242Who?














試合後、ロッカールームで一人づつシャワーを浴びた後、タオルで体を拭いていると、また少し違和感のある光景が見えた。

この前殴られていた二人で部屋の隅っこで話し合っていた。

少女の目から涙がこぼれている、それを少年の方が何かを言いながら慰めていた。

少女の方は、少し栗色がかったオレンジ色の近い色の首までショートカット、ちゃんとカットされていないのか毛先が細かく外にはねていた。

少年の方は背中越しなので表情はわからなかった。

棚の横には移動式のかごが用意されてあって、乱雑に着替えが置かれていた、安っぽい生地で作られた半ズボンとTシャツである。

『彼』は二人の会話が気になって素早く着替えると、少しづつ近寄って聞き耳を立ててみた。


「…元気だせよ…」

「でも…私が…抑えてれば…」

「仕方ないって…みんなまともに守ってないから」

「…ひっく」

「俺らには…もともと、誰かのために何かができるようになってないんだから…はずしてもらったけど…」

「…チームプレイが足枷になるだなんて…みんなが協力しないと、勝てないのに…」

何を言っているんだろう。

Aクラスは、一人一人がバラバラな事をやっていても勝っている。


ガツンッ!!

大きな音を立てて、ロッカールームの音が開いた。

「着替え終わったらすぐに外に集合。ミーティングは無し。……どうせお前らに何を言ったところで無駄だろう。力の無い単体に強さは宿るわけが無い…夕食まで部屋で待機していろ」

また大きな音をたててドアが閉められた。

二人の会話もそれで打ち切られたようで、皆無言のままぞろぞろとロッカールームを出て行った。

『彼』はみんなの中でうつむいている二人を観察し続けていた。

…やっぱり何かが違う。

何か僕たちよりもいろいろと無駄な動作が多い。

あの時何かがあったのだろうか、やはり連れて行かれたあの時…。

試合でも二人の実力は変わっていた、いつもよりよく曲がる変化球、そしていつもより遠くへ飛ぶ球…急に身体能力が上昇していた。

…何が?



数日間が過ぎた後も、やはり二人は不思議な行動を繰り返していた。

ひそひそと何かを話している、二人とも口数が明らかに多くなっていた。

ほぼいつも一緒にいて…団員に叱られていた言葉によると『二人』は笑っている。

叱られて以来、なるべく人前では『彼』らと同じふりをしているようだが、二人きりになるとこっそりと会話を交わしている。

「でさ…」

「へぇ…」

たまに、困ったようにちらちらとこちらを見るときもあった、が『彼』はそれでも彼らを見続けた。

興味がある。

なぜ自分でもこんなに彼らに惹かれるのだろうか、それとも何か片鱗を見ているのだろうか…。

―――えーちゃん―――

いや、『彼』はここにただ連れて来られただけなのだ、何を考える必要も無い。

ただ、おかしな人たちを監視していればいい、そうそれが記憶が始まったときに『彼』がしなければならない仕事。

また、彼らがこちらの方を困った目で見た。

No.220の目が、うろうろとせわしなく動いているのを覚えている。


…彼らはまた、よくヤキュウのレンシュウをしていた。

する必要の無い深夜や休憩時間にまで、積極的にレンシュウを行っていた、ただし団員や監視員がいないところでだが。

その様子をも『彼』はちらちらと見ていた。

気づかれているのか気づかれていないのかはわからないが、彼は一心不乱にレンシュウを繰り返していた。

その効果は目に見えるほどに表れる。

キィンッ!!!

ボールが転がっていく、それを捕った少年が『彼』めがけて投げる。

軽快な音を立ててグラブにボールが入り込んだ。

観客のいない広がったドーム球場に、静かにアウトコールが響き渡る。




これで六回までなんと失点0、スコアボードは0-0のまま…今まで五回までにコールド負けしていたというように。

微妙な変化は『彼』自身にも現れていた、今まで見よう見真似でやっていたヤキュウができるようになってきていた。

取りこぼしていたボールも、捕球できるようになった。

ピッチャーのNo.220が投げて、ショートの少年が受け、ファーストの『彼』が捕る。

これだけで相手に点を取らせないことができる。

…それでも、他のチームメイトの様子は変わりなかった、相変わらずのろのろとボールを追いかけて、ヤキュウのようなことをしているだけだった。

「ナイスピー」

No.220「ありがと…ふー」

二人は軽くこぶしをあわせて、ベンチの椅子に座った。

団員は二人のことを急に「人間らしくなった」と言っていた。

「…」

二人は『彼』の方をも、ちらちらと見ていた。

何か話そうとして口ごもり、再び二人で話を始めた…その繰り返しは最近よく見られるものだ。

それでもなお『彼』はずっと二人を見ていた。

それが彼の仕事に変わったから。



『ゲームセット!!』

それでも結局、試合はこちらの負けだった。

0-1と均衡したスコアだったが三人だけで勝つのはやはり無理なのだろう、それを思い知らされた結果だった。

協力を呼びかけたところで無駄なのは知っている、試合前にNo.220がみんなに声をかけたばかりだったからだ。

アウトコールの後、No.220は力なく肩を落としてベンチに帰っていった、その後を少年が追いかける。

その様子を、やはり『彼』は、見ていた。

「惜しかったじゃないか、そんなに落ち込むことないって」

「…でも、あそこでタイムリー打たれてなければね…」

「いや、あれは直前のライトのエラーがあったからで…」

「人のせいにしちゃ駄目だよ…」

「そりゃあそうだけど…」

試合の反省を行っているようだ。

彼らがいくら反省しようとも、結果は変わらない。

それでも彼らは自らを責め続けた…なるほど、これはいらない行為だ、と『彼』は思った。




ロッカールームでシャワーを浴び終わり皆が待機していると、突然団員が子供を三名連れてやってきた。

そのまま三人は床に乱暴に投げ出され、小さい悲鳴を上げたあと、じっとしていた。

「…」

「No.220、No.224、No229…お前ら今日から「G」クラスに格上げだ」

No.220「え…?」

「…!」

一番驚いたのは『彼』だった、先述の二人ならともかく『彼』まで入っているとは思わなかったからだ。

No.220「…あ、ありがとうございます」

「…代わりにこいつらが落ちるんだ。礼なんていう必要はない」

No.220「…」

No.220の目が一瞬大きく揺れた後、床に倒れている人たちに向いた。

一瞬唇をかみ締めて、きっと団員の顔を向いた。

団員…とは、『彼』たちを管理している人たちだ。

プロペラ団という、大きな組織であることしか『彼ら』にはわからない。

団員のほとんどが黒いズボンにシャツ、頭になぜかプロペラがついた黒い帽子をかぶっている。

「なんだその目は…戻りたいのか?」

No200台の『彼』らは一時期しばらくの間、そこで『勉強』をする。

そこで『人間』になれなかった『存在』はナンバリングすらされない、そこの記憶をNo200台の人間は持っているのだ。

類にもれず、少年と少女の顔も青く白ざめていった。

「…行くぞ、ついていこい」



ロッカールームを出て行った男に続いて、三人は冷たい廊下を歩き始めた。

歩いている間、彼らは無言だった。

No.220「…」

「…」

「…」

いつも『彼』らがいた共同生活スペースとは違う場所に連れて行かれるようだ、どうやらグループのランクごとに場所が違うらしい。

前よりも少し広くなった部屋の前で、ここだ、とだけ言って団員は去っていった。

二人は顔を見合わせ、その後ちらりとこちらを見て、しばらく黙った後、少年のほうがゆっくりとドアを開いた。

ガチャリ。

廊下の冷たい空気が少しだけぬるくなった。

中には同じぐらいの年齢の人物が数人…ベッドから顔を出し、こちらの顔をちらっと見ただけでさほど動じることもなく再びベッドに倒れこんだ。


No.220「…えっと」

「…そこのあいてるベッドに入れってことだろ、いつもと同じだ」

「…」

『彼』らに荷物はなかった、ただこの部屋まで歩いてきただけ。

少年はすばやく自分のベッドを決めると寝転んだ。

No.220も、おずおずとその少年の上のベッドに、そして『彼』はその上のベッドを選んだ。

あの日から、何かが明らかに変わり始めている。

『彼』はいつものように、耳元につけたピアスを取り外して小声でそれに話しかけた。

「……………ふ、二人とも、よく話しています」

『そう』

向こう側から、女性の声が帰ってきた。

「な、ナナコは元気ですか」

『……それはあなたの仕事ではありませんよ』

「…は、はい、すいません」

『…エイジ…貴方に変化は?』

「…わ、わかりません、ただ」

『…ただ?』

「…か…彼らが―――う、うら、羨ましい」

『…そう』

「…わか、わかりません、て、適切な言葉がそれしかないので」

『あの日から、あの子たちには魔法をかけた』

「な、何の魔法ですか?」

『……ボスがかけていた、魔法よ』

「…は、はいい」

『シンデレラをお姫様に戻しただけ…いつか魔法は解けるわ』

「…?」

『いいわ、あなたはあの二人を見ていなさい』

「わ、わかりまし…た」

『任せたわよ、エイジ』

「は、はい」

無表情な顔とは裏腹に、おどおどした口調で『彼』は話し終えた。

そのままベッドに横になって目を閉じる。

ナナコ。

本当は、記憶が始まったのは…もう少し前…『彼』がナンバリングされる前の話。

彼はno.220でありながら、No.200台ではない。

しかし彼もまた生み出されたもの。

少し違ったタイプ。

No.220「ねぇ…」

と、下からくぐもったかわいらしい声が聞こえてきた。

ベッドから顔だけを覗かせると、下から少年と少女がこちらに向けて手を振っていた。

近づくチャンスかもしれない。

『彼』はゆっくりとベッドを降りた。


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