269東創家高校戦1邂逅














浅田「よっ…ってか、やっぱそれ痛々しいな」


そんな風に気軽に話しかけてくるとは思わなかった。

球場入りして軽くストレッチしてると、降矢の隣にいつの間にか浅田が経っていた。


降矢「よぉ、そっちは相変わらずだな」

浅田「まーよ」


浅田は大きく伸びをすると、降矢の真正面に座って足を伸ばす。

人間の体は目を覚まさないまま急激な運動をすると良く予想外の怪我をする、特にこういうスポーツは筋肉や靭帯を酷使するので、事前のストレッチは欠かせない。

浅田はかなり体が柔らかいらしく、バレエ選手のようにべたーっと上半身を地面につけた。


浅田「そんなんで打てるのか?」

降矢「打てる時もあれば、打てない時もある」




当たり前のように二人は会話を交わしていた。

グラウンドに入ってきて、まず目があった。

それでお互いに苦笑する、その後は自然と会話になった。

降矢も腰を捻ったまま上体を前に倒していく。



浅田「…玉城さんを打たないと俺には辿り着かないぜ」

降矢「なんだ、お前出ないのか」

浅田「一週間前だって完投したんだからよ、今日はお役ごめんだ」

降矢「先発を打ち込んだら?」

浅田「その時はお前らの前に立ち塞がるさ」

降矢「面白ぇ」

浅田「お前レギュラーなのか?」

降矢「今はちょっとした助っ人気分」

浅田「ますますお前と戦えないかもってのが、ちょっと俺的には不満だな」


ニヤリ、と降矢は笑った。


降矢「わかんねえもんさ、運命なんて。ここでこうして俺とお前が話してるってことは、今日俺とお前が対峙することもあるかもしれねぇ」

浅田「…」


浅田は驚いたような顔をしてこちらを見ていた。


浅田「…なんつーかさ」

降矢「なんだ」

浅田「降矢、お前ちょっと変わった?」

降矢「ここ最近そんなことばっかり言われてるな。…だが」



ナナコ「えーちゃーん!集合だよぉ!」


降矢「…俺は、俺さ」

浅田「ちげぇねぇ」








快晴!!!

そんな言葉が良く似合う、地方球場の空。

秋の空は少し夏よりも高く、風も少々肌寒い。

しかしその青と白のコントラストは綺麗で、なんとなく胸がすく。



一塁側ベンチ上は今日も…いや、一週間前の試合よりも将星女子生徒に埋め尽くされていた。今日は混じって何人か教員もいるようだ。


氷上「せー、の!」

『将星!!将星!!将星!!』

いつの間にそろえたのかわからないが、吹奏楽部の面々がアルプス席の一角を陣取っている。さらに、普通の席と席の間の階段には、将星自慢のチアリーダー達がスカートとポンポンを振り回しながら統率の取れた動きをしていた。

やたらとガンガン鳴らされているメガホンの大きさが、今の将星の勢いを現しているといってもいいだろう。


対する三塁側も負けていない。

東創家は夏こそ桐生院に破れ準優勝に終わったが、春こそは…という思いがある。そのためにも、この秋の大会は絶対に勝ち残っていきたい。

伝統のある野球部らしく、硬派な応援団、そしてベンチに入りきれなかった野球部の面々も応援に参加している。



さらに、今年の高校野球は面白そうだ、とどこで聞いたかわからないが、こんな県大会にもかかわらず外野席もちらちら、と一般客で埋まっていた。

新聞記者や、スカウトの姿もちらほら…。しかしそれも次の桐生院を見るためだろう。



山田「はー、舞ちん。すごい気合」

夙川「この前みたいなことがないよう、今日は解説は女子ソフト部の人にお願いしました」

海部「…なぜ私がこんなことを…」

蘇我「棗ー誰に喋ってるの?」



将星側ベンチでは今日も簡易的な机を用意して解説席のようなものが作られていた。解説役、と書かれた安っぽい名札を首からぶら下げているのが涙を誘う。


山田「とかいってしっかり相川君の試合を見に来るあたりツンデレ」

海部「だ、誰がだ!!私はソフト部を破った野球部がつまらない試合をして風評を落とすのが許せなくてだな…」

蘇我「はいはいツンデレツンデレー」

夙川「それにしても、今日は相手も強そうですね…」

山田「確カニ。この前の学校よりもたくさん人がいるし…多分ウチより多いんじゃない?野球部のユニフォーム着てるのも混じってるし」

海部「…おそらく強豪だろう。東創家といえば夏は準優勝だろう?」

蘇我「しっかり知ってるあたりさすがキャプテンかも」

海部「…つ、ついでだからな!別に気になったとかではない!」

夙川「なんのついでなんですか…」

山田「おっ、将星が出てきたぞー。写真写真」



山田がカメラをもって、席の最前列にかけていくのを横目に見ながら、夙川たちもグラウンドに目を向けていた。





緒方「うん!いい天気ね!!」


今日も緒方先生の胸はばるんばるんとゆれていた。

最近ご無沙汰だったので、今日は鬱憤を晴らさんばかりに』普段の五倍ほどゆれている。天然恐るべし。


野多摩「ねーねー降矢君、さっきの人知り合い?」

西条「そういやなんか東創家の奴と友達とか言っとったなぁ」

降矢「まぁよ、同じ中学だったんでな」

西条「同じ中学…か」

降矢「…?どしたジョー」

西条「いや、ちょっとばかり嫌な奴の顔を思い出しただけや」

県「やっぱり、予想通り向こうの先発は玉城さんみたいだね」

降矢(…ふん)

御神楽「油断するなよ。本来なら奴がエースナンバーを背負っているのだ」

真田「実力的には、どうか知らんがな」



向こうがノックをしている間に、電光掲示板に東創家の名前が映し出されていく。



一番、左 真条 
二番、中 足立 
三番、右 浅田 
四番、一 金堂 
五番、二 楠木 
六番、右 藤島
七番、三 中田
八番、捕 此花 
九番、投 玉城



吉田「浅田がライトかぁ…三番だな」

相川「バッティングも非凡だからな。当然だろう」


ちなみに将星の面々はすでにノックを終了している。
スターティングメンバーは以下の通り。


一番、遊 御神楽 
二番、中 県  
三番、三 吉田   
四番、一 大場  
五番、左 真田
六番、捕 相川 
七番、右 野多摩  
八番、二 原田
九番、投 西条 


緒方「ってあたしがいつも発表してたのにぃ!」

相川「先生…メタ発言もほどほどにしてください」

六条「メンバーはいつもと変わりないですね」

相川「割と個々人の役割がはっきりしてきたからな。あまりこれから変える気は無い」

緒方「でも、今日の先発は西条君だからね!がんばって!!」

西条「おーし、任しとけ」

降矢「ただこっちの攻撃からだけどな」



相手のマウンドには、背番号1。

玉城洋太、右サイドスロー。

これといった特徴の無い無難なフォームから、小気味良いストレートがキャッチャーミットに吸い込まれていく。



真田「…」

御神楽「さて、どうであろうな」



この前の暦法の岳のストレートはそれなりに威力があった、それと比べると球速も120そこら、ノビもさほどではない。

コントロールで勝負してくる、軟投派だ。…言ってしまえば、将星にはなんとなく物足りなく見える。今まで140を越える投手たちと何度となく対戦してきたせいだからかもしれない。

それほど将星は成長していた。



…だが、打ち崩せる、といった幻想は三十分後には消滅しているのだが。





『将星高校、一回表の攻撃は、ショート御神楽君。背番号6』

『きゃああああああ御神楽様ァアアアア!!』

『ざわ…!』


一番のアナウンスとともに、将星側ベンチから熱狂的な黄色い声が飛ぶ。

驚いたのは東創家だ、特に野球部員たちは目を丸くしている。


浅田「おーおーすごい人気ですなぁ」


ライトの浅田もその様子を外野から見ていた。

浅田知典(あさだとものり)…降矢の中学時代の友人であり、吉田に匹敵するほどの野球馬鹿であり、東創家の実質上のエースである。

ただ、今日はライトからマウンド上の玉城を見守っていた。

浅田にとって玉城は尊敬すべき先輩である、自分に無いものをたくさん持っている、だから自分が大事な場面でちょくちょくマウンドを任されることに罪悪感がなかった訳ではない。

それでもマウンドにそれを持ち込むのは失礼だろう、浅田はそう考えて別段意識することなく、チームの為に全力をいつも出し切っていた。

だからこそ、自分がマウンドに立てなくても、玉城先輩の後姿を見ていることに悔しさはなく、むしろ少し嬉しかった。

玉城先輩は良い人だ、だからこそこうして今同じグラウンドに立てることを喜ばしく思う。


浅田「っしゃああしまっていこうぜえ!!」

『おおおおお!!!』


将星側のベンチに負けず、外野の浅田の彷徨に合わせて東創家側が勢いづく。

まだ投手は一球も投げていないのに、すでに場内のボルテージはマックスであった。




御神楽(さぁて、どんなものかな)



御神楽はマウンド上の玉城を、右打席からちらりと見た。

将星は、吉田が太陽とすれば相川は月。

その感覚には誰もが違和感をもたないだろう。

だが、東創家の太陽が浅田だとしても、マウンド上の男は月には程遠い。


玉城「うひっ」


身長もさほど高くない、打席から見るだけでもその細い体に驚く。

岳は削げ落ちている、といった言葉が最適だが、マウンド上のこの男の細さは頼りないほどであった。

頬にはアバタ、八の字の眉毛、先ほどから頼りなく震えている体と声、浅田とは天と地ほどのさもありそうな人間だ。

実際スタンドからの応援の声の大きさだけで、背筋が伸びきってしまっている。

こんな男がエースナンバーなのか。


玉城「す、すいません浅田君じゃなくて…」


ぺこり、と玉城は頭を下げた。

御神楽は思わず顔をしかめた。

こういう自虐的な人間は嫌いではないが、マウンドに立った以上は弱気な言葉は許されないだろう。真田や降矢がもっともキライなタイプである。

御神楽もすいませんすいません、といつまでも頭を下げる玉城に対してため息をつきたいほどであった。


『プレイボール!!!!』


御神楽(謙虚さを通り越して滑稽であるな)




三澤「な、なんか向こうのピッチャー…こういったらあれだけど」

桜井「なんとなく頼りなさげだね…あはは」

六条「はう!そ、そんなこと言っちゃ駄目ですよ!」

吉田「いかんなー覇気がないぜ!覇気が!」

野多摩「はき〜」

西条「また冬馬の弱気とも違う感じやなぁ…」

冬馬「な ん だ っ て?西条くぅん」

西条「うわ!怖!!」

冬馬「俺だって気にしてるんだからあんまり言うなよな!」

西条「だから違うって言ってるやろ、お前は普段は強気はってるやんけ。あいつはなんかそういうのやのうて…」






パシーン!

まるで気の無い球が内角に決まる。

『ボール!!』

御神楽(…?なんだこれは)


下手すると昨日対峙した冬馬よりも威力が無いかもしれない。

冬馬もそんなに球が速い方ではないが…。

見くびっていたか?御神楽の頭の中に一瞬そんな思考がよぎる。


御神楽(いかんいかん…油断は敗北につながる)


帝王たるもの…いや、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすとは良くいうものだ。

御神楽はバットを握り締めて、再びマウンド上の玉城をにらむ。



玉城は御神楽の背中から来る様な球を、サイドスローから投げ込む。

スライダー。


パシーン。

『ストライク!!』


曲がりもさほどたいしたことはない。

やはり相手の主力はシュートということだろうか…?

ともすれば抜けそうになる気合を御神楽は必死で入れなおす。




第三球…!

外角ストレート。


御神楽(打てない僕ではないっ!!!)


ガキィンッ!!!!



御神楽(…ちっ!!!)


多少詰まったが…ショートとサードの間を白球は運よく抜けてくれる。

よしっ、と小さくガッツポーズをして御神楽はファーストベースを駆け抜けた!!


『ワアアアアアアーーッ!!!』

『キャアアアアアーーー!!』


吉田「よおーーっしゃああ!!」

大場「さすが御神楽どんとです!!」

西条「県ぁ!続け続け!」


『二番、センター、県君』



金堂「よぉ、ナイスヒットじゃん。御神楽君」

御神楽「それはどうも、である」


一塁ベース上の御神楽は、ファーストの金堂に話しかけられていた。

どうやら目つきが悪い割に気さくな人間らしく、前を向いたまま御神楽に言葉をかけてくる。


金堂「打てそうと思ったろ、あの馬鹿」

御神楽「…?」

金堂「隠さなくたっていいぜぇ。どう考えても浅田の方が格好よく見えるもんなァ」

ひひひ、と金堂は笑う。

金堂「だがよォ、あいつは泥臭いんだぜぇ。伊達にエースナンバー背負っちゃいねえ。弱者は考えることによって強者を倒すもんさぁ」

御神楽「どういうことだ…?」





コキンッ。


御神楽の質問に答えることなく金堂は守備に集中した。

どうやら自分の言いたいことだけ言えば満足するタイプらしい。

続く県は冷静に御神楽を送り、これで一死、二塁。

暦法で先制した時と全く同じ流れでここまできている。




『三番、サード、吉田君』


吉田「おっしゃああ!!行くぜ東創家!!」

玉城「うひっ」




西条「よっしゃ、ナイスバントやで県」

県「…」

ナナコ「?どうしたの県君」

緒方「なんだか浮かない顔ね」

県「へ?あ、ああはい…」



県はしきりに自分の右手を見ていた。





一回表。

将星0-0東創家。

一死、ランナー二塁。

三番サード吉田。



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