265どこかで聞こえる














『ワアアアアアアア!!!』

蜜柑「よくやったわー柚子ーー!!」

四路「なんとか勝ちましたね…」

蜜柑「あら、降矢君の出番がなくて残念?」

四路「…そんなことは」


結局試合終了まで普通に観戦してしまった。

可愛い我が娘の愛しの彼が出てる試合ぐらい応援してあげるのが母上の義務というものだろう。第一、吉田傑も彼女にとっては息子のようなものだ。
小学生の頃からずっと柚子と一緒にいるのだから。
つきあってないのが不思議なぐらいだ。

蜜柑はポニーテールをふわりと風になびかせた。

若い。四路はなんとなくそんなことを思った。
というか、娘とまったく雰囲気が変わらないのは人間としてどうなのだろう、もしかして何かしてるんじゃ。


蜜柑「智美ちゃん。駄目よ。乙女の秘密なんだから」

四路(びくっ)


笑顔でオーラを出さないで欲しい、怖いから。


蜜柑「ま、それにしてもあの様子を見るとやっぱり岳君は違ったわね。ナナコが怪しいっていうものだから、見にきたけど、やっぱり大西君で確定かしら。なんといっても、アンドロメダ学園そのものが怪しいもの」

四路「そうですね…」

蜜柑「探りにいくのかしら?熱心ねぇ、あなたも」

四路「仕事ですから。それに…降矢君のためなら」

蜜柑「健気ねぇ」


くすくす、と蜜柑は笑った。


蜜柑「気をつけなさいよ。あなたまだ中学生なんだから。…少なくとも見た目は」

四路「わかってますよ、もう。中身も中学生です」

蜜柑「良くいうわよ、うふふ。まぁいいわ、エイジ君のことよろしくね、あたしもなんとかしてみる」

四路「…はい。…でも、あれは本人の意思ですから」

蜜柑「難しいところよね、一度痛い目を見ないとわからないかしら」

四路「…あって欲しくないですよ。それこそ、命にかかわるかもしれないんですから。…やっぱり、私はエイジが野球を辞めてもいいから、Dはもう…」

蜜柑「そうね、あれは本来あってはならないものだもの。…どうなの、プロペラ団の方は…あら」



四路はため息をついた。

背後に黒いコートの男が立っていたからだ。


鋼「四路様。お時間です」

四路「わかってるわよ、鋼」

蜜柑「あら、久しぶり。鋼君、元気かしら?」

鋼「はい、そちらもお変わりなさそうで」

四路「…プロペラ団はもう、滅茶苦茶ですよ。全てはあの時あなたたちがいなくなってから。回るわけの無い歯車を回しているから、おかしなことになる…。もう、これ以上彼のような人間を増やさないためにも私は…」

鋼「四路様」


四路は一瞬、はっ、となってから、表情を元に戻した。


鋼「どこで誰が聞いているかわかりませんので」

四路「…そうね。まったく、私も普通の女の子に戻りたいわ」

蜜柑「あら、戻ってくればいいじゃない?主婦は楽よ?」

四路「それでも、あの組織の最後を見届けるのが私の仕事だと思うので。…少ないうちに礫壊するとは思いますけどね…あの様子では。最近は取り締まりも急に厳しくなって、賭博の方でも設けてないですし」

鋼「行きましょう、四路様」

四路「わかってるわよ、もう。それじゃ、お暇させていただきます、蜜柑さん」

蜜柑「はい、じゃあまたそのうち」


蜜柑は、にこりと大人の笑みを見せた。

血がつながってる事を感じさせるぐらいに柔らかな笑みだ。

それにうなずくと、四路と鋼は球場を後にしていった。



蜜柑「…とはいうものの、私の方でもいろいろ調べてみるかな…。一介の主婦には荷が重いかしら」

あらあら、と蜜柑は頬に手をあてて呆れ返った。

それよりもまず、今夜は柚子と傑のために豪勢な料理でもご馳走してあげようかしら。和洋中、勢ぞろいね、腕が鳴るわぁ。蜜柑は携帯から柚子にメールを送信すると、立ち上がった。









―――月曜日、将星高校。

おはよーございます、と教室のドアを開けた吉田と柚子は大歓声に包まれた。

「おはよー!!!」

「柚子ちゃんおはよーー!やったねえ!!」

「試合見に行ってたよぉ!すごかった!!」

「吉田君かっこよかったよーー!」

「いやぁ野球面白いって思っちゃったな!」

吉田「うおおおお!!なんだなんだぁ朝っぱから!」

柚子「あはは…み、みんなおはよう」

「次の試合も応援しにいくからさ!」

「がんばってよねーー!!将星代表だし!」

「甲子園とかやっぱり目指しちゃうの?」

吉田「そりゃあよ!」


クラスメイトの一人に声をかけられた吉田がへへん、と鼻を高くした。


吉田「それが俺の夢だからなぁ!ゼロから始まった野球部で甲子園とか超いかすだろ!はっはっは!!」

「えー今時熱血だなぁ吉田君ww」

「ちょっと引くかもーw」

吉田「な、なんだとぉ!いいじゃないかよぉ…夢なんだから」

「嘘嘘!がんばってよねー!!」

柚子「うん、ありがとう。…といっても私はみんなを応援することしかできないんだけどね…」

吉田「しかし…この様子じゃああいつらも大変だろうなぁ」


実は教室に入る前からも見知らぬ先輩方後輩達から声をかけまくられる始末なのだ。昨日の今日でこれだから、流石に驚いてしまった。しかし吉田は、みんな応援に来てくれたんだなぁ、ヨカッタヨカッタ。と一人で感動していた。




相川「…」

御神楽「…」

大場「…」

真田「…」


さまざまな理由で四人の男が屋上に勢ぞろいしていた。

二人はげっそりした顔で。

一人はどよん、と落ち込んで。

一人はなんだこいつら、と冷めた目で残りの三人を見下していた。


真田「…ここは俺の居場所だ。何しに来た」

御神楽「私立学校内で自身だけの土地を所有できる訳があるまい…」

真田「なんだ、ファンに囲まれるのがうんざりしたのか?」

相川「…申し訳ないが、そんなところだ」


吉田や柚子と違って騒がしいのになれていない相川は、後のことを全て桜井と氷上に任せて、早々に屋上に避難していた。
一時間目が始まる前に教室に戻ればいい、気まずいけど。

御神楽「…僕も驚いたよ」

普段からナルシストっぷりで黄色い声援を浴びるのがまんざらでもなさそうな御神楽でさえこの萎えっぷりだ。
今までは好意的な女子生徒達が応援してくれる程度だったのだが、女子ソフトに負けてからは、氷上の提案で公式応援団なる物までできた。

そのせいで観客は膨れ上がり、まるでアイドル扱いだ。
吉田はまだ柚子がくっついてるからみんなそれなりに接するけど、独り身の相川や御神楽にはたまらない。

早朝練習の時から様子はおかしかったのだ、グラウンドで練習見学なんて物好きな人間だと思っていたが、練習後にサインをねだられるとは思ってなかった。

こういってはなんだか、女子高とはいえど将星は人気校。

男子生徒に比べて女子生徒の人数は半端ではない。そもそも二年生の男子が野球部だけで6/8ぐらいを占めているのに、男子がいるクラスがわずか2クラス。

それ以外のクラスが10クラスといえばわかりやすいだろう。おまけに三年生は全員女子で13クラスある。1クラス40人前後の女子の半分近くが練習におしかける訳だからさながらコンサート会場である。



しかし、自分たちは野球選手であってアイドルではない。

流石にあれだけの観客のオーラには相川も御神楽も多少引き気味だった。



大場「…ぐすん」


しかし、大場だけはその巨漢とロリコンという噂により女子にはキモがられていた。可愛そうに。この前も同じ地味軍団だった原田は逆転打のおかげで結構ちやほやされてるし。


御神楽「まぁ、そう暗い顔をするな、お前も次の試合で活躍すればよかろう」

大場「…御神楽どんにはわからんとです、この負け犬の気持ちが…」

相川「まぁまぁ…。所詮あれも一過性のものだろ、流石にしばらくすれば飽きるさ、奴らも」



そのとき相川には知る由もなかった。

この人気が向こう十年間近く続くことを。



真田「で、次の相手は…」

相川「成川を破った東創家だ」

一回戦、森田の東創家を7-1という大差で破った東創家。



タイプ的には昨日戦った暦法学院と同じタイプ…だが、一つ二つ格上だろう。

エース浅田はMAX145のストレートにあわせ、鋭いスライダーも操る本格派の好投手だ。夏も、桐生院には破れたものの、準優勝である。
強豪といっても差し支えないだろう。


真田「いいさ、桐生院の前には良い予行演習だ」


真田はいつものようにニヒルに笑った。

ちなみにもう一つの準決勝は、桐生院と霧島工。

地区では桐生院がまさかの敗北を喫したが、いざこざも解決したらしいし、調子は万全だろう。


御神楽「森田に岳に浅田…勝ち進めば、望月か。好投手には恵まれるな」

相川「敵には、だけどな」

大場「…がんばるとです」

真田「なんだ、もう復活したのか?」

大場「いつまでもクヨクヨしてるのも情けない話とです、自分には自分のできることがあるはずとです」

相川「よし、その調子だ。今日は大場をしごいてやる」


相川のニヤリという顔に、大場はその大きい体を急にちぢ込ませた。


真田「…全く、しっかりしろよ、俺はお前みたいなタイプが一番嫌いなんだ」

大場「う…す、すいません、とです」

御神楽「真田…」


真田は屋上の貯水塔から飛び降りて、そのままコンクリートに着地した。


真田「…生まれ持った体は、誰にも覆すことのできない才能だ。そいつを無駄にしてる奴がいけすかんだけさ」


真田はそれだけ言い残すと、屋上から出て行った。

残された三人は神妙な面持ちだったが、相川は苦笑していた。


相川「気にするなよ大場。多分あいつもあれで素直じゃないから、奴なりのエールなんだろうさ」

大場「そ、そうですかなあ…」

御神楽「…ま、そうであろうな。まったく、原田に手を貸すだなんて来たばかりの頃のあいつでは考えられない」

相川「奴なりに何か感じてるんだろう、なんせ毎日練習には来てるからな。朝早くからしかもグラウンド一番ノリでな」

大場「ははあ、ツンデレというやつとですか」

御神楽「…それは、違うんじゃ」

相川「…?つんでれ?なんだそれ、流行語か?」


なんて具合に屋上で三人で首をかしげている頃。

一年生たちも騒動に覆われていた。


「きゃああああああああああああ!!!」

「冬馬きゅーーーん!!!」

「ちょっとおお!!あんた邪魔よぉお!どきなさいよぉ!」

「かわいいいいい!」

『ワアアアアアアアアアアアア!!!』

「駄目よぉ!!」

「ここは通さないわ!!」

「冬馬君の平穏を守るのよぉ!!」


さながら屋上とは別世界である。

冬馬優の教室では、戦争が起きていた。


蘇我「うわぁ」

県「あわわ」

原田「正直引いたッス」

降矢「…なんだありゃ」

冬馬「ど、どうしよお!どうしよぉー!」

如月「皆さん落ち着きなさい!落ち着きなさいーー!」

「委員長が落ち着きなよ…」


一年生の、噂の野球部の、エースで活躍した、しかも顔がめちゃ可愛い。
と評判の冬馬優を一目見ようと生徒達がおしかけたのだ。

そして流石に同じクラスの皆はこれはいかんだろう、と教室でその大群を食い止めていた。

もうなんといっていいやら。


『キーンコーン、カーンコーン』


緒方「ちょっとお!あなたたち、教室に戻りなさい!!じゃないと練習見学の許可出さないわよ!!」

「うあああ!」

「おっぱいおばけがきたああ!」

緒方「誰が爆乳すぎて気持ち悪い熟女ですってえ!!まだ20台後半よ!!」

「ちぇーー!帰ろ帰ろぉ」

「冬馬きゅーん!次の休み時間もくるからねぇー!」

緒方「まったくもう…」


ようやく人並みを押し開けて教室に入ってきた緒方。

まさか野球部の顧問を引き受けた頃にはこんな大騒ぎになるとは思っていなかったが…困った顔して実は内心大喜びである。

頑張った生徒達が評価されるというのは嬉しいものだ、教師にとっては。



緒方「それじゃあ、今日は奈良時代の平安京から…!ってそこ!野球部!授業
が始まった瞬間に寝るなぁあああ!」








――閑話休題。






西条「で、なんで俺やねん」

相川「…練習に行きたいんだが」

原田「…ちょ、ちょっと緊張するッスね」


眼前の女子はひらりとスカートを翻して、カメラを構えた。


山田「にひひい、ごめんなさいねえ野球部さん。でも、あたしってば許可をちゃぁんととってるのよ!」


じゃじゃーん、と首からぶらさげた二枚のパスには、学生証明書と取材許可証と書かれたカードが入っている。そんなもん誰が出してるんだ。

新聞部の部室にいきなり連れてこられた三人は、困惑していた。

なんといっても、顧問の緒方から行ってこい、といわれたのだ。本人たちはそんなことより練習したいの一手だったが、顧問に言われては断ることもできない。

公式取材と銘打たれたこの茶番だが、廊下には一目見ようとたくさんの女子生徒が見守っていた。


御神楽、冬馬を見にグラウンドへ行くか、相川を見に新聞部部室に来るかファンの間では相当な一悶着があったらしい。


夙川「あ、写メは控えてください…。理穂、早く始めよう、これじゃもっと大騒ぎになる」

理穂「はーい、それじゃあ早速インタビューするねぇ!」


意外にも整頓された部室は、教室の半分ぐらいの大きさだろうか。
机には原稿となるのか、何枚かの用紙、それと職員室においてあるような大きい業務用のコピー機が三台。


相川「インタビュー?」

西条「…なんやそれ、ヒーローインタビューみたいなことかい」


山田はにかっ、と白い歯を見せる。


山田「そそ、だって昨日はあの後みんなで勝利祝いに打ち上げにいっちゃったからねぇ、今日に回したの」

原田「…試合に勝ったのは自分たちなんッスけどね、はは…」

西条「なんでお前らが飯食いにいくんか全然わからん」

山田「ということで、第一問!皆さん彼女はいますかぁ?」

氷上「ブーッ!!!ちょ、ちょっとぉ!山田さん!野球に関係なくってよ!その質問は!」



そして、何故か相川の背後に最初からずーっとぴたりとくっついてる氷上である。自身は野球部そのもののマネジメントをしなければならない、と生徒会長業全部ぶん投げての宣言である。

…まぁ、もともと氷上がいない間も副会長でなんとかなってはいたのだが。

相川はも、疑問には思いつつも、まぁ氷上はこう見えて手際は悪くないので、すいすい女子生徒から自分たちの時間を守ってくれることには少し感謝していた。


あくまでも少しである。


「ちょっとおお!!会長邪魔しないでよおお!」

「そーだそーだ!!」

山田「ふっふーん、だって気になる質問でしょお?で、どうなの?」

三人「いません」


あんまりにも、サクっと答えたので女子生徒達がずっこけた。
タフな女の子たちはそれでも大喜びしていたようだが。
あたしにもチャンスがーとか聞こえる、気のせい。

山田「…あ、そう。じゃあ気になる人は?」

氷上(う、こ、これは…!!)


ありえない、と思いつつもついつい期待しちゃう。
ああ、だめ、絶対に折られるとわかっているのに期待のフラグ立てちゃ駄目え。


西条「…あー、いないなぁ。特に言うならボールが恋人」

「へーー!!意外かもー!」

「結構男らしいところあるんじゃん!」

「でも冬馬きゅんとケンカすんな!!」

原田「自分は女の子には縁が無い地味ッスから!」

「うーん、確かに地味かも」

「でも昨日の試合ではすごく格好よかったよお!」

「数少ない坊主要因だしねえ…」


山田「…そ、それじゃあ相川君は?」


相川「いない」

氷上「やっぱりねええええ!!そうだと思ってましたわ!!」

(報われない会長と桜井さん…)

(というか相川君ってやっぱり…男が好きとか)

(よねぇ、真田君とか御神楽様とか、吉田君と仲いいし)

(だめえ!ボーイズラブは幻想なのよ!!目を覚まして!)

(いやしかし…うーん…)

(野多摩きゅんと西条君…)


山田「ちょっと…あのね、相川君。こっちはゴシップの期待の方が大きいんだから…。ほら、氷上会長とか、桜井さんとか、海部キャプテンとかね?その…周りにいる女子だったら、ほら、あたしもいるんだから、そういう浮いた話の一つや二つ…」

相川「ない」

山田「野球のインタビューすればいいんでしょおおお!!ちくしょおお!」








グラウンド…。

女子ソフトに勝利以来、グラウンドの半々を使えるようになったと将星はノビノビと練習していた。

…が、司令塔となる相川がいないので、各自いつもの自主練習メニューにしたがって、ということになる。

試合が近いので冬馬と実践練習をしたいのだが、球を受ける人間がいない、ということで女子ソフトにお願いして、不破を貸してもらって投球練習していた。



ナナコ「…」

降矢「…ナナコ、驚くな、あれが現実だ」

ナナコ「え?なんてー!?」

降矢「これが現実だ!!」


ナナコは現在六条の家の施設でお世話になっているが、いつも学校が終わる時間帯になるとこうして練習に来る。本人はそのうち小学校に行きたいといってるが、多分蜜柑が面倒をみるのでその話も遠くないだろう。

その小学校で橘瑞希と降矢奈々子が仲良くなるのはもう少し先の話。

というか、何故こんな大声で喋ってるかというと。

『キャアアアアアアア!!!』

うるさくて聞こえないのである。

気の小さい大場や県なんて、もう試合よりも緊張しているかもしれない。


県「…す、すごい人ですね…」

野多摩「え〜?今なんて言ったの〜?」

県「…あはは、まぁいいです!」

緒方『ちょっと!!そこ!外野練習さぼらない!!』


緒方先生にいたっては体育祭で使う運動会のメガホンをわざわざ借りてきての練習指示だ。おまけに、この騒ぎで地元の普通のマスメディアもちょろちょろと取材をしにきてる。

将星にとっては、本人たちにとってはどうか知らないが、良い風が吹いてきていた。








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