237Go my way












昨日メイド服で女性の格好をしていた人物は、今日は男装をしていた。

子供時代腰まであった髪は鳴りを潜め、肩の少し上で切られている。

当然化粧をしている訳も無く、睫の長さや瞳のぱっちりさ、膨らんだ唇等怪しい点もあるが、男といわれれば、男…のような気がする。

声も高いとも低いとも言えない微妙なところだったが、無理をして声を低くしているように聞こえる時もある。

それが波野渚が冬馬優に抱いた感想であった。

西条は気を利かせてくれたのか、体育館の裏の倉庫前なら人が少ない、と教えてくれた。

文化祭のために片付けられた備品がしまわれていて、終わるまでは人はあまり近づかないらしい。

そんな人気のない場所に、二人はたっていた。

冬馬は波野の顔を直視しようとはしなかった。

うつむいて、居心地が悪そうに体をもじもじさせている。

波野も波野で、何から言い出せばいいかわからなかった。

友人らしく「元気だったか」とでも言えばいいのだろうか。


波野「あの…さ…」

冬馬「は、ひゃい!」

波野「…冬馬、優、だ…ですよね」


びくり、と肩が震えた。

震える眼球が、少しづつ角度を挙げて目前の男の目線にいく。


波野「…昨日さ、なんで」

冬馬「あ…えっと…」

波野「本当に、優、なのか?」


波野は核心を聞いた。

別にそんなつもりは毛頭もないのだが、申し訳なさそうな彼女を見てると、なんとなく問い詰めている感じになってしまった。

はっ、と口調が厳しくなっていたことに気づいて、波野は一つ咳払いをした。


波野「…その、俺は…」

冬馬「言わないで!!」


突然冬馬は波野の制服をつかんだ。

すぐそばまで接近されたので、髪がふわりと宙を舞う様を間近で見ることとなる、男には似つかわしくない心を落ち着かせる香りがした。

胸元で見上げた表情には、鬼気迫るものがあった。


波野「言わ…?」

冬馬「お願い!ナギちゃん!この事は誰にも…!」

波野「ってことは…やっぱり優なのか?」


もうどうしようもない、と思ったのだろうか冬馬はこくり、とゆっくり首を縦に動かした。

そのまま俯いて黙り込む。


波野「……どうして?」

冬馬「…」

波野「なんで、お前、女なのに…こんなこと…」

冬馬「…最初はね、ナギちゃんにもう一度会うため、だったの」

波野「…俺に?」


冬馬はうん、と答えた。

表情は学ランの胸元に隠れてしまって伺えない。

冬馬の何かを押さえ込んだような声だけがその感情を探り出すヒントだった。


冬馬「…野球やってたら、いつかって」

波野「そう…なんだ」

冬馬「本当はマウンドで初めて対決したかった、だから。昨日会った時は本当に驚いちゃって」


あれだけ彼女がむきになって最上の口をふさいでた理由がようやくわかった。


冬馬「…女だってばれたら、もう野球できないから」

波野「…それは俺と戦うため、に?」

冬馬「でもね、最近ちょっとだけ違ってきたんだ」


波野は、え?と顔をしかめた。


冬馬「もうちょっとだけね、今のチームメイトと一緒に野球が、したい」


冬馬は顔をあげた。

目はうるんではいるが、泣いてはいない。

真剣な眼差しが波野の表情を刺す。


冬馬「みんな優しくて。頼りになって、野球が楽しいんだ。だから…やめたく、ないの」

波野「…」


すっ、と体を離す。

波野の両手が、彼女に添える直前で離れた。


波野「俺は、まだあきらめなくていいのか?」

冬馬「え…?」

波野「お前と野球をすることを」

冬馬「ナギちゃん…!」

波野「ごめんな、優」


あの時。

あの時言えなかった、謝罪をようやく言うことができた。


波野「あんな言葉で傷つけるつもりはなかったんだ」

冬馬「ううん、いいの。ナギちゃんは間違ったことは言ってないんだから」

波野「…辛くないか」

冬馬「…ちょっと、ね。でも、楽しいことのほうが多いから」


波野は。

冬馬のその小さな体を抱きしめた。


冬馬「…!」

波野「ごめんな…!」


強い風が、ざぁっと吹き抜けた。

カラフルに色を変えた木々の葉がふわり、とあたりを舞う。

冬馬は、頬をピンク色に可愛く染めて目を見開いていた。

あたふたすることもない、どこか心地よかった。

宙をさまよっていた両手を波野の背中に添えようとして。

―――何故か、あの金髪の顔が横切った。

その内に、波野は冬馬の体をそっと自分から離した。


波野「…でも、待ってる。いつかまた、同じグラウンドで野球をしよう、優」

冬馬「うん、ナギちゃん」


波野は微笑んでいた。

昔と同じ顔で。


波野「…でも…野球は…いつまで続けるんだ?」

冬馬「…えっと」


答えにくい質問だった。

でも、今のままが永遠に続くわけじゃない。

不自然な自分を演じることにはいつか限界が、終わりが来る。


冬馬「とりあえずは…ナギちゃんと戦うまで、かなぁ」

波野「…そうか」


波野も下を向いた。

何か言葉を探るように、沈黙が続く。

冬馬は頬にかかった髪を左手でかきあげた。



波野「…待ってるよ」

冬馬「うん」







波野「『冬馬優っていう女の子』に会えるまで、俺は待ってる」




―――ザァッ。


冬馬「…え?」

波野「…それじゃあ、優。グラウンドで待ってる!負けるなよ!!」

冬馬「―――!!」


何かを言わなくてはならない。

何かを、彼の言葉に対する答えを。

しかし、喉から言葉は出てこなかった。


冬馬「…」


波野は、波野を見つめる冬馬優に微笑んで、それじゃ、とその場を後にした。

残された冬馬は、それを見ているだけだった。

何か夢のような。

あれは……告白、だったんだろうか。

そう考えると、ほっぺたが急に熱くなっていた。

え、いや、そんな、え?ど、どうして?困るよ、そうじゃなくて、そうじゃなくて。

いや、別に好きだ、とか言われた訳じゃなくて。

ででででででも野球やめるまで、女の子の私になるまで待ってるって、それって、それって。

そ、そんな訳ない、いやしかし、ないとも言い切れないのも確かで。

大体私は今男っていうか野球少年であるからして、そのそんな背徳的な思いは
降矢「話は終わったのか」

西条「なんやねんニヤニヤして気持ち悪い」

冬馬「ぎにゃーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




世界が震えるぐらいの大声。

西条と降矢は顔を震えさせながらそれに耐えた。


西条「うるっさい!」

降矢「…でけー声だな、おい」

冬馬「な、あななななななななんでここにいるんだよっ!!」

降矢「なんで、って言われてもな」

西条「あんまりにも話しこんどるから、読んで来いってあのメガネ女に言われたんや」


ほれ、と西条は自分の腕時計を冬馬に見せ付けた。

練習が終わった十二時から、すでに一時間が経過していた。

そんなに長かったのか。

まるで十分ぐらいに感じてしまったが、そんなに長い間自分たちは黙りきっていたのか。

もうすでに体育館では公演が始まっているらしい、自分たちの出番は二時半から、のんびりもしてられない。

…あれ?


冬馬「…っていうかなんで降矢がいるのさ」


今日は柄の悪いシャツに、ジャケットという私服姿だった。

この前の試合ではペタンと降りていた髪もいつものように逆立っている。

片目には相変わらず痛々しく包帯がまかれていた。


降矢「検診は午前で終わりだ」

冬馬「…とか言って退屈だからって抜け出してきたんじゃないの?」

降矢「…ふん、間違っちゃいねぇ」


そう言って軽く笑う。


降矢「悪いな、劇には参加できねーが、お前の大根芝居でも見てやるよ」

西条「同じくや。おい降矢、ちょい一緒にまわらへんか?やっぱ県や原田とかやったらなかなか暴れるようなことはできへんからな」

降矢「好きにしろよ、くっく」


西条はなれなれしく自分よりも頭一つ大きい降矢の肩に手をまわしながら、なにやらよからぬ顔をしていた。

どうやら時間のことを言いに来ただけらしく、二人は興味がない、とその場を立ち去ろうとした。


冬馬「待って!!」


と。

ぐい、っと降矢は手をつかまれた。

急に引っ張ったもんだから、表情をしかめるかとも思ったが、無表情のまま冬馬に振り向いた。

そのまま無言で見下ろしてくる、この威圧感にはまだ慣れることができそうにない。

冬馬はなんとか、目で喋ってみた、通じるわけはないのだが。


降矢「……ジョー、先に行ってろ。どーやら、ちんちくりんは俺に話があるらしい」

冬馬「へ!?」

西条は欧米人のコメディのように肩をすくめた。

西条「…わかったわかった、ったく。波野と一体なんの話してたんやら。アイツはアイツでなんかすがすがしい顔しとったしなぁ」


西条は一人仲間外れにされたような寂しさで、そこら辺の石を蹴飛ばして去っていった。

先ほどまで波野と二人だった空間に、降矢と二人。

あの時、抱きしめ返さなかったのは。

あの時、呼び止められなかったのは。

ナギちゃんのことを私は好きなのだろうか、たとしたら。


冬馬「…聞いた?」

降矢「何がだ」

冬馬「さっきのその、あの」

降矢「俺は何も聞いてねーよ、俺が来たのは西条があの爽やかな野郎とくっちゃべってる時だ」


どこかほっとした。

何故、ほっとしたのだろうか。

女だと知られたら、秘密がばれるから?

それとも、女だと知られたら……私が……。


冬馬「じゃ、じゃあいいんだ、うん」

降矢「なんだ、知り合いか?」

冬馬「うん、まぁ、そんなところ」


知り合い?

そんな訳ない、ナギちゃんのことを私は…。

何故知り合い、で頷いてしまったのだろう、と冬馬は少し自己嫌悪した。


降矢「アイツが、お前の言ってた……会いたい、野郎か?」

冬馬「―――え?」

冬馬の表情が変わったのを降矢は見逃さなかった。

波野が走っていったほうをぼうっと見つめる。

降矢「…ふーん……まぁ、ただものじゃ、なさそうだな」

冬馬「な、なんでわかったの?」

降矢「てめーのその普段見せねーようなツラ見てれば、わからねー方がおかしい」


こつん、と笑いながら顔を小突いてくる。

なんだ?冬馬は降矢に対して妙な違和感を抱いた。


降矢「ふふ…じゃあ、俺は行くぜ。恥かかねーようにな」


…行っちゃった。

あれ?降矢ってあんなキャラだっけ?…なんかもっとこう、辛らつっていうか、なんていうか。

冬馬はひとり残された体育館の裏で、呆然と立ち尽くしていた。

まず、あんなに笑うような奴じゃなかったはずだ。

冬馬の心はもうずっとドキドキしっぱなしだった、本当に夢でも見てるのではないだろうか。

…とりあえずは、でも、野球をがんばろう。

答えはいつか、野球をやめた時でも、かまわないかもしれない。

冬馬の頭の中では波野と降矢の顔がぐるぐると回っていた、深くため息をつく。

冬馬(……なにやってんだろ、私)

壁にこつん、と頭をぶつけた。

半分だけ目を伏せたような憂う目線であるはずもない何かを見つめている。

いつもそうだ、ナギちゃんのことを考えるたびに降矢の顔が横切る。

でも波野渚のことを自分は…多分…。

何がどうなっているのか、何をどうすればいいのか。

よくわからなくなった気持ちが。

思春期の青春回路が、冬馬の涙腺を破壊した。



降矢「さっきの奴は?」

西条「ん?あー、俺のダチや。中学時代のな」


すでに西条と合流した降矢は、西条と二人で校舎のほうへ歩いていた。

道行く女子生徒や一般の客が、その姿を見るやいなや道を開けている。


降矢「ふーん…………あ、そ」

西条「相変わらず連れない奴やな」

降矢「どーもな、目覚めてからしゃっきりしねーんだ。上手く言えないがよ」


一瞬目が点になるものの。


西条「……はっはっは!」


どこぞのキャプテンのような笑顔で西条は降矢の肩を叩いた。


降矢「いてーな、何しやがる」

西条「丸くなるなよ、お前はお前のままでええやんけ」

降矢「なんだそのセリフ、虫唾が走るぜ…」


ドンッ。

と、話しながら歩いていた降矢と西条に、誰かがぶつかった。

「いってぇなこの野郎!!」

「あんだぁお前…?」

なんとまぁ、なんでこんな場所にこんな輩がいるのかな、という連中だ。

時代錯誤というかある意味現代風というか、そんなにわかりやすい格好をしなくても、というような悪い感じの格好をした五人組が目の前にいた。

どうやらメイド喫茶のカウンターの子を口説こうとしていたらしく、その男達に囲まれていた女の子は隙を見て降矢と西条の後ろに隠れた。


「た、助けてください!」

西条「…あーん?いまどきナンパかいな」

降矢「流行らんだろ」

「うるせーな、殺すぞお前!」

「あんだえらそうによぉ」

西条「ひゅー、怖い怖い」

降矢「…」


周りもなかなか数に負けて注意することができなかったのか、西条と降矢の二人に期待の目を向けていた。

いつの間にか店から出てきたメイドさんも、無責任な応援の声をあげている。

しかしその声も五人組の男が大声で叫ぶと、静かな物になってしまった。


西条「おい、どーすんねん」

降矢「俺には、関係ないな」


くっくっく、と降矢は含み笑いを漏らした。

後ろに回っていたメイドの格好の女子を力ずくで前に差し出す。

助けてもらえるとばかり思っていた女子生徒はまさか、という恐怖の表情で固まっていた。


降矢「がんばってね、おねーさん」

西条「…流石やな、なんか最近お前の行動が読めてきた俺が悲しいわ」

降矢「行くぞジョー、ぼーりょく、は野球部ではご法度なんだろ?」

西条「せやけど、お前流石にこのままって訳にはいかへんやろ」

降矢「さぁな」


しゃっきりしない、と言った割りには悪辣非道な素行だ。

助けるような正義感ぶりもない、かといってビビッて引いてしまうような臆病さもない。

あるのはギラギラと鋭い目線と、助けを乞う少女を突き出す非道さ。

前に突き出された少女は、降矢の服をつかんで必死に懇願する、あたりにもざわざわと小声が広まっていく。


「そ、そんな…お、お願いします!」

降矢「じゃあ早く警察呼べよ」

しかし降矢はその手を振り払った、うざい、と言わんばかりに。


西条「お、ナイスアイデアやな」

「うるせーよ!何勝手なことしてんだぶっ殺すぞ!!この野郎!ぶっ殺す!」」

と、携帯を取り出した西条の腕をつかむ、男たちのうちの一人。

その瞬間。

降矢「うるっせぇよ!!」


何が癪に障ったのかはわからないが、降矢は急に声色を変えた大声で叫ぶと、その男の手を全力で握った。

ギシリ、と嫌な音がして男は悲鳴をあげる。


降矢「ぎゃーぎゃーわめきやがって…耳障りだろうがクソ野郎!」

「てめぇっ!!」

西条「お、おいおい、ええんかいな降矢」

降矢「いいから早く警察かセンコー呼べよ、ぼーりょくはご法度なんだろ」

「…ふるや?」

ざわっ、と男たちの雰囲気が一変した。

「お、おい…降矢…って…」

「あの淀中の奴を半殺しにした奴かよ…!」

「なんでこんなとこに…」

「や、やべぇ!逃げろ!!」


何かよくわからない相談をした後、五人は今までの威勢が嘘のようにその場を去ってしまった。

張り合いがない、と降矢はつばを吐き捨てて西条に促した。


降矢「ちっ、行くぞ」

西条「非暴力はいいことやな」

「………」


どうやらごたごたは一瞬で終わったらしい、どうも相手は中学時代の降矢の素行を知っていたようだ。

しかし、周りに二人を褒め称えるものはいない。

襲われていたメイドの女子すらも降矢の事を怯えながら見ていた。

損な奴やな、お前はと西条に言われたのが耳に痛い。

だからってあそこで正義感ぶって助けるなんて事をした日には自分で自分が許せなくなる、そういう奴が一番大嫌いだからだ。

ふっとちんちくりんな奴の声が聞こえた気がした。

―――それでも、助けてくれたよね。

でもアイツなら、そういうかもな。

そこまで考えて降矢は壁をぶん殴った、みしり、と空気が震える。

何を考えているんだ、俺は。


降矢(………冬馬っつー、女を待ってる、だと?…どーいうこった)


しゃっきりしないのは、頭の中が混乱してるかもしれない。







時が過ぎるのは速い。

あれだけにぎわった文化祭も、もう終わりだ。

後夜祭という名の後片付けが終わった後、吉田と三澤は夜空を見上げながらため息をついていた。


吉田「ややこしー問題だな、俺は頭が悪いからよくわからん」

三澤「そうだね…」


桜井から聞かされた話のことだ、相川と氷上の仲直り。

吉田はもともと人間関係について楽観的に考えている上に、男女間の微妙なニュアンスを理解する心を一分とも持ち合わせていない。

三澤は、桜井がその、相川のことを少なからず良く思っていることを知っているだけになかなか前へと進めなかった。

昼間桜井を女子トイレに呼び出して、いろいろ聞き出したあげく。

どうやら氷上は、相川のことを、好き、らしい。

少なくとも気になる存在ではある、言葉を濁しながらも桜井は教えてくれた。

しかし三澤は桜井自身も相川のことを好き、なことを知っているから、何故、と問うた。

ライバルの背中を押すのは、客観的に見ればあまり理解はできない。

ただ桜井は良い子だった。

互いがすれ違ってしまう姿を、見てはおけない、と言うのだ。

損な性格だと思う。


三澤「きっかけがあれば…なんとかなりそうだと思うんだけど」

吉田「きっかけねー」

三澤「たとえば困ってる相川君が氷上さんに助けてもらう、とか」

吉田「相川が困ることなんて、試合以外にあるのか?」

三澤「だよねぇ」


形は少し違うかもしれないけど、私生活において相川は完璧超人だ。

頭脳優秀、容姿端麗、冷静沈着、皮肉なのが玉に傷だが頼りになる男である。

はぁ、と二人は自分の悪い点の多さと比較してため息をついた。


吉田「とにかく明日にでも相川に話してみるしかないかなー」

三澤「話すって何を?」

吉田「頼む!氷上のこと許してやってくれ!みたいな」


三澤はため息をついた。

嫌いではないが、たまにこの男の鈍いところにはあきれてしまう。


三澤「傑ちゃん…それじゃ小春が何かしたって丸わかりでしょ」

吉田「あん?そ、そうなのか?うーん…」

三澤「傑ちゃんは…さ。氷上さんのこと怒ってないの?」

吉田「うーん…まぁいろいろひどいこともされたけどなぁ」


手を頭の上で組んで、うーん、と背伸びをする。

振り向いて、ニカっ、と笑った。


吉田「俺はいいよ、今こうして楽しいからな」

三澤「…え?」

吉田「野球がな!」

三澤「……」


複雑な気分になってしまった。

まぁ、それはともかく。


三澤「相川君も意地があるのかな、傑ちゃんがこんなのだし」

吉田「俺が、ってどういうことだよ柚子」

三澤「なめられたくないって、ことじゃない?」


んー、と指をほっぺたにあてる。

なんのこっちゃ、と吉田は?マークを浮かべている。

相川君の日常生活で困ることを見つけてしまった…傑ちゃん絡みだろう。

…と、いうか、結局小春のせいで文化祭を楽しむことはできなかったが、何か外部からの意図を感じて残りの片づけを吉田とやらされてしまっている。

と、いうことは。

二人きりではないか。


三澤「す、傑ちゃん!」


ガラガラー。


大場「二人とも、もう下校時間とですよー」

御神楽「き、きさま吉田ぁーー!!なんという不埒な!二人きりだと!三澤さんと二人きりだと!」

三澤「馬鹿ぁーーーー!!!」










二日後…。

文化祭の余韻が抜けきっていないのか、まだふらふらと浮き足立っている生徒が朝から門になだれ込んでくる。

その脇で吉田と三澤は、妙な光景を見つけた。


吉田「あれ?」

三澤「海部さん…?」


校門前で女子ソフト部軍団が、ビラを配っていたのだ。

あれだけ部員もいるというのに、一体どういうことだろうか。


海部「……おはよう」

吉田「よーう、何やってんだ?」

海部「…答える必要はない」


そっけなく、紙だけを渡した。

三澤が肩越しに吉田が受け取ったそれを覗き込む。


雪澤「ごめんねぇー、晶たんは野球部のせいで、って節もあるから素直に言えないのよね」

海部「な…」

蘇我「掲示板を見たらわかると思うんだけど…」

関都「……ちっ」

村上「あたしたち、廃部の危機なんだよ」








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