263暦法学院戦13開かれた扉
















八回表、暦法3-2将星。

二死、ランナー無し。


『四番、キャッチャー、古暮君』




八回のマウンド、先ほどの回から交代した西条は勢いそのまま、あっという間に一番二番を内野ゴロと外野フライにしとめて二死。

そして初めての古暮との対戦を迎える。


吉田「っしゃあ、がんがん来い!がんがん!」


バシンバシンとグラブを殴るサードの吉田に対して西条も左手でそれに応じた。こう見えても将星の内野陣は意外と堅い。
ファーストの大場だけはそれほど上手くはないが、セカンド原田、ショート御神楽の師弟関係は鉄壁の二遊間。サード吉田も、小器用というタイプではないが、泥臭い守りを見せる。根性もあるし、肩も悪くない。


西条は帽子のつばをかぶりなおして気合を入れた。
ロージンを二、三度手につけ、振り払ってから打者と対峙する。


相川(次は岳、なんとしても…)


抑えたい。全打席冬馬から逆転本塁打を放ってる岳だけに、その前にランナーは出したくない。
その思いは西条も同じだったようで、先ほどまでの打者に比べて明らかに気合が入ってる。


西条「行くぜ…」


ザッ、と音をたてて振りかぶる。
あげた右足を大きく前に踏み込んでいく。


西条「よいしょぉっ!」

古暮(ストレート…速いっ!!)


ズドォンッ!!!

『ストライク、ワンッ!!』


受けた相川の手がしびれるほどいい球だ。
良い音出せてくれる、これでこそ捕手冥利に尽きるというものだ。


西条「っし」

古暮(…改めて認識を変えさせていただきますよ西条君)


速い。
森田や大和、まではいかないがウチの岳よりもストレートはおそらく速い。
おまけに、鋭い。
速いだけのストレートならともかく、この球にはキレがある。
大味で投げてくるだけのストレートじゃない、回転数もある。

バシィィィンッ!!

『ストライクッ、ツー!!!』


三澤「うん!いけるいける!」

桜井「冬馬君があれだけ苦戦した古暮君を…」

降矢(ふーん…)


降矢は将星メンバーの中ではもっとも古くから西条の球を知っている一人だ。
夏の後の一旦やめるやめない騒動の後に、西条と対戦した経験がある。
あれ以来何かと西条とはつるむ関係にあるのだが…。

そんな彼から見ても今の西条はのっていた。

あの地区大会の決勝と比べても随分と良い球を投げるようになっている。


ナナコ「いけそうだね、えーちゃん」

降矢「あのなナナコ。俺は降矢毅なんだからそっちで呼んでくれよ」

ナナコ「?だってえーちゃんはえーちゃんでしょ?」

降矢「それはそうだが…」

六条(言えない…)

緒方(ナナコちゃんを抱いてる降矢君がなんだか組織のボスみたいに見えるなんてとてもいえない)

二人の脳裏にはチェシャ猫をなでるマフィアのボスがよぎっていた。




バシィッ!!!

『ボール!!』

追い込んだ後は二球変化球を外してこれでカウント2-2。
次で決めに行きたい。


西条「…ふぅー」

やっぱりきわどい球はきっちり見てくるなぁ。
成川に比べるとやはり暦法の打線はそこまでたいしたことはない、がやはりこの古暮と岳だけは別格というべきだろう。


さぁて、どうしますかね、と西条は相川のサインを覗き見る。

相川(…ストレート、かな。こういう頭で考えてくる相手には力押しに限る)

西条(了解)


向こうもこちらのデータは入ってるはずだ。

だとすれば冬馬と違って西条は力押ししたほうが話が早い、単純にストレートだけで押し切れることができる。少なくとも古暮相手にはそれが可能だ、と相川はそう判断した。

果たして。





―――ヒャンッ!!


古暮「くっ!!」


ガキィンッ!!!


五球目、内角に放たれたストレートは風を切り裂いて古暮の内角にえぐりこむ。
スイングしにいった古暮は完全に力負けして、打球はセカンドへのぼてぼてのゴロ。


原田「いよぉーし、久々の出番ッス!」

大場「久々その2でごわす!」


原田は転がってる打球をさほど労せず素手で拾い上げてそのまま一塁へ。地味なプレーだが、安心して見られるようになった。御神楽は弟子の成長を見てちょっぴりうれしくなった。

原田「って出番これだけッスかー」



苦戦するかと思われた四番古暮も簡単に打ちとって西条は意気揚々とベンチに引き上げていった。


鶴丸「こ、古暮…」

織田「あの古暮さんがあんなに簡単に…」

古暮(…ストレートを打った時の手の痺れがまだ残っていますね…)


ただ速いだけじゃない。
重い。

それを身をもって体感した古暮だった。


と、古暮のキャッチャーミットが彼の眼前に差し出されていた。


古暮「…岳」

岳「勝ってはいる。問題は無い」


そうだ。
このリードを守ることだけを自分は考えればいい。


残り2イニングス。

抑えれば…勝てる。7





八回裏、暦法3-2将星。


ついに試合も大詰め。

残すところ将星の攻撃は二回。

いまだにホワイトアウトの攻略法は無し。

『五番。レフト真田君』


『ワアアアーーーッ!!』


吉田「真田ぁ!!なんとかしてくれー!!」

西条「元桐生院の名前は伊達じゃないやろぉ!」

真田(うるさい奴らだ)


ふーっ、と大きく息をついて集中力を高めていく。

自慢ではないが、おそらく自分自身がこの将星の中ではもっとも打撃能力が高いだろう。オーダーにケチをつける気は無いが、四番を打っても悪くないぐらいだ。

真田(だからこそ…)


自分が突破口を開いていかなければならないだろう。

馴れ合うつもりなどないが、俺だってチームメイトだ。

すでに真田にはこの将星の一員としての自覚が芽生えている。



古暮「…弱小チームで活躍して、ヒーロー気取りといったところですか?真田君」

真田「…」


真田はニヤリと笑った。


真田「そんな所だな。悪いか?」


神経を逆撫でするような古暮の挑発にも、軽い口調で返す。
いいじゃないか、ヒーロー。
ただ俺はヒーローじゃないだろうな、と真田は毒づいた。


将星にたりない物。

全部だ。

力も技も速さも心も経験もなにもかもが足りない。

教えてやるほど自分はお人よしではない。

それでも、足りないのを補うのがチームメイトなら…。




『ワアーーーッ!!!』



グ、ググググググ…!!


吉田「うおお!!一球目から来たぁ!!」

御神楽「し、しかしやはりなんて変化量だ!」


右打者の真田の背中から襲い掛かるようなカーブ。

将星に左打者が少ないことがここにきてこんな壁を産むとは。


真田「――!」

ブゥンッ!!!バシィッ!!


『あああ…』

真田のバットが空を切った瞬間に観客の歓声がため息に代わる。

舌打ち。偉そうな事と言えても、手も足も出ないんじゃただの道化だな。

真田はかつてここまで手も足も出ない相手に出会ったことは少なかった、それがただの一つの手品でこれまでおとなしくされるとは。

だから野球は面白い。



『ワァッ!?』

『ど、どういうこと!?』

『さ、真田君が逆の打席に…!』


ざわめく球場内。真田はす、っとホームベースをまたいで反対側の席に立った。


西条「左打席やと…?」

相川「なるほど…左なら少なくとも球は見えるが…」

吉田「あれで打てるのか?真田の野郎」


世の中には両打ちをやってのける器用な人間もいるが、真田の左打ちなんて始めてみる。


望月「…う、打てるんでしょうか、あれで」

三上「うぅん…見たことないですね、真田さんの左打ち…」

南雲「ん?そーじゃったかの?」

烏丸「一年生は見たことないんでしたかね、元々真田君は両打ちですよ」

三上「えっ」

望月「そ、そうだったんですか?」

南雲「監督におまん左打ちが汚い言われてからは確か右打ちに専念しとったからのぅ」

烏丸「だから打てないはずはないですよ」

望月「…左なら、あのカーブも視界に入ってくるでしょうが…」

南雲「あとは真田の実力次第ってことぜよ。かっかっか!まぁ、勝負なんて時のうんじゃきに、目をつぶってバット振っても当たる時は当たるからの」

三上「それは南雲先輩だけですよ…」




左打席に入って、真田への二球目…!


当然ッ!!




『ワァーーッ!!』


御神楽「来たぞっ!!」

冬馬「カーブだ!!」


―――見える。


真田はごくわずかな瞬間の間に、その軌道を感じ取った。

なんて、えぐい曲がり方だ。

まるで失投したかのようにボールは見当違いの方向へいったん浮き上がり。

そこから何かに押し出されるように、大きく曲がり、そして重力に引かれて落ちる。スピードはさほど無い、だからこれはスローカーブになるのだろうか。それにしてはスピードがあるが。

とにかく信じられない変化幅だ。

一度浮き上がって落ちてくるといっても過言ではない。

しかもそれに比べて横もかなり変化する。

こいつは厄介だ―――。


ブゥンッ、バシィ!!!

『ストライク、ツゥー!!』

『あぁ…』

『やっぱり真田君でも駄目かなぁ』

『真田ぁーがんばれよぉ!』


真田(…確かにとんでもない球だ)


思わず隠しておきたくなるのもわかる。

だが。


真田(これで軌道は読めた)


明確な攻略方法を見つけた訳ではない。

が。

カーブはカーブだ。

正体がわかってる以上、正攻法は確かに存在する。


真田はバッティンググローブで口をぬぐった。



真田(カーブの基本はひきつけて打つ)



ギュっ、とグリップを強く握りなおす。

左打席。

真田の目が岳と交差する。

カウント2-0。

次もホワイトアウト、か。ストレートなら粘って逃げる。



―――来い!!




岳…第三球を。



岳「…」

真田「…」


投げるッ!!!





シュビッ。


吉田「!!!」

大場「来たとです!!」

御神楽「カーブだ!!!」




―――カーブの基本はひきつけて打つ。

―――カーブの基本はひきつけて打つ。

来るはずなんだ。

ストライクな以上、この五角形の上を通るはず。


後は、スイングスピードで、なんとか。




カッ!!!


捉えた。

古暮「なっ!!」

岳「…」

真田(振り遅れてるが…力でなんとか……押し返す!!)




キィイイイイイイイインッ!!!



『ワアアアアアアーーーッ!!!』

『キャアアアアアアア!!!』


海部「う、打ちかえした!!!」

氷上「う、打ったですわ!!!」



打球は振り遅れてはいるが、ショートの頭上を越え…る!!!


『ワアアアアアーーッ!!』


西条「と…」

原田「捕らえたぁっ!!!」

吉田「よおおっしゃあああ!!」




真田の出した結論は、どんなにすごくてもカーブはカーブ。

なら正攻法で打ち返す。この思考パターンだった。

…が、しかし。



真田(問題はこの後だ…)


二塁に滑り込んだ真田は冷やかにこの後の展開を予想していた。

真田は将星の中では抜群の能力を持っているといっても過言ではない。

しかし…続く相川、野多摩、原田の打撃を考えると…。



相川(…)



相川の考えでは…。

真田が打ったのが二塁打、というのが大きい。

送りバントで、一死、三塁。

そして七番の野多摩でスクイズ…これで追いつく。


だが、そう簡単にいくか。そんなに簡単に。


そもそも県が当てられなかったバントを、俺が当てられるか…。
真田のように左に立って打てるような小器用さは俺には無い。


相川は不安を抱えながらバッターボックスに入る。

右に。


『ワアアアアーーッ』


それでも、無死の打者だ。

なんとか送れば…。もしかしたら、降矢がなんとかしてくれるかもしれない。

代打降矢。

ホワイトアウトが暦法の切り札なら、現在の将星の切り札は降矢だ。
片目でソフト部から本塁打を放てるのだ。

それに。

降矢「…」

ナナコ「?」

降矢なら、何とかしてくれる。

そんな期待をこの一年間ずっと抱いてきた。

不思議なもんだ。

あんな男に何を期待してるのか、それでも。

降矢に期待せざるをえない。それだけのものをあの金髪は持っているのだ。



相川(それにしてもまずは送らないと)



相川のこの打席の使命はそれだった。

死んでも送る。

右手をバットの中ほどにそえ、送りバントの構えを見せる。



―――第一球!!

相川(やはりカーブ…)


打たれるはずが無い、と踏んでいるのか。

白球は大きく大きく弧を描き。


バシィッ!!

『ストライク、ワンッ!!!』


古暮(送れるものなら送ってみなさい)

相川(…)


バントの体制のまま、合わせにいったがそれでも変化が大きすぎてついていけなかった。
下手に当ててキャッチャーフライになんかなったら…。



三澤「相川君!がんばれ!!」

桜井「相川君…」

緒方「根性見せなさい!!」



第二球。


ファントムの球を捕ってるんだろ…!

球の軌道を見るのはお手の物だろ!

当てて見せろよ相川大志!!!

顔をバットに限界まで近づけて、目を見開く。


相川(当ててやるっ!!!)


『ワアアアアアアアア!!!』


コキィンッ!!!


赤城「当てたっ!!!」

望月「でもピッチャーに近いか…!!」

南雲「いや大丈夫、真田がええスタートをきっとる。バッテリーがランナーに気ぃ使ってなかったのもわかっとったみたいぜよ」

烏丸「流石真田君だね。抜け目が無い」




送りバント成功…!!!


これで続く野多摩がスクイズを決めれば…!





しかし。

『ワアアアアアアーッ!!!』



『ストライク、バッターアウトォっ!!』


野多摩「…!」

スクイズ狙いの野多摩が、バットに当てられず三球三振…。



吉田「くくぅぅ〜〜〜っ」

西条「どんまいどんまい、気にすんなや野多摩」

野多摩「ご、ごめんなさぃ…」

六条「うん、気にすること無いですよ」

三澤「次なんとかすれば…」



相川「降矢…」


二死、三塁。

ここで降矢の出番か…!

ベンチがいっせいに降矢の方を振り向く。


降矢「…いや、俺は行かないぜ」

大場「な!」

冬馬「ふ、降矢!?」

降矢「ふん。お前らもうちょっとチームメイトを信じたらどうだ」

県「え…?」







原田「お、俺ッスかぁ!?」


降矢「な、ナナコ」

ナナコ「うん。あのカーブ、原田君なら打てるよ!」





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