239sensionary














聖名子「雨…かぁ、傘持ってくればよかった…」

誰にも聞かれない独り言を、聖名子は一人でつぶやいた。

学校に残って勉強をしていたのはいいが、雨に降られるとはとても思ってなかった。

そういえば、あの相川君はどうしているんだろう?

この前の文化祭では頑張っていたみたいだけど…。

聖名子(瑞希、相川君と話したがってたけど…あの後すぐに用事だったもんなぁ)

今度お願いしてちょっと会ってもらおうかな、それとも野球部の試合を見せにいってあげてもいいかもしれない。

聖名子「…あら?あなた…」

噂をすればなんとやらだ、その人自身が廊下の前に現れた。

隣にただ事じゃない雰囲気の二人を引き連れて。


聖名子「…えっとぉ」


聖名子はお下げを揺らしながら苦笑を浮かべた。

こんな光景を見せられれば困るしかできない。

目の前に現れた相川少年は…。


相川「…どうも」

氷上「…」

桜井「…」


目をつぶりながら何か不機嫌というか火花が散っているというか、互いの顔を見合わせている二人の少女に挟まれていた。

腕を絡ませられながら。

片方はアシンメトリのまだ幼さが少し残る可愛らしい小さな少女、もう一人はどこか高貴な空気を漂わせ理知的な雰囲気と美麗さを伴った長髪の少女。

ただ普段の可愛らしい空気はまるでなく、じと目で聖名子をにらんでいた。


氷上「むー…」

桜井「うー…」

相川「……なぁ、もういいだろ?橘先輩の前なんだからやめろよ」

桜井「やです」

氷上「これ以上ライバルを増やしてたまるものですか、牽制という奴ですわ!」


ランナーを進めないために走者がいる塁に投手がボールを投げることを牽制という。

だからといって無闇に牽制されちゃ、いつか暴投するんじゃないかと捕手としては気が気でない、頼むからバッターに集中してくれ。


氷上「橘先輩、お久しぶりです」

桜井「…どもーです。なんで相川君と面識があるんですか先輩」


はぁ、とため息をついた。

橘聖名子はこの夏まで生徒会に在籍していたらしい、受験がせまっているので引退したということだが。

とにかくそういうことで生徒会である氷上と桜井は同時に橘聖名子の事は良く知っている、相川が橘瑞希の命の恩人ということまでは桜井は知らなかったようだが。

以前窓の外は雨が降りしきっている、少しこの重い空気に耐えられなくなった聖名子は窓の外へと視線をずらした。

窓ガラスを叩く雨、廊下の電灯がやけに明るく感じる。

相川が聖名子の名前を呼んだ。


相川「橘先輩、ちょっと話いいですか?」

聖名子「あら?私に用だったの?」

相川「いや、そのちょっと訳ありでしてね」

聖名子「うーん……じゃあこんなところで立ち話もなんだし、教室に入る?自習室は今誰もいないし」

がらり、と先ほどまで勉強していた教室に入り、ぱちぱちと教室の電気をつける。

一、二回点滅した後に教室は光で満たされた。

雨の日の独特とした湿気がそこらに漂っている。


相川「お前らいい加減にしろよ、動きにくくて…」

桜井「むー…氷上会長が離すなら離します」

氷上「さ、桜井さんの方が先に腕をとったのですから、先に腕を離すべきですわ!」

相川「……助けてください」

相川の心底疲れた声に聖名子は眉根を寄せた。

聖名子「そうね、後輩の不敬は先輩の責任だわ、ほら、小春、舞、やめなさい」

ぱちんぱちん、と二人の頭を軽く叩く。

桜井「ふに」

氷上「にゃ」

そして無理やり二人を相川からひっぺがす、上品そうに見えるのに割とやることは荒々しいらしい。

相川はようやく自由になった腕を軽くふると、近くにあった席に座った。

桜井と氷上も先輩に怒られたら仕方ない、といった雰囲気で、でもやっぱり相川を挟んで椅子に座った。


聖名子「それで…話ってなにかな?」

相川「その、いや、ろくに顔もあわせてなかった俺が頼むのもおかしな話なんですけど」

聖名子「ううん、全然いいよ。相川君忙しそうだったし」

にこり、と笑う。

相川はなんとなく申し訳なくなって頭をかいた。


相川「その…ソフトボール部が廃部…っていうか、活動中止になってる話って知ってます?」

聖名子「…!…そうね、知ってるわ。私たちの間でも話題になってるもの。私の友達も何人かかけあってみたみたいだけど門前払いで…顧問の雨宮先生と教頭先生がもめてるからなんじゃって話よ。ほらあの教頭先生って結構容赦ないじゃない?」


どうやら三年生の間でもその話は有名なようだ。

皆この表情を見る限りよく思っている人も少なそうだ。


聖名子「困ったものよね。確かにここのところ女子ソフト部は全国最強って言われて毎年一位を取ってた頃に比べれば弱くなったけど、それでもまだ全国で通用する力はあるし」

桜井「いきなり活動を中止だなんてひどすぎます!」

聖名子「教頭先生の言いなりっぽいところあるしね、この学校の先生…」

氷上「…」

うつむく氷上の肩を相川は二回優しく叩いた。

聖名子「でもまぁ、反省の意味をも込めて、ってことなんじゃないかしら。って私は思ってるけど…」

相川「反省?」

聖名子「そう」


聖名子は窓の外に視線を向けた。

雨は少しづつ弱くなっていた、にわか雨だったようだ。


聖名子「全国でも優勝できない、遊びとはいえ野球部に負ける。将星高校女子ソフト部としての誇りを思い出しなさいってことじゃないかな」

氷上「…それでも」

桜井「それでもやっぱり、活動中止っていうのはひどいと思います」

聖名子「でもね、進学校の部活動って勝たなければならないのよ。非情かもしれないけど…おまけにあの外聞を気にする教頭のことだから、遊びでも野球部に負けたのは許せないんじゃないかな」

相川「関係ないんですよ、そんなこと」


相川は両手の指をひざの間で絡ませていた。

前傾姿勢から前の聖名子を見上げる。


相川「俺は女子ソフトの活動を再開させたい」

聖名子「…相川君?」

相川「だってそんなの夢見が悪いじゃないですか。野球部のせいだなんて」

聖名子「…」

言い方が悪かったかな、と相川は一瞬間を置いた後に、えっと、と言葉を濁した。

相川「それに……反省を促すなら余計に活動させるべきです。ゼロにすれば……ゼロに何をかけても、ゼロなんです」

聖名子「相川君の言い分はわかるわ。でもこれは学校の問題で…」

相川「違う。これは生徒達の問題です。俺たちが何かしないと始まらない」

聖名子「……」


ちょっとびっくりしたような表情で聖名子は相川を見つめた。

相川の声のトーンが普段と違っていたから、かもしれない、冷静な口調の中に熱い響きがあった。

そう、と軽く言った後に聖名子はほう、とため息をついた。


相川「本来なら理事長にかけあうんです。ただ今回の事件に関して、どう『事』を説明しても必ず氷上さんが絡んでくる」

びくり、と氷上の肩が震えた。

氷上「…」

相川「その、氷上さんは今までの行いから理事長に対してお願いできなくなってるんです」

氷上「…すみません」

聖名子「そうだったんだ」

氷上「私がわがままを今まで言ってきた事は事実です…でも女子ソフト部には私の友人がいるんです。私が野球部に恥をかかせようとして行った事で親友を傷つけることはしたくないんです!」

聖名子「…うん」

桜井「…それで、その、相川君に橘先輩に頼んでもらおうって」

聖名子「…そうね、相川君は私の妹の命の恩人だもの、私が断る理由はないわ」


でも、と聖名子は付け加えた。

表情は真剣そのものだ。


聖名子「生徒会の勝手なわがままで野球部が潰されそうになったのに、危なくなればその野球部に対して助けを求めてくる人間に相川君は手を差し伸べるの?」

言外に、そこまでしてやる必要は無い、と言っているようなものだ。

自分の失敗は自分でカタを付けろ、と。

聖名子は相川の顔を見る。

そこにはなんともさっぱりとした相川のすました表情があった。


相川「ところが、俺は駄目な人間でしてね。らしくないかもしれませんが、泣いてる女の頼みは断れませんでした」


あら、と聖名子は一言発して黙ってしまった。

なんというわかりやすい理由だろうか、この男に対しての考えを少し改めなければならないかもしれない。

良くも悪くも、相川大志という男は一般的な印象の割りに非常に人間らしい。

普段から騒がしい所は苦手だの、くだらないことには興味がないだのという雰囲気を出してる相川から、泣いてる女の頼みは断れない、だなんてドラマみたいなセリフが飛び出したものだから、聖名子はニヤニヤと笑ってしまった。

ついには耐えられなくなってクスクスと笑い出す。


相川「…えっと」

聖名子「ふふふ、わかったわかった。可愛い後輩の頼みで、しかもそれが相川君の頼みなら断れないわね」


聖名子の顔には柔らかい笑みが戻っていた。

もう話は全部わかったわよ、といわんばかりに相川の肩を叩いた。


聖名子「一応おじいちゃんに言ってみるよ。将星の理事長さんと話してみるようにって、多分相川君の名前を出せば大丈夫だと思う…けど。氷上おばあちゃんを説得できるかどうかはわからないけどね」

桜井「ほ、本当ですか!?」

氷上「せ、先輩!」

聖名子「勘違いしないでね。私は、相川君のた・め・に・言ってあげてるのよ。舞、あなたは相川君にいくら感謝しても感謝したりないぐらいよ。去年アレだけやったんだから。まったくもう」

氷上「はい、ごめんなさい。ありがとうございます……!」


氷上は立ち上がって聖名子に大きく頭を下げた。

まぁこれでわがまま娘も本格的に反省してくれたのなら、それはそれでいいんじゃないだろうかなぁ、なんて聖名子は気楽に思っていた。


聖名子「でも本当にいいの?相川君」

相川「後は橘先輩を信じます。なんというか、まぁ、その。お願いしますよ」


相川はちょっと照れているのか言葉が曖昧だった。

その様子がやはり普段クールな相川とかけ離れているので、なんとなく桜井と氷上が相川のそばにくっついてる理由がわかったりしたり。

聖名子はなんとなく目の前の腕を組んだまま、氷上からの感謝の言葉を受けている相川という男のことが少しだけ気にかかり始めていた。


聖名子「…あと、もう一ついいかしら?」


というか、今のこの状態にまず突っ込みをいれることを忘れていた。

聖名子はうーんと、頭に人差し指を当てながらうめいた。



聖名子「・・・・・・・・なんで二人の女の子が一人の男の子にくっついているのかしら」


至極まともな質問だった、相川は非常に嫌な事実を思い出してしまったのか少し表情に陰がさす。

桜井「そ、そーなんですよ!!聞いてくださぁい橘先輩!」



あの時。

氷上が相川に抱きついた瞬間に桜井が部室に入ってきた時。

一番の幸運は相川が氷上の背中を抱きしめていなかったことか、いや、というか不幸というべきか。

だが幸いなことに桜井が部室を飛び出して氷上が足首にしがみついて泣き叫んだり、桜井が懐に忍ばせておいたナイフで相川と氷上を滅多刺しにしたり氷上と桜井がとっくみあいになるだなんて相川が死にたくなるような憂慮は起きなかった。

桜井は我を取り戻すと同時に「あああああああああ!!!!」と涙声で叫んで、人差し指で二人をさし、その手を激しく上下にふりながらあたふたとし始めたのだ。

あいびきなんて駄目ですよー!いけないよー!ああああ相川君が氷上さんとやっぱり二人はそんな関係ででもやっぱり学校でそんなことしちゃ駄目なんじゃないのかな!かな!

なんてぎゃあぎゃあわめきながらコミカルな動きを見せてくれるもんだから、相川はすっかり冷静になってしまった。

まるで不自然なことなど何もなかったように、氷上の体を綺麗にずらして両手を地面について落ち込んでいる人のポーズになった桜井の肩を叩く。



相川「…いや、その、何を勘違いしてるか知らないが別にお前の考えてるようなことじゃない」

桜井「だってだってだって氷上さん濡れてるじゃないですかぁ!ビショビショじゃないですかぁ!」

雨でな。と断っておかないと危ないセリフをさらっと言わないで欲しい。

当の氷上と言えば突然の来訪者に未だポカーンとしたままだが、ようやくスイッチが入ったのかニャーー!!と奇声を発してしゃがみこんだ。

相川「…えーと」

発狂者が二人に増えた。

氷上は見られたぁ見られましたわぁ、もうわたくしおしまいですわぁ!でもそれは自分に正直になるチャンスじゃないんですの!ああもうよくわからないですわ!桜井さん!ああ相川さんとわたくしの密会を邪魔しないでくださいませ!

ええええみ、みみみみみっかい!?一体何をしようとしてたんですか!!いんらんですいんらんですよ!えっちーー!

えっちなことなどございませんわ!ただわたくしは相川君の優しい言葉に心をときめき揺り動かされついつい感情の高ぶるままに自分の欲求を満たしただけでございますわ!

うそつきー!!そのあとに絶対押し倒してあらららららなこととかしようと思ってたんでしょ!!

まぁあなんてハレンチな!!あなたの方がよほどえっちではございませんことで!?

うううううーーーー!!!だいたい相川君は野球を一番にがんばってるんだよ!私たちなんて二の次なんだってわかってるでしょーー!!

それはわかってましてもやはりわたくしとて女のはしくれなんですものたまには何か求めたくなるし、もてあましますわよ!!

相川「…おーい」

桜井「ううううう!!ずっと待ってたら相川君は私に振り向いてくれると思ったのにーーー!!どーしてライバルを増やしちゃうんですかぁ!!」

相川「は?」

桜井「やっぱりちゃんと見てないと悪い虫がついちゃうんですよー!!もー!!私がどんな思いで相川君が野球以外のことに目を向けるのを待ってると思うんですかーー!!」

ガバッ。

氷上「あーっ!あーっ!!なにやってるんですの!!腕なんか組んでまるで恋人気取り!?」

桜井「ふんだ!私は相川君が私のことを見てくれるまでずっと待ってるもん!待ってるもん!だからこうやって柚子みたいにくっついてればいいんだもん!」

氷上「うううううう!!!!わ、わたくしだって負けませんですわ!!」

桜井「あーっ!あーっ!!!腕くんじゃだめーー!!」

相川「いいから行くぞ!!!!!!!!!」


シリアスな空気が一瞬にして霧散した。

最初の目的を忘れてるんじゃないかコイツら、と相川は心底嫌そうな顔をしながら両腕にひっついた二人の少女をずるずると引っ張って橘聖名子のクラスを調べに校内へ向かった。

相川「傘ぐらい自分でさせ!!







と、いう訳なんです、と心底真面目な顔で言うものだから。

本来そんなのはいかん、と怒らなければならないのに聖名子はクスクス笑ってしまった。

つくづくこの相川という男のやることなすことは聖名子のツボに入るらしい。

どっちが悪いとも言えないなぁ、と聖名子は腕を組んで首をひねった。

相川は相川でどうやら今は野球だけをがんばりたい、って言ってきっちり断ってるし。

でも小春や舞はそれでも野球を終えるまで待ちますって目を輝かせてるわけだし。

相川君にそれなりに迷惑をかけなければそれでもいい気はするようなしないような…うーん。

聖名子は考えた末に、相川の肩を叩いた。


聖名子「ご愁傷様、もてもて相川君」


どうやらこの男に思いを寄せるには門前払いのようだ。











それからは聖名子を信じるしかなかった。

話がつけば自ら野球部に顔を出すという条件だったので、それまでは野球部は練習の傍ら女子ソフト部に協力する形で署名運動をする毎日が続く。

そこまでする必要は無いかもしれないのだが、吉田キャプテンの同じ学校の仲間だろうがよ!という今時熱すぎるメッセージと気持ちにより女子ソフト部への協力は続いている。

相川自身も何かが吹っ切れたのか、全面的にソフト部に協力するようになっていた。

署名だけでは物足りない、と先生達や保護者の方々、果ては教育委員会という無茶なところにも署名運動やソフト部の活動再開を訴えていった。

その日も相川はそこまでしてもらうのは流石に申し訳ない、と遠慮する海部を無理やり引きずり出して市役所の教育課に職員に署名を書いてもらうためにわざわざ駅に乗って遠出していた。

帰りの電車、先日の雨とは全く正反対の綺麗な夕焼けが、電車の目の前を流れる川面に写っていた。


相川「足が疲れたな」

海部「…」


流石に沈黙が続いて間が持たないと思ったのか相川が軽く口を開いた。

だが海部がそれに答えることは無い。

会社や学校から帰る人々で席は全て埋まっていた、混んでいる、といった程ではないがほどよく電車は人で埋まっている。

将星の制服に身を包んだ二人も、つり革に手をぶら下げて電車に揺られていた。

海部は窓から差し込んだ夕日に顔の半分側を赤く染めて景色を眺めていた。


海部「あの」

相川「なんだ」


顔は相川の方を向いてはいない。


海部「くだらない質問かも、その、しれないんだが」

相川「そうかい」


内側にピントはねたショートカットがかすかに揺れる。

基本的に化粧はあまりしないはずなのだが、何故か海部の睫はいつもより長かった。

唇も水気を帯びて艶々しく輝いている。


海部「なんでうちのためにそこまでやってくれるんだ」

相川「…」


相川はふむ、と少し考えた後。


相川「吉田に聞いた方が早いだろ」

海部「お前はでも…吉田ほどその、なんというか私たちの為に動くのを潔しとしないだろ」

相川「…ほう」

海部「あれだけ野球部に敵対していた私たちだ……それに、裏でも色々やってるらしいじゃないか。一体どうしてなんだ。お前は一度敵対した敵には容赦しないはずじゃなかったのか?」

相川「ああ、容赦しないよ」

海部「……じゃあなんで」


海部はようやくこちらの方を向いた。

ずっと海部の方を見続けていた相川と目があう。

必要以上に瞬きする海部の顔は夕陽で赤く染まっていた。


海部「なんでよ」


自制していたはずの女言葉がつい出てしまった。

海部ははっと思って口に手を当てて、すぐにそっぽを向いた。


海部「女子ソフト部が活動できなければ野球部も練習スペースが増えるだろう?」


自虐気味につぶやいてみる。

視線は自らの足元に向かっている。


相川「ふふ」

海部「何がおかしい」

相川「そんなに練習スペースがあっても、部員の少ない俺らには宝の持ち腐れだ」

海部「…」

相川「いいじゃないか、助かってラッキーぐらいに思ってれば」

海部「それは」


『次は〜〜……、ご乗車のお客様は〜』


海部は再び相川の方を向きなおした。


海部「お前の…相川の意思で助けてくれている、と思っていいのか」


相川は、ふっと笑った。


相川「まぁ、間違っちゃいない」

海部「…そうか」


降りるべき駅にたどり着いたので、電車から降りなければならない。

相川はつり革から手を離した。

後ろからついてくる海部が人ごみに消えてしまいそうなほど小さな声で。

ありがとう、と言ったのは確かに聞こえた。

不思議な男だ。

吉田なんかよりよっぽど嫌いなタイプの男だったんだが。








吉田「おいおいおい」

三澤「な、なんかこうしてみると壮観だね」


目の前にはプリントの数々、一体どれぐらい集まったのだろうか。

野球部だけで集めたのでこれだけあるのだから、女子ソフト部のとあわせれば…。

部室の机に百科事典二つ分は重ねられた束がそこに鎮座していた。


御神楽「やれば集まるものであるな」

大場「努力のたまものとです」


満足げな顔だった、なんでも皆でがんばって達成したものと言う事は気分がいい。

ガチャリと、ドアが開いて何人かが返ってきた。


西条「おお、冬馬、どやった?」

冬馬「はい、ほら」

野多摩「なんか立ってるだけに人に囲まれたよー」

真田「いい迷惑だったな」


たくさんだ、というぐったりと疲れた表情で真田が壁にもたれてそのままずるずると床に座り込んだ。


吉田「相川は?」

相川「とりあえず海部と一緒に市役所に嘆願書持ってった。これで橘先輩が話つけたら完璧だろ」

相川はプリントを置いてすぐに再び部室のドアを開けた。

原田「あら?どこに行くんッスか?」

相川「山田と特別会議だ、向こう側がどう思ってるかも知っといた方がいいだろ」


本当にその気にさせれば何から何まで頼りになる人物である。


相川「ああ、そうそう。……色々ごたごたして忘れがちだが、吉田。明日は県大会の抽選だからな、忘れるなよ」

吉田「おお?そういえばそうだったっけ」


ポンとパーにグーを当てて納得する吉田。

相川はいい加減慣れたのか、ふん、と苦笑すると部室を出て行った。



吉田「そういえば…試合なんだよなぁ、忘れてたけど」

三澤「でもちゃんと協力してただけじゃなくて、皆練習はしてたし」

御神楽「女子ソフト部にも競り勝ったぐらいだ、なんとかなるであろう」

真田「楽観的だな、くく」

西条「ちっ、相変わらず空気の読めんやっちゃな」

冬馬「初戦の相手はどこになるんだろう…」

県「桐生院とはおそらく決勝まで当たらないでしょうし…」

六条「うーん、単純にいくと…東創価、霧島、暦法学院…」

御神楽「成川、戒風か。山川は一度勝ってるものの、楽な試合はなさそうであるな…」


次の大会ももうだいぶ近い。

そろそろ意識を試合へとシフトしなければならない、部員達の目つきが変わった。

行くぜ、と言う吉田の掛け声と共に部員たちはグラウンドへ散っていった。









相川「で、どうなんだ」


校舎裏という所はあまり良いイメージは無い、がそこに相川が呼び出されたのだからしょうがない。

そこにはすでに夙川と山田が二人で待っていた。


夙川「…人を待たせておいて謝罪の言葉も無いんですか」

相川「悪かった、で」

山田「にゃはは、どうやら相川君棗に嫌われちゃったよーだねぇ」

やれやれ、と相川はかぶりをふった。

夙川のにらみつける様な視線に山田が苦笑する。


山田「結構来てるよ。地味な署名でも教頭の悪評がじょじょに広がってるみたい。やっぱり世間は他人事には同情的だし、そこまでしちゃ可愛そうだろーっていう感じかな」

相川「予定通りって感じか?」

山田「うんにゃ、これも皆の地味ながんばりがあってこそ」


ちょっと感慨深げに頷く山田に相川はちょっと軽蔑した視線を向けた。


相川「くっくく…よく言うぜ。お前が原因だろうに」

山田「…う」

夙川「やめて。理穂だって、反省してるんだから」


このチビっ子と相川は敵対する運命にあるらしい。

同属嫌悪とでも言うべきか、どうも自分と似ている雰囲気がある。


相川「まぁ、いいさ。結局お前が助けてくれなきゃ、こうなってなかったかもしれないしな」

山田「うん。まぁ、言い訳はしないよ。私のせいでこうなったのは、確かだからさ」

夙川「理穂だって頑張ってるんだ。あの時自分のわがままを貫いたあなたに理穂を責める資格は無い」

相川「おいおい、よせよ、別に喧嘩しに来た訳じゃないんだ」

夙川「…」

相川「で、教頭側は実際折れるのか?」

山田「うん。多分、後は理事長から直接お達しが下れば、ジ、エンドかな。盗み聞きしたところによると、今日えっとなんだっけ?」

夙川「提携を行っている隣市の聖タチバナ学園の理事長と会談するらしい。…あなたのことだから橘先輩にはどうせ根回ししてあるんでしょう?上手くいけば、明日には結果が出ると思う」

山田「大丈夫だよ相川君、これ勝ち戦だから。どう考えても」

相川「…そうだと、いいんだけど、な」




明日には全てが決まるのか。

大団円を迎えられるのか。


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