261暦法学院戦11人が抗う故











六回裏、暦法3-2将星

ランナー二塁、二死。

『九番、バッター西条君。生番号10』

『ワアアアアーーッ!!』

『いけぇー!西条ォー!』

『いつも偉そうなんだからここぐらい打ちなさいよね!』

『むしろ打ち取られろー!』

『冬馬きゅんに代われーー!』

柳牛「あ、あわわ、皆さん…」

蘇我「嫌われてるにゃあ、西条君」



西条はそんな罵倒交じりの歓声を気にすることもなく、笑顔でバットを振り回していた。

西条「けーっ、好き勝手言ってくれるぜ」

残りイニングを考えると早めに追いついておきたいのは間違いない。
なんせこの回が終われば、もう七回だ。
問題は…。


相川(西条に対してホワイトアウトを使ってくるか、どうか、だな)


二塁ベース上の相川は、ヘルメットのつばをくい、と直した。
この下位の下位打線、相川、野多摩、原田。いずれのバッターよりも、おそらく西条はバッティングは上手い。

今までは左投げに慣れていなかったせいでどうしても投げ込み中心の練習になっていたが、すでに地区大会終了後からバッティング練習も始めている。

やはり元々センスはあったのだろう、初めて間もないがめきめきと前の感覚を取り戻している。おそらくすでに相川よりも優れた物を持っているだろう。

本当にこの男は非凡だ。うらやましくなるぐらいに、センスに満ち溢れている。それは吉田も西条も。それでも本人は努力を怠らないが。


相川(…)


一度、怪我しなければ。
中学で名をあげた西条は、他の名門に行っていたかもしれない、ということを思ったことがある。
本人にも一度、打者としても生きる道はある。本当にウチに来て良かったのか?と問うた事がある。今思えば愚かな質問だったとは思うが。

西条の答えは、否。だった。

西条(中学日本一、か…。多分無理やったやろうな。俺自身は望月や赤月とタメはってたとは思うんやけど、如何せん仲が悪かったからな)

ご存知のとおり西条は元々中学生のシニア時代は全国でも割と優れた投手であり、中学選抜の世界大会にも出場した経験を持つ。その時に帝京ウォルブスの布袋、望月。高波ブラスターズの赤月、東京ライジングスの猪狩守などとはある程度顔見知りである。

どうやら、元々のシニアの時から西条はバッテリーと仲が悪かったらしく、地元では勝ちあがれても全国では通用しないと考えていたらしい。


北摂ファルコンズ。

西条が元いたチームにして、当時関西最強と謳われた大阪のシニアチーム。

エースは右の西条。中学生ながら130台後半に迫るストレートと鋭いシュートを武器に三振をとることも打たせてとることもできた好投手。

他のチームメイトも何人かは名門へと進んでいる。
九州は福岡、政胴学園に進んだ一番の葉蔵(はくら)。
北は北海道、修北館高校に進んだ四番の須藤(すどう)。

そして…大阪の強豪西強高校に進んだ、超高校級天才キャッチャー東(あずま)。
こいつと西条が…いや、チームメイトも死ぬほど仲が悪かった。
キャッチャーというポジションの人間が孤立するのは珍しいな、と相川は素直に思った。

――どうしようもないぐらいのゲス野郎。というのが、西条の彼への評価だった。

元相棒に対してそこまで言えるものか、相川は首をひねったが、話を聞いているとそれはひどい選手だったことがわかる。

打たれれば投手のせいにする。

抑えれば自分の実力だと言い張る。

おまけに人の悪口しか言わない上に、弱い物を平気で潰す。

恐ろしいのは上にまでその態度を変えないことだ。実際問題、彼は上級生が卒業するまで一度もマスクをかぶることはなかった。

それでも彼がレギュラーになれた理由はただひとつ。野球が上手かった―――この一点に尽きる。

四番を超える高い打撃力に、バットで球を捉える技術、ベースを駆け抜ける速さ、肩の強さ、捕球の上手さ…どれもこれもが超中学級だったと言ってもいい。
実際、向こうでは西強に入った当初から良い話も悪い話も話題が耐えないらしい。…ただ、どれだけ野球が上手くても西条は彼を許すことはできなかった。

最初は仕方ない、と西条はバッテリーを組んでいた、西条のシュートを完璧に捕れるキャッチャーが彼しかいなかったからだ。

ただ、ろくに相手のデータも取らない、ふざけてわざとエラーをする。打たれれば西条が悪いとミスしか指摘しない。そのたびにただでさえ気の短い西条は暴力問題に発展しかねない大喧嘩を巻き起こしていた。

それでも、こいつがいなければ戦力ダウンになる。嫌いだろうけど許してくれ、と監督チームメイト一致で西条に頭を下げられれば仕方がない。

ただ…西条はこのバッテリーになってから一度きりとも最高のピッチングをした記憶がなかった。たとえ他のすべての能力が優れていたとしても、キャッチャーとしては最低だろう。

…東静流(あずましずる)。思い出したくもないその捕手は今何をしているのだろう。



バシィッ!!

『ボール』

話をグラウンドに戻そう。
ここにしてもやはり問題はバッテリーがホワイトアウトを使ってくるか、どうかになる。最上は前述の通りバッティングは悪いわけじゃない。
それどころか、甘い球を投げればはじき返す程度の能力は持っている。

それでも、バッテリーはホワイトアウト隠しを選択するだろうか。

バッターボックスの西条はまた、違う思考で勝負に挑んでいた。

西条(あのけったいなカーブが来る前に打つ)

そう、西条はその一手だった。
心のそこからバットマンな吉田や真田と違って西条にとって、相手が投げる球にこだわる必要はない。

ただ、その事を読みきった上で勝負どころでホワイトアウトで勝負してくるならそれでもいい。西条の頭で考えた選択肢は、限りないほど正解に近かった。

ブゥンッ!!!バシィッ!!

『ストライク、ワンッ!』

二球目、甘く入ったスライダーを全力で振りにいったが、力みすぎたかバットはボールの上を抜けていった。

西条(ちぃ…)

なんとなく、だが追い込まれたらホワイトアウトがくる、そんな予感が西条にはあった。
しかし今ので、打ち気にはやっている事は悟られただろう。
バッテリーは何を選択するか。


古暮(…連投はしたくないですね、岳)

ギョロリ、と目玉を動かして岳は肯定の意思を伝えた。

バッテリーの勝負は外角高めのストレート。今まで将星がやられてきた釣り球ストレートである。

第三球。

岳は左足をすりあしのように前へ踏み出し、ためていた長い右手を振りぬいた。


バシィイイイイッ!!!

西条(ぐ…あっぶねぇ…釣り球に手を出すところだったぜ)

西条のバットは寸前のところで止まっていた。が。

『ストライク、ツー!』


西条「うげ!?」

吉田「す、ストライクだと!?」

野多摩「高めのボールだと思ったのにぃ〜」


西条にとっては、運悪く。
バッテリーにとっては運良く、高めにはずしたはずのストレートがわずかにストライクゾーンをかすっていたらしい。

これで、2-1。追い込まれた。


真田「…来るかな」

ナナコ「…あのカーブかも」


岳の空気が変わった。

西条もバットを握りなおす。

バッテリーの選択は…。






















西条「!?」

ボールがグラブに到達するまでの一瞬で西条は驚愕した。

てっきりホワイトアウトが来るとは思っていたが、ボールは西条の方へ向かっている。

失投?ゆるい球だったので、西条は割りと余裕を持って背中をむくことができた。腕をかばって死球なら塁にも行けるし問題な…。

ドボッ!!

西条「ぐえっ!」

それでも痛い物は痛い。

西条は蛙が潰れたような声を出してうずくまってしまった、当たり所が悪かったらしい。

『で、デッドボール!』


柳牛「きゃ、きゃあああ!!」

緒方「ちょ、ちょっと大丈夫!?西条君!」


緒方が慌てて冷却スプレーを持ってグラウンドに飛び出していく、六条、三澤、桜井もそれに続く。





赤城「…」

夙川「なんですか難しい顔して」

山田「この死球にも意味があるの?」

赤城「いや…将星はベンチにかわい子ちゃんが五人もいるんかぁ、思てなぁ。巨乳から幼女まで勢ぞろいや。うらやましいこっち…痛い!!!あほぉ!!カメラで殴るな!壊れるやろ!」

山田「な、棗!それあたしの…」

夙川「変態!変態!変態!」




西条(あー…痛。でも、結果的にはつなげた…って訳や…。頼むで御神楽先輩。ここは一つ良いとこ見せたってや)


これで、ランナー一塁、二塁。一発が出れば再び逆転だ。

『一番、ショート、御神楽君』

『きゃあああああ!!!』

『はふぅぅうんん!』

『御神楽様ぁあああ!!』


三澤「み、御神楽君がんばって!!」

バビュン。

御神楽「不肖この御神楽昴、天地神明を持って全てを貴方にささげる事を誓い…」

真田「早く行け」

野多摩「恐ろしい速さなの〜」


どれだけ黄色い歓声でもデレデレしない癖に、三澤柚子の声援は10km先からでも聞きつける男。それが御神楽昴である。
当の三澤はいつもそれで困った顔だ。

三澤(…ちらり)

吉田「いけえ!御神楽!!ぶちかませ!!」

三澤「…はぁ」

桜井「…ドンマイ、柚子」

吉田の方をちらりと見ては、まったく意に介さない吉田を見てため息をつくのが定番となっていた。桜井も同情せざるをえない。

吉田傑というのは良くも悪くも野球少年なので、そういう恋愛沙汰には到底うとい。彼がその柚子のやきもきに気づくのはこれから八年も後のことである…がこの話はまた後日。



相川(…消えるカーブ、だと思ったんだがな)

真田(それ込みでの失投…なら、また一つ矛盾点が出てくる、かな)

連投しないカーブ、来ると思ったら失投。
そこに何かが見えそうだ。

どうやらカーブそのものを打つより、足元をすくったほうが早いかもしれない。真田と相川はそう結論づけた。

当然そのことは御神楽にも伝えており、真田は先ほどネクストバッター図サークルで座る御神楽にその意図を伝えている。


なんなら初球撃ちでもいい。

…さぁ、果たしてバッテリーはどう出る…。


真田「!!」


御神楽(な…に!)


一球目、御神楽の視界には白球は写っていなかった。

バシッ。

『ストライク、ワンッ!!!』


真田(馬鹿な…一球目から消えるカーブだと!)

相川(最後の一巡…だから、ってことか?温存はここまでってことか)


バシィッ!!

『ストライク、ツー!!』

初見である御神楽にはなすすべもない。

背中の向こう側から大きく滑り落ちてくるカーブは、もはやカーブというよりも別の何かだ。

…このまま順当に行くかと思った三球目…。


御神楽「うお!!」

バシィッ!!

『キャアーッ!!』

『ボール』

すっぽ抜けたのか、ボールは内角に大きく外れた。
バットを放り投げて御神楽はその場に倒れこんでボールを回避した。

御神楽(し、失投か…)

すでに真田と相川の中では一つの結論が頭に浮かんでいた。


相川(…おそらく、あのカーブは未完成、だ)

真田(この失投率、なかなか投げなかったこと…。変に投げてランナーを出すのが怖かった、ってところか)


それも、この打者まで。

最後の一巡になった瞬間に出し惜しみなく使う、古暮はそう考えていた。

古暮(ここで負けては元も子もないですからね…)

それでもいまだホワイトアウトは圧倒的な力を持っているのだ。
先ほどの西条みたいにホワイトアウトの前に打つ、なんてこともこれでなくなるだろう。


バシィイイッ!!

『ストライク、バッターアウトォッ!!』



将星は逆転へのチャンスを逃した。

残されたのは重い重い一点…。





七回表、暦法3-2将星。


残り3イニングス。



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