245Slow die














ユウ「どうしたの、元気無さそうな顔して」

それはユウだよ。

そう言いかけて口をつぐんだ。

Bクラスともなれば各人の部屋も少し立派になる、格差は絶対的だ。

特にこのような施設においては、目的を達成するための一つの目標、希望となる。

相変わらずの大部屋ではあったが、睡眠スペースと生活スペースに別れていて、肩身の狭い思いをすることはない。

打ちっぱなしのコンクリートには、白く色がつけられ床にもカーペットのようなものが引いてある。

食事を早めに切り上げ、ベッドの上で神高博士に今日の報告をしていた所にユウが帰ってきた。

…もっとも、なぜか今日は神高博士からの返答は一切なかったのだが。

この前の試合のあとから、ユウもツヨシもずっと元気が無い。

ツヨシはユウよりも、それが顕著だった。

以前にもまして口が悪くなり、暴力をふるうようになり、チームからも孤立している。


エイジ「ユウこそ…帰ってくるの…速いね」

ユウ「食欲がなくてさ」


力なく笑う。

そのまま自分のベッドに横になった。


ユウ「調子悪いみたい…だから、横になっておくよ」


流石に自分の体調を自覚しているのか、無茶みたいに練習することは無くなった。

…それは、エイジたちの目の前での話だ。

Bクラスの教官は相変わらず体調の悪いツヨシとユウにも練習を強要する。

責任感の強い二人はそれでも練習を続けていた、自分の見えないところで。

ツヨシは日に日に、おかしくなっている。

勝利、結果以外を考えなくなっている、人らしさを失っている気がする。


ユウ「…」


気がつけば、穏やかな寝息が聞こえてきた。

チームメイトもぞろぞろと帰ってきている、おもいおもいにリラックスし始める中で、その中にツヨシはいなかった。

…。

そういえば食事のときから姿を見ていない。

エイジは何か言いようの無い不安に襲われた。

背中に何か虫が這っているかのような不快感に襲われて、思わず飛び起きる。

エイジ「…」

ツヨシとは、最近話をしていない気がする。

…最近のツヨシの様子を神高博士に報告すると、それこそが僕らの正しいあり方である、と答えられた。

正しいあり方。

勝利のためなら、何をしても良い。

足手まといになるぐらいなら、協力者などいらない。

弱者を突き放しても、それは仕方のないことなのだ。



ツヨシの姿を探すように、施設内をうろついていると、どこからか金属音が聞こえてきた。

エイジ「……球場」

長い回廊を歩き続け、違う地区内に入る。

扉を開け、ロッカールームを抜け、そしてダグアウトを潜り抜けた先の広い練習場の片隅。

そこで、ひたすらにティーバッティングを繰り返している少年の姿があった。

尋常ではない量の汗を流しながらも、血走った目はひたすらにボールのみを捉えていた。

腰のところに、練習着を透かすぐらいに青白く光るしるしがくっきりと浮かんでいた。

この遠い距離からでは、おそらくツヨシだろう、という感覚は得られたがはっきりとはわからなかった。

エイジ自身、それほど目のいい方ではなかったから。

ツヨシは、初めて会ったときはどこにでもいる普通の少年だと思った。

黒い髪を逆立てたヘアースタイルに、少しぶっきらぼうだが本当は心優しいどこにでもいる普通の少年。



…だが目の前にいる人間からは、その雰囲気は感じられなかった。




???「…どう思う?」



急に、後ろから声がした。

目線を足元に移動させると、緑色の人工芝の上に自分ではない黒いブーツが目に入ってくきた。

二足。


???「あれが、ニューエイジの最終的な姿だ。そのために彼はNo.220やお前と違ってあの男から直々に」

???「…止めるべきだと、貴方は思う?」

自分と同じ年齢ぐらいだろうか、それにしてはずいぶんと大人びた印象を受けた。

少し色素のうすい紫色の長い髪の少年、そして赤いショートカットの少女が立っていた。


エイジ「…あなた方は?」

???「始めまして…でもないか、お互い面識はあるだろ」

四路「私は…四路智美(よみちさとみ)。隣の彼は…降矢毅(ふるやつよし)」


…降矢?まさか……ボスの。

毅「特別な見方はしなくていい、あの男は俺のことを息子だなんて考えてはいないだろ」

エイジ「…一体、ぼ、僕に何のよう用でしょう?」

四路「そうね、端的に言うわ。…神高博士への報告をやめて欲しいの」

エイジ「…?な、なんのことですか?」


紫色の少年は、ふん、と鼻でエイジを笑った後に、勢いよく襟をつかみあげた。

身長差は10cmほどある、ガタイのいい毅につかみあげられたエイジは宙に浮いた格好となる。


エイジ「が…?!」

毅「しらばっくれるつもりか」

四路「ごめんなさいね、施設中に仕掛けた隠しカメラや盗聴器で貴方の動きはチェック済みなの」


そんな馬鹿な、とエイジは思った。

博士特性のあの通信機は常に小さいノイズの周波数を発生していて、盗聴器を妨害しているはずだし、自分は隠しカメラのない場所は熟知しているつもりだった。


エイジ「…がはっ…そ、そんな訳は…」

四路「そんな、訳」


ぴくり、と四路のこめかみが動いたと思ったら毅はぱっと手を離した。

自由になったエイジの体は重力に任せて落下する、膝を地面につき、呼吸を整える。


四路「そんな訳は無い、と言うつもり?」

エイジ「…」


しまった。

エイジの心臓は破裂するぐらいに飛び跳ねていた。


四路「ということは、『なぜあなたが隠しカメラや盗聴器がある』ということを知っているの?普通のニューエイジ達が知らないはずの情報を」

毅「随分間抜けなスパイだな」

スパイ…?何を言ってるんだこの人たちは、神高博士は…三澤博士たちやダイジョーブ博士と共同研究をしているはず…の。

四路「神高博士がクローン技術情報を他の組織に渡している、という情報を掴んだの」

エイジ「…な」

毅「…知らなかったと思うが、お前が神高博士に報告していたと思っていた情報は、同時に他の組織にも渡っていたということだ。D被験体の経過という絶好のデータが渡ってしまった訳だ」

四路「あなたが喋った情報がね、神高博士以外の所へも通じているってこと」


それは、エイジが知らない情報だった。

四路「すでに、神高博士は軟禁させてもらっているわ」

…それでさっき返答が無かったのか…。

エイジ「ぐ…ナ、ナナコは!」

毅「…ななこ?」

四路「あのプロトタイプハーフの女の子なら無事よ、すでに三澤博士が保護しているわ」

エイジ「…良かった…」

四路「ま、神高博士への報告をやめろって言ったのはただの裏づけが欲しかっただけなんだけど。下っ端の私たちができるのはそれぐらいだし」

四路はもう興味がないと言った感じで、エイジに背を向けた。

エイジ「僕はどうすれば…」

毅「好きにしろ、もうお前を縛るものは何も無い」

エイジ「…?」

四路「普通にしてればいいわよ、あなたはハーフなのにDも覚醒してないしね。組織にとって怪しかった神高博士をあぶりだす以外に貴方の利用価値は無いし」

エイジ「…価値…」

四路「そうそう、あの子、そろそろ止めてあげないとまずいわよ。Dの乱用は身体に多大な悪影響を及ぼすわ」

エイジ「!ツヨシ!」


そういえば先ほどからの金属音がいつの間にか途絶えている。

ティーバッティングの方に目を向けると、少年が倒れている姿がエイジの目に入ってきた。


エイジ「く…」


そして振り向いた時に、智美と毅の姿はそこにもうなかった。

いきなりの展開に戸惑っていたエイジではあったが、とにかく今はツヨシの心配をするのが先だ。

…?

ふと違和感を覚えた。

先ほどは遠くて見えなかった姿が、今は同じ距離でもいやにくっきりと見える。


エイジ「ツヨシっ!」


駆け寄ると、ツヨシは目を開いたまま仰向けに倒れていた。

顔面中から噴出した汗がおびただしく流れている、目は完全に血走っており、開いてはいるものの視線は完全に虚空をさ迷っていた。


エイジ「おい!しっかりしろ!僕が見えるか!!」

ツヨシ「…!」


ビクンッと体がはねた後、ツヨシはとりつかれた様に跳ね起きた。

上半身だけを起こした状態で、焦点の定まらない目をエイジに向ける。

おかしい、彼はどう見ても今、異常な状態にあった。


エイジ「…ツヨシ…?」

ツヨシ「ひぃい!ス、スイマセン!…す、すぐに…」

エイジ「お、おい、しっかりしろツヨシ!!」


エイジはツヨシの両肩に手を置いた。


ツヨシ「やめろ!!!!」

エイジ「うわ!!!」


片手だとは信じられないぐらい強い力で跳ね飛ばされる。

1Mは吹っ飛んでいた、エイジはごろごろと人工芝を転がった。


ツヨシ「はぁ…はぁ…」


ツヨシは落ちていたバットを拾うと、ゆっくりと立ち上がった。









ツヨシ「―――絶対的な勝利を、全てのスポーツを我らに」





それは、いつか聞いたプロペラ団のスローガンそのものであった。

その日ツヨシは部屋には帰ってこなかった。

…。

そして、ユウも少しづつ狂っていく。


Aクラスとの試合に負けた日のことだ。

今日も勝つことはできなかった…が、今日は惜しい試合だった。

初回の三失点以外は均衡した試合だったのだ、二点を返したものの最後まで追いつくことは無かった、惜敗である。

その三失点を許したユウの顔は完全に沈んでいた。

ロッカールームでも無言のまましばらく立ち尽くしていた後姿に、エイジはどう声をかければいいかわからなかった。


ガチャリ。

ロッカールームの扉が開いて黒ずくめの男が入ってきた。

中年のプロペラ団の教官だった、手には名簿らしきものがある。


「No.89、154、167前へ出ろ」

急にBクラスの中に電撃が走った。

震えた顔で前へ出てくる三人の少年、エイジは前にもどこかで見たようなこの光景に嫌な予感を感じていた。

「お前達は不要だ、という報告が上によって可決された。処分だ」

「そ、そんな!」

「う、うわあああ!!」

「抑えろ」

急に扉から入ってきたボディガードのような男たちに三人の少年は取り押さえられ、中年の男に注射器で何かを打たれると、途端におとなしくなった。

「こうなりたくなければ、負けないように」

そのまま風のように男たちは扉から出て行った。

あまりにも唐突な出来事に、皆が口を失っていた。

またか、と一人の少年が口にした。

それはBクラスのリーダーと思われる年上の少年だった、寂しそうな、それでいて無表情かつ冷たい目線で扉の方を見つめていた。

後で聞いた話では、長い間同じクラスにいて上にも下にも下がらないようなニューエイジには処分が検討されるらしい。

拉致された彼らがどうなるのかは、誰も知らなかった。

噂では解剖されて実験に使われるとか、バラバラにされるとか、いい話は一つも無かった。


ツヨシ「…くっくっ」

エイジ「…ツヨシ?」


ツヨシは低い声で笑っていた。

完全に目は焦点が定まってはいない。


ツヨシ「弱いからなぁ…仕方が無いよなぁ」

「…おい、お前…!」

ツヨシ「何言ってるんだ、ここにいる全員のせいだろ、負けたのは。俺たちが残れたのは運が良かっただけだ」

エイジ「つ、ツヨシ…何を」

ツヨシ「弱い奴はいらないだろ、くっくっ…早く勝とうぜ」


ツヨシは狂ったような笑い声を残しながらロッカールームを後にした。


ユウ「私の…せいだ」


初回の三失点が最後まで響いた。

だがそれはユウだけのせいでない、エラーやまずい守備が絡んでの失点もある。

それでもユウは震えながら、入り口の方を見つめていた。


ユウ「…わた…しのせいで、あの人たち…消えちゃったの?」

エイジ「ユウ…ユウだけのせいじゃ…」



ユウ「やめて!!!!」


鼓膜を破る程の大声。

ユウ「わたしが悪いんだ!!わたしが悪いんだ!わたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしが!!!!!あああああああああ!!!」

エイジ「ゆ、ユウ!しっかり…」

ユウ「ご、め…んなさい…」


エイジの言葉は聞こえてはいなかった。

ふらついた足取りでロッカールームを走り去っていく。

二人に…何が…まさか…D?


「駄目だな、いったん落ち着くまで待とう」

年上の少年は、寒気がするほど落ち着いていた。

「…心が壊れるってことは、日常茶飯事だよ。慣れなきゃ…強くならなきゃやってられないんだ」

エイジ「……そんな」

「…俺たちには勝つしかないからな…ああ、そうそう、君、今日は良かったよ。その調子で次も頼むぜ。Aクラスも何人か処分が出てるから、実力が拮抗してきたんだ」

エイジは今日4の4だった。

いつもさほど目立つような活躍もしない彼だったが、今日は調子が良かったのか、返した二得点のいずれにもエイジは絡んでいた。

…今日は、いつもよりボールがよく見えたのだ、まるで片目をつぶっても打てるほどに。


「次こそ勝とう…勝てば、Aクラスとの大幅な入れ替えが行われるからな」

エイジ「でも…それは、Aクラスの人がBに落ちるってことですよね」

「仕方の無いことだろ…そういう世界なんだ、ここは」




そう言った、その年上の少年も次の試合の敗退で処分され姿を消した。




その夜、ベッドで毛布をかぶりながら「ごめんなさい」と狂ったようにつぶやく声がエイジの耳にこびりついて離れなかった。



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