264暦法学院戦14三つ目が逢魔
八回表、暦法3-2将星。
二死、三塁。
『八番、セカンド、原田君』
『ワアアアアーーーーッ!!』
望月「…降矢を代打に出してくるかと思ったけど…」
三上「やはり片目負傷ではままならない、ということでしょうか」
望月(バカ言え、片目負傷で『あの大和』さんの球に当てたんだぞ…)
そう、降矢はこの県大会が始まる前に、いきなり桐生院に乗り込んで大和と飛び入りで対戦した。それを見ていた望月は、降矢はここぞという所での代打で出てくると踏んでいたのだが。
南雲「…降矢抜きでどこまでいけるか、ってところかの」
望月「えっ?」
南雲「わしゃあ降矢じゃないからわからんき、あっとるかどうかはわからんが…こがな怪我してる奴に頼って勝ち進みよるようじゃ、ってところかの」
望月「そんな事言ってる場合じゃ…」
望月はぐっと体を前に乗り出した。
望月(頼むぜ…勝ち進んでこいよ。お前とは決着まだついてないんだぜ、降矢!)
右打者に入る原田。
内心はテンパってしまって穏やかではなかった。
さっきから心臓の音がうるさい。
こんな試合が決まるような場面にかつて立ち会ったことがあっただろうか。
自分は地味な人間だ。吉田や真田、降矢とは立ち位置が違う人間。
そんなことを思ったこともないでもない、それでも自分は自分でできることを一生懸命やるだけだ、と信じて今までがんばってきたが…。
原田(う…む、無理ッス!)
策が無いわけではない。
あの降矢が連れてきた不思議な少女が打席に入る前に耳打ちしてくれた。
…が。
そんな事が自分にできるのだろうか。
いや、できることはできるだろうが、結果が出せるのか。
地味と呼ばれ続けて久しい。
声援は飛び交っているが、相川や御神楽ほどの人気がある訳でない。
だからこそ、できることも、あるのだが。
―――ザッ!
古暮「…?」
岳「…!」
『な、なんだぁ!?』
暦法の応援席がざわめきだつ。
それもそのはず、原田がとった行動が…。
原田「…う、うぅ、恥ずかしいッス…!」
―――ガニ股!
『ぎゃはははははは!』
『なんだあの打者!!!』
『あんなに足開いて!!』
『そんなんで打てる訳ねーだろ!!』
『うるさいわねえ!!』
『打てばなんでもいいのよ!!がんばれーー!!』
蘇我「は、恥ずかし…」
関都「他人事とはいえやっぱり辛いものがないわけじゃないなぁ、はは…」
不破「…」
関都「どうしたんだよ、不破、そんな真剣な顔して」
不破「…どうして急にあんな打ち方に変えたか、わかる?」
関都「へ?」
海部「…ボールを見るため、か」
柳牛「ど、どういうことですか」
海部は思わず、ううむ、と唸った。
氷上「ちょ、ちょっと晶。説明してくださいまし!」
海部「右打者にとってのあのカーブの一番の危険性は、ボールが見えないことだ。普通そんなことはありえないが、打者のリアクションを見ている限り、おそらくあのボールは背中から来る印象なんだろう。文字通り、な」
特に真田や御神楽は多少体を捻りながら打ちにいくフォームなので、ボールの出だしから視界の外側に出るホワイトアウトはまるで消えたように錯覚してしまうのだろう。
それを完全に逆さにとったのが、原田の今のフォームである。
左足を三塁側に大きく踏み出し、体を大きく開く。
これによって顔がより前に向き広い視界で世界を捉えることができる、つまり…。
ナナコ「前向いちゃえばあのボールも見れるんじゃないかな、って」
降矢「と、言う訳だ」
六条「単純…って言えば単純ですね」
吉田「でもよぉ、あんなフォームで打てるのか?!」
相川「確かにカーブは見えるだろうが…あのフォームではカーブを引きつけても、相当踏ん張る力がないとはじき帰せ…」
御神楽「踏ん張る力…」
県&西条「『鉄の足腰』だ!」
帝王御神楽の一番弟子、原田が師匠からまず言われたのが、徹底した足腰の強化だった。
二、遊間を守るという責任上、原田に期待されるのは守備力だった。内野の守備では、地に足のついている奴が勝てる。特にばたばたしやすい内野では下半身がふらふらしていては捕球から送球の全てに影響してくる。
だからこそ、御神楽はまず原田に走り込みをさせた。
ひたすら。
ひたすらに。
夏が終わる頃には原田の下半身は投手の西条よりも…いや、この将星の誰よりも強くなっていた。
チームメイトはそんな原田の努力を褒め称え、『鉄の足腰』と呼んでいた。
原田「…」
体を大きく開いた状態から、上体をさらに前に倒し、足は体が開いても安定しやすいように開いて立つ。俗に言うガニ股である。
この状態から腰を落としてカーブをひきつけて打とうとすれば相当な足腰の力と腰の回転が必要だ。
相川「それで、降矢じゃなくて原田、なのか」
降矢「ま、俺は左打席だからもう関係ないがな…本音を言うともうちょい時間が欲しいのさ。左打ちに。そうじゃなけりゃ、俺の意味がないだろ?」
西条「まさに最終兵器って奴やな」
降矢「そんな所さ」
フフン、と屈託なく言えるのが降矢らしさ、といえば降矢らしさだろう。
ナナコが現れて以来どこか物腰が柔らかくなっていたとはいえ、こういうところは相変わらずだ。だから頼もしくもあるのだが。
降矢「桐生院さ、俺の目標はな…。そこに万全の状態で挑みたい。変に試合に出てフォームを崩したくないんだ、わがままですまねえ」
吉田「何言ってんだ、謝るなんて降矢らしくないぜ!」
冬馬「そうだよ!堂々としてればいいじゃん!いつもみたいに!」
降矢「…お前は本塁打打たれただろ」
冬馬「はぅ」
ナナコ「えーちゃん!!ゆうくんいじめちゃ駄目!」
降矢「えー…だって」
ナナコ「めっ!」
緒方「…不思議な光景だわ」
相川「全くだ」
野多摩「鬼の目にも涙〜?」
桜井「それはちょっと違うんじゃないかな…」
ともかく、これで少しは状況は変わっただろう。
少なくともただホワイトアウトが見えないまま終わり、ではすまさない。
古暮(面白い…面白いですが、その程度でホワイトアウトは打たれませんよ)
流石に、真田には捉えられてしまったが…少々球筋を見せすぎたのだろう。
真田の実力はおそらく、将星の中でも浮いて見えるほどに全国クラス、そこまで気にする必要は無い。
むしろ、後続をどう抑えるかだろう。
ここを乗り切れないようでは甲子園なんて見えてこない。
――第一球!!
相川「!!」
桜井「カーブだ!」
それでもバッテリーの選択はホワイトアウト。
よほど自信を持っているのだろう。
原田(………!)
見える。
あれだけ真田や吉田が、そして御神楽が苦しんだホワイトアウトが、まずは『見える』
パシィッ!!
『ストライク、ワンッ!』
原田(あ、当たり前っちゃ当たり前なんですけどね…)
バントでもなんでも、体を前に向ければそりゃ球は見えるだろう。
ここまではまだ第一段階だ。
問題は、このバットが球を捉えられるか。
ナナコは、もう一つアイデアを用意していた。
赤城「こんな有名な話しっとる?」
山田「へ?何よ唐突に!今いい場面なんだから黙ってなさいよ!」
赤城「とある、すごいストレートを投げるピッチャーがいてなぁ…」
山田「無視しないでってば!」
赤城「ええやん話したいねんから、させてぇな」
夙川「ううう!!理穂によらないでください変態!」
赤城「ほな話していい?」
夙川「好きなだけどうぞぉ!私にも近寄らないでください!」
赤城「とんだ男嫌いやのぉ、会長さんを見習えっちゅー話やでホンマ。それでな、そのストレート確か150後半ぐらい出とってん、普通打たれへんやん?」
山田「…ひゃ、150!?打たれる訳ないじゃん!」
赤城「ところが、とある有名な投手は130kmのストレートしか投げられへんかってん、どっちが打たれにくいと思う?」
山田「そりゃあ速い方でしょ」
赤城「ところがな、人間ってのは面白いもんでな。150の方が打たれよるねん」
バシィッ!!!
『ストライク、ツー!!』
夙川「あ、あああ追い込まれました…!」
山田「な、なんでよ!速い方が打たれにくいんでしょ?」
赤城「そらそうや、物理的には。ところが投げてる方、受けてる方の精神的問題として捉えたらどうや?」
山田「へ?」
赤城「―――自分は速いストレートを投げれる、打たれる訳がない。ほんなら自然と、その投手はストレート主体のピッチングになる。人間ってのは上手いことできとるもんでなぁ、何回も見せられてたら目も慣れてくんねん」
夙川「…何が言いたいんですか?つまり…」
赤城「そら同じ球何回も続けられたら、打てるに決まってるやん。っちゅー話。特に、単純な球なら尚更、な」
ニヤリ、と赤城は笑った。
夙川「…単純って…相手はものすごい変化球じゃないですか!」
赤城「ホンマかなぁ、もしかしたら将星のベンチはもう気づいとるんちゃうか?僕かてもう気づいてるぐらいやねんで?」
山田「???もぉおお!!もったいぶるなぁ!」
氷上「あ、あの小悪魔が手玉に取られてますわ…」
海部「というか、あいつ誰だ。他所の制服じゃないか」
―――さて、お気づきだろうか。
先ほどからのホワイトアウト、実は全てストライク判定なことに。
そして、必ず打者の背中から曲がり落ちてストライクになっていることに。
ボールになったのは、失投になった時だけだ。
吉田「い、言われてみれば…」
ナナコ「ね?ぜーんぶ同じでしょ?」
相川「インパクトに負けて冷静な分析ができてなかった、ってことか…」
三澤「ど、どうして気づいたのナナコちゃん?!」
ナナコ「さっきからずーっと、ボールって審判さんが言わなかったから、不思議に思ってたんだぁ」
西条「や、やっぱこのガキただもんやないな…」
それは、二塁ベース上の真田も気づいていた。
背後から見ると、それがよりくっきりわかる。
ホワイトアウトは、多少のズレ、失投があるとはいえほとんど同じ位置から曲がり落ちている。
そして、ベースを通る点もほとんど同じ。
右打者の外角低めギリギリだ。
真田(曲がり幅が大きすぎるから、あのコースに投げないとストライク判定にならないのか…)
思わぬところにホワイトアウトの短所が見え隠れする。
原田がここまでの二球目見逃したのは、ボールの球筋。
そして…真田と同じく。
―――ボールの最終到着地点を確認するためだ。
バッテリーもそれには気づいている、が。
ここまで将星をほぼ完璧に抑え込んだ自信から、古暮の感覚は麻痺していた。
赤城の言うとおり、このホワイトアウトが打たれるはずない、と。
ストレートを投げれば原田は三振していただろう。
だが、古暮はこの必殺技を見せ付けたかった、岳と、そして自分の力を。
野球はピッチャーだ、他が頼りなくてもバッテリーが優秀なら試合には勝てる。
原田(……外角低め、ギリギリポイントッス)
それが。
鈍らせる、感覚を。
負けるはずがない。
打たれるはずがない、という錯覚を。
野球に絶対なんて、ないはずなのに。
―――キィィィィンッ!!!!
『ワアアアアアアアアアアアーーッ!!!!!!!!』
吉田「う」
冬馬「打ったぁああああああああ!!!」
御神楽「よくやったぞ!!!!原田ァッ!!!」
怒号のような歓声!!!
ボールはすでに右中間の奥深くに突き刺さっている。
「ぐっ!!!」
しかも、当たり所が悪かったのか。
ボールはフェンスに当たってその場にポトリ、と落ちた。
『ワアアアアアアーーー!!!!』
西条「何やっとるんや原田走れ走れ走れぇえええええ!!!」
とっくに三塁ランナーの真田はホームベースを踏んでいる。
原田も緊張であがりきっているせいか、足が上手く動かないがすでに二塁ベース上を回っている。
降矢「まだだァ!!走れェッ!!!!!!」
ナナコ「原田君!!がんばれがんばれ!!!」
相川「外野がもたついてるぞ!!!三塁まで行ける!!」
原田は一度振り向いた後、三塁コーチャーズボックスにいる大場を見た。
腕を回している。
大場は相川と御神楽の、行け!!の声にあわせてただひたすら手を振っていた。
まだ、外野の連携がもたついている三塁直前で振り向くとようやく外野が中継の球を投げていた。
息が上がった状態で、原田は、三塁を蹴った。
地味がなんだ。
弱者がなんだ。
たどり着けるんだ、そこまで。
原田「うおおおおおおおおおおおおおッス!!!!!
みんなと一緒に。
原田は目を閉じて頭からホームに滑り込んだ。
『―――セーフ!!!』
『ら…ランニングホームランだ!!!』
『逆転っ!!!将星逆転だよぉ!!!』
『ワアアアアアアアアアアアア!!!』
目を閉じていたが、歓声で結果はわかった。
まだ、息が上がっている。
ダイヤモンドベース一週がここまで辛く思ったことは無い。
らしくないなぁ、逆転打なんて、原田はひとりごちた。
まぁ、がに股で打つっていうのは、らしいけど、格好つかなくて。
ようやく顔を上げると、右手が差し出されていた。
原田「真田さん…」
真田「起きろ。まだ試合は終わっちゃいない」
原田「は、はいっ」
ぐい、と手を引っ張りあげられてようやく立ち上がる。
全身泥だらけだった。
真田「そうそう、後」
原田「はい?」
真田「ナイスバッティング、アンド、ラン」
感極まって、原田はここではじめて大きく拳を突き上げ。
大きなガッツポーズをとった。
試合はそのまま九回表も西条が危なげなく抑えこみ、将星は県大会一回戦を順調に勝ち進んだ。
『両者、礼!!!』
『ありがとうございました!!!』
データ野球対決、それでも最後は人の心が左右した。
ホワイトアウトに頼りすぎた、それがバッテリーの敗北だろう。
対する相川はファントムとミラージュ、そして二人の投手を使いこなした。これが両捕手の明暗を分けたのかもしれない。
古暮「…完敗ですよ。まさか八番打者に打たれるとは…」
相川「俺が言うのもなんだが…データに頼りすぎると痛い目にあうぜ」
古暮「肝に銘じておきます。流石相川君」
ニコリ、と古暮は笑った。
岳「…頑張れ」
冬馬「ひぃっ…は、はい」
岳も、怖い顔の割に中身は普通なようだ。
冬馬に握手を求めてきた、もっとも冬馬は岳の容姿にびくつきながら手を差し出したが。下手したら降矢より顔怖いんじゃないかなぁ。
もっとも愛の精神を誰よりを重んじているのは岳だが。
降矢「…なぁ、あんた」
岳「…何か」
降矢「D…とか、知らないよな」
岳「D…?アルファベットか…?」
ナナコ「うん、やっぱりこの人は違うよ。なんとなく…雰囲気がえーちゃんに似てただけ」
降矢「…驚かせるなよ、ナナコ」
ナナコ「見た目は怖くても、中身はいい人ってことだよ」
岳「…汝らの結末に祝福あらんことを」
暦法3-4将星
ゲームセット。
将星一回戦突破!!