268僕が僕であるために











良いチームだ。

相川は三澤と六条、それに緒方と桜井がまとめてくれた東創家高校のデータ表を見ながら唸った。

結局女子ソフト部との合同練習は何事もなく(途中で海部がやたら相川に話しかけてきてそれを見た桜井と氷上が何故かいきりたったり、無駄に県と蘇我が中よさそうだったり、相変わらず西条は女子にはアンチ派と応援派に分かれてるんだなぁ、ということを感じたり、冬馬がもみくちゃにされたりはしたが)終わって、日々はすぎ気づくと試合まで後二日。


金曜日の昼休み、相川は部室で購買で買ったパンをかじっていた。
隣には真田と御神楽、それと吉田と大場。
将星高校二年生男子野球部勢ぞろいである。


真田「バランスは悪くない、か」

相川「この前も言ったがな…」


今までいろいろなチームと戦ってきたが、その中でもダントツが桐生院だとすれば、そこには及ばないかもしれないが東創家もなかなかの実力がある。

そうだというのも、層の厚さだ。



御神楽「浅田が先発で来る、かな」


先日の暦法学院戦でもエースの岳を温存されたばかりだ。
他校の将星への評価は、良くて中堅、悪くて弱小。

確かにこれまで順調に勝ち進んできたとはいえ、その試合のほとんどがシーソーゲームもしくはけが人を出しながらのギリギリの試合だ。

勢いがあるとは思われてるかもしれないが、安定しているチームではないと思われてるだろう。

実際相川もそう思う。

ぶっちゃけると、ここまで勝ち進んできたのが不思議なぐらいだ。

がむしゃらに戦って、無理やりに得た勝利。

安心して試合をしてきたことなんて一度も無い…それが将星の成長につながっているのかもしれないが。


比べて。


相川「どうだろうな…第一戦完投してるからな。元々東創家は二枚看板だし…」


東創家の層は厚い。先発は浅田が投げているが、背番号はエースナンバーでなく七番。普段はレフトを守っている。

実質上実力的にはエース浅田の扱いで周りは一致しているのだが、本来の背番号1は二年生の玉城が背負っている。


吉田「次の決勝に照準を合わせてるなら…」

大場「浅田君は温存という訳とですね」

相川「ああ、浅田は野手としても優秀だから外野手として出てくるだろうとは思うけどな」

真田「…エースナンバーを背負えないエース、か」



浅田は一年生。

玉城は二年生。

浅田は夏も桐生院相手に途中まで0投である、野手としても優秀でクリーンナップを任されている、次代のホープ。実力だけでいえば、関東でも望月、猪狩、赤月あたりと並んで一年生投手としては評価されている。

玉城は夏はベンチ、三年生が引退してから実際に試合に登板するようになった。さほど飛びぬけた実力は無いが、浅田がいなければ文句なしのエース、といった様相だ。地区大会には浅田より投げている。23イニングで失点4、四死球10。
安定しているといわれれば安定している。


真田「実際に決勝を見据えているなら、おそらく玉城、かな」

相川「だとしたらありがたいがな…だが、暦法の時と違って東創家は二番手以降も良い投手がそろってる。そう簡単に先制できるとは思えない」

御神楽「一番怖いのは…」

大場「リードされてる状態で、浅田君が抑えとして出てくる、ってことですと」



吉田「誰が出てこようと、勝つ!!!」



いきなり大声を出したと思ったら、吉田がいすの上に立っていた。
腕を組んで胸を突き出している。


真田「…」

御神楽「…時たまその単細胞がうらやましくなる時があるよ、吉田」

大場「吉田どんは、格好良いですとねぇ」

相川「ま、その通りなんだけどな」


相川は苦笑して、資料を机に置いた。


相川(問題は、西条が東創家を抑えられるか、だな)


地区大会五4試合で24得点。一試合目二試合目は7-0のコールド勝ち。
準決勝では、霧島の先発、重量級サブマリンの緒伍貫に完全に抑えられてはいたが、それを差し引けば文句なしで豪打のチームだろう。


守りは自分の仕事だ。

今度の試合は腕がなる。相川は再び自分のノートを取り出して、東創家の打者の欄を調べ始めた。



一番 真条
二番 足立
三番 浅田
四番 金堂
五番 楠木


相川(恐怖以外の何者でもないな)

一番から五番まで全員打率三割越え、おまけに金堂は夏二年生ながら先発出場で予選で二本打ってる。

相川(…西条、か)


ストレートは確かに速くなったが…。

まだ付け焼刃の域を出ない西条の左だ、おまけにコントロールが悪い直球派。
今から試合を考えただけで相川は苦笑した。


相川(だが、それが面白い)


御神楽「僕らは対玉城に的を絞った方が良い、であろうか」

真田「シュート…か」




――玉城洋太(たまきようた)。

浅田が本格派投手なら、玉城は軟投派だ。

右のサイドスロー、ストレートは120代中盤ほどだが、低めに集めてくる。

何よりも怖いのは、内角に食い込んでくるシュートだ。

それで腰がひけた選手は外角低目に一瞬躊躇する。

将星が今まで出会ったことの無いタイプかもしれない。


つまり、冬馬だ。


左のファントム=右のシュートという構図が成り立つのならば(もちろん軌道は異なるだろうが)将星にとっては仮想冬馬が敵ということになる。

しかもサイドの軟投派、今まで軟投派の投手といえばいただろうか。霧島の尾崎、陸王の九流々とも少し違う。成川の森田は、青竜の赤竹、沖縄水産の飛田、桐生院の望月は違うだろう。昔二軍だったが対峙した植田がまだ近いかもしれない。

本格軟投派しかもコントロールで勝負してくるタイプだ。

浅田とは対を成す存在といってもいい。


吉田「よっしゃあ!そうと決まれば早速対策だっ!冬馬呼んでくるぜ!!」

相川「吉田。五時限目の数学は小テストあるぞ」


どべしゃあああ。

部室を飛び出していった吉田はコンクリートの上を綺麗に滑っていった。









冬馬「ふぁんとむ?」

相川「ああ、仮想玉城でな。冬馬ならミラージュもあるし、浅田のスライダー対策にならないこともないだろう。…ということで、今日はウチの打者と対戦してもらおう」

冬馬「えええええええっ!?」


放課後、早速マスクをかぶった相川は冬馬をマウンドに連れて行った。

今日はグラウンドを半分借りれる日、ということで…。


相川「…外野には女子ソフトに守ってもらう」

蘇我「よろしくー!!」

関都「昨日の合同練習中止の報復だぜっ」

海部「…なんでこんな真似を私が…ブツブツ」

近松「しょうがないわねぇ」

雪澤「いいねぇいいねぇお姉さんわくわくしちゃうなー」

足利「…野球のボールちっちゃいんですねぇ」

村上「…なんでアタシまで巻き込まれんだよぅ」

雨宮「お前らうちの子に怪我だけはさせるんじゃないぞ!!」


ファースト 雪澤
セカンド  関都
ショート  海部
サード   近松
レフト   村上
ライト   足利
センター  村上

全国ベスト4のラインナップである、超豪華。
二遊間は下手したら御神楽、原田より堅いんじゃないだろうか。

冬馬「あ、あのすいませんよろしくお願いします」

関都「いーのいーの、同じ釜の飯を食った仲間だろー」

海部「相川、これで貸し一つだからな」

雪澤「晶ちゃんは相川ちゃんにもっと借りてると思うけどなー」

近松「確かに…」

海部「うるさい!速くしろ!」

冬馬「ひ、ひぃ!すいません!」

相川「やれやれ、ウチと同じぐらいうるさい守りだこと。それじゃあ行くぞ冬馬」



グラウンドはまるでこのまえの文化祭のようだ。
ギャラリーもいつものように集まっている、今日はいつもと違う練習のようで女子生徒も盛んに盛り上がっている。


緒方「はーい!それじゃあまずは一番御神楽君!」

御神楽「はい、よし…本気で来ねば怒るぞ冬」

『きゃああああああああああvvv!!』


御神楽は右打席で思わずずっこけた。


吉田「な、なんだァ?」


見るとギャラリーの一角が…というか将星野球部応援団がものすごい盛り上がっていた。御神楽はやはり美形なので人気があるようだ、これまでも割りと盛り上がっていたが、さらに人が増えている気がする。


『でも冬馬きゅんも応援したい…』

『御神楽様も応援したぃーー!!』


複雑な様相だ。


御神楽「…ふ、僕は三澤さんにしか興味がないといっているのに。まぁいい、早くするぞ相川」

相川「まさかお前相手にリードする日が来るとはな」

御神楽「どうだ?僕は捕手として怖いか?」

相川「そりゃあ、まぁ、な」

御神楽「ふふ、そうか」



敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

当然相川の中には将星のデータも入ってくる。仮想将星のリードですらも、頭の中でイメージトレーニングしたぐらいだ。

さて、将星にも冬馬のファントムを体験してもらおうか。


消えるスライダー。


―――ファントム。




ヒュザッ!!

御神楽「…!」


バシィ!!!

吉田「お、こりゃストライクだなぁ御神楽」


ニヤニヤしながら帽子を後ろ向きにかぶり、相川の予備のマスクを顔面につけた吉田が笑う。アンパイア役には適当すぎる気もするが。


御神楽「…ふむ…」


後ろから見ている分には、そこまで驚くほどか?とは思っていたが。

御神楽(打席に立つと全然違う)

変化量は対したほどではないが、変化が遅くなるだけでこんなにも恐怖を感じるものか。

逆に今は、外角のボールを見逃したと思ったら、直前でベースに割り込んできてストライクになった、そんな感じだ。

確かに、これは武器だ。

おまけに冬馬の場合、プレートギリギリから投げてくるからさらに角度がきつくなる。おまけにサイドスローだ。


御神楽「敵に回して初めてわかる味方のありがたみ…かっ」


ガキィッ!!

『あああああ』

ギャラリーからのざわめきは、残念そうな声に変わる。


御神楽「ちぃっ!!」

関都「ほいっ、セカンドゴロー」

雪澤「ざーんねんでした御神楽くーん」



吉田「おぉ…あの御神楽があんなに簡単に内野ゴロに」

御神楽「…無理やり打ちに行ったが…」


御神楽は一塁から帰ってきて、ヘルメットを脱いだ。


御神楽「直前で急に曲がるから、思ったより内角に来る。芯をはずされて内野ゴロだ…が」


御神楽はグローブをはめた、右手をグーパーと開け閉めする。


御神楽「…悲しいかな。やはり、軽い、と僕は感じた」

相川「正解」

冬馬「あはは…そうですよね」


冬馬の弱点、その中でも大きな物はその球質の軽さにある。

森田の140を大きく越えてくるストレートなら、つまれば両手が完全に麻痺してしまうほどの衝撃が来るが、冬馬の球にはそれがない。

ぎゃくに詰まっても…当たり所によっては力で運べるということだ。


御神楽「…ま、一長一短か。苦労しているなバッテリー」

相川「そう思ってくれるんなら、この練習も無駄じゃないかな」

緒方「ほらぁ!次県君いくわよー!!」

県「あ、はーい!」




冬馬からしても、将星打線は怖い。

全員が全員ずば抜けた強さがある訳でもないが(真田は別格としても)誰もが、一長一短で優れたものを持っている。

県には結局粘った末、バントからのジャイアントリープ。セーフティで出塁。

雪澤「うわ!速!!」

吉田は高めのボール球を無理やり叩きつけてショートの頭上をワンバウンドで越すヒット。

海部「ぐ!!」

大場はすっぽ抜けたスライダーを、グラウンドの端の金網まで(推定150M)飛ばされ。

真田には完全に見送られ四球。

野多摩、原田こそ、抑えたものの二番から五番の真田までで最悪三点入っている。恐ろしい爆発力だ、と思う。


今までいろんなチームと対戦してきたが、この恐怖感は成川に匹敵するものがある。

そして、今のこのチームなら…もしかして、あの大きな大きな壁にも…!







西条「…ほんまに全力でええんスか?俺の球速いスよ?」

不破「…かまわない」


西条は簡易ブルペンで、不破相手にマウンドに立っていた。

相川しか冬馬のファントムを受けれないために、女子ソフトの不破に受けてもらっている。冬馬の遅いストレートならともかく。西条のストレートはMAXなら145が出る勢いのスピードだ。

ソフトのボールは150が出るとか出ないとか聞くが、それでも女の子相手だとついつい遠慮してしまう。


不破「いつもみーの球を受けてる、平気」

西条「…かー。怪我してもしらんスよ」


西条はいったん胸にグラブを置いた後、そこから大きく両手を振りかぶり、右足を前に出していく。
そして、左腕が風を切り裂いていく。


西条「せー、の!」


ビシュッ!!!!!!!!!!!!


不破(…)


ドバシィィィッ!!!!!


西条(ひゅー、どうや、全力ストレートや。女の子には荷が重いやろ)

不破「…」

西条「…?」

不破「みーの方が速い」


不破はいつものような無表情で西条にボールを返球した。


西条「…な、なんやとぉ!俺があの眼鏡に負けとるっちゅーんかい!」

柳牛「はぅっ!(ビクク)」

不破「…こくり」

西条「…納得いかへんで」

不破「確かに速い。けど、速くない」

西条「…どういうことや」

不破「みーに比べると」

西条「???」

柳牛「あのぉ…」

西条「あん?なんや眼鏡」

柳牛「ひ…そのですね、なんというかですけど、ボールがおじぎしてるんじゃ、ないかなーなんて」

西条「…あァ?」

柳牛「ひぎっ、う、嘘です!気のせいです!」

西条(…あかん、これじゃまんま降矢やないか。キャラ被り、良くない。柳牛も六条みたいやしな。ここは優しい男アピール)

西条「…おじぎ?」



不破「そう、ストレート、確かに速い。でも近づくにつれて遅くなってる。だから思ったより遅く見える。損」

西条「…」


そういえば、球速が速くなった速くなったって浮かれてたけど、そういえばそんな気もしてきた。でも暦法相手には通用したんやけどなぁ…。


西条「伸びてない、ってことか」

柳牛「…はい、そうです」

不破「力任せに投げても、本当に速いボールは投げれない」


んなこというたかて。

もう試合まで二日だ、今から下手にフォーム調整しても…。


不破「…どうしたの」

西条(変な事言われたから意識してまうやろ…)


それでもこの事実に気づけたのは西条にとって吉だったか凶だったか。

その後も不破からの容赦ない攻めが続く。


不破「変化球のキレがない」

不破「スクリューの投げ分けが完璧じゃない、これなら一つにした方が良い」

不破「コントロールが汚い」

不破「そんなにあわてて投げるとボークを捕られる」

etc etc etc....




西条「…」

ズーン。

部室で西条は膝を抱えていた。

冬馬「…」

ズーン。

冬馬も膝を抱えていた。



不破「…言い過ぎたかも」

相川「うちの大事な投手に何を吹き込んでくれたんだか…」


無表情ですまない、という不破に相川は頭を抱えた。
冬馬もあの後不破から要所のない指摘をたくさん受けたのだ。

西条…球がおじぎする、キレがない、制球難、何より雑。

冬馬…直球の意味が無い、対角線に頼りすぎ、球が軽すぎる。


相川「…まぁ、なぁ」

とはいえ、いつかは二人に言わなければならなかったことだろう。

だがしかしタイミングが悪すぎる、試合直前だというのに…変に考えさせたくはなかったが。

しかし不破も悪くないといえば悪くない、素直に感想を言ったはずだ。しかし繰り返すがタイミングが悪い。

せめて夏ぐらいに言ってくれれば…。



相川「頼むぞ…お前ら」

冬馬&西条「…はい」

降矢「まぁ、いざとなればぶん殴る」

ナナコ「暴力は駄目!!」





そんなこんなで、将星ナインは試合当日を迎えたのだ―――。






県大会、準決勝、第一試合。


将星高校 - 東創家高校。


午後十時半、プレイボール。



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