236後始末






















目をあけると、よく知った天井だった。

布袋「…?」


どうして、俺はここに?

二、三度首をふって目を覚ます、体中がひどく軋む。

まだぼんやりする意識はその痛みですっとさめていった。


三上「あ、起きた??」


声のする方を振り向くと、鼻の頭に包帯の少年。

半袖だったが、肩やひじにはこれでもかと言わんばかりの湿布が張られていた。


布袋「お、おいおいそれ」

三上「あ、これ?恥ずかしい話だけど、久しぶりにキャッチャーなんてしたもんだから全身筋肉痛でね」


そういってあはは、と笑う。

飲む?とペットボトルのミネラルウォーターを渡される。

体中が水分を欲していたからありがたかった、全身が生き返る感じだ。

気づいたらまだ、泥だらけのユニフォームのままだった。


布袋「あ、あれ?…そうか、あの試合の後確かそのまま…」


結局、南雲のサヨナラで幕を閉じた試合。

その後確かいろいろあったはずなんだが、よく思い出せない。

試合終了と同時に布袋の体はスイッチオフと言わんばかりに活動を停止した、あれだけ密度の濃い試合を長時間やり続けたのだから仕方が無い。

意識が落ちそうになるのをこらえて、必死に部屋に入ってそのまま床に倒れこんだ。

そのままの格好で毛布と掛け布団がかかっていた、どうやら暖房がいれてあったらしく、外の寒さの割りに風邪はひいていなかったみたいだ。


三上「僕ら丸一日寝てたんだよ」

布袋「…マジで?」


三上の話によると、布袋と弓栄は死ぬように眠りこけたらしい。

弓生は今朝早くの方に目覚めてどこかに出かけたらしい、あの野郎起こしていけよ、と布袋は毒づいた。


三上「弓生君なりの優しさなんじゃない?」

布袋「そんないいもんじゃねーだろ」


とりあえず着替えよう、と思ったが。


布袋「…っていうか、学校は?」


丸一日寝てたのなら、恐ろしい事態になってるんじゃ…。


三上「ラッキーなことに、インフルエンザで学級閉鎖だって。風邪がはやってるから」

布袋「そ、そうかい」


都合のいい話もあったもんだ。

練習も無しで、各個自主練習らしい。

それでも、笠原監督含め一軍二軍の中心人物はいろいろ話し合ってるらしいが。


三上「僕ら一年生だしね、とりあえず休んでろって南雲先輩が」

布袋「なるほどね」


上下スウェットに着替え終わった布袋は、布団を片付けてどかりとあぐらをかいた。


布袋「…なぁ、三上、望月はどうした?」


三上の表情が少し翳った。

おかしい話だ、同室であるはずの望月の話が今まで一度も出てこなかった。

いやな予感が一瞬布袋の頭をよぎる。


三上「病院だよ」

布袋「なっ…」

三上「体は疲れてるけど意識だけが冴えてたって威武先輩が言ってた。でも右肩が痛くてあがらないんだって」

布袋「お、おいおい…」

三上「藤堂先輩も病院…はぁ、仲間同士で傷つけあっただけになっちゃったね…」

布袋「…」


空気が重くなったとき、ガラリとドアが開いて威武と妻夫木が入ってきた。

二人とも表情は険しい。


三上「あ、布袋君起きましたよ」

妻夫木「やれやれ、これ以上怪我人が増えなくて助かったぜ」

威武「疲れて眠ってるだけ、思ってた、目覚めないから、心配した」

布袋「は、はあ、すいません」


後ろ手でドアを閉めると、二人とも腰を下ろした。


妻夫木「ちょっとややこしいことになってるみたいだ」

三上「南雲先輩は…?」

妻夫木「わからん、一軍メンバーと監督室に入ったきりだ。結局南雲に任せる感じになっちまって心苦しいが、俺も目覚めたんが昨日の夜だったんでな



皆、疲労困憊だったというわけだ。


威武「とりあえず、部、やめなくて、すむ」

妻夫木「公約だったしな。ま、被害は痛手だったけどよ」


ちりちりになった髪の毛を赤いバンドで後ろにまとめている。

シニカルな笑みはいつもの妻夫木のものだった。

そういえばこの試合は、負けた方が辞めるという特別な入れ替え戦だった。

試合が激しすぎてそんな結果を忘れてしまっていた。


三上「上杉君はどうでした?」

威武「まだ、寝てる」

妻夫木「昨日一回目がさめたらしいけどな、まぁあんな試合めったに経験できるもんじゃない。体よりも心が参ってるだろうよ」


言ったとおり精神的な疲労は半端なものではなかった。

当然肉体面にも多大なる被害はあるが。


妻夫木「ああ、そうそう」


思い出したように妻夫木が口を開いた。


妻夫木「望月は肉離れ、藤堂は右肩にヒビだってよ」

布袋「!」

三上「え…!?」

妻夫木「望月も藤堂も秋季予選は微妙らしい。ついてないな」


実にあっけらかんと言う。

布袋は思わず、なんでそんな態度なんだ、と声を荒げようとしたが。

妻夫木の目が暗く沈んでいたので、急に熱が冷めていった。


威武「一軍の、奴、も、おかしいらしい」

三上「…やっぱり。試合が終わった時から様子がおかしいと思ってたけど…



妻夫木「牧は目が急に見えなくなったらしい、秋沢にいたっては原因不明の意識不明状態だ。他も割と重症」

布袋「い、意識不明!?」

妻夫木「堂島を自室まで送り届けた後いきなりぶっ倒れたらしい、詳しいことはわからんが、な」

三上「…こんな大事になるだなんて」

威武「一軍、無事、堂島と綺桐と神緒だけ」

布袋「…」


布袋は下に向けていた目線を上にあげた。


布袋「植田は…」

妻夫木「わかんねぇ」

布袋「わからない?」

妻夫木「詳しいことはわからん、がピッチャーとしてもう一度球を投げるのは厳しいらしい」



布袋「…そう、ですか」















市内の病院に、望月はいた。

同室の藤堂は、回診が終わった後はひたすら眠り続けている。

体と心へのダメージは強かったらしい。

望月は昼ごろ、喉の渇きで目が覚めた。


肉離れ。


無理をしすぎただろうか。

最後らへんはもう自分が何をしていたのかすら覚えてない。

集中力が痛みを凌駕したのなら、それはそれで格好がつく話ではあるが、結果、右肩をぶらさげた状態であるのなら目もあてられない。

はあ、とため息をついて慣れない左手で廊下の自販機に小銭をいれる。

いつもならミルクティーだのコーヒーだの気取っているところだが、今は何よりも水が飲みたかった。

冷たいミネラルウォーターめがけて標準を定めて指を…。





ピッ、ガシャン。



突然後ろから指が伸びてきて、暖かいコーンスープが落ちてきた。

何の嫌がらせだと思って振り向く。


???「しけた面だな、勝ったくせに」

望月「え…?」


やけにはっきりとした声で、そいつは立っていた。

試合中のような無機質な感じはなかった、少しだけ偉そうではあったが、ずいぶんと人間味のある雰囲気が備わっていた。



望月「植田…」

植田「なんだよ幽霊でも見るような顔して」


あれ?こんな奴だったか、と望月は一瞬首をひねった、が。

よく考えればもともと植田はこういう奴なのだ、と思い出した。

堂島についていってから、おかしくなっていった気がする。


望月「お前もかよ」


植田の右手は骨折でもしたかのようにギプスで固定されていた。


植田「お前もな」


でも、その顔に悲壮な表情はなかった。

口の端を少しだけゆがめて性格相応にニヤリと笑う。


望月「なんか変わったな、お前」

植田「そうか?…いや、そうだな。なんだかすっきりした気分だ」

望月「あっそ」

植田「南雲さんと思いっきり勝負した時に、何かが吹っ切れたのかもな…、なんか思い出したよ。自分でやりたいことやってるつもりだったんだけどな、堂島さんの顔色ばっか伺ってた。…確かに、強くなったけど、楽しくは無かったかな、なんてな」

望月「…楽しい、ねぇ」

植田「単純にお前と投げ合えて良かったよ。お前のことなんて、単にムカツク奴だって嫉妬してなかったけどよ、お前がボコスカ打たれて泣いてるのを見たら、すっきりしたよ」

望月「おい」

植田「ま、その身長じゃな」


くく、っといやらしい笑み。

なんだ、植田ってこういう奴だったか。

そうだなぁ、と思った望月は出てきたばかりでまだ冷めてないコーンスープ

を頬に押し当ててやった。

そりゃあもう、さわやか過ぎる笑顔で。












そして、監督室。

南雲、大和、堂島、笠原が存在していた。

そして堂島は額を地面にこすり付けていた。


ここまで態度を豹変させるとあきれ返ってしまった。

一軍の退部は勘弁してやってくれ、と南雲は言うつもりだったがその必要もなさそうだ。


堂島「申し訳ございませんでした」

笠原「やめろ堂島、顔をあげろ」

堂島「この部を辞めたくはありません」


声も涙でにじんでいる。

なんて野郎だ、あまり人にたいしてどうこう思うことはなかった南雲だが、
今回ばかりはこの堂島という人間にたいする人間性を疑ってしまう。

南雲は鈍い表情で、堂島から目をそむけた。


南雲「…ま、そう言うとることですし、他の一軍メンバーも不憫ですよ」

大和「そうだね…南雲君の言うとおりだ」

笠原「もともと辞めさせるつもりなんて無かったしな」

堂島「ほ、本当ですか!?」


がばっと、顔をあげる堂島。

涙の後が痛々しい、というよりも見苦しい、と言ったべきか。


笠原「才能をつぶすなんて馬鹿な話だと思わないか?」

大和「ですね」

笠原「ただ、入れ替えだけは約束だが守ってもらう…一軍レギュラーは二軍行きだ。…があの実力があればすぐに一軍上がってくるだろう」


体さえ無事なら、という言葉を笠原は飲み込んだ。


なぜか、一軍レギュラーのほとんどが原因不明の異常を持っていた。

足の筋肉が痙攣してしまったり、手首が動かなくなったり、目が見えなかったりひどい場合意識不明なんてのもある。

頭が痛い。

堂島に言わせれば、大丈夫という話ではあったが…。



堂島「あ、ありがとうございます」


プライドをかなぐり捨て、懇願するその姿を見てまだ堂島についていこうと思うものが何人いるか。


笠原「そして、申し訳ないが、キャプテンは交代させてもらう」

堂島「…は?」

笠原「大和の意思であり、俺の意思でもある」

堂島「し、しかし!!」

笠原「試合中のお前の見苦しい行動だけは、見逃すことはできない。…一度や二度なら許そうと思ったが、名門のリーダー足る行動ではなかった」

堂島「…」

笠原「南雲」

南雲「…は?」

笠原「そういう話だ、お前がこれからはキャプテンとしてチームを引っ張るんだ」

大和「…僕は最後まで南雲君を推してたんだけどね」

堂島「そ…そうですか…そ、それではとりあえず、一軍の奴に退部だけは免れたことを報告してきます」

笠原「…そうか」


堂島は一礼すると、監督室を出て行った。

笠原は深いため息をついた。


笠原「最初からこうしていればよかったのかもしれんな」

大和「…監督」

笠原「すまんな南雲、お前には苦労をかけた」

南雲「…気にしてませんよ」

笠原「もう一度、桐生院を立て直そう。名門といわれた桐生院を」









目薬をポケットから取り出して、にらみつける。

そのまま床に捨てると、勢いよく踏みつけた。

感情の思うがままだった。


堂島「…」


どいつもこいつも、クソだ。

生きている価値なんてない。

なぜ俺がこんな目にあわなければいけないんだ。


堂島「馬鹿な奴らだ」


しかし、奴らの頭は悪い。

俺を辞めさせた無かったのが運のつきだ。

存在できるならば、チャンスはいくらでもある。

二軍だろうがなんだろうが、何とかしてみせる。


堂島「くくっ……………まだ、終わった訳じゃない」









???「いいえ、終わってるわ」










廊下の奥。

リノリウムの床に一人の少女が立っていた。

男子校にはおよそ似つかわしくない、可愛らしい服に身を包んだ赤毛の少女




堂島「…四路…!?」






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