236SOKOKARA
生徒会室に呼び出された海部晶は目を丸くした。
氷上舞が告げた事実は到底考えられないことだ、何故いきなり廃部、信じられない。
確かに昨日の試合では失態を見せてしまったが、それでも野球部はおおよそ地方でくすぶってるとは思えない気合と気力を出し切っていたのだ。
負けたのはこちらの慢心が原因、ソフトのルールということで最後までどこか油断していたことは否定できない。
だからといっていきなり全てが終わりになるとはどういうことだ、理解できない。
氷上は窓際で外の景色を眺めたまま動かない。
表情は見えないがずいぶん疲れてる、海部はそう思った。
氷上「昨日の試合の報告が、教育委員会を終えたばかりの教頭に伝わったらしいわ」
海部「…あの男…どういうつもりだっ!顧問だろうがっ!」
氷上「だからこそですわ」
氷上はこちら側に顔を向けた。
その表情は疲れきっている、目の下のクマがそれを物語っていた。
肩にかかった長髪を軽く手で払うと、窓からの朝日がその髪に反射してきらきらと光る。
海部「だから?」
氷上「身につけている貴金属は常に清潔でいたい、潔癖症な教頭らしいでしょう?」
海部「……まさか、失態を見せたとはいえお遊びなんだぞ」
山田「その、お遊びでもマズイんだよぅ」
かちゃり、とドアを開けて二人の少女が入ってきた。
白い長袖のセーラー服にピンク色のリボン、青いスカート。
二人とも背はあまり大きくはない、片方はぼさぼさの髪を両サイドでくくっている、もう片方はウェーブのかかったロングヘアーだ。
ただ新聞部の山田と夙川の顔に明るさは全くというほどない。
夙川「真剣勝負で負けたならともかく、あのお遊び試合で負けたのが余計駄目だったみたい…」
山田「職員会議で有無を言わさず決定したみたい…結局うちの学校で一番権力があるのはあの人だから」
海部「馬鹿な!校長や理事長はどうしてるっていうんだ!」
氷上「校長は教頭の操り人形よ、責任だけ負わせようとしてるもの」
海部「…舞」
山田「氷上さんやっぱり知ってたんだ?」
氷上「おばあちゃん…えっと理事長と前にそんな話をしたことがあったわ。でもあの教頭が来てからウチの進学成績は伸びたから誰も文句は言えないもの。…やり方は置いておいてね」
夙川「何か活動をするよりも勉強して進学してくれる方が、親にとっても進学校将星高校にとってもありがたい話ですから」
文化活動や運動を通して教養を豊かにすることはあくまでも表向きな言い訳である、進学校の目的はどこまでいっても進学させることだ。
教頭はその使命を全うしている。
それ以外にオプションがいくらでもつけばつけるが、それが悪所となるのならすぐに排除する。
そこに生徒達の意思は含まれていない、そしてその基準はあくまでも自分本位な利己的だものだ。
海部「……じゃあ、私たちはこのまま黙ってみていろというのか」
氷上「雨宮先生はなんておっしゃってるんですの?」
海部「わからん…昨日から連絡はない」
山田「多分そのうち女子ソフト部でも集まりがあると思うけど…」
海部「しかし…全国レベルの部をそんな一回の失敗でつぶすなんて…」
夙川「もみ消したいんですよ、あの人は」
海部「もみ消す?」
夙川「自らの権力に自分自身が溺れてしまっている。自分が正義だと思ってしまっている」
山田「…困った話だねぇ、本当」
氷上「とにかく…今は静観するしかありませんわ。廃部云々の話も教員会議で出ただけですし。わたくしも理事長に話をしてみるわ」
海部「…くそっ」
夙川「諦めないで」
海部「え?」
夙川「…まだ、どうなるかわからないわ」
大げさなんだから傑ちゃん、と苦笑しながら三澤は手のひらを振った。
骨も折れてないし、足を怪我している訳でもないんだから車椅子なんて必要ないのに吉田は診察のときから三澤のことを心配しきりだった。
そういえば三澤は今の今までこんな病院にいくほどの大怪我をしたことは無かった、それなら吉田がここまで心配するのもわかるような気がする。
…にしてもやはりやりすぎだ、きっと将来親馬鹿になるのかなぁ、とか考えて…さらにその先の余計なことまで考えて三澤は少し顔を赤くした。
吉田「本当に大丈夫なのか?別に無理して行かなくてもいいんだぞ?」
三澤「んーと…でも受付ぐらいはできるから」
そう言って笑う三澤の首筋には、セーラー服から少しはみ出た紫色のあざが痛々しく見える。
吉田のクラスはお化け屋敷とかをやるとかやらないとかで、三澤は今日脅かす役の番に回っていたのだが…。
昨日の怪我を見てクラスメイトがそれはいいからゆっくり休みなよ、と連絡してくれたのだ。
しかしまぁ、三澤も律儀なことで流石にそれはできない、と朝の検診後学校に向かうことにした。
現在十一時、一人でも良かったのだが吉田も病院についてきたので一緒に登校することとなった。
吉田「しかしよぉ…」
普段のポジティブさとは対照的な心配そうな顔で三澤を見つめてくる。
そんなに心配されると…嫌ではないがちょっとくすぐったい。
三澤「大丈夫だってば、結局普通に学校に来れるんだから」
吉田「でもその痣が見えちゃうとなぁ…女の子なんだし、その悪いことしちまったよなぁ」
女の子なんだし、という言葉がまさか吉田から出てくるとは思わなかった。
三澤は目を丸くしながらも、くすりと微笑んだ。
傑ちゃんらしくないよー、と肩を叩いて。
三澤「試合勝って良かったねー。これで私が出た甲斐があるよ」
セーラー服とブレザーが、昼の時間に一緒に登校してるとなにやらあらぬ誤解を受けそうだが、三澤はさほど気にも留めてなかったし、吉田は吉田で妹と兄みたいなものだろ、と割り切っていた。
歩幅の違いは二人が少しづつ合わせているのでずれることはない。
吉田「なんというか…俺勝手に試合は受けちまうし途中で試合は抜けちまうし、キャプテン失格だよなぁ」
なんともまぁ、ネガティブなことで。
頭をかきながら吉田ははぁ、とため息をついた。
三澤はうーん、と苦笑した、ここまで自虐的な吉田を見るのは初めてだ。
三澤「ほらほらぁ、元気だしなよ傑ちゃん、せっかく勝ったんだからさ」
吉田「そりゃそうなんだけどよぉ…柚子ぅ〜〜」
三澤「おーよしよし」
間抜けな光景ではあるが、柚子はそれでそれなりに楽しかった。
何よりこんな風に吉田と二人きりになることが最近なかったから。
だから、というわけではないのだが、なんとなく。
吉田「とりあえず相川には一言謝っておくかぁ」
三澤「あ、そうだ、昨日後片付けしてたみたいだもんね」
吉田「…いよいよ俺って一体…はぁ〜〜〜」
ついに電柱に両手をつきたててうつむいてしまった。
どんよりとした人魂が宙を舞い、頭には何本もの立て筋が入っている。
三澤「傑ちゃぁん…あ、えっと…そうだ、あ、あのさぁ」
吉田「…何だ?」
三澤「えーと、その、あの、ですね、いやーあはは、その寒くなってきたなぁって」
吉田「ん、そういえばそうだな。秋も半ばだし、まぁでも日中はまだあったけぇけどな」
三澤「…そ、そうじゃなくって!!」
吉田「あ?え、ええと、まだやっぱ寒いか?」
三澤「へ?あ、ううん、えと、そ、そうでもなくてね、あの…ぉ」
手を後ろで組んで、もじもじと体をよじる。
ポニーテールがあっちへゆらゆら、こっちへゆらゆらと主人の気持ちを表しているかのように左右にゆれる。
顔は見ているほうが気の毒なほど赤く染まっており、目も泳ぎまくってドーバー海峡横断しそうな勢いだった。
一言で言えば、つまり挙動不審である、というか第三者から見ればなんとも練乳にはちみつをかけたような空気なのだが、当の吉田傑はそんな空気に気づくことも無くぽかんとその挙動不審な幼馴染を見ていた。
吉田「どーしたんだ、トイレか?」
この男、最低である。
にもかかわらず三澤は相変わらず、てれてれと顔を赤くして手をもじもじしながら戸惑っていた。
三澤「そのぉ…きょ、きょ、きょきょきょ今日一緒にににに文化祭回らない!?!」
前半噛みまくった上に、後半は死ぬほど早口だった。
はっきり言って彼女をよく知る者でも通じるかどうかよくわからない言葉だ。
三澤(あ…あああ……)
やってしまった。
昨日の夜から密かに暖めておいたのに。
あわよくばちょっとでも距離を近づけようと思ったのに。
出だしからこれか、三澤は崩れ落ちた。
吉田「回る?いいけど、お前怪我は大丈夫なのか?」
三澤「ほ、ほほほ本当!?」
聞き取っていた。
流石竹馬の友。
三澤「だ、大丈夫だよ!これぐらい!」
吉田「んー……まぁ、お前がいいんならいいんだけど、無茶するなよ?」
三澤「う、うん!じゃ、じゃあえっとどこ行こう!お化け屋敷行く!?」
吉田「それはウチの出し物じゃないかよー」
なにやら春色な薄いピンクな空気が密集しているので(片方)なかなか近づきがたかったが、勇気を出して声をかけることにする。
思いつめた顔で桜井小春は前のピンク色に話しかけた。
桜井「お…おはよう」
吉田「お?桜井か、昨日はなんかわざわざすまなかったなー」
三澤(…………がっくり)
桜井(ごめん柚子!!)
目に見えて落胆する柚子に、桜井は心の中で何度も手を合わせた。
桜井「う、ううん。私こそ、勝手に関わって言っちゃって」
吉田「でも昨日電話で相川から聞いたぜ、桜井がいなけりゃ危なかったってよ」
三澤「へ?どういうこと?」
吉田「なんでも最後の回ピッチャーがいなくなって桜井があがってくれたんだとよ」
三澤「小春が?……ふぅん…」
なんだかニヤニヤしながら車椅子を器用に動かして三澤は小春に近づいた。
先ほどの腹いせか知らないが目は猫のように鋭く光っている、背中からは黒い羽がパタパタと。
お尻からも矢印のような尻尾がちょろりんと。
桜井は額に大きな汗をかいた。
三澤(何よ、相川君のこと?)
桜井(ええっと…まぁ…そうなんだけどさ)
三澤(相川君も相川君よねぇ…野球馬鹿なんだから、もぉ)
桜井(うーん…というよりも吉田君馬鹿、というか…)
三澤(…どゆこと?)
吉田「何二人してこそこそ話してんだ?」
吉田の一言ではっ、と我に帰った。
そうだ、こんなことをしている場合ではない。
桜井「協力して…欲しいんだけど」
相川のことについて、であった。
「おお!ジュリエット!なぜそなたはそんなにも美しいのか!!」
「ああロミオ!!あなたはどうしてロミオなの!」
西条は自分で自分の体を抱えた。
うげー、と舌も出す、失礼極まりない男だ。
波野「…お前、失礼だぞ」
流石に隣の男から突込みが入った。
西条「あかんねん、俺トレンディドラマでも舞台劇でもあーいうのはあかんねん。体中が痒くなるんや」
県「あ、あはは…」
波野「えっと、しばらくはまだ駄目そうだな」
県達につれられて体育館にやってきたはいいもの、舞台の上で練習の真っ最中だった。
監督と思しき生徒からも威勢のいい声が飛ぶ。
如月「冬馬ぁーー!そんなんじゃ駄目だってば!」
冬馬「…ジュ、ジュリエットー!!」
如月「…駄目だ、配役ミスじゃないのか?」
「何言ってんのよ、王子様は冬馬きゅん以外にはいないわ…お姫様役でもいいけど」
「お姫様役うらやましーなぁー」
「キスシーン本当にやるの?委員長ー」
如月「当たり前だろ?やるからには本気だっ!」
「でもまだ一回もやってないじゃん」
如月「本番一発の方が初々しい感じが出るだろ?」
ニヤリ、と笑うメガネをかけた生徒。
完全につりあがった目からは強気な印象が見て取れる、口も悪いようだが、全体的に線は細い。
昨日の試合で森田と共に解説に参加させられた冬馬と県のクラスの委員長、如月唯である。
県「あ、如月さん、持って来ましたー」
如月「遅いっ!どこで油売ってたのよ」
県「は、はい…すいません…」
「如月の奴、あれだけやる気なかったのに監督に任命されたからやる気爆発だなぁ」
「これはいいニヤニヤガールだねぇ」
「ニヤニヤ」
如月「うぐっ!う、うるさいっ!練習中だぞっ!!…ん?なんだあの二人は」
言われるがままだった如月だが、目ざとく西条と波野を見つけると指をさした。
県「あ、えっと、ちょっと冬馬君に用があるみたいで…」
如月「は?駄目よ駄目、本番は昼からなのよ!一秒でも時間は無駄にできないわっ!」
県「は…はい、ええとぉ」
西条「なんやねん、ちょっとぐらいええやんけケチンボやなぁ」
如月「何よあんた…あんた隣のクラスの奴じゃないの」
西条「俺は冬馬に用があるんや、県、ちょっと冬馬呼んだってくれ」
如月「出て行ってくださいませんかぁ?部外者は立ち入って欲しくないんですよ!」
西条「なんやねんヒステリーやな…これやから女はいけすかんねん」
如月「なんだって!?」
西条「あんだよ!」
県「ふ、二人ともやめてくださいっ!」
波野「そうだぞ西条…俺らが尋ねてきてるんだ、おとなしく待とうじゃないか」
西条「お前でも昼には帰らないと駄目なんやろ?」
波野「すいません、練習は何時まであるんですか?」
如月「…そうね、十二時ぐらいまでかな」
波野は左腕を上げ、腕時計を見る。
現在十一時前…。
波野「…わかった。待とう西条」
その言葉が以外だったらしく、西条は驚いて目を見開いた。
西条「ええんか?」
波野「ああ。えっと、出て行った方がいいかな?」
如月「お願いします、今は練習に集中したいので」
波野「…西条、しばらく暇を潰そう」
西条「…へいへい、ったくよー」
まだ西条は納得がいっていないようだったが波野はその腕を取るとおとなしく体育館の外まで歩いていった。
二人の姿が見えなくなると如月はようやく椅子に腰を押し付けた。
如月「ほらほら、練習再開するわよっ!ったくもう…時間ないのに…」
冬馬「…県君、県君…!」
県「は、はい、なんですか?」
中世の貴族的な衣装…ではなく普通の黒のパンツに白いシャツとマントという格好の冬馬が小声で舞台まで県を呼び寄せる。
適当な割にはそれっぽく見えるから不思議だ、ちなみに顔は白く化粧を施され、目の周りも黒く塗られ睫もマスカラで伸ばされている。
男役でも化粧はするのだ、どこぞのビジュアル系か、というような格好になっているが。
冬馬「…西条君の隣にいたのって…誰?」
県「…えっと、波野君っていう西条君の友達で、冬馬君に用があるみたいで」
冬馬「…ええ?」
どういうことなのだ、一体どういうつもりなのだ。
気づいた、というのか、自分に。
自分の正体に。
それは、まずすぎる。
いや、まずくはないのだが…なるべく、将星の人たちには…というか波野渚以外の人には知られたくはない。
たとえナギちゃんには知られていても…。
『えー、校内放送です。女子ソフト部員の皆さんは今すぐに女子ソフト部部室前に集合してください』
西条にもう言ったんだろうか、言ってしまったんだろうか。
『繰り返します、女子ソフト部は部室前に集合してください』
その後の練習には全く集中できなかった、おかげで如月に山ほど怒鳴られてしまった。
雨宮「…聞いたのか」
海部「ほ、本当なんですか!?」
雨宮「まぁ…そんなところだ」
校内放送に寄って呼び出された部員に聞かされた報告は残酷なものだった。
教頭によって女子ソフト部の廃部が決まったらしい、全国でも名があるというにも関わらず急に廃部になるということでOBの反対は起こるに決まっているのに。
ただ教員会議では反対は出なかったらしい、非常勤で雇われ教師の雨宮には知る由もないことだが。
雪澤「おかしな話だよねぇ、反対されるに決まってるのに」
村上「っていうか、そんなんで潰されちゃ最悪だって!!」
蘇我「そーだよー!おーぼーだよー!」
雨宮「まぁ待て…逆にチャンスかもしれないんだ」
近松「チャンス?」
足利「…ですか?」
海部「先生どういうことですか?」
雨宮「今まであの教頭は…教師の私がこういうことを言うのは良くはないが自分は何もしていないのに勝手にソフト部の顧問になって良いところばかり褒められ、悪いところばかり貶めて来た」
不破「…やり返す?」
関都「やり返すって…どういうことですかっ!?」
雨宮はすっと目を閉じた。
雨宮「排除…仕返すってのは、どうだろうか」
現在教頭はまだ教員会議に出ているらしい。
しかしすでに女子ソフト部の活動は禁止され始めたらしく、部室には『活動を自粛すること』という張り紙がはってあった、誰がやったかは知らないが教頭の差し金だろう。
念入りに鍵までかけてあった。
無茶苦茶だ…が、無茶苦茶な理不尽さにはそれ相応の対応ができる、もとい、しやすい。
「でも、余計なことして変なことになったら…」
「天文部も教頭先生に潰されたって聞いたし…」
関都「でも流石に女子ソフトは伝統があるんだぜ!?」
海部「…そういえば、あの教頭はまだこの学校に来てちょっとしかたってないはず…」
雨宮「とりあえず教頭先生が明日帰ってきたら直々に連絡を取ってみようと思う」
蘇我「先生…」
関都「なんとかしてくださいっ!」
雨宮「…私はこの学校の正規の教員ではない。それにあの教頭に雇われた監督兼教師だ。…それでも、可愛い生徒たちを見過ごしてはおけない」
空は青い。
文化祭も昼を迎え、昨日同様人がごった返し始めていた。
その一角の喫茶店で、三澤と吉田、それに桜井が座っている。
普通の喫茶店で、メインは焼きそばに水らしい、それはともかく人が多い。
どこへ行っても満員でようやく席に座れたぐらいだ。
三澤「うーん…大体の事情はわかったけど」
吉田「氷上と相川を仲直りねー。難しいんじゃないか?相川は頑固だからなあ」
桜井「うん…昨日もなんとかしようと思ったんだけど…」
三澤「駄目だったんだ?」
桜井「でもね!相川君も氷上さんも互いに嫌いあってる訳じゃないの!……だから、このままあの二人を見てると…辛くて」
三澤「相川君は…違うかもしれないけど。氷上さんは、相川君と仲良くしたいのかな」
桜井「え?…え、えと、まぁ…なんというか」
少し言葉を濁した桜井に、三澤は何かピンときたのか、席から立ち上がって桜井の手を取った。
吉田にはちょっと、女の子同士の話し合い、とだけ言っておいた。
残された少年は首をかしげながらも、運ばれてきた焼きそばを頬張るしかなかった。
西条「時間や、行くで」
波野「…そうだな」
西条「浮かない顔やな」
何をするでもなく、二人は体育館の前で黙ったまま空を見ていた。
話したいことはない訳ではないが、思いつめたような波野の顔を見てると西条は何もいえなかった。
もしかして冬馬と義理の兄弟かなんかなんやろか、なんてぶっとんだ事を思っていたが。
波野「…ちょっとな」
西条「お前らしくないな、しゃっきりせえや」
言って、尻をはたいてやる。
少し涙目になりながら、力をいれすぎだ、と怒った。
と。
波野「…!」
体育館入り口のドアが押し開かれた。
冬馬「…こ、こんにちは…」