軽くソフトボールを両手で包みながら、こすって汚れを落とす。

相川は伏せ目がちに質問を送った。


相川「…球種は」


相川にとっては、気まずいことこの上なかった。

一通り投球を見る限りはかなり対抗できそうなボールを投げていたので、投手がもういない野球部にとってありがたいのはありがたいが、相川にとっては桜井とはいろいろとあったから。

下を向いても、その健康的な細すぎずも太すぎずでもない白い太ももが目に入ってくる。

なぜ今時ブルマなのだ、目のやり場に困って仕方がない。

仕方なく顔を上げてボールを渡したら、桜井の何か思いつめたような顔が目の前にあった。


桜井「えっと、ストレートと、スローボールぐらい…うん。変化球はないかも、ごめんね」

相川「気にすることはないさ。少なくとも今いる全員よりはマシな球を放るだろ」


申し訳なさげに、少しうつむく目の前の体操服姿の彼女。

相川はため息をつきながら所在なさげな手を少し動かした、投手に対してかけてやる言葉が見つからないとは捕手として失格じゃないか。

それでも今、相川は自分より頭ひとつ分小さい投手に何を言えば言いかわからなかった。


桜井「…えっと」

相川「…」


何を勘違いしたのか、こちらの機嫌を伺うように見上げてくる。

相川の目をまっすぐと見ている…が少しするとそらしてしまった。

なんでこうやりにくいんだ、相川は頬をかくしかなかった。


相川「とにかく、何があったかわからないが感謝してる…が礼を言うのは試合の後でいいか?」

桜井「え?う、うん。…私…がんばるよ」

相川「いや、まぁ、ほどほどにな…いや、がんばってくれないと困るが」


ああ、俺は何を言ってるんだ。

相川は心の中で自分自身に舌打ちした。


桜井「うん…!」

相川「サインはさっき言った通りだ…まぁ細かいことは要求しないから、気楽にいけ」

桜井「わかったよ。……おかしいかな?」

相川「何がだ」

桜井「生徒会なのに、こんなことしてて」

相川「さぁな…」


言葉につまる。

どうも桜井を前にすると、上手く言葉が出てこない。

一度フッた負い目があるからだろうか、それにしても一度断ったのにどうしてまたこんな風に近づいてしまうのか。

何か大いなる運命に動かされてる気がする。


桜井「……そっか」


桜井もそんな相川のもどかしい気持ちがわかっているのか、言葉をつぐんだ。

二人に微妙な空気が流れる、早く試合を再開しなければならないのに、なぜか足は動いてくれなかった。

桜井のあわせてはそらす目線が、相川をこの場に押しとどめていた。


相川「…あのさ」

桜井「は、はひゃいっ!な、何かな?」

相川「その…なんだ、別に俺はお前のことを嫌ってる訳じゃないから…その」

桜井「…え?」

相川「その、なんだ。今は俺を信じて投げろ。バッテリーってのは信じあうもんだ」


自分でも何を言ってるかよくわからなかった。

そんな風に俺の機嫌を伺うような目で見ないでくれ、と相川は言いたかったのだが、言葉はそのままは出てこない。

何か違和感を感じながら、相川は凍った足を必死に動かして背を向けた。

後ろから桜井の小さな肯定の声が聞こえた。



















234女子ソフト部戦18終焉










代打の降矢に代わってそのまま桜井がピッチャーになる形となり、守備位置に変更はない。

降矢はベンチで腕を組みながら試合を観戦していた。


来宮「長かった試合も…ついに最終回!!試合は一点差…野球部が七回表に大逆転!!」

歓声が上がるギャラリー陣の後ろには夕日が差していた。

土煙も風で舞う。

流石に途中でグラウンド整備、なんてことやってないから地面はずいぶん荒れてきていた。


来宮「反撃は始まるのか!バッターはソフト部二番の足利選手です!」

赤城「問題はクリーンアップや」

来宮「え?」

森田「そうだな。試合を見る限り…やはり四番のあの女だ」

赤城「四番の前にランナーは絶対に出したくない…相川君はこの試合苦労の連続やな」

森田「投げる投手より神経すり減らしてるぜ」

くっく、っと森田が笑う。

赤城(ただ…あそこまでデータが無い状態でよく試合をつぶしてへんな…やっぱ相川大志は恐ろしい男や)



データがない。

相川にとってそれは丸裸の状態で戦場に飛び込むのと一緒だ。

だが、その無防備な状態でなんとか必死に試合を作り、ここまできた。

最後の最後に、無謀にで銃撃の雨を縫って走るような状況になってしまったが。


相川(…桜井)


桜井がどんな球を投げるのか知らない。

何球かは投球練習で投げたが、冬馬よりマシな程度、何を投げさせちゃいけないかもわからない。

…そんな状態で、アイツ、を抑えられるのか。


『二番、ライト、足利さん』


いや、まずは目の前の敵だ。


雨宮「足利っ!粘れ!」

海部「なんとしても塁に出ろっ!!」

「しずかぁーーっ!」

「がんばれがんばれ!!」

『ワアアアアアア!!』

窮地、ということで自然とソフト部の方にも熱気がこもってきた。

先ほどまではどこかでまだ余裕を見せてる面もあった、やはりどこかで勝って当然、という気持ちがあったのだろう。

だが今はもう違う、完全に追い詰められているのだ、全国レベルのチームが、地区で二位のチームに。

柳牛「…足利さん…お願いっ!」

蘇我「しずかーーっ!」

大騒ぎ、近所迷惑ではないか、というぐらいの騒音に近い声援が入り乱れる。

足利は緊張した足取りでゆっくりと打席に入った。

しかし、流石に全国レベル、足は震えていないし構えも自然だ。


相川(…気負ってはいない、か)


相川は軽く左腕を動かした。

それに呼応するかのように、頷く桜井。



第、一球!!

桜井「いきます!!」

ゆったりとしたフォームから…!


不破「…あれは」

近松「ウィンドミルっ!」


風車のように大きく腕を一回転させて、ボールは右手から離れていくッ!!

そして足利のバットの下をかいくぐった!

バシィッ!!

『ストライク、ワンッ!!』

『ワアアーーーッ!!』


桜井は胸に手を当てて大きく息を吐いた。

相川(…いける、か?)

グラブに確かな手ごたえがある、予想していたよりもずっと球のキレがある。

…ソフトボールに対しての感覚はまだ理解できていないから、本当にキレているのかどうかはわからないが、少なくともいい手ごたえはある。

二球目はボールにひとつ外して、三球目で早くも追い込んだ。

球種は全てストレート。


足利(…結構、早いかも)


抱きしめたら折れてしまいそうなほど細い体ながらも、バットの重さには負けていない。

足利はしっかりと足を地面に突き刺してボールを見極めていた。

ちらり、と横目でそのバッターを見やる、気をつけるとしたら小技だが…。

桜井(…うん)

ゆっくりと、サインに頷き手を大きく、後ろに引く。

そこから一度円を描き…投げるっ!!



桜井「!」

足利(…失投!)


ボールは高めに浮いた棒球…足利がはそれを見逃さない!

甲高い金属音が、グラウンドに響くと同時に歓声が巻き起こった。

『ワアアアアアア!!!』

ボールは…一塁長身の大場でも届かない!

大きく叩きつけた打球はファーストを超えてライト前ヒット!!


来宮「出ました!!同点のランナーが一塁にっ!足利さん先頭打者ヒットぉ!!」

赤城「失投やな…やが、高めの球を上手く叩いた」

来宮「やはり急増バッテリーでは厳しいですか??」

赤城「いや…」

森田「球自体は…俺はソフトやってないからよくわからんが、そんなに遅くは無いと思うが」

赤城「わいも森田と同じ感想や」


女子ソフト部側から大歓声と拍手が沸き起こる。

一塁ベース上で肩をを上下させる足利は、息を整えながら笑顔で手を振った。

無死、一塁…そして迎えるバッターは…三番、関都!


海部「関都!!頼んだぞっ!」

不破「がんばれ」

村上「一発かまいしてこいっ!」

関都「おっしゃあ!!」


『三番、セカンド、関都さん』


雨宮「関都、ちょっと来い」

関都「え?」


意気揚々と打席に向かおうとする関都を雨宮が大声で呼び止める。

そのままベンチ前まで呼び戻して、二言三言声をかける。

関都の顔は複雑そうな表情が浮かんでいたが、雨宮はその肩を軽く叩いた。


雨宮「頼むぞ」

関都「…はい」


じゃり、っと土を軽くならして左打席に立つ。

ここまでの勝気っぷりは鳴りを潜め、不気味なぐらいに無表情だった。


相川(…何かやってくる、か?)


これで何か感じない方がおかしい、相川は眉をひそめて警戒心を高めた。

エンドランか…関都の打撃力ならそれもありうる話だ、おまけに一塁は足利、小技を仕掛けるにはもってこい。

出場したばかりの桜井の動揺を誘うならエンドランは悪くない。

相川は少し手を振って…。


御神楽「…む?」

原田「…お?」


ショートとセカンドの二人を指定位置をよりも少し下がらせた。

内野は抜かせない。


関都「…」

相川(…こういう顔もできるんだな)


先ほどまで口を開けば騒音公害だった彼女がまるで借りてきた猫のようにおとなしくしている。

いや、おとなしくしている…というよりも…。


相川(…いや、やってみるしかない)


とりあえず長打は危険だ、相川はなるべく低く、というニュアンスを両手で桜井に示した。

緩急をつけるだけのピッチングでどこまで行けるか…三番関都に対して、第一球!



桜井「!」

御神楽「ぬあっ!!」

原田「まずいッス!!」


関都が見せたのは…バントっ!!

左手をバットの先端にスライドさせ、身をかがめていく。

これが狙いかっ!!相川は舌打ちした。

大場と三塁の西条が全力でダッシュしてくるのを見て、桜井も次いで前に押し寄せる。

…いや、違う!!


相川「よせっ!!バスターかもしれんぞ!!」

桜井「…えっ!?」


関都は素早くバットを引っ込め、再びスイングの体制に入る。

しかし両手はバントの体制のまま、プッシュバントのような形で強打っ!!

キィンッ!!




来宮「打ったぁっ!!」

赤城「なんちゅー体制や!」

桜井「っ!!!」


当然前に出ていた桜井が反応できる訳もなく、ボールはピッチャーの左を高速ですり抜けていく!

関都「その通りだよっ!相川!」

やられた…!足利が二塁に向かうのを見て、相川は歯ぎしりした…が!


バシィッ!!!

桜井「!」

相川「え!?」

雨宮「な、なんだと!!」

御神楽「抜かせん!!」


ショートの御神楽が、横っ飛びでボールを外野に抜かせない!!

が…グラブにボールは入っていない!打球が速かったのでグラブの先に届いただけのその打球は御神楽のグラブごと後ろに抜けていく。


御神楽「くぅうううっ!!」

西条「あかんかっ!!」

大場「いや、まだとです!!」

関都「!」


後ろに転がっていくグラブからボールが飛び出た刹那、そのボールを素手で捕球した者がいる。

セカンド原田が、素早い状況判断で御神楽の後ろまで回っていたのだ!


原田「大場先輩ぃぃいっ!!」

大場「来いとですっ!!」


バシィッ!!

『アウトォーーッ!!』

『ワアアアーーー!!』


見事な連係プレイ。

二塁に到達していた足利を殺すことはできなかったが、アウトカウントはひとつ増やした。

結果的に送りバントの形となったわけだが…ランナーは得点圏に進まされた。

そして…ついに迎える…っ!


『四番、ショート、海部さん』

『おおおおおーーーっ!!!』

『海部お姉さまぁーーー!!』

『逆転の一打、打ってくださいましーー!!』


きゅっ、きゅっ、とバットを手でこする。

不思議なほど気分は落ち着いている。

相手に塩は十分に送った、後は打ちのめしてやるだけだ。


相川「海部…!」

海部「遠慮はしない。打ち砕くのみ」


きゅっ、と眉がつりあがり、表情が鬼となる。

引き絞った弓のような緊迫感が大歓声の中、二人を包み込む。

焼けるように熱いオーラが相川を刺す、バッターボックスに入ってしばらく海部の視点は相川への一点に集中していた。

試合前まではただのいけすかない奴だと思っていた。

海部晶はおとなしくてなよなよしい男が嫌いだ、しかし、キザで格好つけな見た目だけの男はもっと大嫌いだ、さらに口だけで嫌味や皮肉を言うような男はもっともっと虫唾が走るほど嫌いだ。

この相川という男はおとなしくてなよなよしくはないかもしれないが、後ろの二つの項目には恐ろしいほどあてはまっていた。

それほど会話するほどもなく関わりあいたくもなかったが、友人であり生徒会長の氷上舞が何かと彼につっかかるので嫌でも名前は覚えてしまった。

ある時の舞と口論する時があったが、聞いているこっちがイライラするほど相川の喋り方は気に障った、割り込んでしまってつい大声を発してしまったほどだ。

…だが。

口調こそ好きにはなれないが、相川は熱い男だった…嘘やただの格好つけであの場面であんな目で大口は叩けない。

先ほどの言葉がまだ頭の中に残っていた。

海部の中で相川の立ち位置はすでに180度逆転している。


海部「相川、お前という男を多少誤解していたようだ」

相川「…誤解?」

海部「気に食わないだけの男と思っていたが、なかなか骨があるじゃないか」


野球に取り組む態度も真剣だ、もはや海部にとって相川は好感の持てる人間になりつつあった、もし女として出会っていたら友人になっていたかもしれない。


相川「…ふん、骨なんて人間誰でも持っている」

海部「………」


…口調はまだ好きになれそうもないが。

気を取り直して目の前の投手に対峙する、生徒会の人間らしいがマウンドに立てば投手は投手だ。

背後の相川の気配を読みつつ、心を集中する。

少しづつ大歓声が消えていき…風景も消えていく。

最後に残ったのは自分と投手だけ…いや、そして捕手と。


海部(打てる)


確かに素人よりかはいくらか速い球を投げるが、所詮その程度だ。

ランナーは二塁…長打なら同点、一発出れば逆転サヨナラだ。

もし万が一凡退してもランナーさえ進めればまだ次に雪澤が控えている…しとめられる。


『かーいーふー!かーいーふー!』

『あっきらさまー!あっきらさまー!!』

『あーいかわ!さーくらい!!』


バシィッ!!

『ボール、ワンッ!!』

大きく外れるボール…相川が要求した低目とは正反対の高めだった。

桜井小春の心臓が大きく動いている、騒音ともとれるギャラリー達の応援の中でも信じられないほど大きく鳴り響いていた。

こんな場面に立たされたのは初めての経験だった。

どくっ、どくっ、と波打つのは疲れではない、異様な盛り上がりに対して同調しているのだ。

自分の一球が試合の明暗をわける。


バシィッ!!

『ボール、ツー!!』


途端に腕が動かなくなる。

桜井小春は今すぐうずくまって泣き出したくなった、自分で言い出した事とは言え…。

『ワアアーーー!!』

『さくらいさーん!!がんばってーー!』

『こはるーーっ!!』

こんなにマウンドが寂しいものだとは思わなかった。

たった一匹で動物園の檻に入れられている、ショーに失敗すれば向けられるのは失望と侮蔑の眼差し。

寒い、西日が横から照らしてくれているはずなのに桜井は震えていた。

名前入りの体操服とブルマではとてもじゃないが温まりそうにない。

どうしよう、どうしよう、という思いが頭の中にこびりついてはなれず、ついに桜井の右手は動かなくなってしまった。

しかし、いまさらやっぱり代わって、とも言い出せない…相川の力になりたい一心で言い出したこの願いだったが…。



相川「おい」

桜井「!」


びくり、と桜井の体が震えた。

気がついたら相川が目の前にいる。

桜井の心臓はさらに激しく動き始める、目の前の相川にも聞こえるんじゃないかというぐらいに音を発し続けている。

耳鳴りが聞こえそうなほど。

相川の目の前の桜井の頬に赤みがましていく。


相川「はぁ…まぁ、そうだろうけど自分で言い出したんだろうが」

桜井「…あ、あ、ご、ごめん…」


ぽろ。

一筋の涙が溢れたのを機に、桜井の目から幾粒も光の球が流れていく。

いきなり泣き出した桜井に対して相川は驚…くことはなかった。

前も同じようなことを言って泣かせてしまったことが、あったから。


相川(俺は二回もこいつを泣かせたのか)


胸がどうしようもない寂寥感に襲われる。

決して相川のせいではないし、声をかけなければ一生桜井はあそこで立ち尽くしたまま動かなかっただろう。

だから、桜井は、安心して、泣いてしまったのだ。

だが相川はそんな桜井の肩に手を置くことはできなかった。

―――二度も泣かしておいて、自分に何ができる。


桜井「…ぐす、…ひっく」

相川「…」


居たたまれない、が立ち退くこともできない。

今度は相川が静止する番だった、気づけば歓声もやんでざわざわとざわめきが広がっている。

泣き出した投手に、それを無言で見つめる捕手、端から見れば異様な光景だ。

今度こそ相川は何を言えばいいかわからなかった、言葉が見つからないどころかどこを探しているのかもわからない。

桜井は溢れる涙をぬぐおうともせずに、相川の目をじっと見つめたまま鼻をすすっていた。

そして、ようやく止まっていた時の流れが動き出すように言葉を発した。


桜井「…やさ、しいね、あいかわくん、は」

相川「…?」


桜井の言葉の意図するところがわからず、相川はなんと答えればいいかわからなかった。

立ち尽くしていると、桜井が相川のユニフォームの腰あたりをつかんだ。


桜井「…迷惑だよね、一度フラれてるのに、私」

相川「…」

桜井「…ごめんね」

相川「謝るな」

桜井「…え?」

相川「誰かの」


相川は別に言葉を捜している訳じゃなかった。

だが今の桜井の顔を見ていると自然と言葉が口から出ていた。


相川「誰かの為に自分が手を貸すのは悪いことじゃない、と思う」

桜井「相川君…」

相川「俺はその…他人の気持ちはわからんから、お前が俺のことをどう思ってるのかは知らない。お前が俺のことをどう思ってるか俺がそれを考えないことは逃げかもしれないが…。それでも、お前が俺に好意を持って手助けしてくれるなら、俺はその手は振り解かない」

桜井「………ありがとう」


桜井に、笑顔が戻っていた。

自分の言葉で何を伝えられたかはわからない、が、要するにだ。

相川はようやく桜井の肩に手を置いた。


桜井(一人じゃ、なかったなぁ)




例えそこが檻だとしても、仲にもう一匹仲間がいた。

気づけばあと七匹も仲間がいた、ひとりぼっちになる必要なんてないんだ。

桜井は大きく息を吸った。




桜井「うあああああああああ!!!」

海部「来い!!!」



ボールは…ストレート!!…だが、高い!!!

海部のスイングが、バットが…それを捉える!!


相川(…だめかっ!)

桜井は目を閉じた。



…カキィィィィィンッ!!!!!!!

金属音。

しかも軽快、桜井は目をつぶった。

『おおおおおおおおおおっ!!』

来宮「打ったあ!!打ちましたあ!!」

赤城「あかん!!でかいで!!」

森田「い、いったか!!」


海部の両手には確かに手ごたえが残っていた。

行くか…!!

打球は県の上空遥か高く。

両の足は疾走するも、追いつくか、いや、その前に届くのか。

右足と左足が交互の大地を蹴り少しでも打球に追いつこうとする。

が、どう見てもホームラン性の打球だ、県の足が一瞬緩んだ。


真田「諦めるな県とやらっ!!ドライブ回転だっ!!失速するぞっ!!」

県「えっ!?」


レフトの真田もボールを追っていたが、打球が徐々に落下していくのを見てドライブ性の打球と判断した。

再び県の足が加速を始める!!


赤城「いや…これは落ちる!」

森田「しかしそれでもタイムリーになるか!」


案の定ボールは徐々に重力に負け、地面へと近づいていく。

桜井と相川のバッテリーは願うしかなかった。


桜井「お願い…っ!」

相川「頼む…県ぁあーーーっ!!」



県のスパイクが通過した後は地面を深く削り取った跡が残っていく。

ジャイアントリープ、三歩目ですでに最高速へと到達していた。


降矢「おいパシリっ!!捕らねーと俺がぶっ殺してやるっ!!」

野多摩「県くん、がんばれ〜〜!」

真田「お前の足なら届くっ!!捕るんだっ!!」

県「うおおおおおおああああっ!!」



タイミングを合わせ…前に飛び込むっ!!

ズザザッザッザアアアアアアッ!!!

全身を地面にこすりながら転がり、フェンスに激突する!

『キャアアアアアーー!!!』

『だ、大丈夫なの!?』

しかし…ゆっくりと、県の左手のグラブが上がった。

その中には、白い球。



桜井「!捕ってる!」

御神楽「でかしたぞ県ぁ!!」


しかし真田は走るのをやめない。

真田「おい県とやら!二塁ランナーが飛び出しているぞっ!!」

県「えっ!…くっ!」


立ち上がろうとした、県の右足が強く痛む。

前の青竜戦で痛めた場所と同じところがズキズキと衝撃を放っていた、立ち上がろうとして勢い良く前に倒れこんでしまう。


野多摩「あっ、県くん!?」

真田「くそっ!ここまで投げるんだ!!」

県「ぐ…は、はいっ!!」


うつぶせに倒れこんだ上体から右手だけを動かして、走りよるレフトの真田にボールを渡す。

真田は受け取ると同時に体を反転させ、助走をつけ右手を振り切るっ!!


真田「行くぜ…っ!」

レーザービーム。


真田「御神楽ぁあーーーっ!!!」


白い球は一陣の赤い風となってグラウンド上を疾走していく!!


関都「くっ!!」

村上「静ぁーー!!戻れーーー!!」

近松「まだ間に合うよっ!」


抜けると確信して三塁を蹴ったのがまずかった。

滞空時間が長かった分前に進んでしまっていた、逆に考えれば戻る時間もまた、増える!


足利「はぁっ!はぁっ!」

御神楽「…!」


ボールはほぼ外野の深いところだというのにほぼノーバウンドのストライク送球でセカンドベース一直線。

しかし足利もすでに二塁と三塁の間まで帰塁している。

どちらが、速いか。


『ワアアアアアアアアアアアアアア!!!!』






海部はゆっくりとヘルメットを取った。


海部「たいした男だなお前は」

相川「…?」

海部「打たれるとわかってて何故高めを投げた」

相川「……別に、勘さ」

海部「勘…か、本当に?」

相川「…いや、まぁさっきのホームラン…。三澤の高めへの失投を叩いた奴あったろ。あれがドライブして沈んでいったから…それにかけただけだ」

海部「…危険なかけだな」

相川「下手に攻めていくよりも真正面でぶつかった方がマシか、って判断しただけさ」


相川もマスクを取った。

二人の視線が交わる、海部がくすりと笑みを漏らした。


海部「…不思議と悪い気分じゃない。お前らが強かった…それだけの話だ」

相川「今日は運がいいんだよ。真田も、言ってたしな」

海部「ふふ…かもな」



足利がヘッドスライディングで飛び込むよりも早く、御神楽のグラブにボールは収まっていた。

『アウトォッ!!ゲームセット!!』

『ワアアアアアアアアアア!!!』



桜井「相川君!!やった…やったね!!」

相川(…やれやれ、いくら例を言ってもいい足りないな)


マウンド上、体操服の救世主は相川の手をとって飛び跳ねる。

二度とソフトなんかしない、相川は泣き笑いの桜井に苦笑しながらそう悪態をついた。







野球部5-4女子ソフト部。

ゲームセット。










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