243Idiot Dream
「あ、あの…なんでしょう?」
おどおど、と、少しのおびえが入った表情で『彼』は彼らの言葉に答えた。
唇がうまく動いていないらしく、言葉はこもったものとなり聞き取りにくかったが、二人にはちゃんと聞こえたらしい。
No.220「…ぷっ、顔の割にそういう声なんだ」
「下に降りてこいよ、まだまともに話せるみたいだしな」
周りの子供たちは彼らに興味がないらしく、静かにベッドの上で目をつぶっていた。
彼は隣に戦々恐々しつつも、彼らの言うとおりベッドの下に降りていった。
「とりあえず廊下に出よう、ここじゃあちょっと息がつまりそうだ」
ここの所ずっとNo.220と一緒にいた少年が、親指で部屋の扉を指差した。
外に出ろ、ということらしい。
二人に続いて廊下に出ていく、中の空気よりもずいぶんひんやりとしている気がする。
裸足の足元にも、むきだしのコンクリートの冷たさが感じられた、細い道が左右にずっと続いている。
天井や壁にそってパイプが何本も通っている、まるでトンネルを細くしたような景観だった。
No.220「君は他の人とちょっと違う、みたいだね」
栗色の髪がふわりと揺れる、瞳にはしっかりと光が宿っており『彼』の目を真正面から見ていた。
「…まあ俺たちも前までは似たようなものだったがな」
No.220「…でも、貴方は三澤博士に何もしてもらってないはず…だよね?でも、他の人と違って…なんだか……」
「ここに…混じりこんでいる」
一瞬、ドキリとした。
二人は相変わらず『彼』をじっと見ている。
『彼』…は、沈黙を守ることにした、足元をじっと見て質問を黙殺する。
No.220「…なんで、なんて聞いたらまずい、かな」
「………」
「黙ったまんま、か…ちっ」
N.220「とにかく、自己紹介でもする?」
「…相変わらずお前のその大胆な発想にはびっくりだ」
自己紹介。
そんなことをして何の必要があるんだろうか。
『彼』は少しだけ顔をあげた、彼らにやはり興味は尽きない。
「…俺たちは、勝ち抜くために協力していかなければならない」
「か、勝ち抜く…?」
No.220「うん、なんとしてもAランクまで上がって…」
「外に出るチャンスを得るんだ」
外に出る…?外…外ってなんなんだろう、彼はじっと少年の顔を見つめていた。
「…何?って顔だな…お前まさか記憶取り戻してないのか」
「き、記憶…?な、なんでしょう」
No.220「私みたいに…薬を飲んだふりだったかもしれないよ」
「…そういえばお前は最初から普通だったんだっけか…ま、いいや。とりあえず…」
うん、とNo.220はうなずいて『彼』の方を向いた、そして『にっこりと笑った』。
No.220「私はNo.220、よろしくね」
ズキン、と一瞬どこかで激しい痛みが走った。
何かが遠く向こうからすさまじい速度で戻ってくる。
「は、はじめまして…」
その表情のまま、彼女が右手を差し出した。
どうすればいいのかわからず、彼はその手をぼうっと見つめていた。
「…なんか、作りたてのロボットみたいだな。いいか、握るんだよ、こうやって」
少年が言うとおり、恐る恐る右手を前に突き出した。
その手を少女は笑いながら握る。
――――ドクンッ。
心臓が強くはねた。
しかし『彼』は無表情のまま、彼女の手首を見つめていた。
意識はしていなかったが、彼女の手首には青白い『D』のあとが浮き出ていた。
No.220「このDって気持ち悪いよね…」
『彼』は顔を上げて少女の顔を見た、自嘲気味に笑っていた。
「う、うん…」
そんな風に君は寂しげに、目を伏せてため息を一つ。
うなずくと、彼女はとても驚いた。
No.220「本当!?…なんだか嬉しい、ここの人たちは皆そうは思ってないみたいで…。…私は、これ、嫌い、なんだか傷みたいで…」
そんな時、なんて声をかければいいのか。
困って少年の方を見ると、少年は苦笑いをしていた。
「傷、ね。いいんじゃねーの、名誉の負傷ってことで」
No.220「でも、やっぱり嫌い。自分の体じゃないみたいで…」
自分の体。
その部分に『彼』は強く反応した。
「そうだよね…」
No.220「ふーん…」
彼女は『彼』の全身をじろじろと見回した後、やっぱり他の人とはなんとなく違う気がする、といってもう一度笑った。
よく笑う女の子だ…笑う?…そうだ、笑っていた、あいつも。
僕も、昔は。
No.220「ね!なんだか君と私、気が合いそうだよね」
「それは唐突過ぎるだろうが。だれかれかまわずそう言いやがって」
No.220「だって実際に私と君だったらそうだったじゃない」
「…まぁな」
NO.220「ねぇ、名前教えてよ名前。私、あのクスリ飲んだふりして捨てたから、自分の名前覚えてるんだ」
名前。
自分の名前、彼女も自分に名前があった。
「…今にして思えばよくばれなかったよな」
No.220「まぁ、ね」
ぺろっと舌を出す、また『彼』の心臓が大きく跳ねた。
誰かの顔がフィードバックする、つい最近みたような、つい最近前でそこにいたような。
しかし、彼女の話には違和感を感じた。
200ナンバーは、自分と同じ作り出されたはずだ…自分には名前があるが、それは作り出されていないから、彼女は何故名前を?
それでも『彼』は嘘をつくことを選択した、怪しまれてはならない。
「…ぼ、僕は飲んだけど…覚えてる、不思議と」
「…ふぅん」
少年が訝しげな目で『彼』を覗き込んだ。
「…飲んで覚えてる奴なんて、初めて見る」
「あ、あなたは…名前は無いんですか…}
「あるよ」
少年は自分の『腰』を指し示した。
服をめくると、No.220、彼女と同じDの痣がそこに刻まれていた。
「やっぱり、作り出された人間にDはなじまないみたいだな。結局混じりこんだ俺とコイツだけ『D』が覚醒した」
混じりこんだ?…200台にも普通の人間がいると言うことなんだろうか…?だからあの人は、僕に監視を依頼した…?
『彼』はあの人の言葉を頭に浮かべながら二人の顔を見比べた…それでもあの日殴られるまでは、みんなと同じような表情をしていたような気がする。
何が…、あの日に何が?
あの人は教えてはくれなかった、結局…思考の海に沈もうとしたところで、No.220がとにかく、と流れを断ち切った。
No.220「うんうん!でも…いつか数字で呼び合うことに慣れて忘れあわないように、お互いの名前を教えあおう?それが…君と私がここで生きていく為の証」
「俺を忘れるなよ」
No.220「あはっ、冗談だよ。冗談」
「うん」
少年と少女は手を差し出した、また握るのかと思ったが違うらしい。
少年の上に少女を手を重ねる、それにならって『彼』も手を重ねた。
No.220「私の本当の名前は―――」
ズキン。
激しい痛みが『誰か』の頭を襲った。
…思い出してはいけない?
ズキン。
それはどういうこと?
なんで、今ここで行われていることなのに。
ズキン。
これは、誰かの中…?
ズキン。
それでも、映像は彼女の唇は滑らかに動いていく。
鮮明に、一つの単語を招いた。
No.220「ユウ」
確かに、彼女はそう言った。
栗色の髪を持つ、手首にDの痣を持つ彼女は、そう言ったのだ。
「…ユウ?」
No.220「私の名前はね…ユウ」
―――そうか、お前が―――だから―――
『誰か』の声がフィードバックした。
「…どうした、ぼうっとして」
「い、いえ、なんでもないです…」
No.220「ほら、早く、次はツヨシの番だよ」
「…俺はツヨシ、ま、よろしく、な」
鋭い目つきに、金色の髪、口の悪さ。
…あれ?これは…どこかで……いや…これは……。
―――俺?―――
また、誰かの声が遠くで響いた。
高い金属同士をぶつけたような音が、フェードアウトしていく。
耳鳴り。
No.229……え?……記憶が…?
ツヨシ「ま、普段はばれるとまずいんでNo.229で呼んでくれ…お前は」
「ぼ、僕…?」
戸惑った様子で、『彼』…No.224は口を開いた。
「…僕は……」
どうすればいいのだろう、あの人に聞くべきだろうか。
聞くべきだろう、勝手な行動は許されない。
『彼』はごめんなさい、と言って走り出した。
後ろの方で、二人が呼び止める声が聞こえる。
これでいいのだろうか。
いいのだろうか?
…僕は…。
次のセクションへと続く、ドア。
普段そこは開かないようになっている、ガラス張りのドア。
薄暗い緑色の非常灯が、ガラスに自分の姿をうつした。
黒い髪、鋭い目、そして先ほどのツヨシと同じような体つき。
…似ていた。
少年の顔と、僕の顔…髪の色を除けば完璧だ。
ナナコはだけど僕を僕だとわかっていた。
ツヨシはでも、俺…いや、僕?
ドアに手を突いて、肩を上下させる、息が切れていた。
息切れた、まま、耳元につけた、ピアスを取り外して口に寄せた。
『どうしたのかしら?』
「二人に…名前を聞かれました」
『…』
向こうで、息を呑む音が聞こえた。
しばらく電信が途絶える…彼は大きく深呼吸しながら、返答を必死に待った。
ガラス張りのドアの向こうは暗がりだ、蛍光灯すらついていない。
『……そう、で、なんて言ったの?』
ようやく、返信が帰ってきた。
「ユウ、とツヨシ…そう名乗っていました」
『……で、あなたも名前を聞かれた訳ね』
「…はい。手首と腰に、それぞれDが」
『…やっぱり、作り出された物にはDはないのね…』
「教えてください博士、あの時、あそこで―――何が行われていたんですか?」
『……彼らは、薬を飲んでいなかった…。外に出たい、元に戻りたい、外を知っている人間は意思を持っている。…意思は何かをしようという行動の礎となる。…三澤博士は彼らのDを安定させた」
「それでも、ぼ、僕が知ってる彼らとは…あの日を境に…」
『当然よ。彼女たちは生まれ変わったんだから…いや、元に戻った、と言ったほうがいいかしら?』
「…どういう、こ、ことでしょう」
『彼女たちは、『薬を飲んでいない』と思い込んでるだけよ』
「…ということは、本当は……ニューエイジだったのでしょうか」
『そうよ、ただ三澤博士が薬を飲んでいないということにしただけよ。空白の期間に彼らが気づいた時、どうなるかはわからないけどね…』
「そんな風に人間をいじって、大丈夫なのでしょうか?」
『…素に戻ってきてるわよ。演じなさい』
「は、はい、す、すいません…」
『知らないわ。ボスも周りの人間も所詮、200台の貴方達は作られた存在だと思っているもの。…それが、怖いところだけどね』
「…彼女たちは自由を手にしたい、と」
『…かまわないわ。好きにさせておきなさい、いい実験データが取れる。……ハーフのね』
「ハーフ?」
『彼女たちは純粋に作られた存在ではないわ、『貴方と同じ』混ざった存在よ。優秀な遺伝子を生まれてきた人間に投与する…それで普通に育ったのが貴方達三人……他は人間ではなくなったわ。…でも、それでDが発動した、というのは画期的な発見だった』
非人道的行為はなはだしい。
Dは自ら生み出した、クローンともいえる存在には発動しなかった。
ところが、生まれてきた人間に、大人になる成長の段階で他の遺伝子をミキシングさせる、そうすることによってDが発動するなら、優秀な遺伝子を持ち、かつDが発動することとなる。
それは、ニューエイジプロジェクトと呼ばれていた。
彼女たちが目指しているのは、それだ。
「博士…僕はどうすれば」
『いいわ、真実はぼかしなさい。ただ名前は教えてもいいわ。なるべく彼らと良好な関係を気づくように…普通の人間として生活できるように……たとえ、何もできなくても。それが三澤蜜柑(みさわみかん)の望んだことよ』
「…はい」
通信を切り、元来た道を戻っていく。
ずいぶんと長い距離を来たみたいだ、なかなかもとのドアが見当たらなかった。
「…?」
彼ら…ユウとツヨシがこちらに走ってくるのが見えた。
「あ、あなたたち…ど、どうして」
ユウ「い、いきなり走ってくからびっくりしちゃって…」
ツヨシ「…勘違いするなよ、そろそろ部屋に戻らないと団員に怪しまれるからな…」
ユウ「素直じゃないんだから…」
ツヨシ「うるせーよ」
ユウ「あたっ!殴ることないじゃない!」
……たとえ、何もできなくても、普通の人間として生きれるように…。
「僕は………」
エイジ「僕はエイジ……よろしく」