271東創家高校戦3遠雷








『スリーアウト、チェンッ!!!』


西条「っしゃァ!!」

『ワアアアアアアーーッ!!!』


西条は左手でグラブを大きく叩いた。

先頭の真条に四球を許したものの、続く三番浅田を三振、四番の金堂をサードライナーに打ち取り、一回裏をゼロで抑えた。

全力でぶん回しているせいで制球はいつもよりずっと定まらないが、ストレートの迫力は倍以上はある…ように見える。フォームが大きいからだろうか、少なくともしばらくはこれで凌げそうだ。

問題は疲労、あれだけ一回から飛ばしたなら五回持つかどうか怪しい。継投には冬馬がいるから問題はないが、変え時が怖い。

なまじストレートを勢いだけで投げているから、その勢いがなくなった時、ただの棒球になる。


相川と不破の思惑は奇しくも一致していた。



山田「ってー。抑えたじゃん、不破っちー」

蘇我「あんな速く見えるのに…うーん。不思議かも」

夙川「ええと…その、ノビが無い球でも抑えられるんですか?」

不破「当然」


でええ、と女子陣が大きく前につんのめった。


蘇我「ふ、不破せんぱぁい」

柳牛「それじゃ昨日西条君にあんなキツく言うことなかったんじゃないですかぁ…?」

不破「?」

海部「はぁ…。こいつの天然毒舌は今に始まったことじゃないさ。ともかく、球がおじぎしてるとは言え、そもそものボールの威力自体は十分にあるんだ。それに、プロだってノビのあるストレートを投げれる選手は数えるほどだろうさ」

蘇我「つまり、普通ってこと?」

海部「柳牛と比べるから悪いんだ。柳牛はこう見えても全国クラスの球を投げるんだぞ。ソフトと比べると野球は違うとは思うが、それでも柳牛のストレートは一級だ」

柳牛「は、はわわ…てれてれ」

山田「にゃるほどねぇ…。でもそれを真に受けた西条君は本気で投げてるみたいだけど?」

海部「良い発奮材料にはなってるだろうが…あんなに全力で飛ばして大丈夫か?」

不破「大丈夫なわけがない。バテるに決まってる。相手もそれを見越して次からは球を見てくるはず」

蘇我「だよねぇ…」

柳牛「不破せんぱぁい…」

不破「なんだかたいへんなことをわたしはしたのかもしれない」

夙川「棒読みすぎますよっ!!」




二回表、先頭の大場は大きなセンターフライに倒れ、将星の攻撃は五番レフト真田。

ここは冷静に球を見ていき、四球を選んだ。

真田の成績、実は他校にとっては驚異的ともいえる数字をたたき出している。

打率.689 出塁率.774 と言う怪物的な恐ろしさである。その上本塁打もすでに四本放っている。

前回こそ岳のホワイトアウトに翻弄されたが、並の投手なら相手にならないほどの実力を有している。将星において別格ともいえる存在だった。


だからバッテリーからすれば、下手に球を打たれるよりもボールゾーンギリギリで勝負した方が良いに決まってる。東創家はバッテリーは無死二塁よりも無死一塁をとっただけの話だ。

ここからの下位打線は、九番に降矢がいない分、以前よりも破壊力はガクンと落ちてしまっている。それでも代わりの九番西条はそれなりな打撃力を持っている。

それでも、御神楽や吉田の前のランナーでないので真田は歩かせる方が賢いだろう。

続く相川はレフトフライ、野多摩はショート奥ゴロで、運良く。



降矢「おい、そんなんで持つのか」

西条「わからへん」


降矢の隣にどっかりと座った西条は自信満々に言い放った。

顔もグラウンドを向いたままである。


降矢「わからんってな…」

西条「んなことより、ストレートを馬鹿にされる方が俺は屈辱やからな」


140台のストレートを遅いと言われてしまってはプライドも傷つくというもの。西条はあの女子ソフトの三つ編みを見返すことしか考えていなかった。

要するに結果を出せばいい。

四球は出したが、いまだノーヒットだ。これでノーランでもやってのければグウの音も出まい。なんてことを考えていた、まだ一回なのに気が早い。

しかしあれだけ気合のノったストレートなら、あのアドバイスが逆に功を奏したということだ。

落ち込んで悩むより、開き直って全力で投げてくれた方がありがたい。



降矢「…後ろにちんちくりんもいるし、な」

西条「あのチビは関係ないやろ。俺は九回投げきるで!」

冬馬「聞こえてるんだけどなぁ〜〜!」

西条「いひゃひゃひゃ!!!ほほをひっはふひゃ!!!」

ナナコ「あはははは!変な顔ー」

六条「…ブフッ」

西条「こらぁ六条ぉ!!その噴出した笑いだけは許せん!!」

六条「ひぃぃいいっ!」





『八番、セカンド、原田君。背番号8』

『ワアアアアーーッ!!』



原田(おおおなんだかこの前よりも心なしか声援が大きくなってる気がするッス)


打席には前の試合勝ち越し殊勲打を放った、『鉄の足腰』原田。

今まで地味だ地味だといわれてきたが、これでそんな不名誉なあだ名からも脱却といったところか。

なんせ新聞部で特集を組んでもらったぐらいだ、と本人は信じているが内容の半分以上が相川と御神楽の女性関係のことであったが。

吉田にその事を聞くと、後ろでポニーテールの悪魔がものすごい形相をするので流石に山田は諦めざるを得なかった。当の吉田本人は恋人はバットだぜ、と男らしく笑うのだが。

さて、話は試合に戻る。



御神楽「なぁ吉田」

吉田「おう、どしたい御神楽」

御神楽「あと三澤さん。奴の今までの投球データありますか?」

三澤「あ、うん。ちょっと待っててね。えっと…実際に打席に立った訳じゃないから、球速しかとってないけどね」

桜井「これがどうかしたの?」

相川「…何か気づいたのか」

御神楽「どうであろうな」


御神楽は長い前髪をかきあげて、データに目を通した。

十個の瞳がその三澤のスコア表を移す。


御神楽「聞いてよいか、相川。玉城の決め球、なんであったかな」

相川「右サイドからのシュートだ」

御神楽「そうか、わかった真田」

吉田「おう!」

御神楽「打席内でシュートを見たか?」


御神楽のその言葉に、吉田の動きが止まった。


吉田「ん?…いや、確かストレートとカーブと…」

御神楽「…うむ。そして球速だ、ストレートを120前後だとして、そこから見てもシュートらしき球速がない」

相川「言われてみれば…」


御神楽「なら何故決め球がシュートなのだ」


御神楽の鋭い指摘に相川と真田の目が鋭くなった。


吉田「この前の岳みたいに隠してるんじゃねえのか??森田もスカイグライダー最初は使わなかったし…」

御神楽「岳と森田とあの投手を一緒にするな馬鹿者。元々の実力が違いすぎる」


森田は直球140前後に高い長身、二種類の滑降ストレート。高速シュート『シューティア』を持つ本格派投手。

岳も130台中盤に恵まれた体、森田ほどではないがそれなりな投手能力、そして消えるカーブ『ホワイトアウト』を持つ好投手。



比べても玉城はストレートも120出れば良い方、球にも威力なく、制球こそそこそこだが、カーブやスライダーの曲がりが良い訳でもない。

いくら奥の手を持っていたとしても、将星クラスの打撃力を持つチームならそれこそ奥の手を出す前に陥落しかねない。

しかも追い込んでもシュートを投げる気配さえない。



御神楽「何かある…と僕は思うのだがな」

吉田「むぅ…」

三澤「わかった。私もちゃんとデータとってみるね、何かわかったらちゃんと言うから」

吉田「おお柚子頼も御神楽「さぁすが三澤さんわかってらっしゃる!!」

相川「…久しぶりに見たな」

桜井「あはは…。うーん…にしても、シュートかぁ…」



ガギシィッ!!!


原田(結局出番飛ばされてるッスよぉおお!!)


所詮地味は地味ということだろうか。

原田は二球連続ファールの後、ボールを一つ見送ってカウント2-1からのストレートを詰まらせての内野ゴロ。結局ランナーを二人出しながらも、将星の二回の攻撃も得点はゼロ。

なんとも打てそうで打てない、というのが将星の玉城に対する印象である。





二回裏

将星0-0東創家



西条「っし、気合いれていくぜぇ!!!」


引き続きマウンドには今日絶好調の西条。

ここまで東創家の打者四人に対し全てストレートという快投を演じている。

これなら変化球いらないかもな、と相川は苦笑した。


『五番、ライト、楠木君』


ヌゥッ…!


西条「うぉい」

相川(ライト楠木か…想像以上にでかいな…)


将星も今まで身長の大きい相手とは戦ってきたので慣れてはいるものの、目の前のこの男はただでかいだけじゃない。

その腕は丸太もあろうかというほどの太さであり、全身という全身が筋肉でできているかのように体が膨らんでいる。


原田「うへー…」

大場「お、おいどんよりごついとです」



ズゥウン…と迫力たっぷりの姿に思わず西条ものけぞってしまう。

長く突き出たあごは外人のように半分で二つに割れていた、体もでかいが、顔もでかい。

不自然なほど長い下まつげがなぜか、妙に印象に残る奇妙な顔だった。



楠木「やいのやいのいいなさんなぁ」


ぷふぅ、と大きく息を吐く。

低く、地を這うような声だ、だが良く通る。



楠木「しかぁし、良い球を放るのう。じゃが…」








楠木「桐生院の大和にゃあ、遠くおよばんのぅ」












―――ズシャッ。

砂をスパイクが切り刻んでいく。


西条「御託はそれぐらいにしようぜオッサン」

楠木「年齢一つしか変わらないだがのぅ」



大きく振りかぶって。

背後から左腕が獣のように飛び出してくる。





西条「打てるなら打ってみろぃ!!!!」

楠木「!」


――ギャンッ!!!!!


まるで空気を切り裂く音が聞こえてきそうなほどの勢いで、白球が楠木の懐に突き刺さってくる。

ズバァンン!!!


『ストライクワンッ!!!!』

『ワアアアァァアアアアーーッ!!!』



西条「ビビって手もでないかぁ?」

楠木「ふぅむ、確かに良い球良い球」


がはは、と楠木は豪快に笑い飛ばした。

それでも顔から余裕は消えない。


楠木「だがそう簡単に倒れるわけにもいかんのでの」


ぐっ、とバットを強く握る。

そのまま上体を前に倒していく…極端なまでの前傾姿勢。

あれだけ上体が前につっこんでいて打てるのだろうか、個性的なバッティングフォームだ。


西条「ぬかしやがるぜデカブツ。ほなら証明してみぃや!」



―――第二球。

当然、ストレート。




楠木「かあぁあっ!!!」

西条「!!」



ゴァキイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!!


ィィィィィイと金属音の余韻を残しながらボールは遥かレフトの上空に消えていく。

『ファールボール』

ポールのずっと左側をではあったが。

ほぉおおおっ、と一塁側将星スタンドから安堵の声が聞こえてくる。

なんて飛距離だよ、と西条は口をひきつらせた。



楠木「どうじゃ、まだやるかいの」

西条「ヒュー♪」




金堂「あの一年坊楠木に直球勝負とはいい度胸だな」

此花「楠木さんは直球打ちの達人ですからね」

真条「…俺たちと同じように対決したらやられるだろうな」




浅田「どうかな」



浅田だけは口をひん曲げてグラウンドの対峙を見ていた。

西条という男、確かに熱血で負けず嫌い、思い込んだら一直線の所はある。

…だが、仮にも降矢の友人だろ。






西条「言うねぇ言うねぇ。そんじゃあ三度目の正直や!!」

楠木「無駄だのう、五角形を通るのであればわしに打てん直球なぞないわい!!」

西条「ほな打ってみいや、口が渇かんウチに!!!」



言葉の応酬は得意なものだ。

西条、勢いそのままに三球目!!



金堂「馬鹿が!!直球が通用すると…」



バシィンッ――――!



バットは空を切り、白球は滑り落ちるようにミットにおさまった。


楠木「…ら?」

金堂「う…え?」

真条「スクリューか。やられたな楠木ー」

浅田「はははっ!だろうなぁ!」


あの降矢の友人が馬鹿正直に三球ストレートなんて投げるはずがない。

しかも…相方は、あの相川だぞ。

三球目、ストレートと錯覚するような高速スクリュー『ストリーム』


相川「目の前だけ見てると後ろからすくわれるぜ」

西条「おつかれさん、と」




『キャアアアアアアアアアア!!!』


山田「ちょっとちょっとちょっとお、西条君かっちょいーじゃん!」

パシャパシャパシャ、と首から提げた一眼レフが光を放ち続ける。


不破「…西条、すごい。でも流石は相川君」

海部「あの勢いで、スクリューを冷静に選択するのが相川らしいというかなんというか」

夙川「いやな性格です」

氷上「ちょっとおおおおお相川様の悪口は許さないですわよぉおおおおお!!」





いまだ、続く投手戦。

この後西条は続く藤島、中田も三振にきってとり、いまだノーヒット。

試合は早くも三回表に突入する…!


三回表

将星0-0東創家




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