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エイジ。

No.224であり、『彼』は220と229を監視するために送り込まれた存在。

だが、彼もまた、ハーフである。

人間は本来自らの体を痛めるほどの力は出せないようにできてある、そのために「痛み」が存在している。

限界点を超えれば、人は力をセーブするようにできているが、それが思わぬ事態になった時に発揮される時がある、火事場の馬鹿力やランナーズハイなどがいい例だ。

ただ力を発揮した後は体組織のどこかしらを痛めてしまう、限界を超えて活動したのだから、それは当然だ。

…『D』と呼ばれるプロジェクトは、その力を思い通りに発揮するための実験である。

脳内からの電気信号を自由に出し入れすることで、神経を以上活動させる、それを利用してリミッターを外す。

そうすることで、本来発揮されないはずの力を得ることができる。

本来軍事目的に活用するために生み出されたはずのものであったが、国際裏組織にその存在が発覚したことで表立った行動はできなくなった。

ところが、それをさらに裏に隠すことでDは思わぬ力を発揮した。

それが、裏スポーツ界である。

どこの国も軍事的利用では受け入れられなかったそれが、スポーツだとすんなり受け入れられた。

つまり、『発覚しない』ドーピングである。

各国はこぞってその力を導入…だが、Dが使用できる人間は想像以上に少なかった。

1000人に一人いるか、どうか、である。

軍事利用など夢のまた夢である…とういうのもDは脳内の電気神経細胞を刺激する仕組みになっているので、当然、発動しても廃人になってしまう…。

モルモットで上手くいっても人間では上手くいかない。

人間で実験しようにも、大量的な神隠しでも起こらない限りそれだけの実験材料を揃えるには不可能。

…そこで、研究者達はクローン人間を作り出した、ただのクローンではない優秀な遺伝子同士をかけあわせた理論上、優秀な能力を持った人間だ。

初めから存在しなかった人間が消えていっても何の問題も無い、ただ…その人間を作り出すのにも一苦労だった。

しかし、そんな苦労の結果クローン人間にDを植えつけても、発動することはなかった…結果、やはりクローン人間では無理なのか…という結論に陥った。

しかし普通の人間では、Dに耐えうることはできない。

そんな中一人の研究者がある提案をした。

生まれてきた人間に、Dに耐えうる能力と優秀な遺伝子を混ぜ合わせてみればどうか?

ハーフ、と呼ばれたこの子供たちは体外受精で女性の体内に宿され、普通に生まれた。

しかし…このハーフもまともに育つことはなかなか無く、途中で自我が崩壊したり、先天的な奇病を持っていたり…。

一連のDに耐えうる新しい人類を作るプロジェクトをニューエイジプロジェクトといい、そのプロジェクトがようやく成功したのが、ちょうど七回目…。

初めて成功したそのハーフを、研究者は『ナナコ』と名づけた。





ナナコ「…えーちゃんは?」

ただ、彼女もおかしな点はあった。

もう生まれて14年目になろうとする彼女だが、体組織が9歳あたりから活発に活動しなくなったのだ。

生活に影響はしないが、彼女は実質年を取らなくなってしまった。

「また、彼のことばかり気にかけてるのね」

研究室はまるで小学校の教室だ。

自分のことはできるようになっていたが、思考がまるで成長しない。

ナナコと呼ばれた少女はつけたままのテレビを見ようともせず、写真たてに入っている一人の少年の写真を見たままカーペットを転がっていた。

少し茶色がかった長い髪を左右でぴょこんとはねるように髪留めでとめていた。

白衣を着た女性は紫色のウェーブヘアーを手で払う。

ナナコ「ママ…えーちゃんは」

「…エイジ君は大事なお仕事中よ」

ナナコの後に成功したのは五人。

そのうちの二人は、もともとクローン人間であると教えた上クローン人間と一緒に生活させ、一緒の施設に入れておいた。

そのうちの二人は外で普通の人間として生活させ、そして再びこの施設に戻した。

興味深い実験データが出た。

普通に育った方にはDが全く発動しなかった、仕方が無いので彼女と彼は今普通にプロペラの団員として教育している。

クローンとして育った方も、Dが発動しなかった。

今回の実験は失敗かに思われたが。

予想だにできない事件が起こった。

ある団員が彼らに暴力を加えようとした。

事実は特定の人物しか知らされていない、だから何かあれば連絡するように『彼』には言ってあった。

その事件の時に発覚した。

No.220の手首にはくっきりと、Dの痣が浮かび上がっていたのだ。

…。

(成功していた?)

にも関わらず彼女は能力を使おうとはしなかった、使っていれば一人でも上に上がることはできただろう。

Dが刻まれているとわかった今も、彼女と彼が力を使った報告は無い。

『彼』の連絡によれば、だけど。

…No.224として送り込んだ『彼』…エイジもまた、ハーフである。

が、彼は別の実験の被験者として観察している、『彼』はほぼ全ての事情を知っているのだ。

そして、No.220とNo.229の監視と観察を頼んである…何かあれば、逐一報告するように。


チリ――ン。

ポケットから、鈴の音が鳴る。

本物ではない、小型の特別用通信機だ。

彼から連絡がある際、鈴の音がなるように設定してある。


「…エイジ?どうしたの」

No.220やNo.229と違って彼の名前は私がつけている。

といっても簡単なものだ、彼の遺伝子にはかの大投手沢村栄治をベースにした物が混じっていたから、その大投手の下の名前を預かっただけの話。

『…名前を』

「名前?」

『彼らからコンタクトがありました』

「それはさっき聞いたわ」

『彼らは、僕に協力してほしいらしいです』

「そう」

『外に出るために』

(…)

やはり、信じ込んでいるらしい。

No.220とNo.229、そして私と三澤蜜柑(みさわみかん)、そして鋼猛(はがねたける)、ダイジョーブ博士。

そして、Dが覚醒しなかった…ハーフ、降矢夫妻の息子、毅と四路智美があの場にいた。

No.220とNo.229に『偽り』の『真実』を与えたその場には。




―――コレデダイジョーブデース―――

―――本当にそんなことができるのか?―――

―――マァ、一時的ナモノデスガネ、十分デショウ―――

―――それはそうよね、本当なら少しづつ時間をかけて形成していくものだし―――

―――しかし、つぶやいていただけでは…―――

―――シナリオガ優レテイルカラデース、ヤハリカミタ…―――

―――しっ…目が覚めるわよ―――

――――………?どうして私たちはここに…―――



ハーフである彼らが外の世界を知る訳がない。

だが脳内に刷り込ませることはできる、サブリミナル効果の応用だ、とダイジョーブは言っていたが。

…それでも彼らは自らの本当の名前を聞きたがった。

記憶はあるのに、名前がない。

だから、私たちは彼らに仮初の名前を与えた。

それが『ツヨシ』と『ユウ』。

特に理由はない、あえて言うとすれば…降矢博士の息子の名前がツヨシ、そして娘の名前がユウであっただけだ。

…。

『ど…どうしたんですか?』

黙りきっていたのが不安だったのか、エイジは返答しない私に対して聞き返してきた。

臆病者を演じること、目立たないようにすること。

エイジにはそれを徹底させている、例え私と話すときであっても。

「なんでもないわ。そのまま続けなさい」

『…とは?』

「勝ち上がってみなさい、Aクラスまで。あなたも、外を見てみたいとは思わないの?」

『…わかりません、僕は外を知らないので』

「そう…。このままがいいの?」

『わかりません』

でも、私自身にもエイジが本当は何を考えているのかはわからない。

人間として生まれてこなかった上に、延々と演技させられている彼を本当に理解する人間がこの世にいるのか。

『僕は…でも…彼らが羨ましい』

「…うらやましい?」

『きっと…彼らは…素直に生きている』

「…そう」

ごめんなさい。

心の中で謝った。

言葉には、決してできないけど…。


『ナナコは、どうしていますか?』

…気に止めるのもよくわかる。

彼は生まれたときから三つ年上のナナコとずっといたのだ。

言えば姉弟のようなものである…もっとも成長しないナナコはエイジのことを兄、成長するエイジはナナコのことを妹だと思い込んでいるが。

「…元気にしてるわ。もういいでしょ、任務に戻りなさい」

『…は』

相手が言い切る前に通信の電源を切った。

…エイジが唯一気にかけるのが、ナナコのこと。

それが私には怖かった。

私から…ナナコを取ろうとしているのか。

遺伝子は受け継いではいないとはいえ、私がお腹を痛めて産んだ子だ…娘には違いない。

エイジ…。
















―――神高博士は、彼がナナコのことを聞こうとすると、急に機嫌を害する。

一方的にいつも通信を切られることに対してエイジはそう思っていた。

…ナナコのことで、何かまずいことでもあるのだろうか。

ユウ「…どうしたの?寝れないの?」

驚いた。

もう消灯時刻はとっくの昔に過ぎている。

一応の報告をしようと思い、部屋を抜け出して廊下で会話していたのだが、気がついたらユウが後ろにいた。

エイジ「…あ、ああ、ユ、ユウ…どうしたの?」

ユウ「別に、エイジが急に部屋を出て行くからどうしたのかな、と思って」

エイジ「…そう」

ユウ「後…なんだか頭が痛くて…」

エイジ「頭?」

ユウ「うん…ズキンズキン…最近ずっと…寝る前になったら頭痛がするんだ…。おかしいな」

エイジ「…それっていつから?」

ユウ「わかんない…最近試合で調子いいのと反比例するように…」

ユウは、能力を使っていない、と皆は思っている。

しかしエイジの目から見ればユウがDを発揮しているのは明らかだった、今まで素人に毛が生えた程度の実力だった、センスもまるでないユウがまがりなりにも変化球を投げ、相手を抑えているのだ。

手首…。

スナップを聞かせることによって、カーブは威力を増す。

エイジ「…手首痛くない?」

ユウ「どうして知ってるの!?」

突然の質問にユウは目を丸くした。

エイジ「…頭も、痛いんだ」

ユウ「う…うん」


…報告する必要があるだろう。

Dが一体なんなのか、大体は知っているが…それが一体どのような影響を自分たちに及ぼすのかまではエイジも知らなかった。

エイジ自身は…まだDに目覚めていなかったから。


エイジ「無理しないでね」

ユウ「…?」

エイジ「無理するんじゃねーぞ…後ろには俺たちがいるから…」

ユウ「う…うん」

エイジ「!…あ、いや、その…ごめん…なんだか、僕も頭が痛くて…もう、寝よう」


エイジはそう言って一方的に話を打ち切ってユウの側を通り過ぎた。

演じ続けるってなんだろう。

自分もツヨシやユウのように素直に生きてみたい。








試合は順調に進んだ。

慣れないチームメイトともそれなりに協力して、彼らはランクをあげていった。

GからFへ、そしてEからDへ……DからC、そしてCからBへ…。

そして少しづつ彼らの『D』も覚醒しつつあった、野球としての才能を彼らは高めていく。

そして…異変も起こっていた。

Bチームへ昇格した後の夜、ツヨシが夜中一人で部屋を抜け出したのだ。



エイジ(…まさか…)

音を立てずにエイジはベッドを抜け出した。

部屋の外の通路はすでに真っ暗であり、わずかな照明が地面を照らしている。

ツヨシの足音が静寂が支配する廊下に響く中、エイジはこっそりと後をつけていた。

エイジ(…トイレ?)

男子用のトイレにお腹…いや、横腹だろうか。

側面を片手で抑えながら、まるで足を引きずるようにツヨシはそのまま個室へ入っていった。

嘔吐。

まだ声変わりもしていない少年のうめく様な声の後、液体が逆流するような音が聞こえた。

…おかしい。

明らかにおかしい。

エイジ(Dには…やはり、何かあるんじゃないだろうか?)

ツヨシも腰のDが目覚めて以来、目覚しくバッティングが上達したが…。

心配はしたい、大丈夫か?と肩をさすってあげたい。

だが、彼らを監視するという事実を隠している以上、後ろめたさが彼には常につきまとっていた。

躊躇は足を止める。

もしそれが余計なことであったら、それが博士の逆鱗に触れることであったら。

博士…彼女は支配者である。

一度だけ、彼が勝手にした行動で、彼はナナコと会うことができなくなった、ただNo.220とNo.229に話しかけただけだ。

その恐れがまだ、エイジの中に残っている。

エイジは報告しなくちゃ、と小さな声で呟くと個室を後にした。






ユウ「今日も、負けちゃったね」

ハハ、とユウは力なく笑う。

BからAへの道は険しく、遠かった。

三戦三敗、今までの奴らとは実力が違う。

生身ながらDが覚醒した投手が相手である、おまけに同じ年代ならとっくにスカウトされてるような人間たちが相手だ。

いくらDが覚醒してるといえども、元々素人に毛が生えた程度の能力しかない彼ら三人では、Bチームのチームメイトにも多少劣ってしまう。

「ま、気にすんなよ」

バシっとユウの背中を叩く。

年長者らしきアジア系の少年が笑った。

Bチームともなれば、人格者もそれなりに増えてくる、上が近くなればなるほど希望を見出す。

人は希望を見出せば、明るくなれる。

だが、それとは逆にユウとツヨシの顔からは明らかに元気が減っていっている。

ともすれば身を削っているようだ。

ツヨシ「…悪い、先帰る…」

「お、おう……大丈夫か?あいつ、最近…」

ユウ「あはは…ツヨシ、最近調子悪そうだよね」

お前もだよ、とエイジは心の中で叫んだ。

エイジ「…ユウも、だよ」

ユウ「…そうかも。ずっと頭痛いし…」

エイジ「…休んだ方がいいよ」

ユウ「でも、練習しなくちゃ…勝って…外に…」

エイジ「でも、た、倒れちゃうよこのままじゃ」

ユウ「うるさい!!!!!」

…。

周りの皆が目を丸くしていた。

ユウの息は荒く、まるで肉食獣のように目を赤く血走らせてこちらをにらみつけていた。

しばらく肩を上下させた後、急に下を向いて、ごめん、と一言だけ残してロッカールームに入っていった。

「なんだぁ…?あの子…あんなだっけか?」

「さぁ…どうしたんだろ」

エイジ「ユウ…ツヨシ…」



次の日の朝から、ユウとツヨシの顔に笑顔は無かった。





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