かつて一人の少女が金髪の男に告げた事実がある。


―――あれは、ニューエイジに施される”刻印”

敗北は許されない。

運が悪ければ…耐性のついていない普通の人間は

死ぬ可能性も―――


『耐性』

そもそも、『D』とは、体内の仕組みをいじって、本来出せるはずのない力を出すことが出来るようにするものである。

魔法などという、便利なものではない。

それは、禁忌だ。

してはいけない、反則技。

それなりのリスクも伴う危険な行為。

Dは、脳内物質を操作し、拡大するものである。

脳内物質というものは、人の行動を左右する、やる気があれば物事をがんばるし、やる気が無ければ物事はがんばらない。

それに伴い、体の限界も気づかずに

落ち込めば気分は暗くなるし、行動もそれに伴う。

だから、堂島は自分に依存させようとした。


神になろうとした。


人は絶対的に信頼できるものが背後にあれば、死をも恐れずに前に歩いていくことが出来る。

つまり、負ければ『危険』というのは。

精神的に落ち込むことによって、脳内物質が『マイナス』の方向に出されて、身体に影響が及ぶことにある。

わかりやすくいえば、病も気から、という言葉を大げさにしたようなもの。

気持ちを侮ってはならない。

思い込みだけで、深刻な病状に陥る人々も世界には多くいる。

試合に負けて、身体に影響が起こる。

それに不安を、恐怖を脅えてしまい、さらに落ち込んでしまう。

身体に影響が起こる……Dが諸刃の剣になるのは、この由縁から。




だが、いくら敗北しても、精神的に落ち込まなければ『D』はデメリットなしの魔法のようなものになる。

だから堂島は、自分を神にしようとしたのだ。

完全に信頼にたる存在になれば選手達はなんの不安もない。

堂島がいるから、大丈夫。

普通の人間である一軍の選手達が、『耐性』もない普通の人に、Dを付与した堂島の狙いはそれであった。



耐性とは、ニューエイジに関係する先天的なものであるが、それはまた今度説明することとする。







233一軍戦30副作用













だから、試合の勝敗云々関係なしに、堂島への信頼が揺らげば。

牧「…」

身体に影響は及ぼされる。

三上はそのことに気づいていた。


三上(どういうことだ?…今までに比べて、国分君も烏丸さんもいやにあっさり三振した…)


簡単な結論は、それだけ望月のライオンハートの威力があるということだ。

しかし、あくまでも一回ノックアウトされて、その上身体疲労でサードに下がった投手だ。

いくらライオンハートの威力が高いといっても、振り遅れてでも当ててくるだろう。

もう望月も再びマウンドに上がってから何十球も投げている。

本人は気づいていないかもしれないが、投げるときの右肘の位置も下がってきている。

ストレートの威力はわずかだが最初に比べると落ちている。


それなのに、今まであれだけうっとおしい打者だった牧がライオンハートにこともなく空振りしたのに三上は疑問を禁じえなかった。


しかも、思いっきりタイミングがずれて、だ。



牧は何度も何度もサングラスの下の目をこすっていた。

どういうことだ。

視界が、よく見えない。

サングラス下でも、あれだけ鮮明に見えていた世界が、今はもう照明でまぶしいはずなのに薄暗くなっている。

眼の奥で、痛みがする。

今までもその頭痛が無いことは無かったのだが…さっき植田が殴られてから、それは顕著になった。

一体自分の中で何が変わったというのだろう。

ただ、あの時、あの瞬間、正義は外から見ても明らかに植田があった。

それなのに、堂島様は植田を殴った。

絶対的正義。

植田の眼は、今まで見たこともなかった表情をしていた。

ああ、目の奥が痛い。



望月「とっとと決めさせてもらうぜ!!」


いきおいよく左足を上げる。

これだけタイミングがあっていないのだから、三上とてリードに迷う必要は無い。



それがたとえ変化球を投げれるシーンであっても。

今、望月が一番投げたい球を、自信を持って投げさせてあげるだけだ。



―――ズバァンッ!!!


牧のバットは全く見当違いのところを振り、望月のボールはミットに収まった。

『ストライクバッターアウッ!!!』



望月「おおしゃああっ!!」












大和「決まったね」

宗「キャッチャーが命運を分けたな、一軍の奴は不遇だ」

完全に日が落ちていた。

照明のあたらないところは暗闇に覆われている。

大和と宗の体半分を照明が照らしている、ずいぶん長い間試合を見続けてきたが、不思議と疲れてはいなかった。

それだけ興味深い試合だったからだろうか。

陰と陽がはっきり分かれた試合、といってもいいかもしれない。



神野「二軍のキャッチャーは、いいな」

灰谷「ピッチャーでもキャッチャーでもない俺らでもわかる」

宗「勝つための策を考えているにもかかわらず、常に投手の背中を押し続けている」

大和「…それに、藤堂君も気づかっているね」

神野「え?」

大和「なるべく三振をとろう、とろうとしている。野手であり、怪我をしている藤堂君に危害が及ばないように」

宗「…たいした奴だ」





ファースト上の藤堂は、涼しげな眼でバッターボックスを見ていた。

右肩は相変わらず痛む。

だが、それを悟られないように下唇をかんでいた、さっきから口の中に鉄の味がする、おそらく切れているのだろう。

それでも、引くわけには行かなかった。

それがマウンド上で復活した望月に対する、最大の賛辞であり、意地でもある。



南雲のように素直に「ナイスピッチング」と言えない性格なのは自分が一番よくわかっている。

だから自分は自分なりに、九人であり続けることで、少しでも望月の負担を減らしてやろうと思っていた。

藤堂なりの優しさであり、自分の認めた相手に対しての礼儀だ。

序盤に崩れて泣きベソかいてた男と同じとは思えない。



男子三日会わざれば活目して見よ。



そんな言葉があるが、人間は一朝一夕によってこんなにもドラスティックに変われるものなのだ。

きっかけさえあれば、追い込まれさえすれば、自分の限界を見て、自分の限界を超えることが出来れば。

できるかできないかではなく、やる―――信念さえ、あれば。





一死、一軍9-9二軍。

四番堂島。


そして、堂島はまだ、自分への信頼が薄らいでいることに気づいていなかった。

自分のことで精一杯だったからだ、何故思うようにならない、何故思い描いた通りに事が進まない、これも植田のせいだ、そして二軍の奴らのせいだ。

後悔と他責の念にかられていた。

自分が悪いと、心の奥ではわかっているが、認めたくは無かった。

俺は、悪くない。

奴らのせいで、こうなっているのだ。


バシィイイイッ!!

『ストライク、ワンッ!!』


あいかわらず凄まじいスピードでミットにライオンハートが投げ込まれてくる。

自分が散々追い込んだ望月が、そのせいでここまで踏ん切りがついたのなら、それはなんて皮肉な話だろう。



堂島(負けられん)


負けなければいい。

どんな手を使っても勝ちさえすれば、自分の信頼は戻る。

二軍の選手もいなくなる、全てが元に戻る。

どうしてこうも、他人は自分の平穏を崩したがるんだ、理解できない。



ズバアンッ!!!


『ストライク、ツー!』

しかし、思いとは反対にむなしく、バットはボールを捉えることは無い。


堂島「ぐ…」



惨めだ。

許せない。

他人が地べたに這いつくばろうと、何も感じないが、自分が惨めに晒されるのだけは納得がいかなかった。

敗北には次へ進むための必要性がある、挫折にも必要性がある。

必要の無い惨めさは、許すことが出来なかった。


堂島(どうにかしなければならない)


望月「オラァッ!!!」


三球目…外角低目、ライオンハート!!

堂島「…」


スイング。

しかし、前に飛ばそうというものではなく、当てるだけのスイング。


カツンッ!!

軽快な音ではないが、ボールは前に転がった。



―――ファーストの方向に。


三上「くっ!!!」


ファーストは…藤堂だ。


藤堂「…」

駄目だ、三上では遠すぎる、藤堂は仕方ないとダッシュする。

転がってくるボールを拾う、すでに一塁には投手の望月がカバーに入っている。




藤堂「―――怪我人を狙うか。間違っちゃいないが汚いお前らしいな」




ファーストライン上を駆け抜ける堂島、すれ違いざまに藤堂はぼそりと呟いた。

好きに言えばいい、堂島はのどの奥で呟いた。

藤堂はそのまま右手でボールを拾い、振り向い―――。













―――ズキンッ。


投げれない。

藤堂「っ!!」

ぼて、と勢い無くボールがその場に落ちる。


堂島はたまらなく嬉しくなった。

惨め。

惨めだ。

惨めだぞ藤堂。






偉そうな口を叩いていて、そのザマは何だ。





堂島「くっくっく…はははははは!!!無様だ!無様だな!!藤堂!!、お前は、穴、だ!!!」

藤堂「…その性格、反吐が出るぜ」



堂島はまるで何か新しいものを見つけて喜ぶ子供のようにベンチへと舞い戻った。

慌ててタイムをかけて、次のバッター、五番秋沢に話しかける。




堂島「秋沢っ!!一塁だ、ファーストの藤堂を狙え!!奴はもう投げられやしないっ!」

秋沢「……しかし」

堂島「何を言っている!!勝たなければならないんだぞ!!私は堂島だぞ、言うとおりにするんだっ!!!!」

秋沢「…はい」




堂島は急いで一塁に帰っていく。

ここで一点を奪う、そして自分たちが勝てる。

自分が藤堂という穴を発見したおかげだ、やはり私は間違ってはいない。


そこまで考えて、グラウンド内の異様なムードに気づく。




『…ひそひそ』

『ざわざわ…』

『なんだよあれ…ちょっと汚くね?』

『しかもそれであんなに喜ぶなんてよ…』



民衆とは、いつも身勝手なものだ。

他人面して、外側から勝手に意見を述べる。

わかっていない、わかっていないな。

堂島はざわつくギャラリーを見下した。

しかし、それは心の奥にある不安を打ち消すための、虚勢に過ぎない。





一塁の藤堂の元へ駆け寄る望月。



望月「大丈夫ですか?」

藤堂「寄るな」



左手でそれを制する。

ああ、そうだった、この男は人から心配されるようなことを一番嫌うのだ。

厳しい表情で望月を睨む。

人のことを心配する前に、投球に集中しろ、と言っている、眼で。

望月は力強く頷くと、マウンドに戻った。








この相手だ。


秋沢。

おそらく、最後の試練になるだろう相手。


眼鏡の男がこちらをちらりと向いた。

一発だけは、打たれてはならない。

ライオンハートもすでに見られている、どこまで通用するか…!

それでも。



それでも三上はライオンハートを要求した。


望月(…畜生、こいつがキャッチャーでよかった)



あの時、三上を避けてしまったことを後悔した。

巻き込んでしまって申し訳ないと思うが、やはり三上がいなければどうしようもなかったであろう。

今、一番自信を持って投げれる球。

それが、きっと秋沢と戦う為に一番必要なコト。





セットポジションから、左足を大きく前に押し出していく。

左肩をせり上げる、グラブを前に突き出してそのまま体が前に流れていく。

最後まで、集中力を切らさない。



望月「いけえ!!」




秋沢の視点では、まるで青白いライオンがボールにまとわりついているように見えた。

そこから、伸びる、伸びていく。
























―――ファーストを、狙え!!私に間違いはない―――


秋沢「枯山水。」






キィンッ!!


違和感を覚えたのは、そのバッティング。

配球をわかりきった上で、鋭いスイングをしてくるはずなのに。

今のはまるで、当てただけのような…。




威武「藤堂!!」

藤堂「…っ」


舌打ち。

当てただけのボテボテのゴロが、藤堂の前に。


堂島「よくやった秋沢!!!!」


望月「同じ手を二度も…っ!!」

布袋「汚ぇっ!!」


内野、キャッチャーが必死にボールを追うが、どう考えても藤堂が捕らなければ間に合わない。


堂島「セーフだっ!!」






















藤堂「ふん」




しかし。

怪我しているはずの藤堂はいとも簡単にボールを拾い、セカンドへ投げる。

ショートの妻夫木が慌てて補球する、そしてそのまま一塁の望月へ。



バシィイッ!!








ゲッツーだ。


『スリーアウッ!!チェンジ!!!』



呆然。

堂島は二塁上で立ち尽くしていた。


堂島「何故だ…何故だ藤堂!!!」


藤堂はグラブにはめていない素手の左手をひらひらとふった。

…左手?


堂島「まさか…」


藤堂はまた一塁の自分を狙うと考えていた。

だから、最初から右利き用のグラブを右にはめて待っていたのだ。


藤堂「無様だな、堂島」

堂島「ぐうっ…!!」

藤堂「かわいそうなのは、お前じゃない。秋沢だ。…いや、一軍の選手全員だ」

堂島「何…」

藤堂「人間は、神にはなれん」





人は神に手を伸ばそうと、バベルの塔をたてた。

しかしそれは神の逆鱗にふれ、塔はもろくも崩れ去った。

人は協力し、助け合い、指導しあって、成長していく。

誰かに付き従っているだけの人間は確かに強いが、求める力を失ってしまった存在はもろい。



そして、人が神になれば。

その人は神でなければならない。

神でなければ、その人は存在の意味を失ってしまう。







十一回裏、一軍9-9二軍。



バッターは、二番妻夫木から。





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