273東創家高校戦5溜息
大声援を背に、男が打席に立つ。
玉城-此花東創家バッテリーが最も警戒する打者。
五番、レフト真田、孤高の一匹狼、赤い風。
ひゅるり、と一陣の風がグラウンドを駆け抜ける。
真田の素振りがそのまま風となってマウンドを叩きつけているかのように玉城は感じた、が怯えてはいなかった。
震える手に流れる汗はいつものことだ、動揺していてもそれは変わりない。
『五番、レフト、真田君。背番号7』
ワアアアアアアーーーッ!!!
海部「将星にとっては大きなポイントとなりそうだな」
一塁側アルプススタンドの一角に構えられた臨時の解説席、実は山田が持ってきたノートパソコンによりインターネットラジオとして生放送されており、応援に行けない生徒も聞けるようにこの試合は全国中継されていた。地元ラジオも、流石に県大会決勝クラスにならないと放送してくれないので、せっかくだし、ということで山田の悪知恵が回った訳だ。
つまり、この海部や不破の解説も全世界中継されてたりする。本人たちは知る由もないが。
不破「吉田や御神楽も確かに良い打者、だがこの真田は見てる限りには他の打者と比べてやはり格が違う」
流石は元桐生院、というべきか。試合前の打撃練習でも柵越えを連発、エラーもここまでゼロ。強肩攻守かつ巧打で強打者だ。もっとも将星のほかの選手と比べて、での話だが。
桐生院に在籍していた時は、南雲と双肩をなすほどのオールラウンドプレイヤーだったので当然といえば当然なのだが。
浅田(真田寿樹…か)
ここまで打率六割越え、降矢がベンチに下がっている今、実質上真田が将星の打の中心と言えるだろう。甘い球なら、スタンドに軽く放り込むだけのバッティングの上手さもある。
浅田(そして…おそらく、玉城先輩のシュートにも気づいてくるはず…っ)
『ストライク、ワンッ!!!』
『オオオオーーッ!!!』
まずは右打者の真田の胸元をえぐるようなストレート。124km。
真田(…)
降矢「あの野朗なら、もう気づいてるかもな」
降矢が顔をあげたと思えばいきなりそんなことを言い出した。
御神楽「…気づいた?」
吉田「な、なに言ってるんだよ降矢」
降矢「見てみろよ、ほら」
野多摩「??」
降矢が差し出したのは先ほどまで、隣でメモをとっていた相川のノートの切れ端。ナナコがそれを皆が見えるようにベンチの上におくと、将星のベンチが一斉に相川のメモ帳を覗き込んだ。
そこに記されたのは、
125
124
123
120
124
126
123
125
124
123
121
125
.........
野多摩「???」
六条「数字の羅列…」
桜井「あ、これ球速表示かな」
降矢「多分な」
県大会の球場は最近立てられた物で、地元の社会人野球チームも使用する綺麗な球場である。その真新しいバックスクリーンには、旧字が表示される場所もちゃんと用意されていた。
『ボール、ワンッ!!』
そして、次に示された球速の表示は「124km/h」。
降矢「ナナコ」
ナナコ「ん、えーちゃん」
ナナコが右手に持ったペンで汚い数字をノートに書き込んでいく。
吉田「これがどうしたんだ?」
降矢「決め球、シュートなんだろ?それにチェンジアップやストレートも投げ込んできてるんだろ?あんたらの話によると」
御神楽「…!」
西条「なんやこれ…ほとんど同じ球速やないか…」
冬馬「そ、そういえばそうだね…。なんとなく球速表示は見逃しちゃってたけど…。こうやって見ると気味が悪いくらい似たような球速が続いてる…!」
降矢「―――つまりあの投手の怖さはシュートでもなんでもない、全部同じ球速だってことさ」
『ボール、ツー!!』・・・125km/h。
当然同じ球速なら何も知らない打者なら、玉城を打つこと自体は難しくないだろう。シュートだってそこまで曲がるわけじゃない。
吉田「そ、そうか。だからストレートが来たと思って振ったらシュートだったり、シュートだと思って当てたらストレートだったりしてつまってた訳だ」
降矢「まぁ力のある打者や芯で捉えた打球ならそこまで変わらないだろうがな。実際問題俺たちはヒットもちゃんと打ってる訳だ、違和感の問題さ。…ところが、この球速は二重の罠になってるって訳だ」
冬馬「二重の…罠?」
西条「…なるほどなぁ…!」
キィイイイイインッ!!!!
吉田「おっ!!」
原田「外野を抜けるッスよ!!!」
一打席目はきわどいコースを見逃して四球だった真田だったが、二打席目は高めに浮いたボールを見逃さず弾き返す。ボールは右中間を抜けるが…!!
真田(三塁狙えるか…!?)
浅田「うっらああああああああああああ!!!!!」
フェンスに跳ね返ったボールを拾い上げた浅田がステップからのミサイル返球!!!
中継無しで、三塁までワンバウンド到達したボールに文字通り真田は串刺しになった。
思わず将星メンバーは唾を飲み込んだ。
西条「120kmの球の後にあれが来るんやろ…。今の内に点をとっとかんとえらいことになるっちゅーことや」
降矢「145だか146だか知らねーが、そう簡単に打てねーだろあの球は…!」
降矢の目線の先には、浅田。
速球と鋭いスライダーを武器にするその浅田に対峙するまでに、逃げ切るための先制点をとらなければ…。
降矢「でかい壁になるんじゃねーの…!」
『ワアアアアアアッ!!!!』
『六番、キャッチャー相川君』
『キャアアアアアアアッ!!!!!』
氷上「相川様ぁあああああ!!!ふれえええええ!ふれええええ!」
海部「ぐおおっ!?う、うるさい!舞!なんとかしろ!」
『キャアアアアア!!相川君頑張ってええええ!!』
夙川「なんなんでしょう、私は全然彼のことを良いとは思えないのですが」
山田「えーなんて!?」
夙川「彼のことを!良い男!だとは見えません!です!」
山田「えーそう!?でも、あの落ち着いた感じと!実は優しい所が魅力なんじゃないの!?厳しい人が優しいとコロっといっちゃう感じ!!」
夙川「…なんだか随分相川君の肩をもつね、理穂」
山田「ギックーン」
海部「ここは大事。一死、二塁。送るか送らないか、大事な所」
実質上、監督であり司令塔である相川には将星のサインの全てを握っていた。あまり積極的に指示を出す方ではないが、それでも勝負どころでバント、盗塁、エンドランの指示を出すのが相川だ。
はっきり言ってバッティングはあまり上手くない相川は送った方が懸命ではあるが、続く野多摩もそれほどバッティングは得意ではない。八番原田、九番西条ならあるいは、という可能性もあるが。
此花(さぁ、どう出ますか相川君)
実のところこの司令塔相川を妥当にしている県内の捕手は多い。あの『詐欺師』赤城があることないことを他の人間に吹き込むので、予想以上に相川のイメージは他の選手に広まっている。霧島の赤城、暦法の古暮、そして東創家の此花。
それだけでなく他県にもその存在を知っているという噂まででてきている。
相川の選択は――バッティングだった。
相川(外されて送りバント失敗なら、ゲッツーも無い打撃を選ぶ。それでも二塁ランナーを殺したくない…。一塁側に打つのが懸命かな)
此花(打ってくる、かな)
二人の捕手の意見は同じだった。最もな選択といえよう、決め手はマウンドの玉城がそこまで優れた投手ではない、という点だ。あの球速なら十分流し打つこともできる。
『ボール、ワンッ』
おまけにガンガンストライクをとってくるタイプのバッテリーでもないので、慎重に球を見極めることもできる。大きく叩きつけて流し打ち…理想は理想。
相川(現実に落とし込めるかな)
降矢のメモ帳通り、相川も玉城の謎にはすでに感づいていた。
問題は自らの打撃能力だ、下手に球種を絞って打つと詰まって内野ゴロの恐れがある。それで三塁を刺されれば元も子もない、一塁でアウトにとってくれる可能性が高いとはいえ、ただアウトカウントを増やしたくも無い。
ただ配給読みが武器の相川にとって、わずかな変化で詰まらせる、というのは吉田の何が来ても打つ、というやり方よりもまだマシかもしれない。狙いさえ当てれば振り切れるのだから。
相川(先制点が欲しいところだが…)
バシィッ!!
『ボール、ツー!!!』
ボールの沈み方や投げるタイミングもほとんど同じなのでチェンジアップ以外はかなり見分けがつかないが、おそらく今のがシュートだろう。
ストレートだと思って振ったらつまった、その感触が得意球はシュート、という情報につながっているのだとしたらなんの不思議も無い。
『ストライク、ワンッ!!』
右サイドから三球、カウント1-2。投手としては苦しいところ、ここらでストライクが欲しくなる。特にこの投手は、その点に関しては制球が甘くなるようで、カウントが悪くなればシュートで内野ゴロを狙いに来る。
相川(それを…狙う!)
真田「…」
二塁上は、真田。
それをちらりと確認してから、セットポジションから…投げるッ!!!!
真田(ふっ)
海部「!」
相川「……しっ!!!」
ガキィンッ!!!
『ワアアッ!!!』
相川「くっ!!!」
――打球はボテボテのゴロ、やはりシュートに多少つまったか!
一塁と投手の間に転がったとは言え、これは三塁に投げられてもセーフ…ッ。
此花「玉城さん!!三塁駄目だ!」
相川(えっ!?)
相川がヘルメットの端から確認したのは、真田が三塁に滑り込んだ姿だった。
玉城「!?」
楠木「一塁じゃの!玉城!」
玉城「うっ!」
『ワアアアアアアアアアアッ!!!!』
海部「むっ!!!」
夙川「…あっ!」
山田「やりぃっ!」
玉城が慌てて一塁に投げたボールは一塁手金堂の遥か上空……暴投!!!
『ワッ!!!』
ライト浅田がカバーに回ってはいるが、真田はその隙を見逃さず素早く本塁へとスタートを切っていた。
浅田「抜け目なさすぎだろうがッ!!!」
金堂「浅田ぁ!やめとけ!二塁だ!」
浅田「任せてくださいっつーの!!!」
左手のグラブを大きく大きく前に突き出して、からの、右腕フルスイング。
―――ビュオンッ!!!
金堂「うおおお!!」
吉田「うわ!!またあのレーザーかよっ!!!」
ライトからの本塁一直線レーザービーム!!!!
降矢「タイミング同時かっ!!」
ナナコ「いけいけーーっ!!!」
三澤「真田君っ!!」
此花(させない!!!)
真田(…)
真田は落ち着いていた。
此花が捕球を焦るあまり、わずかに一塁よりに体を押し出しているのを見て――迷わず、体を右にそらし、キャッチャーミットを。
此花「!!!」
真田「届かねぇな」
回り込む。
『セーーーフッ!!!!』
『ワアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!』
山田「やった!やりました!将星先制ーーーー!相川君のバットが相手のエラーを誘い、一点先制ですーー!!」
氷上「さ、さすがですわ相川様ああああああ!!!」
勝ったように狂喜乱舞する将星アルプススタンドを尻目に、真田はパンパンと軽くユニフォームの土をはらってベンチへと颯爽と引き返していく。
此花(流石真田…黒豹のような男だ…!)
吉田「真田なーーーいす!!!ってあら?」
原田「ナイスバッティングッス!!!ってあれ?」
二人の祝福も無視して、ベンチに戻りヘルメットをボックスへ放り投げる。
真田「浮かれてんじゃないぜ、あのレーザー。キャッチャーの直前で伸びてきやがった」
御神楽「…!」
西条「あ、あの距離でノビてくるやと!?」
ジャリっと、スパイクの土を踏み締めながら真田が険しい顔で将星ベンチを振り向く。
真田「今の内に点をとっておかないと…どうなっても知らんぞ」
四回表、将星1-0東創家。
一死、ランナー二塁。