274東創家高校戦6逃走
四回表、将星1-0東創家。
一死、ランナー二塁。
相川のピッチャーゴロを投手玉城がファーストに暴投する間に、二塁走者真田が本塁へと突入。捕手のタッチをかいくぐるようにホームイン。
投手戦の様相を見せていたこの試合の流れがついに動いた。
『ワアアアアアーーッ!!!!』
吉田「今のうちに点とっとかないと…」
西条「取り返しのつかないことになるっちゅーことやな…」
『七番、ライト、野多摩君、背番号9』
相川(決して120キロが遅いとは言えないが…この120キロに慣れた状態で140を連発してくる浅田に対すれば…)
つまり、150kmの剛球が投じられているように感じる危険性がある。だとすればこの一点は将星にとっては大きな大きな、そして大事な一点になることは間違いない。
此花(まだ一点です、落ち着いていきましょう)
金堂「おっしゃー玉城キバってけよー」
相川(…だというのにこの余裕はなんだ?)
ナナコ「えーちゃん、相手負けてるのに笑ってるね」
冬馬「なんか不気味っていうか…」
六条「まだ一点ですし、そこまで気にしていないんじゃないでしょうか?」
降矢(たかが一点されど一点だってのに)
真田(気に食わないな。よっぽど自分たちの打撃に自信があると見える)
西条はベンチに深く持たれ、足を組んで憮然としていた。
帽子からちらりと見える左目はグラウンドを睨んでいた。
西条(なめられたもんやで)
キィンッ!!!
野多摩は1-2から二球ファールで粘った後、低めのチェンジアップを打ち上げてセカンドフライに終わった。
そうは言ってもやはり、この玉城もただの投手ではない、ヒットは出るもののそう簡単に打ち崩せるような投球内容ではなかった。
決して一線級とはいえないものの、サイドから放たれる多彩な投球と、低めを丁寧につくピッチングはなかなかヒットが大量に生まれるようには思えない。
真田(先制したってのに、なんとなく重い雰囲気だ)
県「ドンマイドンマイ」
緒方「そういう時もあるわ!気にしないことよ!」
野多摩「う〜ごめんよ…」
西条「気にすんなや、お前には期待しとらん」
野多摩「ひ、ひどいよ〜!」
海部はバックスクリーンの表示を見ながら、難しい顔をしていた。
海部「将星の弱点はここにあるのかもしれないな」
不破「うむ」
蘇我「へ?」
山田「将星の弱点?」
重苦しいベンチとは違って、いまだタイムリエラーによる先制に浮かれる将星陣。応援団とブラスバンドの声援は高らかに球場に響き、チア達はこれみよがしに体を動かして将星を後押ししていた。
海部「適材適所とは良く言ったものでな。万能な真田、御神楽を中心に打の吉田、大場、守の相川、原田、野多摩、走の県。確かに優れた選手ではあることは間違いはないが…」
不破「一長一短。デメリットもある」
夙川「つまり…下位打線には期待できない、ということですか?」
山田「確かに…六番相川君、七番野多摩君、八番原田君の打率は決して高くないなー…」
三割を超えている者はおらず、六番の相川がかろうじて.220付近をさ迷ってるレベルである。
比べて、対する東創家は、一番真条がまず打率.524、二番足立が打率.374、三番浅田が打率.423、四番金堂が打率.398の2HR…。五番楠木は打率こそ低いものの、ここまで3HRを放っている。
下位打線も八番の此花が打率.350と、どこからでも点をとれる重量打線となっている。かと言って守備がおろそかな訳ではなく、ここまでチームのエラーはわずか2。投手の防御率も3点台を切っている。
桐生院さえいなければ問答無用で強豪校、甲子園出場間違い無しの強いチームだ。攻守ともにバランスがとれ、マウンドには浅田と玉城の二枚看板。
将星はバランスこそ取れているものの、おのおのが得意技を一つもつ代わりにそれ以外はそこまでではない、という選手が多い。良くも悪くも個性豊かな人間が多い。
不破「ランナーを置いて、御神楽、吉田、真田。ここからの戦いはこの三人ぐらいからしか長打が期待できない」
夙川「な、なるほどです…」
海部「投手も西条なら期待できるが…、冬馬にそれほどのパワーあがあるとも思えないしな…」
山田「…やっぱりあの降矢君がいない、ってのが痛いのかなー」
柳牛「あ、あの怖い人ですか…?」
山田「幼女と女を家に連れ込んでるなんて噂も…ふひひ」
柳牛「ひっ」
夙川「理穂。あまり信憑性の無い話を広げるものではないですよ」
不破「それでも…私たちとの試合でホームランを打ったあの打撃…。おそらく左目を怪我してるから守備ができないんだろうけど」
海部「だとしたらあの降矢をどこで代打に使ってくるかもポイントになってくる訳か…」
この後、八番セカンド原田もファーストゴロに打ち取られ、結局将星の四回表の攻撃は一点止まりとなった。
安打を放っている、四球で毎回ランナーを塁には出しているはずなのにまだ一点止まりというのが、なんとなく不気味な空気を将星ベンチに抱かせていた。
不破「この空気、切り裂けるかどうかは西条にかかってる」
――マウンド上、投手は背番号10、西条友明!
『三番、ライト、浅田君。背番号10番』
浅田「さって、反撃開始って奴だ」
ビュオンッ、と打席の外で大きくスイング。
当てれば飛びそうな、腰の入った鋭い振りだ。
…当てれば、だが。
相川(一点入った…が。意識するなよ西条)
相川はマウンドの西条を心配していた。
ここまでわずかヒット一本三振5つの素晴らしい投球内容の西条ではあったが、逆に一点入ってしまったことで意識してしまうのではないだろうか。
夏の大会が終わって8月に西条が加入してきからすでに2ヶ月近くが経とうとしている。短い期間ではあるが、すでに五千を越える西条の球を受けてきた相川だからこそ、西条の性格を危惧していた。
西条は、俺がやってやる、というタイプの人間だ。
気合や熱意がある人間は当然組織には必要だ、だが西条の場合その熱意が空回りする恐れもある。余計に力んで制球を見だして欲しくはない。
130台後半を連発し、調子の良い時には140オーバーのストレートを投げ込めるようになってきた左の西条だが、やはり制球力にはまだ難がある。ここは冷静に投げて欲しい、相手はおまけに…強打東創家のクリンナップだ。
西条「反撃ね…」
浅田「おーよ。黙ってやられる俺らじゃねーさ」
西条「面白ぇ…」
西条、ワインドアップから大きく振りかぶる。
右足が上がった状態で少しタメを作り、そこから左腕を振り切る。
――――空気を、切り裂いて!!!!
西条「やってみろや!!!!!!!!!」
浅田「!!」
ギィンッ!!!!!!!
ガシャアンッ!!!!
『ファール!!!!』
山田「うわ!!!」
海部「ひゃ、146kmだと!!!」
『ザワッ!!』
「ひゃ、146!?」
「なんだあの投手!?さっきから速いとは思ってたけどよ…」
「無名の高校が勝ち抜いてきたのもあいつのおかげか!?」
浅田はストレートをなんとか当てるものの、バックスクリーンに表示された球速表示は146km/h。文句なし問答無用の豪速球である。
浅田(ヒュー♪…まだ手が痺れてやがるぜ…)
しかも、ただ速いだけでなく、球威もしっかりある。
詰まって簡単に振り抜けるような球じゃない。
不破「…良い」
蘇我「ほよ?」
柳牛「不破先輩、どうしたんですか?」
不破「良くわからないし、実際に球を受けてないからなんともいえない。ただ昨日より良い球」
海部「ほう…。試合の最初もあれだけ言ってたのに。何が変わったっていうんだ?」
不破「わからない…けど。西条になかった『球のノビ』がでてきてる…気がする」
『ワアアアアアッ!!』
―――ズバィイイイイインッ!!!!
『ストライク、ツー!!!!』
西条「っらぁ!!!」
浅田(こいつ、一打席目より飛ばしてきてるなッ!)
ストレート攻勢の西条、1-1から三球目のストレートが浅田の空振りを誘う高めに決まる!球速145km/h。
金堂(ほう…速ぇーな)
吉田「よっしゃあ!!!いいぞぉ西条!!」
御神楽「臆するなよ!」
大場「西条どん!いけるとですよ!」
――四球目!!!
西条「当然ッ!!!!」
浅田「くあっ!!!!」
ガギィインッ!!!
『ファールボール!!』
浅田(駄目だ、ストレートが来るとわかってるから当てられるが…当てるので精一杯だぜっ!)
真条「…」
此花「どうかしたか?真条」
真条「…打てるかな、と思ってたけど、無理かも」
此花「…ええっ!?」
真条「あれは、調子にのると、天井にぶつかるまで乗り続けるタイプだ。どっかで止めないとまずい」
西条「おらよおおおおおおおああああああッッッ!!!!」
左腕がしなと同時に、ロージンバッグの白い粉が宙に舞う。
147km/h!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ズドォンッ!!!!
『ストライク、バッターアウトォッ!!!』
西条「一点で十分や!」
マウンド上、仁王立ちで吠える西条。
浅田「へへ…面白ぇ!面白いぜ西条!」
降矢「…どうしたちんちくりん」
冬馬「なんか最近西条ばっかり目立ってない?」
ナナコ「ど、どんまい!」
降矢「しゃーねえ。お前には派手さがねえ」
冬馬「むぐぐぐぐ…」
『四番、ファースト、金堂君。背番号3』
『ワアアアアーッッ!!!』
敵味方問わず、球場がヒートアップしていく。
西条の甲高い叫び声が、空気を、体温を、熱してゆく。
そんな中、ぬるりと、東創家の四番が打席に立つ。
金堂「おおよぉ、熱いのもいいけどよぉ。クールに行こうぜぇ」
西条「へっ、そんな冷静になれるようなテンションやないなぁ」
相川(…)
この熱気に当てられることなく、捕手の相川は自らの冷静さを保っていた。豪速球を受ける快感こそあれど、冷静に相手を分析していた。
相川(一打席はサードライナー。決して打ちとってる訳じゃない。吉田の反応があったからこそのサードライナーだ。こいつはきっちり西条のストレートに対応してやがる)
金堂「へへ…どうしたい。相川君。考え中かい?」
相川「…」
金堂は前を向いたまま、ぼそりと喋る。
金堂「投げてこいよストレート。打ち返してやるぜ」
相川(こいつ…)
金堂「どうしたぁ西条くん…来いよ」
真条「ただ…金堂なら。打つかもな」
此花「えっ?!」
浅田「確かに直球打ちなら楠木さんですが…金堂さんのここぞという時のバッティングなら…」
相川(西条、ここはスクリューだ。かわしていくぞ)
相川のサインは変化球、ボールから入ってきっちり討ち取る。
――クンッ。
相川(…西条?)
西条はその相川のサインに首を振る。
普段めったにサインに首を振ることがない西条だが…よほど今日は自分のストレートに自信があるのだろうか。
確かに今日の西条のストレートは、ここ最近では練習でも見られなかったぐらいの走りをみせている。
だがどうする、下手に変化球を投げて甘く入ったところを痛打されるのも怖い。
相川(…いや、ここは……スクリューだ)
西条「……」
西条は一瞬険しい顔をしたものの、苦笑して頷く。
初球、低めに外れるスクリュー。
西条、振りかぶって…!
金堂「それだよそれ。どう考えてもストレートなんて投げさせないだろ、相川くんなら」
――――キィンッ!!!
『ワアアアアアアアアアアアッ!!!』
夙川「!!」
山田「う、打った!!!!」
海部「深いぞっ!!!」
相川(しまった!)
裏を読んでの初球スクリュー待ち、金堂は初球にかけていた。
西条はストレートこそ凄まじい威力を誇るものの、変化球に関してはそこまで素晴らしいものはない、そこを狙った低く沈むスクリューをすくいあげるような金堂のバッティング。
金堂「どうだァッ!!!」
打球は高く高く上がって…!
降矢(入るか…っ)
桜井「はいっちゃ駄目ぇ!!!」
六条「とまれとまれえええ!」
県(くっ!!駄目ですっ!!)
バカーンッ!!!!
県が懸命に追いかけるも、センターフェース直撃の長打!
金堂は悠々と二塁に…!
原田「あ、県君!!!ランナー二塁蹴ったッスよ!!」
県「!!!」
なんと金堂は二塁をけって、三塁を狙う。
ズシャアアアアッ!!!
『セーフッ!!!』
―――三塁打ッ!!!
相川(くっ、完全な俺のミスだ…。こうなることもあったが…まさか初球から狙ってくるとは…)
西条「…」
三塁に滑り込む金堂を、西条は無表情で見ていた。
決してヒットを打たれて焦っているようには見えない。
『五番、セカンド、楠木君、背番号4』
楠木「こないなチャンスで回ってくるとはの!!」
190を越える長身が、バットをおもちゃのように振り回しながら打席に入ってくる。当たれば、確実にフェンスを超えていくだろう。
当たれば。
相川(…どうする、一打席目はスクリューでなんとか三振に討ち取ったが…)
西条「……」
ビシッ。
相川「…?」
西条はプレートから相川を見下ろしている、そして左手の親指を立て、自分の胸を二度叩いた。そして、その左腕を相川に向けた。
相川(…信じろ、ってことか?…ふん……西条…わかったぜ)
相川は低めに…スクリューのサイン!
それに対して西条は首を振らず、頷いた。
バシィイイインッ!!!
『ストライク、ワンッ!!』
楠木「なんじゃあい!わしにもストレートを投げてこいの!」
西条「そう焦んなや…メインディッシュはな…」
カウント2-1と追い込んでからの、第四球!!
西条「一番ええところで来るもんや!!!!!!!」
浅田「きたっ!!!」
金堂(ストレート!!)
真条「…駄目だな」
玉城「ぼ、ボール球!」
此花「高めだっ!」
楠木「ぬおおおおおおおっ!!!」
ガッ!!!
相川「!?」
西条「あ、当てたやとぉ!!!」
吉田「く、クソボールだぞ!!!」
高めに大きく外れたボール球を、そのリーチをいかして楠木は無理やりスイング!!!…が、球威に押されて…!
キイイイインッ!!!!
御神楽「真田ッ!!!」
真田「よし…」
金堂「タッチアップにゃあ十分だぜ…真田くん。さあ競争だ!」
ボールはレフトに高く高く上がった外野フライ、距離は十分だ。レフトポール際手前の手前…だが、レフト真田は強肩。
打球はゆっくりと弧を描いて落ちてくる…落ちてくる…落ちてきて…グラブにゆっくりと、収まる。
金堂「よーい、ドン!」
真田「させんっ!!!」
体全身をバネにして、右腕を振り回すっ!!!
帽子が風に飛ばされたが、それも気にせずに、ただただホームベースめがけて、白球を放つ。
ズバッ!!!
まるで紙を切ったような甲高い音。
同時に白い光線が、本塁まで一直線に描かれていく。
金堂(ちょっ!そいつはねえぜっ!!!)
流石に余裕でホームインできると思っていたが、歓声の雰囲気からしてかなり真田が好返球したのが雰囲気でわかった。
金堂(だって相川くんホームベースから一つも動いてねえ!)
相川(いける)
ボールはホームベース手前でワンバウンドするストライクコース、スライディングで滑りこんでくる金堂!!!
そして、金堂は顔からホームベースに飛び込んでくる、ダイビングヘッド!!!
いや、わずかにそれている!タッチだけして自身は外にそれていくような軌道!!
相川(突っ込むと見せかけて、回りこんでくるかっ)
金堂(このままタッチして、向こう側に転がってくだけさ!)
バシィッ!!
相川の捕球、そしてそのまま最短の動作で金堂にタッチしにいくが…。
その瞬間、相川は五角形の端をかする金堂の左手が見えた。
ズシャアアアアアッゴロゴロゴロゴローーッ!!!
そのままタッチしにいくが、時すでに遅し、金堂は勢いそのままに黒い土の上を転がっていく。
『セーフ!!!!!』
『ワアアアアアアアアアアアッ!!!』
『同点!!!』
『東創家同点だ!!』
金堂「そんなに簡単にやられる訳ないだろ?」
相川「そりゃそうだ」
お互いニヤリ、と唇の端を上げた。
四回裏、将星1-1東創家