257暦法学院戦7白光何処へ消ゆ
五回裏、暦法1-2将星。
現在、将星高校の攻撃は三番、サード吉田から。
一打席目では、二塁に御神楽をおいた状態で右中間への先制ツーラン。
相川「…そうか」
冷静になって考えてみれば、一回の吉田の一発以外まともなチャンスらしいチャンスはあまりなかったな、相川は唇を親指でなぞった。
つまりそれは、バッテリーが古暮-岳に代わってからまったく対処しきれてはいない、ということだ。
古暮の相川を超える頭脳、そして岳の『神のお告げ』と本人は思っている、無意識下での相手の行動予知(というほど大げさなものでもないが)。
この二つ、予想以上に厄介である。
そして、将星の面子は知る由もないが、暦法バッテリーには、もう一つ…。敵をしとめる為の武器をもっている。
『打て打て吉田!打て打て吉田!お前が打たなきゃ誰が打つー♪かっとばせーよっ、しっ、だっ!よっ、しっ、だっ!』
関都「おーい!吉田ぁー!がんばれよー!!」
三澤「傑ちゃーん!!ファイトー!!!」
吉田は声援に応えるように、ギュッとグリップを握り締めた。
投手が岳に代わってから、二度目の対戦。
確かに厄介は厄介だ…が。
御神楽「吉田は打つであろうか、相川」
相川「どうだかな。…こればっかりは俺もわからん」
真田「案外一発やらかしそうな気はするんだけどな」
相川「同意」
御神楽「そうであるな、僕もその意見は肯定できる」
将星のシリアス三人衆がバッターボックスの吉田の方を見ながら、神妙な面持ちで会話を交わしていた。
ここまで読んできた読者にはおわかりだろうが、この三人(+降矢)は将星周辺のあの妙に抜けた能天気さにはなかなか交われない三人なのだ。
だから、いつも部活中や試合中は三人で固まって真面目な話をうんたらかんたらと、あーでもないこうでもない、と話し合っているのは将星ファンではお馴染みの光景である。
ちなみに、そのせいで相川×真田×御神楽本が将星野球部ファンの間で出回っているというなんともいえない時点に発展していることは本人たちは今この時点ではまだ何も知らない。
桜井「あ、あのー…」
相川「なんだ桜井」
桜井が、そんな三人の話が気になったのかおずおず、と話しかける。
もともと相川や御神楽とはクラスメイトなので知らない間柄ではないのだが、やはりこの雰囲気の時の三人とは話しづらい。真田君怖いし。
桜井「なんで、そう思うのかな?」
ナナコ「あ、小春!小春!それナナコも気になってた!」
三澤「…私は、なんとなくわかるかな、あはは…」
相川と御神楽は一度、お互いで目線をあわした後、口を揃えてこう言った。
相川&御神楽「だって、吉田は馬鹿だから」
納得の理由である。
『ワアァァァ!』
吉田「おっしゃあーーー!!岳とやらかかってこいやあぁあ!」
馬鹿は、頭の良い人間にとっては良いカモなんじゃないのかなぁ?と一瞬小春は考えた。ところが、実際問題はそうでもない時も少なくない。
昔から、日本にはこんな名言が伝わっているのだ。
『馬鹿には勝てん』
古暮(吉田君、ですか…。こちらの思うツボにはまってくれれば何も言うことは無いのですが…)
将星野球部の中で、吉田と大場だけは、たまに古暮にとっては理解できない結果を残すことがある。さらに吉田においては、無心でただ来た球を打つだけ、という離れ業もやってのけている。
それをやられた場合が厄介…しかもいくら岳の神のお告げがあっても、先ほどの県みたいに普通に打たれることもある。
ならば、小手先なしで『実力』で勝負する。この手の打者には。
吉田(スライダー…)
バシィンッ!
『ボール、ツー!!』
これでカウントツーエンドワン。初球は高めのストレートでストライク。三回の牽制をはさんだ後、二球目、三球目は変化球ではずして来た。
そして四球目。
岳がセットポジションから、右腕を振り上げ…。
県「しっ!!」
ギュンッ!!
吉田(お)
相川(思い切ったな県)
古暮「しまった!!」
盗まれた、という程ではないが、かなり上手い具合にスタートを切られた。流石に投球動作に入ってからでは、流石にどうしようもない。『お告げ』の事をかんがみても素晴らしいスタートだった。
古暮(くっ…)
古暮の肩はそれほど良いというわけではない、頭の使い方こそ相川と同レベルだが、他の基本的なキャッチング技術や送球動作などは相川よりも遥かに劣っている。
バシィッ!!
『ストライク、ツー!』
吉田は県が走ったので見逃したが、古暮がボールを受け取った瞬間すでに県は二塁と一塁の間3/4ぐらいまで駆け抜けていた、今から投げても間に合いそうも無い。
古暮は投げる動作だけをして、ボールは手放さなかった。盗塁成功である。チッ、と舌打ちは誰にも聞こえないようにした。
『ワァアアアーーッ!!』
六条「こ、これはチャンスなのでは…!」
桜井「よーし!!がんばれー!吉田くーん!!」
野多摩「がんばれぇ〜〜」
降矢(結果的には追い込まれてるがな…。さて、どうでる主将)
ナナコ「…」
相川(勝負してくるかな、古暮は)
データ分析だけでいうなら、ここで吉田と勝負するより一塁に歩かせて次の大場を抑える手段もある。だが次の真田は鬼門だ。バッテリーからすればなんとしてもここは一死とっておきたい。
そうすれば、真田を迎えても二死ですむはずだ。大場に打たれなければ。
相川(…それとも)
将星ベンチ上の応援席の赤城も相川と同様苦い顔をしていた。
赤城「臭うなぁ…クサイ、クサイでぇ、これは」
山田「ええっ!!?」
夙川「な、なにをいきなりいいですのですか貴方は!!」
赤城「ん?…何の話をしとるんかわからんけど、どうもこの展開は臭いなぁ…」
確かに走られたのは、バッテリーにとっては痛い。しかもここからクリーンアップだ。…だが、あの古暮とかいうキャッチャーはともかく、マウンド上の岳はまるでピンチなど感じていないように落ち着き払っている。
性格だろう、と言い切ってしまえばそれまでだが。
赤城(なんか隠しとるな、まだ)
古暮(…いきますか、岳)
岳(こくり)
できれば桐生院戦まで隠しておきたかったが、四の五のいってはいられない。成川に負けた連中がここまで強いとは思えなかった俺らの失態だろう。
状況も使うには相応しい所だろう、見逃してくれたのはありがたかった。結果的には追い込んだ形になったんだから。
吉田(決め球、カーブかストレートか。まぁ、いいぜ、どっちでも打ってやる)
二点差に広がれば、かなり状況は良くなるはずだ。このまま一点差で追いかけられるってのは、青竜戦の時の記憶上あまり精神的によろしくない。
セットポジションから、マウンド上の岳が右腕を大きく後ろに伸ばして…。
吉田「――――え?」
投げた。
確かに岳はボールを投げたはずなのだ。
その証拠にリリースの動作のまま、岳の体制はとまっている。
それなのに、ボールが見えない。そんなに速いボールをこいつは投げられた、っていうのか。
吉田の脳はフル回転して、体をスイングに持っていく。それでも見えないぐらい速いなら振り遅れる…か!吉田の脳裏にはいつか対戦した、あの桐生院の大和のストレートがよぎっていた。
が。
ブォンッ!!!バシィッ!!
吉田「えっ?」
タイミングはわずかにスイングの方が早い程度。
つまり『ボールは早くなんて、なかった』のだ。
じゃあ、どうして見えなかった―――?
『ストライクバッターアウト!!!』
氷上「…な、なんですの、あれ」
海部「あ、あたしに聞くなよ!ソフトのボールは下からくるんだ、あんな軌道見たことある訳ないだろッ!」
不破「カーブ…?」
蘇我「だよね…」
柳牛「き、軌道的にはカーブに見えたんですが…」
ソフト部のみんなは凍り付いていた、なまじ実力があるだけに先ほどの球の凄まじさが他の応援席の人よりも理解できた。
それは、赤城も同じ。
赤城「な、なんやあれ…」
ほぼ横から見ていたからわからなかったが、縦方向に凄まじい勢いがあったのだけは確認できた。それでもあの感じ、ナックルでも縦スラでもフォークでもない、もっと緩やかな曲がり…カーブだろう。
赤城「これが例の秘密兵器って奴かい…」
そこまでして、隠し通しただけの威力はあったと言うわけだ。
相川「吉田っ」
吉田は真剣な顔をしながらも、首をひねっていた。
顔が最早、なんだありゃ、と物語っている。
原田「な、なんなんっすかあの球は?!」
吉田「わからねえ…とにもかくにも、俺には『見えなかった』んだ…。いや、多分グラブに入る前の一瞬ぐらいは目に入ったと思うんだが」
相川「見えなかった、だと?」
御神楽「まさか、冬馬のファントムという訳でもあるまいし」
真田「消えた、というより見えなかった、ということは、視界に入らなかったんだろうな」
吉田「し、視界に…」
桜井「あ、あのね吉田君。私が見てる限りなんだけど、ボールは投げてからそのまますっとミットに入ったと思うの」
吉田「???」
降矢「視界に入らなかったカーブ、か。入らなかったというより」
真田「視界の外から…来た、か」
三澤「視界の外から来るカーブ…」
それこそが、岳の二つ目の武器だった。
バッテリーが対桐生院戦用、さらにはその先を見据えて編み出した必殺技。
古暮は不適な顔で、相川を見下ろしていた。
暦法バッテリー最大の武器、視界の外から来るカーブ。
―――その名は、ホワイトアウト。