどりながらボールは右打者真田の向こう側へとするすると滑り落ちていく。
高速スライダー、Hスライダー。
金堂は真田の三振を確信した…が!
ギィンッ!!!
金堂(え!?)
浅田「うわ!!」
『ワアッ!!!』
打球は痛烈なピッチャー返し!!!!
浅田は驚異的な反射神経を見せ、グラブで打球を…。
『とってる!!』
『ピッチャーライナーとりやがった!!!』
『オオオオオオオッ!!』
金堂「浅田ァ!ファーストだっ!」
浅田「おっしゃあ!」
思わず飛び出していた一塁ランナーの吉田が塁帰還に間に合わず、そのままダブルプレイ。
『アウトッ!!チェンジ!!』
『ワアアアアアアアーッ!!』
真田(ちっ…さすがに詰まったな)
『あああ…』
歓声が溜息に変わる、途中までストレートだと確信していただけにその分反応が遅れた。コースとしては外角に滑っていくものの、ストライクゾーンだった分バットには届いた。
抜けていれば、という打球だったが野球にとらればはない。
満塁のチャンスを逃した、という口惜しさが真田の中に残った。
楠木「ナイスピッチングじゃのう!浅田」
玉城「ま、満塁のピンチを無失点で凌ぐなんて流石です…!」
「ナイス浅田!」
次々とナインから祝福される浅田だったが素直には喜んでいなかった、苦笑を浮かべてはは、と笑うだけだ。
真条「当てられたな、浅田」
真条と金堂、そして浅田だけが事の重大さに気づいていた。
「えっ?」
「どういうことだよ真条」
浅田「高速スライダー。結構完璧に決まったんです、相手も完璧にストレートだと思ってたはずです」
金堂「あの野郎…。瞬時にたたんでた腕を伸ばしてスライダー打ちに切り替えやがった…!普通の人間のできることじゃねえ」
真条「それであの打球か。抜けていれば追加点は確実だったな」
『ざわ…っ』
「な、なんだよ…」
「玉城といい、浅田といい…。あいつら去年の夏、桐生院にコールド負けしたんじゃないのかよ!!」
前田監督「弱小高校だとは侮っていたが…浅田、お前の言うとおりだったかもしれんな」
「監督!」
楠木「…たいしたチームには見えないんだがの…」
金堂「それが一番怖いんだよ楠木、油断した分の失点がこの二点だ」
浅田「他の選手はわかりませんが…あの真田、そしてベンチの降矢にはやはり気をつけるべきでしょう」
真条「気をつけてなんとかなればいいんだがな…」
金堂「あと一歩で桐生院ってのに、飛んだ伏兵が潜んでたもんだぜ…」
前田監督「ひるむな!おまえらが今までやってきたことを信じるんだ!」
『はいっ!!!』
無死満塁の大チャンスにもかかわらず一点しか入らなかった将星だったが、さほど気落ちしてはいなかった。
なんだかんだ言って吉田の押し出し死球で一点が入って勝ち越しはしているのだ、この一点をなんとかして守っていきたい。
降矢「どうだい真田センパイ、あいつは」
真田「一筋縄じゃないな。それに、まだ『何か』持ってる。そんな気がするぜ」
降矢「…へぇ」
ナナコ「何か?何かって何?」
真田「さぁな。この一点を守りきれば関係のない話だ」
降矢「相変わらず愛想の悪い野郎だな」
冬馬「降矢、人の事言える…?」
六条「降矢さん…」
降矢「なんだよてめーらその目は!ブチ殺すぞ!」
五回裏の東創家の攻撃は、七番のサード中田からだったが…。
――圧巻!
バシィっ!!!
『ストライク、バッターアウトォッ!!!』
ギィンッ!!!
『アウトォッ!!』
この日絶好調の西条は、ストレートだけでなんなく二死をとる。
この日八つめの三振を奪う怪投っぷり、流石に最初はある程度余裕のあった東創家だったが徐々にスタンドにも選手たちにも焦りの色が出ていた。
なんといっても、ストレートがどうしようもない。
西条「どおおおおおおおらあああああああああああッ!!!」
ドッバシィッ!!!!
『ストライーーーッ!!!』
浅田「なんだあの力任せのストレート…」
確かに回転が悪いからノビがないし、あんな投げ方では肩にも肘にも良くはないだろう。
だが、気迫と速度は本物だ。球の勢いそのものよりも、西条の気迫に押されてるような気配があった。
九番玉城にも2-2と追い込んでから…勝負の五球目!
西条「そらよおっ!!」
玉城「ぐうっ!」
――グクンッ!
ギィンッ!!!
これだ。
勝負どころで打者の意識の裏をことごとくかいてくる、ストリーム(高速スクリュー)。なまじストレートの威力が凄まじいだけに、打者への威力は高い。
ストリームそのものはそこまでの球ではないが、相川の使い方が上手い。
西条の気迫も合わさり、東創家の打者はここまで完全に相川の手のひらの上にいた。
金堂「ちぃっ!!」
楠木「ぐ…」
玉城は外角へ少しシュートしながら落ちるスクリューに対して手を出しながらも、打球はレフトフライ。
西条「よいしゃあ!」
バシィンッとグラブを叩く西条。
輝く太陽に汗が乱反射してキラキラと虹彩をつくっていた。
吉田「絶好調じゃねえか西条!」
バンバン、と帽子の上から吉田に頭を叩かれる西条。御神楽にも背中をポン、と叩かれ。大場と原田、野多摩にも笑顔で迎えられた。
西条は燃え上がっていた。
こんなに燃えたのいつぶりぐらいだろうか。今日は自身の調子がいいことも手伝って、メラメラと燃えるような闘気が背中から立ち上がっていた。
相川(いいぜ西条…。こりゃ打てないだろ相手…)
相川をして思わず感嘆が漏れる投球だった、決して美しくはないがこんなにも勢いのあるゴリ押しなら拍手を送らざるをえない。
コントロールの悪い西条だが今日は相手が変化球に対しても手を出してくれるため、早い段階で変化球を投げさせればひっかけてくれる。
追い込めばあの…無理やりストレートを高めに投げさせてやればいい。高めのボール球でもガンガン振ってくる。
おそらく、相手の焦りからもあるのだろう。
オールラウンドな能力同士の両者といえど、向こうの方が打力は一枚も二枚も上手だ。それなのに現在のこの有様、打者に順してわずかヒット三つの三振八つ。得点も犠牲フライ一本だけ。
自信は往々にしてひっくり返れば憔悴につながる。
こんなはずでは…という思いが、さらなる悪循環を生み出していく。今の東創家にはその空気が蔓延していた。
真条(…)
この男を除いて。