231女子ソフト部戦15虹色
六回表、野球部3-4女子ソフト部。
野球部の攻撃、残り6アウト。
『四番、ファースト、大場君』
原田「大場さん!いけいけーッス!!」
冬馬「がんばってーー!!」
相川「おい真田、大場には何もないのか?」
先ほどまでバッター各々に指示を出していた真田だったが、今はただベンチに座って自らの赤いバットを布で磨いているだけ。
相川の声に、一同が真田の方へと視線が行く。
…が、当の本人はこちらをちらりと見ないで『ない』と一言言い切った。
相川「そ、そうか…」
西条「ちっ、なんやねん気取りやがって」
野多摩「きっとぉ〜、大場先輩には何か言っても無駄ってことじゃないの〜?」
冬馬「うわ…」
県「あ、案外はっきり言いますね…」
大場はしくしくと泣きながらバッターボックスに向かっていった。
…が、そこにいたのは柳牛ではなかった。
大場「お、おや?投手変わったとですか?」
村上「あたしもだよ、デカブツ」
大場「むむ?!」
気づけば背後も、口数の少ない不破ではなく村上に代わっていた。
相川「ぴ、ピッチャー交代だと!?」
真田「ふん…無難な判断だな。俺だってそうする」
県「あのピッチャー、さっきファーストだった人ですよね…」
冬馬「な、なんとかなるんですか真田先輩?!」
真田「さぁな、初見で打てる投手なんてそうはいない。……が、そこにいる奴次第だ。返せよ」
真田はちらりと相川を見やるとそのままネクストバッターズサークルへと歩いていった。
言外の意味。
相川「返せよって事は…」
原田「六、七番の自分ら次第ってことッスか。…厳しいッスねぇ」
相川と原田はお互いの顔を見合わせて苦笑した。
だが、やるしかないだろう、一点負けている状態…追いつくには真田に打順が回ってくるここしかない。
マウンド上は、先ほどまでファーストだった雪澤、キャッチャーはレフトだった村上。
それに伴いキャッチャーの不破がレフトに、ピッチャーの柳牛はベンチに下がり、ファーストに控えの坂出が代わり、守備が変更された。
大場「二番手ピッチャーとですか……!」
雪澤「おー?二番手かぁ…言われちゃうねぇ、あたしも」
ロージンバッグを二、三度軽く手につけて投げ捨てる。
白い煙がわずかにグラウンドから立ち上がった。
雨宮「ふん、雪澤も柳牛が来るまでは先発をやっていたんだ、甘く見るなよ…」
柳牛「監督…ごめんなさい、です」
雨宮「もういい、謝るぐらいならそこで雪澤のピッチングを見て研究しておけ」
柳牛「はい…」
柏木「ミーちゃん、気にすることないよ、ほら肩にタオルタオル」
柳牛「柏木先輩……うっ、うっ」
耐え切れなくなったのか柳牛はぼろぼろと泣き出してしまった。
もともと精神的に強くない彼女ではあったが、ここまで完全に打ちのめされたところを見たのは初めてだった。
柏木はひっくひっくとしゃくりあげる柳牛の頭を抱いて寄り添った、大丈夫だよ、ともう片方の手で頭をなでる。
このマネージャーも、いろいろと因縁を持っているのだがそれはまた別の機会に語るとしよう。
場面は打席の大場へと変わる。
大場(おいどんには、やっぱり振り回すことしかできんとです)
どっしりと構える。
真田がアドバイスをくれたのはショックだったが、それはそれで自分は振り回すキャラなのだと割り切ってしまえば話は早い。
一回見たいな一発があるかもしれないのだ、フルスイングあるのみ。
ぎゅ、っとグリップを硬くする。
村上「いいこと教えてやるよデカブツ」
大場「…?」
村上「柳牛が先発やれたのはコントロールがよかったから。安定してピッチングできるからさ」
大場「どういうこととですか?」
村上「鈍いね。怜はコントロールがないのさ。その代わりに…」
雪澤「いっくよーん」
―――ゴッ!!!
大場「!!」
相川「う!!」
真田「何…!!」
ィィィィィンッ!
乾いたミットの余韻だけがグラウンドを支配する。
ひとつ遅れて、大歓声が大空に響き渡った。
『は、速ぇぇぇぇぇ!!』
『あのピッチャーすごいんじゃない!?』
県「は…速い!!」
西条「さっきまでのあの乳お化けとは比較にならへんな…」
相川「いや…確かに速い…がそれだけじゃないっ!」
真田「わずかだが…変化してるな」
原田「!!」
冬馬「へ、変化!?」
大場は度肝を抜かれてスイングすることすらできなかった。
フリーズしていた脳を必死に再起動させる。
大場「は、速いとです…!」
雪澤「おいおいー、一球だけでびびんないでよん。まだこれからっさ」
村上「ほら、打てるもんなら打ってみなよ野球部さん」
大場は必死にボールを見てフルスイングしようとするが…!!
―――ズドォンッ!!
バシンなんてもんじゃない、砲撃が打ち込まれたような重い音をたててボールはミットに吸い込まれた。
大場の健闘もむなしく…。
『ストライク、バッターアウッ!!』
大場「くぅっ…!」
雪澤「またきて三角、さよなら四角、っと」
村上「今日は、ナイスボールだな怜」
雪澤「いやぁん、綾美にほめられると気持ち悪いでーす」
村上「…人が素直にほめてやってんのにお前って奴はまった……く…」
空気が不意に冷たいものへと代わった。
ネクストバッターズサークルの真田が立ち上がって、大場と入れ違いに一歩づつ歩いてくる。
雪澤「来たねぇ、なんか凄い人がさ」
村上「オーラがまるで違う……ミーの仇とるわよ、怜」
雪澤「あいあい」
大場「す、すまんとです」
頷き肩を下げて大場はベンチに帰ってきた、が西条は軽く肩を叩いた。
西条「しゃーないですよ、アレは初見では無理や」
大場「だ、だけんど、もう六回とです…二回バッターに回ることも…」
県「大場先輩!諦めては駄目です!!」
御神楽「そうである!!野球は九回二死まで何があるかわからんであろう」
相川「それに……真田なら、なんとかしてくれる、かもしれん」
西条「あいつにおんぶに抱っこすぎたら、ちょいと情けないけどな」
冬馬「真田先輩……」
県「真田先輩ふぁいとぉおー!!」
西条「いけ好かんが、期待しとるでー!!」
原田「さーなーだ!さーなーだ!」
『さーなーだ!さーなーだ!!』
いつの間にか野球部応援陣からは真田コールが巻き起こっていた。
逆に、負けじと女子ソフト部応援側からも雪澤コールが起こりだす、クライマックスに向けてこの空間のテンションはいまだ下がる様子はない。
『さーなーだ!!さーなーだ!!』
『ゆっきむらー!ゆっきむらーー!』
…その期待を一身に背負って、真田が右打席に立つ。
熱い場内とは対照的に、ひどく冷めた空気を身にまとっていた、まるで赤いバットだけが燃えているようだ。
真田(…)
村上(怜!こいつだけは他の奴らと違うっ…何か違う!)
雪澤(十分すぎるほどわかってるって…対峙するだけで額から嫌な汗がガンガン出てる)
先ほどまでのニヤけた表情がいつの間にか消えていた。
汗で肌にはりついた少し色素の薄い髪を払いのける。
雪澤(いや…問題はない、問題ないってー。しっかり投げてれば)
右手を後ろに引き絞って…。
雪澤「大丈夫、だって!!」
投げるっ!!!
―――ガォンッ!!!
空間を引き裂くような凄まじい音でボールが放たれる!!!
真田(……なるほど)
ズドォォンッ!!!!!!
『ボール、ワンッ!!』
『オオオオオオ!!』
ボールは内角高め、顔の近くの球だったが真田は涼しい顔で見送って見せた。
スピードボールなのに、顔色一つ変えない。
その事実で逆にバッテリーの方が軽く顔色が変わっていた。
村上(脅しなのに、身動きひとつとらない…)
雪澤(ちょっとはびびったらいいのに、その方がギャップがあってモテるって)
真田(…)
真田はチャキッとグリップを握りなおした。
…わずかな変化。
そう、ただのストレートではない…わずかに、横にスライドしている。
野球で言うところの、カットボールって奴だ。
真田(ただの速いストレートじゃない、て事か。ふん)
とんでもないクセ球だ。
ボールに目が慣れてきても、ストレートのつもりで打ったらつまっちまう。
―――バァンッ!!
『ボール、ツー!!』
真田(おまけに荒れ球…)
先頭打者の大場だって、よく見ていけばボールの球が二、三球はあった。
まぁ、そんなことされて相手に警戒されたら元も子もない。
真田にとって、この打席、ピッチャーには『なるべく良い調子』で戦ってほしかった。
変に警戒されて出し惜しみされるよりも、全力で勝負してくれたほうがいろいろと相手の力量を見やすい。
大体、この雪澤という投手が素晴らしいならば柳牛に先発をゆずる訳がないのだ。
『ストライク、ワンッ!!』
バシィッ!!
それなら雪澤が最初から出てくればいいだけの話だ。
おそらく…コントロールの悪さが原因だろう、守備力中心のチームなら三振を取る投手よりも打たせて取る投手の方がアウトの可能性が増す。
じっくり見ていけば、そんなに怖くない。
ドバァンッ!!
『ボール、スリー』
『オオオオオオ!!!』
雪澤(く、くぅっ、なんだこいつ…もう気づいたのかっ!)
村上(きわどい球にも全然手を出してこない…やな感じ…仕方ない、ストライク取りに行こう。いきなり四球はまずいって)
雪澤(う、うーん…。でも、なんか痛打されそうな気もしないような、するような)
くくっ、と真田は低い声で笑った。
やっぱり付け焼刃だ、見ていけばどうってことはない。
ただここで四球で歩いたところで、後が続くとは思えない…何か、楔を打ち込まなければ。
もしくは…ここで、決めるか…!
バシィインッ!!!
『ストライク、ツー!!』
ストライクを取りにいった甘いコースのチェンジアップを、真田は見送った。
打てばおそらくヒットにはなるだろう甘いコースではあったが、見送り。
雪澤(フルカウント……?)
村上(わかんない、何考えてるのか、さっぱりだ)
ただ真田だけが冷めた目つきで雪澤を凝視していた。
ぞくり、と背筋に寒いものが走る。
何か狙っている…。
雪澤(綾美、どうするっさ?なんかもうボケてる余裕もないって)
村上(当たり前だ馬鹿っ!…フルカウントなんだ、全力で勝負するしかないだろっ?)
雪澤(エンジン全開ってことだね!)
右腕を、後ろに引き絞る。
フルカウント、第六球…全力投球!!
雪澤「くらいなっ!!!」
ギャウンッ!!!!!!!
唸る剛速球!!!だが、おそらくさらにバッターの手前で微妙に変化する!
真田(………こいつだ)
この全力球を打ち砕く…出鼻をくじく、そして動揺の間に点をかっさらう!!
村上「打てる訳ねぇよっ!!雪澤はフォアボールは多いけどホームラン打たれたことがないんだぜっ!」
真田「ホームラン…ね」
真田は落ち着いてボールをバットに合わせていく。
図ったようにボールの下側…!!!
―――確かに速い、速いが…ストレート一辺倒なら嫌でも慣れてくる。
柳牛の方が撃ちにくかったぜ。
カッキィイイイイイイイイインッ!!
来宮「う、打ったああああ!!」
赤城「でかいでしかも!!」
森田「おまけにフライ性の打球…赤い風が発動してやがる!!」
そう…ボールの下側を強く引っぱたいたものだからボールはフライ気味になるものの、強烈なバックスピンがかかる…!
シュルルルルルル!!!!
上空の風にも助けられ、打球は伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる!
『ワアアアアアアアア!!!』
左中間、フェンス際!!!
冬馬「いけええええええええ!!」
県「入れぇえええ!!!」
御神楽「いや…わずかに届かないかっ!!」
真田(ちっ)
空中時間が長いおかげで、すでに真田は二塁ベース直前まで来ている。
センターの蘇我は必死に激走するも…!
蘇我「っ!!」
ぽとり、とフェンス際に落ちた。
『ワアアアアアアアアア!!!』
来宮「来ましたーー!!野球部、ワンアウトながらもなんと真田君三塁打ぁーーー!!」
真田(三塁、か。まぁまぁ、上出来だな…)
ホームランにならなかったのは残念だが、犠牲フライでも一点入る。
じゃりっ、と三塁と本塁の間でブレーキをかけて三塁へ戻る真田には、まずまず、という表情が浮かんでいた。
後は将星高校の手並みを待つ…お膳立てはここまでだ。
『六番、キャッチャー相川君!』
『ワアアアアアアア!!!』
『相川さああああん!!!!!』
『相川君がんばってええーーー!!!』
『キャーーーー!!!』
相川(最高のお膳立てか…俺らに未来を委ねるあたり真田らしい皮肉だな)
打てなければ俺たちの責任、という訳だ。
変なプレッシャーかけないでくれ、頼むぜ。
雪澤(く…一死三塁か…)
村上(大丈夫大丈夫!もうこれより下に怖いバッターはいないよっ!)
確かに、真田という危機は脱した。
おまけに下位打線だ、吉田も降矢も御神楽もいない、落ち着いていけばなんとかなる。
相川(さっきのを見てる限り、真田はいくらかヒントをくれた…)
まず一つ、雪澤のストレートはただのストレートではないということ。
二つに、コントロールはあまりよくない、ということ。
五球目だ、カウントが苦しくなったところで投げたあの甘い球…あれを叩けばなんとかなるっ!
まずは粘るしかないっ!!
バシィッ!!
『ボール、ワンッ!!』
雪澤(くっ…や、やっぱりじっくり見てくるかぁ…そうだよねぇ)
村上(こうなると痛いな…やっぱり、真田のやったことが痛いわ)
ただヒットを打っただけではない。
後につなぐ打撃…それを実践してみせたのだ。
振り回すだけでなく、味方に考える時間を与えるバッティング。
相川(助かるぜ真田っ!)
バシィッ!!
ボール、ツー!!
あっという間にカウント0-2、バッテリーとしてはそろそろストライクが欲しい。
空気を読むことができるか…相川!
『あーいかわ!あーいかわ!!』
『相川さーーん!!!がんばってーー!!』
県「相川さんお願いします!!」
西条「なんとしてもここで追いつくんやっ!!」
御神楽「相川なんとかするのだぁーっ!!」
相川は声援を背に、ぎゅっとグリップをにぎりしめた。
打つ。
第、三球。
―――来た!!!
ストライクを取りに来た、甘い球。
相川が動作を始めたことに、雪澤と村上の顔が少し歪む。
完全に空気が一致した、そして…ボールとバットも…重なり合う!!
相川「うおおおおあああああ!!!」
カッ、キィィィンッ!!!!
『ワアアッ!!!』
原田「行ったああ!!!」
打球は、三、遊間を抜ける弾丸ライナー!!!!
当然真田はホームへと疾走する!!
―――パァンッ。
一っ飛び。
相川「―――――な!?」
しかし。
しかし白球は、外野まで届くことはなかった。
ショート海部が、横っ飛びでのダイビングキャッチ……!
海部「抜かせんぞっ相川ぁっ!!」
そのまま、立ち上がってサードへと送球…当然真田が戻れるわけもなく…。
バシィッ!!!
来宮「なっ!!えっ?えっ?と、捕ったんですかぁ?!」
赤城「…ショートにやられたな、ダブルプレーや」
『ワアアアアアアアアアアアアアア!!!』
来宮「な、なんとぉっ!ショートの海部選手ファインプレイ!!ボールをつかんでいましたぁっ!」
潰された。
海部の執念に…。
一死ランナー三塁が、あっという間にチェンジ。
相川はファーストベースにたどり着く前に、肩膝をついた。
そのまま拳を地面に叩きつける。
ドカッ!!
相川「くそおっ!!」
六回裏、野球部3-4女子ソフト部。
野球部の攻撃…残り3アウト。
西条「気にすることない、まだ最終回が残ってるんやで!!」
御神楽「そうであるぞっ相川!!うつむいている場合ではないぞ!」
思わぬチャンスを潰した相川に、味方の鼓舞が入る。
実際守備の要である相川が落ち込んだままでは、最小得点差で最終回を迎えることができない。
ぽん、と誰かが相川の肩を叩いた。
相川「真田…冬馬…?」
真田「まだだ、まだ終わってない。落ち込むのは負けてからでいい」
冬馬「相川先輩!がんばりましょう!!まだ終わってませんよ!!」
相川「…落ち込む暇もないか…厳しい試合だな、まったく…」
はぁ、と大きく息をついて、相川はレガースとマスクを取りにベンチへと歩いた。
『八番、レフト、不破さん』
来宮「得点…できなかったですね、野球部」
赤城「不運や。アンラッキーとしか言いようがない。ついてないな、相川君」
森田「しかし、真田絡みで攻撃できないとなるともう絶望的じゃないか?将星は」
赤城「せやな…打順も原田君、県君、冬馬君や。この回を例え凌ぎきっても…追いつくには…。いよいよチェックメイトやで、将星は」
しかし、キャッチャーマスクを被る相川にはそんなことは関係ない。
なんとかして無失点でこの回を切り抜け、最終回にすべてを託すしかないのだ。
冬馬(相川先輩…)
相川(乱発は危険だ、抑えていくぞ)
先ほど、近松をダブルプレーに打ち取った冬馬の秘密兵器。
素人の冬馬が短時間で見つけ出した、僥倖…!
守りの光はまだ相川たちをわずかに照らしている。
不破「借りは返させてもらう」
打席には先ほど柳牛とバッテリーを組んでいた不破。
打撃はそれほど得意ではないといえ、それでも一つリードを間違えれば安打を食らってしまう…結局安全パイなどないのだ。
一瞬の気の緩みが、命取り。
冬馬「行きますっ!!!」
不破「…!」
パシィンッ!!
『ストライク、ワンッ!!』
初球、まずは冬馬は普通のスローボールから入った。
最初から甘い球に手を出してはこないだろう、相手も追加点が欲しいはずだ…打撃は慎重にならざるを得ない。
不破(……相川くんの考えそうなこと)
打席の不破は逆に相川の考えを読もうとしていた。
今も初球は甘い球待ち、だがあえて見逃した、自分の読みがどこまで相川とシンクロするか。
相川は理論的にリードを組み立てる捕手だ、それなりの理由に沿って考えれば相手の考えにぶつかることは難しくはない、はず。
バシィンッ!!
次はストレート、あわやワイルドピッチというクソボール、これで1-1。
不破(外れた…?)
間合いを取るためのボール球、ただきわどいコースは狙えないので大きく外れたボールとなった。
そう、読みに当たってもそこに冬馬のコントロールの不安性というプラス要素が入ってくる。
ということは、甘い球は打っていっていいのだ、逃すことはない。
不破はグリップを握りなおした…が、続く三球目もボール。
相川「くっ!!」
ビッ!!
しかも相川が飛びついても取れないほどのワイルドピッチング、ランナーこそいらないものの、さらに不破の頭には冬馬のコントロールの悪さがインプットされ、鮮明に焼きついた。
相川(…よし、ここだ)
冬馬(えっ?早くないですか??)
相川(かまわん、おそらく…甘い球には手をだしてくるはずだ)
だが、すべては相川の読みどおりである。
あえて冬馬のコントロールの不安さを印象付けることによって、甘い球を『打ちに来て』欲しかったのだ。
そして、相川の読みどおり次の球はほぼど真ん中高めの、甘いボール。
不破(これを打つ)
ギィンッ!!!
しかし、これも先ほどの近松と同じ鈍い当たり…!
芯で捉えたはずのボールは小フライとなってショート御神楽のグラブにおさまった。
相川「よしっ!!」
御神楽「ワンアウトだっ!!しまっていくぞっ!!」
『オーーーッ!!!』
違和感…!
おそらく、それは。
ベンチに戻ってきた不破はまず、雨宮の目の前に走った。
雨宮「わかったか?何か、ただのストレートじゃあるまい」
不破「…ええ、おそらく怜と同じ類のもの」
雪澤「やや?あたしぃ?」
不破「うん。でも、変化は違う…多分…変化はものすごく小さいけど…『ライズボール』」
海部「な、なんだと!」
関都「あいつ野球部だろ!?なんでライズボール投げれるんだよ!」
それもそのはず、少々の違いはあれど冬馬はライジングシュートというシュートの握りで少しライズする球種を投げることができる。
それを応用してみろ、という西条の教えにより、ほんの少し…ほんのわずかながらも変化するライズボールをこの土壇場で冬馬は投げれるようになったのだ。
と、いっても未完成で暴投の恐れもあるから、なるべく使いたくはないのだが。
冬馬(よしっ!!いけますよ相川さん!!)
雨宮はボールを冬馬に投げ返す相川を見やった。
恐ろしい男だ、一つの武器が手に入っただけでそれを十二分に発揮する。
雨宮(あの男が捕手でなければとっくにコールド勝ちしてる…)
この後、九番の坂出もセンターフライに打ち取りなんとかかんとか二死を取ったバッテリー。
なんとか無失点でしのぎたいバッテリーに、再びソフト部の上位打線が牙を向く。
『一番、センター、蘇我さん!』