270東創家高校戦2由縁













『ワアアアアアアアア!!!!』


晴れ渡るような快晴、現在午前十時五十分。

試合開始のサイレンも鳴り止まぬ間の御神楽のレフト前ヒット、そして県の送
りバントで将星はいきなりチャンスを迎えていた。



三澤「頑張れ傑ちゃん!!」

六条「吉田キャプテンがんばれぇ!」

緒方「打ちなさーい吉田君!!」


『三番、サード、吉田君。背番号5』




おなじみのよっしゃあ、という掛け声と共にのっしのっしとバッターボックス
へと向かっていく。

吉田傑。将星野球部の主将にしてクリーンアップの一角を担う巧打者である。

一番の御神楽をマシンガン、五番真田をライフル、四番大場をバズーカとする
なら吉田はショットガンだろう。

多少決め球を絞ることはあれど、基本は来た球を打つ!

吉田の頭の中はその一瞬に全神経を集中させている。

体の柔らかさと類まれなる反射神経、そして…。




吉田「来いやぁ!!」

玉城「うひっ」



単細胞がなせる業である。



金堂「おーい玉城ィ、びびってないでしっかり投げろよォ!」

楠木「そうだわいそうだわい、気楽にいけぃ」

此花「集中していきましょう」

玉城「は、はい。すいません…」

吉田「なんだぁ…?おどおどした奴だなぁ」



御神楽の時からずっと落ち着かない奴だな…気合が抜けちまうぜ、と吉田はた
め息をついた。

お察しの通り、このマウンド上の玉城。極度のビビリである。

10球も投げないうちにすでに額には汗の玉が浮かんでいる、それを手でぬぐい
帽子を被りなおす。

マウンドのプレート右端から、第一球!

横から滑り押し出されるようにボールがストライクゾーンをかすめる。

パシーン。

『ストライク、ワンッ』


吉田(外角低め…)



前日の仮想玉城の対冬馬ではストレートを弾き返したが…。

それに比べても威力が無い、と見た目で吉田は感じた。

球にノビがない。キレもない。

御神楽が簡単に打ち返すわけだ。

これは…行けるんじゃないか?

吉田の直感がそう判断した、見える。球が見えている。


第二球。


玉城「い、いきます」


右サイドスローからの緩やかなカーブ。

内角からゆっくりと曲がり落ちていく…。


ガキィンッ!!!



吉田(ちっ!!)



カーブを強く叩きつける!!打球ははピッチャーの右で強くバウンド!!

玉城は手を伸ばすもわずかない届かない。

…が、ショートの藤島が大きく回りこんで捕球、そのまま6-4-3のゲッツー。


『アウトォッ!!チェンジッ!!』



吉田「うげえっ!!」

御神楽「ちっ…流石に守備は硬いか」

吉田「くーっ!!!」


一塁駆け抜けた吉田は、やっちまったと言わんばかりに顔をしかめた。

確かめるように右腕を大きく振る、わずかだが詰まってしまった。

将星側の歓声がため息に変わる。


吉田「っかしいな…」


確かに捉えたと思ったのだが、わずかにバットの根元。

吉田は木製バットを使っているが、木製は金属よりも芯が狭い、その分芯で当
てるのもシビアとなるが、その分芯にボールを当てる練習も人一倍こなしてき
た。

今のは確実に芯に当たったと思ったのだが…。


相川「どうした吉田、詰まったのか?」

吉田「うーん…まぁ」

相川「?」

三澤「ドンマイドンマイ傑ちゃん!さぁしまってこー」

冬馬「西条打たれたら怒るからね!!」

西条「おーこわいこわい」



御神楽「…吉田もか?」

吉田「ん?」


グラブを手に当てて三塁に向かう途中で御神楽に声をかけられた。

御神楽も吉田と同じく、なんとなくしっくりきてない表情だ。


吉田「どしたい御神楽」

御神楽「気のせいかもしれないが…どうも、な。詰まったであろう?」

吉田「お、おう。お前もか」

御神楽「僕は運よく内野を抜けただけだ。あれで芯ならフェンスまで飛んでる
はずである」


ふんす、と背をそらして威張る御神楽。

元来御神楽はこんな奴だった、と吉田は久しぶりに思い出した。

いけすかないが、憎めない。最近女子にキャーキャー言われすぎてなんとなく
美形キャラのレッテルが貼られていたが本来はこういうちょっとずれた奴なの
だ。


吉田「俺もだ。芯で捉えた、と思ったんだがな」

御神楽「ふん、まぁ結果は僕が安打、お前がゲッツーだがな」

吉田「うぐっ」

御神楽「…それはおいておいて、どうやら県も似たようなことを言っていたぞ


吉田「県が?」

御神楽「バントで詰まった感じがするとは、妙な話だとは思わないか?」

吉田「…確かに」




将星0-0東創家

一回裏。




一週間前とは対照的に、マウンドに登るのは背番号10番、西条。

左手をぷらぷら、とさせながらロージンを拾う。

昨日不破にボコボコにされた心は多少マシになった、といったところだろうか


なんせせっかくストレートが速くなったと思えば、ノビがない、の一言でばっ
さりである、見た目はそんなには気にしてはいないよう…だが。



『一回裏、東創家高校の攻撃は、一番レフト、真条君』



桜井「さぁ…相手は豪打の東創家だね」

三澤「うん。昨日西条君落ち込んでたけど大丈夫かなぁ…」

六条「が、頑張ってくださぁい!」

冬馬「打たれたらぶん殴るよぉ!」

降矢(もしかしたら彼には良くない影響を俺は与えたのかもしれない)

ナナコ「どうしたの?えーちゃん」




相川(よーし、西条。行くぞ、この前の試合同様頼むぞ)

西条(任しといてくださいな、と)



相川の頭の中で、ノートがまくられていく。

一番真条、東創家のトップバッター。

今まで戦ってきた中でも、随分面白い選手である。

『チャンスメイカー』

伸びきったボサボサの髪に分厚い眼鏡、おおよそスポーツマンらしくない風貌
ではあるが、実力は確かだ。

彼の場合、全く勝負強くない、というびっくりするような特徴がある。走者が
得点圏にいる時には驚くほどヒットが出ない。

…が、無死で先頭打者の場合のみに限定するなら、打率5割を越える。

おまけに出塁率で計算すれば八割を越えるという嘘みたいな数字になる。

秋の大会ここまでで六試合で27打席、初回の打席は5/6で一塁にいる。



真条「ういー」

相川(しかし落ち着かない奴だな…)

バットは相川の頭上でゆらゆらゆらと絶えず動き続けている。

顔は無表情、足も全く動かずにびたりと止まっている、しかし肩と手だけが別
の生物のようにふらふらと動いている。これでタイミングを計っているのだろ
う。


真条「今日は冬馬君じゃないんだねー」

西条「けっ、将星には冬馬だけじゃねーことを教えて…」



西条、大きく振りかぶって。

第一球。




西条「やぁあああるぜ!」




ブォォンッ!!!

左腕を力任せにぶんまわす!!!







ドッッッバァンンンッ!!!!

『ストライク、ワンッ!!』

『おおおおおおおおおっ!!!!』

『なんだぁあの十番!!!!』

『は、はええええ』


東創家のベンチまで騒然とさせる、度肝を抜く一撃。

フォロースルーもなんのその、左腕を前に突き出したまま静止していた。


西条「どうじゃい」

真条「…面白いじゃないの」




『きゃあああああああ!!!』

『え、偉そうなこと言う割にたいしたことないんじゃないの?』

『何言ってんのよ!速いだろ!!』

海部「速い…が、うーむ…」

蘇我「なになに?キャプテンも文句アリアリ?」

不破「やはり球がおじぎしている」

柳牛「ふ、不破先輩!!まってくださぁい」

山田「おりょ!不破ちゃん、みー。いつ来たのさ」

柳牛「い、今です…はふぅ、ふぅ。人が多くて…はぐれちゃいました」

不破「晶の隣がいい」

海部「…ふっ変わった奴だ」

夙川「結局このメンバーになる訳ですね…」

『っていうか不破ちゃん!西条君の球になんか文句でもあるの!?』

『言っちゃえ言っちゃえ!!あんなのたいしたことないんだから!』

不破「速いだけ。…多分…アドバイスが裏目に出た」

柳牛「え、ええ〜…」

蘇我「つまりどういうこと??」

不破「力任せ」




相川(おいおい確かに力強いボールではあるが)


相川も不破と同じような感想を抱いていた、確かに速い…力強い…が。

いまひとつ伸びない。

暦法相手には通用した…東創家相手にはどうだろう。


バシィンッ!!!

『ボール!!!』



降矢「あのヤローめちゃめちゃ気にしてるじゃねぇか」

ナナコ「そーかも…」

冬馬「えっ…どういうこと?」



バシィイイイッ!!!!

『ボール!!!』


降矢「球が速いだけって言われて、もっと腕振り回して速い球を投げようとし
てるんだろ、どうせ」

冬馬「あ、あいつ…全然気にしてないフリしてたのに」


西条の負けず嫌いさは想像以上のようだった。

ドッバァアアアアアンッ!!!!


『ボール』


降矢「力任せに投げてストライクなんざ入るわけがねーんだ」

冬馬「さ、西条!!落ち着け!落ち着けって!」



西条「んなろぉっ!!!!」





バシィイイッ!!!

『ボール、フォアボール!!』


真条「速いだけか、何回もつかな、これで」

西条「何ィ…?」

相川「西条、落ち着け!」

西条「む……ぐぅ」


ギリ、と歯軋りして一塁へいく真条を見送る。

なんだかんだいってこれで無死一塁、真条の出塁率をまた上げてしまったこと
になる。

続く二番足立は三球目のストレートを冷静に送り、一死二塁、と一回表の将星
と全く同じ構図がここにできあがった。



西条(ちっ)

相川(同じ展開だが意味合いは違う…ように感じるかな)


『三番、ライト、浅田君。背番号9』

『ワアアアアーーーッ!!!!』

『浅田ァーーッ!!!』

『浅田!浅田!浅田!』


西条「うお…なんやえらい人気やなあ…」

浅田「光栄というか心躍るというか、降矢のいるチームと対戦できるなんてな
ぁ」

西条「あいつと知り合いか、あんた」

浅田「ま、ただならねぇ関係ってとこだ」

西条「そいつあ手加減無用ってことだな」

浅田「おうよ!かかってこいや西条!!





―――ヒュ!!



西条「っしゃらあ!!」

浅田「らぁっ!!!!」



ガキシィッ!!!!

『ファールボール!!!』

ボールは真後ろに飛んでいき、フェンスに激突。

タイミングはばっちりということだ。






蘇我「じゃあ西条君の球打たれるかも、ってこと?」

不破「そうは言ってない」

山田「へ?そうなの?」

夙川「今までの言葉でしたら西条君をけちょんけちょんにけなしてるじゃない
ですか」

不破「確かにストレートのノビは悪い、コントロールも悪い、変化球もキレな
い」

山田「うわ」

蘇我「ひどい」

柳牛「あんまりですぅ…」

海部「だが、それだけじゃないだろう?」


不破は三つ編みを風になびかせながら頷いた。


不破「そう。気合。根性。何とかなるときもある」





西条(球が遅いだァ、なんだのそんなもん)




西条「気合でカバァァァー!!」


―――ズドォォォンッ!!!!!

『ストライクツー!!!』


浅田(こいつっ…)


『オオオオオオッ!!!』



降矢「…なんだありゃあ」

冬馬「気合…って言ってた?」

緒方「いいわよお!!もっと熱くなりなさぁい!」



相川(ムキになればなるほど、ノってくるのか。…そんな一面もあったんだな
西条。面白い)

浅田(ただ力任せに投げてると思ってたが…コイツ…)




西条「ぶっとべやぁああ!!!」





―――146km/h!!

電工掲示板にその数字が映し出された次の瞬間には、すでに浅田のバットは空
を切っていた。




『ストライクバッターアウトォッ!!!』


投手戦の火蓋は切って落された。





二回表

将星0-0東創家。



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