272東創家高校戦4紫煙









快晴。

秋の透き通った高い高い青空の元行われている、秋季県大会準決勝、将星-東創家戦。将星の先発は背番号10の西条、MAX146km/hのストレートを低め高めに散らして、七人の打者に対して4つの三振を奪う上々の立ち上がり。

対して、東創家の先発はエースの浅田ではなく背番号1の右サイド玉城が先発。西条のような鋭いストレートは持たないが、ここまで二安打を浴びつつもなんとか無失点でしのいだ。

三回の表、先攻の将星の攻撃は九番ピッチャーの西条から。


『九番、ピッチャー西条君。背番号、10』

『ワアアアアアッ!!』

冬馬「いけいけー!!」

大場「かっとばせとです!!」

野多摩「ふれ〜ふれ〜!」




山田「さぁー、三回表の攻撃は九番ラストバッターの西条君ですか、どうでしょう解説の方々」

夙川「理穂…解説みたいになってるのは何故ですか」

海部「西条の方はあの調子ならそう簡単に打たれることはないだろう。だとしたらやはり先制点が欲しいところだな」

不破「見てる分には打てそうな投手に見えるんだけど、なかなか崩れない」

蘇我「まだまだ三回だし打順一回りすれば、また変わってくるとは思うけどな〜」

柳牛「んー…そうですよねぇ…」

海部「なんだ柳牛、何か引っかかってるものでもあるのか」

柳生「なんとなくなんですけど…」




降矢「クリーンヒットじゃないな」

いつものユニフォームに額から左目にかけた包帯をした金髪、降矢毅がぼそっとつぶやいた。ユニフォームの上に将星の青いジャージを羽織り、その右側には黒い長髪の少女が座っている。なんともアンバランスな光景だが、将星ではもう見慣れたものだった。

相川「クリーンヒットじゃない、か」

吉田「うーむ。うん、わかるぜ降矢。こう、なんとなくいつもの振り切った時のスカっと感じがないんだよな…」

相川「『いつもの感じ』ではない、という違和感か?」

吉田「おう…なんか歯切れが悪いんだよな…なんつーか、肉だと思って食ったら魚だったみたいな…」

三澤「くすくす…なぁにその例え」

吉田「いや、マジでそんな感じなんだよ!なんというか、ストレートだと思って振ったら変化球だったみたいな…」

真田「…」

相川「ストレートだと思って振ったら変化球だった、か」


先程から感じる違和感の正体は、もしかしてそこにあるのかもしれない…。相川はいつものメモ帳を手に取ると、シャーペンを握りしめた。


西条(なんかしっくり来ない感じだぜ)

玉城、此花の東創家バッテリー、西条に対しての配球は初球がストレート、二球目チェンジアップ。二つ外れてカウントノーツー。
この回から打順が一回りする将星にとって、ここはじっくりと玉城の球を見ておきたい。

玉城、第三球…セットから右腕がしなる。

パシィーンッ。

『ストライクっ!』

ストレートが低めに決まり、これで1-2。

西条(外角に外れるストレートかと思いきや、それが思ったよりそれずにホームベースにかすってストライクか…)

九流々のような抜群の制球力で勝負してくるようなタイプでもなさそうだ、先程からボール先行のカウントも多い。確かに浅田が前の試合完投したからといって、その浅田を差し置いて背番号1をつけなおかつ準決勝という大事な場面で先発してくるだろうか。

それとも、それだけ自分たちの攻撃力に自信があるのか。

西条(なめくさりおってからに)

これでも西条は中学時代はエースとして背番号をつけていた、エースのプライド故、東創家のエース浅田と投げ合いたい、という思いは心の底にあった。

打ち勝てる、というのならそれは西条をなめているということだ。



西条「しゃらあっ!!!」


キィンッ!!!!

右打者の西条、四球目の甘く入ったストレートをジャストミート!!ボールはセカンドの横を抜けていき、ライト前ヒット。

っし、と小さくガッツポーズをし一塁上に到達する西条。…は、自らの手のひらをじっと見ていた。

原田「どうしたッスか?西条君」

外したバッティンググローブを受け取る原田は、そんな西条の様子を不思議に思って話しかけた。

西条「…ん、ああ…。いや、なんでもないわ」

真芯で捉えたと確信したはずの西条の左手は、何故かひどく痺れていた。


コキィンッ!


続く御神楽は、チャンスを広げるために西条を得点圏の二塁へ送る。将星の一番御神楽、最近はヒッティングだけでなくこうした細かい技術もきちんと決めてくるので、他校からの評価は高い。

『ワアアアアッ!!』

一回、二回、三回と全て塁に出ている将星からすれば、そろそろ一点でも欲しいところだが…。

『二番、センター、県君。背番号、8番』

吉田「県!頼むぜ!」

県「はいっ!」

ネクストバッターズサークルの吉田から背中を叩かれて打席に入る、県三四郎。バットを横に構えたまま膝の屈伸運動を一、二回。ゆっくりと左打席に入る。

『いけーいけ!いまーだ!打ち崩せー!あっがった!』

自分が元女子高の野球部に入った時はまさか、こんな風に県大会の大きな場面で背中に声援を受けるとは思っていなかった。

幼い頃から勉強しか能がなく、足の速さはパシリとして使われるだけの僕が、まさか。という思いは試合の度にある。
だからこそ、この声援には答えなければならない。

ファールを二回挟んだカウント1-3からの7球目、県内角高めの抜けた球を体を伸ばしてスイング!

カキィンッ!!!!

玉城「ひぃっ!!」


県(よしっ)


強く叩きつけた甲斐があったか、ボールは投手と三塁の間を高く高く跳ねている。県の足なら悠々内野安打になりそうだ。

パシッ!『セーーーフッ!!』


―――ワアアアアアッ!!!

吉田「よっしゃあ!!」

桜井「やったね県君!」

真田「一死、ランナ一塁、三塁か…」

三澤「傑ちゃん頑張って!!」

吉田「あたぼうよ!」


鼻息荒く、将星の三番吉田がバッターボックスに入る。

ランナー一塁、三塁。先制には大きな大きなチャンスだ。

バットを大きく天に伸ばした後、少し傾けてビシッと構える。そのフォームは巨人(元日ハム)の小笠原選手を彷彿とさせる。

玉城「う…」

此花「タイム!」



ここで東創家のキャッチャー此花がタイムをとる。内野守備がマウンド上に集まる、玉城の汗の量はすさまじく、マウンドに黒いシミをつくっていた。

金堂「おいおい、大丈夫かよ玉城ぃ、汗ぬぐえよ。まだ三回だぜぇ」

玉城「は、はいすいません」

少々目付きの悪い、日焼けしたのか肌が浅黒い一塁の金堂。
捕手はふわふわとした髪型が印象的な此花、そして先程西条に三振を喫した大型セカンドの楠木。

楠木「気にするこたぁないの、まだ点を取られた訳じゃないからの」

かっかっか、と剛毅に笑う楠木にバシィンと大きく肩を叩かれる玉城。

此花「自信を持って行ってください。六回まで楠木さんが投げてくれれば、浅田につなぐ事ができます」

玉城「う、うん」

ショボショボしている目をこすりながら、玉城はだらんと立った状態で頷いた。この男がこれでも背番号1をつけている理由は東創家の皆が知っている。

三年生の周防がいたからマウンドに立てなかったことも、一年生の浅田が入ってきてからまたエースの座を奪われていた事も。たいした投手でないことも、本人がどうしようもない臆病な人間であることも、東創家の選手は皆知っている。

そして、彼が人一倍、いや二倍三倍努力する人間だと言うことも。

ひょろひょろした顔や、なで肩、立ち居振る舞いからは想像出来ないほどの鍛え抜かれた足腰と腹筋。自己主張も才能もない性格の彼が出来ることは努力しかなかった。

そして実質の浅田を恨むこともなく、惜しみなく彼のサポートをこなす彼のことを憎む人間はこの野球部には一人もいない。


玉城「なんとか浅田君に繋ぐように頑張るよ…」

此花「いきましょう。まだ『バれて』はいないはずです」

楠木「豪快にいけよぉ!」

金堂「おっしゃ、このピンチ凌ぐぜ」

『ざっす!!!』



金堂の一声でそれぞれが再び守備位置に戻っていく。

ピンチだというのに打者の吉田がなんとなく不気味に感じたのは、玉城のおどおどした感じだ。

普通の時もピンチの時もどっちにしても動揺したような態度をとるとするならば、それはポーカーフェイスと変わらないんじゃないのか、と。

態度の変化は落差があって初めて生じるものだ、ピンチになっても変わらないこの玉城の立ち姿になんとなく吉田は不気味さを覚えた。


『プレイ!!』


とにかく、最低でも犠牲フライが欲しいこの場面。吉田が意識するべきことはバットに当てることだ。そして怖いのはゲッツー。

内野は前進守備で、外野との間が大きくあいている、上手く打てば、一塁の県も本塁に帰ってこれるだろう。


バシィッ!

『ストライク、ワンッ!』

初球低めのチェンジアップを見逃し、その後ボールが続き1-2。
決して制球力が良い投手ではないが丁寧に低めをついてきている、しかも緩い球ばかり。なんとなく全力に対して全力でぶつかる吉田にとってはやりにくい相手だ。

一旦打席を外し、大きくスイングする吉田。

いや、関係ねぇや、どんな球が来たって自分のスイングをするだけだ。

相手に合わせる相川と好対照な、自分で勝負する吉田。

ここまでの打率4割越えは伊達ではない。将星の中では真田、御神楽に続く好打者である。


玉城「……」

吉田「……」


玉城、セットポジションから素早い動作で横から投げ込んでくる。

吉田(―――内角低め、しかも甘い!!)

絶好球がきた、吉田はためらわずフルスイング…!!!




バキィッ!!!!!!


吉田「!?」

此花「ショート!ゲッツーとれますよ!!」


吉田の木のバットをへし折った120kmのボールは点々とショートの前にワンバウンド、ツーバウンド。流石に俊足県でもセカンドには間に合わない。

バシイッ!

6-4-3のダブルプレーの完成だ。

『スリーアウッ!チェンジ!!』


吉田「だあああチクショウッ!!」

『あああ…』

歓声も思わずため息に変わる。


吉田「すまねえっ…」

にゃろう、とヘルメットを荒々しく投げる吉田に対して、相川は気にするな、と気さくに声をかける。

三澤「傑ちゃんドンマイドンマイ」

桜井「気にしない方がいいよ吉田君」

吉田「慰められると余計に傷つくっての…」

相川「…いや、確かに点は入らなかったが…。吉田、打ったのはストレートだったか?」

吉田「え?あ、ああ…」

相川「見てる分に見逃した球で、シュートあったか?」

吉田「え?シュ、シュート?あったかなぁ…」

相川「…なるほどな」

吉田「えっ?」

相川「なんとなくだが見えてきたな、玉城の謎がな…」




この後、西条は力強いストレートで八番、九番を凡退で抑える。一番の真条にはレフト前ヒットを食らうものの、続く足立を三振に抑え、これで、初回からの毎回三振で三回裏を抑える。


四回表 将星0-0東創家


相変わらず青い空に両チームの歓声がこだまする。

四回表の将星の攻撃、四番の大場三振の次に迎えるのは。

――赤い風。

『五番、レフト、真田君。背番号7』









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