262暦法学院戦12約束は訪れん
















七回表、暦法3-2将星。


六回の裏に相川がランナーに出続けていたため、多少投球練習は不足気味になったが、それでも降矢相手にストレートを投げていたので肩はある程度できていた。

マウンド上には背番号10番、西条。実に久しぶりの実践投球である。成川戦のマウンド以来か。感覚を確かめるようにスライダー、スクリューを投げ込んでいく。

冬馬に比べるとやはりコントロールや変化球のキレは落ちるが、やはりストレートの威力は桁違いといっても申し分ない。多少荒れ球な方が威力が増すというものだ。

『プレイ!!!』

『ワアアアアーーーッ!!』

将星的には最早追加点を取られることは絶対に許されない。
打順は八番のレフト丹波から、下位打線から、ということで絶対にここは三人で閉めたいところだ。

守りで流れを作って攻めにリズムをもたらす。常識とまでは、いかないが良く知られている格言ではある。


西条「ほな、いくで!!!」


バシィイイイーーーッ!!!!

『ス、ストライク、ワンッ!!』

『オオオオオオオッ!!』


挨拶代わりのストレート。
球速は130台後半というところだが、先ほどの冬馬が割りと緩いボールだったのでことさら速く見える。

歓声もなりやまぬまま、高くあげた右足をそのまま前に突き出していく。

背中から前に振りぬくように、左腕を投げ下ろす。


西条「ほらよォッ!!!」


ズドォンッ!!!


『ストライク、ツー!!!』

吉田「よっしゃあ!!いいぞ西条、がんがんいってやれ!!」

西条「わかってますって吉田主将!」



三球目もストレート、打者はスイングしにいくが、ボールはそのスイングの遥か先を駆け抜けていった。

ドバシィッ!!!

『ストライクバッターアウト!!』


西条「っし」

マウンド上で小さくガッツポーズ。

今まで冬馬に見せ場を作ってこられたので、彼なりの対抗心もあるのだろう。
背番号的とかにも。

あと小さいところではあるが、冬馬には黄色い歓声がすごいのに自分にはそこまですごくない、というところが悔しいのもあった。ちょっと器の小さい男である。




古暮「…三球三振ですか」

岳「…」


データではそこまで素晴らしい投手ではない、と思っていた。青竜戦でも最後には逆転されている。成川戦でも追加点を許している。
将星はあくまでも冬馬がエースで、西条は二番手投手だと。

ところがどうだ。ストレートだけで三球三振だ。

打者にとっては先ほどの冬馬の印象が強いせいで、西条のストレートに目がついていかないのだ。おまけに荒れ球。先ほどの最後の球も高めのクソボールだ。

たとえ130台後半であっても。とはいえ130台後半といえば、高校生ではかなり速い部類に入る。

暦法の打線があまり良くないことは自身らも理解していたので、追加点は難しそうだ、と古暮は首をふった。


『ストライクバッターアウトォ!!!』

そのまま二人目の九番打者もストレートで追い込み、高速スクリューとでもいうべきか。『ストリーム』で三振にきってとった。

西条は地区予選の反省も踏まえ、この県大会までにさらに努力を重ねていた。降矢の怪我、冬馬とのケンカ…。鬱憤をはらすために投げ続けた結果ともいえるが、それでも西条の球威は格段に上昇していた。

まずは球速、練習中とはいえストレートは最速で146km/hを記録していた。並の投手が投げれるスピードではない。最近では高校生も速い球を投げるようになってきているので感覚がマヒしているが、そもそも140以上を投げれる高校生が世の中にどれだけいるか。

ストレート主体のピッチングに切り替えるということで、ある程度のコントロールは犠牲にしても腕を強く振りぬくことを意識した。結果コントロールは多少悪くなったが前よりも格段に速く、重い球が投げれるようになってきた。フォームも多少矯正して、スリークォーター気味だったフォームを純粋なオーバースローに戻した。


『ストラィィィークッ!!』


けたたましいミットの音が球場に鳴り響く。

バッターのスイングが宙を切るたびに歓声が大きくなる。

これやこれ、と西条は唇を歪ませた。

投手をやってて一番楽しい瞬間である。



赤城「ひょぉー。のっとるなぁ西条君」

夙川「…」

赤城「なんやねん、もう変な事いわんから安心しぃって」

山田「っていうかさっきの冬馬きゅんの見てるだけにめちゃめちゃ速く見えるなぁ、やっぱり」

赤城「そこやろな。やっぱり。…ただ純粋に西条君も力強くなってる。直接球を受けた訳やないからわからんけど…パッと見でも相当球は速くなっとる。フォームも安定してるし…何よりも」




海部「下半身だな」

蘇我「…キャプテン…」

氷上「ちょ、ちょっと晶。いきなりどうしたのですか?」

不破「卑猥」

関都「西条の股間みながら下半身、って言うのはちょっと…」

柳牛「…(真っ赤)」

海部「何を勘違いしとるか貴様ら!!そういう意味で言ったのではない!!足腰だ足腰!!」

氷上「…足腰?」

海部「そう、比べると失礼かもしれないが、先ほどの冬馬より西条のほうが下半身が安定している。投球フォーム中に上半身がビクともしない」

不破「…速い球、重い球」

海部「つまり自然と体重がボールにのっかってくるから、より速く、より威力のあるストレートが投げられる訳だな」

関都「なるほどなぁー…いきなりびっくりしたぜ海部」

蘇我「キャプテンは相川さんしか見てないと思ったの」

海部「な、何を!!」

氷上「む…」

柳牛(走りこみ…あっ、そうか。…よく走りこんでましたもんね、海岸沿い…


県外ではあるが、西条は砂浜を中心に走りこんでいた。
沖縄での海岸ダッシュから得た教訓である、普通のロードワークよりもよっぽど足が鍛えられる。
そういえば、柳牛と西条が出会ったのもそこだったか。

蘇我「みーちゃん顔赤いよぉ?西条君に見とれてたのぉ?」

柳牛「へ?はひゃっ!べ、別にそうという訳でもなく…」

関都「うちのチームメイトにはわかりやすい人間が多いねぇ全く」

不破「同感」






『バッターアウトォッ!!』


グラブを叩いて走ってベンチに戻る。

直前で、ベンチ真上の応援団に向けて左腕をかかげた。


西条「ほーれ見てみ、見たか将星女子生徒ども!悪口ばっかぬかしやがって!称えろ!!ほれ!」

『調子のんなー!!』

『帰れ関西へ帰れー!』

『冬馬きゅんに代われー!』

いまだかつて応援団とケンカする投手がいただろうか。
西条は額に怒りの筋を散らせて震えていた。


西条「じゃかしゃあボケ!なんで俺がそこまで言われなあかんねん!」

『きゃああーー!!』

『野蛮!野蛮!』

『こわーい!!』

西条「おらぁてめえらなめんなや!」


低いところフェンスにとびのってガシャガシャと網を揺らす様はまるで動物園の猛獣である。なんとも頭の悪い。


吉田「うぉーい西条!?やめとけやめとけ!」

御神楽「なんというか…いろいろストレスがたまってたのだろうか」

県「あはは…西条君久しぶりのマウンドだから」

野多摩「こーふんしてるんじゃないかなぁ〜」


それはともかく、見事代わったばかりのマウンドをゼロに抑えた西条である。
危なげなくストレート中心の攻めで攻めきったことは、かなり評価していいだろう。とにかく何があるかはわからないが、これなら追加点をとられることはないだろう。

怖いのは、八回に当たる四番の古暮、次の岳だろう。

ここさえ注意すれば他には危険はなさそうだ。







七回裏、暦法3-2将星。



問題は。ここからだ。



『二番、セカンド県君』

『ワアアアーーッ!!!』

『県君がんばれーー!!』

『県君ーーん!』


あ、どうもありがとうございます、と素直に頭を下げる県。
またベンチでぎゃいぎゃい騒いでる西条は見なかったことにしたい。

と、後ろから肩を叩かれた。

県「はい?」

降矢「悪いな西条、ちょっと耳を貸してくれ」

県「あ、降矢さん。なんですか?」

降矢「俺じゃなくて、こっち」

県「へ?」

ナナコ「えへへー。県君県君」


あの女子ソフトの一件以来、ちょこちょこと降矢にくっついて一緒に練習しにきてるナナコだったので、将星のチームメイトともある程度は顔見知りである。

特に冬馬、六条、桜井、三澤、吉田、県、野多摩あたりとは仲がいい。基本的に下に面倒見のいい人間が多いのだ、将星は。ただ怖いのか、御神楽、真田、相川あたりはまだ遠慮が見られるが。あと西条。

大場は危険なので半径10M以内には近づかせないようにしている、入れば降矢の蹴りが待っている。


県「なんですか?ナナコちゃん」

下でも敬語を使うのが彼らしいところといえば、彼らしいだろう。

県はかがんで目線をナナコに合わせると耳をナナコのほうに傾けた。


ナナコ(こしょこしょ)

県「…あ、はい。わかりました」



県がバッターボックスに向かっていってすぐ、西条がベンチに戻ってきた降矢に話しかけた。


西条「で、なんの話してん」

降矢「隠すほどのことでもないが」

ナナコ「打つときって体が横むくでしょ?最初から前向いとけばあのカーブも見えるかな、と思って」


まだ西条が怖いのか降矢に体を預けたままのナナコであった。


野多摩「…なるほどぉ〜」

桜井「へ?どういうこと?」

御神楽「つまりバントの体制で球を見ろってことか」

降矢「正解」

吉田「おお!ナナコちゃんすげえじゃねぇか!」

ナナコ「さっき県君がバントでセーフになってたから…他の人だと変に見えるかも、だけど」

がしがしと吉田に頭をなでられて恥ずかしかったのかナナコは照れながら笑った。



果たして、ナナコの指示通り県は早速…。


バッ。

県「…」

古暮(最初からバント狙い、ですか)


体を前に向けて、バントの体制。


古暮(先ほどのセーフティに味をしめたのか。それともホワイトアウトをじっくり見にきたのか。

岳「…」

古暮(まぁいいでしょう…見せてあげましょう。残り3イニングであなた達に何ができる?)




岳の一球目…。まずはシンカー。これは低めに外れてボール。

そして二球目はストレートでストライクを取りに、これも県はバットを引いてストライク判定。



降矢「投げてくるか、あのカーブ?」

ナナコ「さっき御神楽…さんに全部投げたってことは、多分ここから後は全部投げると思う。一人づつ回っていく訳だし…」

西条「一点差やしな」

御神楽もうなずいた。

御神楽「下手にランナーを出したくもないだろうが…僕たちもあの球にたいしていまだ攻略を見つけた訳でもない。だとしたらバッテリーが選択してくるのは…」



三球目、ついにその時が来る。


岳の右腕が、先ほどまでとは少し大きく円の外側を滑っていく。

そしてボールは放たれた。




県「う、うわあ!!」

『ワァッ!?』

『きゃあ!!!』


歓声が大きくなった。

県はバットを投げ出して倒れこんだのだ。

…どこかで見たことのある景色だ。

『ス、ストライク!』

県「ええ!?」

県が振り向くと確かにボールはミットに収まっている、しかもど真ん中。



冬馬「あ、相川先輩…これって」

相川「…似てるな」


そう、ファントムを投げられたときのバッターのリアクションだ。


ファントムは声質上、バッターの手前で急に曲がるからバッターは自分に当たると勘違いして思わず腰が引けてしまう。結果今みたいにデッドボールと勘違いして逃げ出す訳だ。


だがしかし、あのカーブはファントムほど曲がりが遅い訳でもない、なら県はなぜ逃げ出したのか。



『ストライク、バッターアウッ!!!』


結局なすすべもなく、県はホワイトアウトで三振。

バント体制でもカーブにバットを当てることはできなかった。



降矢「あたんねーか、お前でも」

県「す、すいません」

降矢「ジュース、二本。ナナコは炭酸飲めないからな」

県「は、はいっ!今すぐ!」

西条「まてまて、それは後ででいいから」

御神楽「県。あれはいったい…」

県「はい、多分あれはカーブです。ただの、カーブ」

原田「ただのカーブ!?」

西条「アホか、ただのカーブがあんな…」




県「―――ただのカーブです。ただ曲がり方が縦も横も倍以上」

原田「!?」

降矢「…なるほど、な」

ナナコ「最初バットを投げちゃったのって…」

県「すいません、失投したのかもって思って…」

西条「なるほどなぁ…はたから見てれば急に倒れたように見えたからびっくりしたで」


光明はあるだろう。

ファントムと違って曲がりが早いので、見極めがしやすいこと。
それにあわせて曲がりが大きすぎるので、ほとんどあの顔面命中コースから曲がり落ちてくるから、あのコースぐらいでなければストライクに入らないこと。

それでも…。





県「あの変化量…まずはカーブの軌道を予測しないと…当てるのは難しい…と思います」



続く吉田、大場もホワイトアウトの前になすすべもなくスリーアウトチェンジ。




将星、残り2イニングス。



そして、西条の前に最初で最後の壁が立ちふさがる。




八回表、暦法3-2将星。

二死、ランナー無し。


『四番、キャッチャー、古暮君』



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