240 Own to the next
県大会予選は、地区予選で勝ち抜いたそれぞれのベスト4…つまり8チームのトーナメントで行われる。
同地区同士は二回戦まで当たらないようにくじ引きが操作されている。
裏を返せば、いきなり桐生院と将星があたる可能性もなくはない、ということになる。
南雲「あの降矢君は、確か将星高校ぜよな?」
風が随分寒くなってきたので、学生服の上からコートを羽織っている。
長身長髪の南雲には悔しいぐらいに似合っていた。
公式には副キャプテンは藤堂ということになっているが、怪我で入院中のため、急遽妻夫木と烏丸の二人がつきそいでついてきていた。
烏丸は精神的な部分だけで二軍にいたので、藤堂や南雲と和解?後は元々の謙虚な性格も伴ってうまく桐生院になじんでいた。
目が細くいつも、にこにこと微笑んでいるので思わず考えに裏があるんじゃないか、と疑ってしまうような雰囲気もあるが…確かに精神的に悩んでしまう部分もあるので裏表が無いとは言い難いだろう。
それでもぱっと見は、人当たりのよい好青年であることには変わらない。
少し目にかかったさらさらの前髪を手ではらう仕草に他校のマネージャーもひそひそと話し合う。
そう、烏丸は一般的に言えば中肉中背の美青年でなのである。
妻夫木「…」
妻夫木はなんともいえない苦い表情をしていた。
キザなことすんなよ、とつっこんでやろうかと思ったがあまりにも様になっていたので言葉につまってしまった。
これなら堂島についていた時の若干皮肉屋っぽかった時の烏丸の方がまだマシだったような気がする。
南雲「お、あれかの?」
南雲は南雲ですでにコートを脱ぎ、この前きた金髪の高校を探し回ってるし。
妻夫木は早く帰りたい一心であった。
県の中心にある大きな体育館に八校の代表者が集まり、県大会予選の抽選会が行われる。
八校の代表者なんか合わせても五十人もいかないのに、大げさな会場を用意しすぎなんだよ、といつもより皮肉と愚痴が五割増しだった。
南雲「…おお、そちらが将星の」
???「んー…?」
南雲の方を振り向くと、何故か知らない男と話し合っていた。
黒髪の逆立てた冷静そうな男に、もう一人単発茶色の男、栗色の髪の小動物のような少女だった。
あの将星とかいうチームのメンバーだろう。
悪いが南雲の買いかぶりなんじゃないだろうか、そんな強そうな雰囲気を持っているようには見えないが……この前の降矢とか言う奴とはとはえらい違いだ。
やれやれ、と息をつくと他校のマネージャーに声をかけられている烏丸が目に入った。
さらに「やれやれ」だった。
一通り、くじ引きが終わり、発表が開始される。
桐生院は、北地区ベスト4の戒風高校と当たることとなった、これならなんなく勝ち抜けるだろう、成川と当たればややこしいことになりそうだったが。
向こう側の頭一つ抜き出た大男をちらりと横目で見た、先ほどあの将星高校の人間らに向かって何か言っていたが、すでにその諍いは解決したらしい。
ずいぶんと沈んだ様子ではあったが、すでに落ち着きを取り戻し屹然とした態度で前を見据えている。
真面目なこった、と妻夫木は心の中で皮肉って腰を深く沈めた。
だが頭の中では早くも未来予想が着々と行われていた、それは隣の南雲や烏丸も同じようだ。
一回戦のカードは、以下のように決まった。
将星 - 暦法学院
成川 - 東創価
桐生院 - 戒風
霧島 - 山川商業
東創価と成川はどちらが勝つか微妙なところだろうが、霧島は間違いなく勝ち進んでくるだろう、だとすれば二回戦の相手は間違いなく霧島だ。
地区予選の復讐のいいチャンスだ。
雑然と置かれたパイプイス、前の方でへらへらと笑っている詐欺師の姿が見え隠れしていた。
問題は将星だ。
暦法は予選の時は、予選さえ突破できればいいと、まぁご丁寧にエースの岳と四番の古暮を温存しやがった。
その二人はこの場にはいない、キャプテンの伍代と副主将の三崎の二人がノートを見てあれやこれやと会話を交わしていた。
ま、どっちが勝っても決勝は成川か東創価だな。
妻夫木は係員の注意事項や、偉い人の話を右から左へ聞き流しながら眠りに落ちた。
烏丸「おい、妻夫木君、終わったよ」
妻夫木「…んあ?」
南雲「藤堂の代わりにしちゃあマイペースな奴ぜよ」
いつものようにからからと南雲が笑っていた。
終わったの?あっそ、と短く答えて、学生服の乱れを正す。
すでに周りの選手たちもぞろぞろと帰路につこうとしていた。
妻夫木「さーて、どうなることかねぇ」
烏丸「実質甲子園の切符を掴めるか掴めないかの大会なのに、随分と気楽なものだね」
苦笑する烏丸、妻夫木は意に介さず、と言った風に一つあくびをした。
妻夫木「ま、勝つだろ、桐生院だし」
烏丸「楽観的だねぇ」
妻夫木「そうかね?」
南雲「将星とやろうとなると、決勝になるのぅ」
南雲は組み合わせ表を見ながらぶちぶちとつぶやいていた。
こいつ本気かよ、と妻夫木は毒気づいた。
烏丸「あの金髪をずいぶんと買ってるんですね」
南雲「そういう訳じゃあなが…面白そうなチームとはやりとぅなるのがわしのクセぜよ」
しかしまぁよくあれだけしゃべって口にくわえた爪楊枝が地面に落ちないものだ。
ぽと。
あ、落ちた。
ひょい、ぱく。
南雲「と、とにかく、まずは一回戦の戒風に勝つことぜよ!」
十秒ルールとでもいいたいのかコイツは。
何気に落とした方逆にしてくわえてるし、予備ぐらい持っとけよ。
いまさらだが、もっとマシな奴をキャプテンにしたほうが良かったかもしれない。
妻夫木はため息をついた。
妻夫木「それよりも、霧島じゃねーのか、問題は」
南雲「…む」
妻夫木「別に、弱気な訳じゃねーが、よ。尾崎のアイアンと、あのデブのストレートは普通に戦ってても厄介だと思うぜ」
烏丸「確かに…あの投手のストレートは、打ちにくかったね…」
妻夫木「決してあん時の一軍も弱い訳じゃあなかったしな、そこんとこどうよキャプテンさんよ」
南雲「ふむぅ、まぁ、なんとかなるきに」
なんて適当な奴だ。
妻夫木は頭が痛くなった。
烏丸も苦笑している、藤堂が副キャプテンでよかった、心底思う。
あれほど辛辣な奴じゃないとこいつの適当さを埋められないだろう。
まぁ、いいや、俺には関係ないことだ、と出口に向かって歩き出した。
赤城「やぁやぁ、桐生院のみなさん、元気でっか?」
出たよ、この詐欺師。
出口のところで嫌味ったらしい笑みを浮かべて防止を後ろ向きにかぶったたれ眉毛が立っていた。
隣には見慣れない、長いウェーブヘアーの男に時代錯誤なリーゼント。
日ノ本「…南雲に、妻夫木、烏丸、か」
リーゼントの方が口を開いた。
ウェーブヘアーの方は桐生院の三人を見渡してニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる、口がずいぶんと横に広い。
???「おやおやぁ、藤堂さんはぁ、いないんですかねぇ?」
赤城「やめとき、屋白(やじろ)、今桐生院かて大変なんやから、ねぇ?」
屋白「おやおやぁ、なんかぁ、内部抗争とかぁ、あったんやろぉ?大変やねぇ?」
なんだこの嫌味ったらしいような中性的なようなしゃべり方は。
妻夫木はあからさまに顔をゆがめながら無視しようと足を速めた。
赤城「堂島君がやめたそうやな」
ぴたり、と足が止まった。
南雲「赤城、おまん」
赤城「まぁねぇ、情報通ですから、わいは。一軍と二軍で諍いがあったこともちゃーんと調べてますよ、念入りに。まぁ、わかる範囲やけど」
烏丸「…」
赤城「おかしぃ思とったんですわ、あんなに簡単に負ける訳がないんですわ、桐生院が。笠原さんは主力温存主義でもないですし、南雲君と望月君が出ないんですもん、そりゃあ怪しく思いますよ」
赤城はニヤリと笑った。
赤城「全力でない桐生院に勝ってもうれしくは無いですよ。ほんまに」
しかし目が笑っていない。
赤城「まぁ、次こそは全力の桐生院と戦いたい、ってことだけ言いにきたんでね、ほな」
日ノ本「いくぞ屋白」
屋白「はぁーい、わかりましたぁ。それじゃぁねぇ、桐生院のみなさぁん」
妻夫木はずず、っと鼻をすすった。
妻夫木「何が言いたかったんだあの詐欺師は」
烏丸「僕たちのことは、なんでも知ってるってことかな」
南雲「飄々としてる割に、あなどれん奴ぜよ」
お前もな、といおうと思ったが言うのも馬鹿らしいと思い、黙って足を出すことにした。
南雲と烏丸が慌ててついていくる、ひらりと一枚色を変えた葉が風に舞って飛んでいく。
新たな勝負の時は、着々と迫っていた―――。