229女子ソフト部戦13異変
五回表、野球部1-4女子ソフト部。
二死、ランナー満塁、三番、吉田……!
御神楽(半信半疑だが…)
運が良かったとも言える、四球による出塁。
真田曰く、柳牛のライズボールは大半が………ボール球、つまりストライクゾーンに入ってはいない。
理由は、と言われれば暫定的な結論でしかないが、今まで柳牛が投じたライズボールは圧倒的に高めコースが多いこと。
内外は問わない、何故か低目へとライズボールがこないのだ…おまけにこのライズ、結構な上昇変化をする。
結果的にストライクゾーンへ入ってくることが少なくなる、という推察に行き着いたのだ。
2-1から御神楽がライズボールを見逃した後、さらに柳牛はライズを投じたのだがこれがまたボール…しかも御神楽は見送り。
これを不穏に思ったのか、それからはライズを封印したかのようにストレートで勝負に来る…が、動揺したのか、カウント有利で追い込んでおきながらも女子ソフトバッテリーは御神楽を歩かせてしまった。
御神楽(真田は…地雷、だと言っていたな)
地雷。
言わずもがな、踏めば爆発し歩行者を吹き飛ばす危険な兵器である。
だ、が。
どこにあるかさえわかってしまえば、その危険性は極端に低下する。
つまりライズは地雷なのだ、圧倒的な威力を秘めていながらも…その弱点性にさえ気づけば…。
御神楽(無力化…!)
ああまでして低目を投げないのは、一体なんの理由があるのか。
単純に真田の推測が、まったく的中していた、ということである。
不破(…気づいた?)
柳牛(ど、どうしましょう)
不破(落ち着いて)
この柳牛、どうしても低めにライズボールを放るとワンバウンドしてしまう、というクセがあった。
だがその威力と柳牛のコントロールの良さでそれを巧みにも覆い隠しながら武器として使用してきたのだが…。
不破(…)
先ほどから何度もバッターにアドバイスを送っている男を見やる。
不破(…あの人……)
真田「………くくっ」
不破(……!)
目が合った。
その瞬間、見下したような表情で彼は笑った。
ふふん、という罠にかかった獲物を見るようないやらしい笑みで。
間違いない……ライズの弱点を見抜いたのはおそらく…あの、男。
これで封じられた…ライズが投げられなくなってしまった、無理して低めに投げてコントロールを乱したりしては完全にライズの弱点を悟られる。
かといって高めに投げて見送り続けられれば、それもライズの弱点を自ら露呈することにする…まさに八方ふさがり。
だが、バッテリーにとって救いは『まだ』完全に弱点を晒していない、ということだ。
…と言っても、おそらく真田はほぼ100%この事実に確信して次から攻撃をしかけてくる。
不破は下唇をかんだ。
不破(…まずは、この攻撃を防ぐのが、先)
柳牛「…?」
と、見上げた不破は柳牛の異変に気がついた。
柳牛の異変、というよりも…状況の異変。
柳牛が相手の、野球部側のベンチを突っ立ったまま、じっと見ていたのだ。
というか海部や関都、雪澤もだ。
雪澤「どうしちゃったのよ、あれ」
海部「…?」
不破もその方向に目を向けた。
真田「……おい、どうなってるんだこれは」
相川「おい、しっかりしろよ吉田、聞いてるのか?」
吉田「…え?あ、ああ!」
異変は現れていたのだが、事態が事態なのでまずは先のバッターに気をとられていた。
いつもなら騒がしいはずのこの男がベンチでおとなしくしてるというのが―――まずおかしいのだ。
普段の騒ぎっぷりはどこへやら、目の前の吉田はすでに意気消沈していた。
ネクストバッターズサークルに向かうことも忘れてベンチでぼさっとしていた相川が声をかけても無視、真田が呼びかけてもぼうっとしたまま。
相川に肩を揺すられて、ようやく覚醒したような感じ。
相川「おかしいぜ吉田お前…」
原田「だ、大丈夫ッスか?」
吉田「お、おう、悪いな…ぼーっとしちまってよ」
六条「きゃ、キャプテン……」
吉田「悪いな!次俺だったわな、行ってくる!」
真田「待てよ」
すっと、打席に向かう吉田の前に真田が立つ。
吉田「さ、真田?」
真田「可愛い可愛い恋人のことで頭がいっぱい、か?」
吉田「…!そ、そんなんじゃねぇよ!!」
真田「やめとけよ、まだ病院にいってもらった方がいい」
吉田「は…?」
真田「今のお前じゃ、あの投手は打てないよ」
―――ざわり。
心の奥底をつかれた。
どれだけごまかしても今の吉田の目の奥に写っているのは、目の前の真田じゃない。
吉田「な、なんだと!」
真田「行けよ、心配なんだろ?」
この男は、一体どこまでお見通しなんだろうか。
気づけば相川も真田の隣に立っていた。
相川「そうかお前…」
吉田「な、何言ってんだ!柚子のことぐらい…」
真田「俺たちは一言もあのマネージャのこと、なんて言ってないぜ」
吉田「うぐ!」
六条「…キャプテン…やっぱり、そうだったんですね…行ってあげてください!柚子先輩も…きっと、一人じゃ寂しいはずです!」
しかし…と、吉田は言葉を濁らせた。
ナルシストでも自意識過剰でもいい、それでも今の吉田は自分がチームを抜けることは確実に戦力がダウンすることだ、と理解していた。
だからこそ、今ここで…しかもこのチャンスで今から打席だってのに抜けるわけには…!
真田「この試合、つくづく運が良いと思わないか?」
吉田「は?…ゆ、柚子が怪我したんだぞ!良い訳が…!」
真田「それは確かに不幸だ…が、全国レベルのはずのチームにここまで食い下がってるんだぜ。こんな幸運めったにお目にかかれない…」
真田の視線は吉田の目でなく、斜め下の地面を見ていた。
吉田は真田が何を言おうとしてるのかわからず、じっと真田の方に顔を向けていた。
真田「一点は先制する、おまけにライズボールもあんな欠点がなければおそらく無敵だっただろう。………おまけに、お前がいなくなっても、まだ選手は『9人』いるんだぜ?」
吉田「…そりゃ、そうだけどよ」
真田「運がいい…お前がいなくなっても俺たちは試合を続けることができる…だろう?」
もどかしくなって、つい吉田は叫んでしまった。
吉田「満塁なんだぜ!一発出れば逆転…差を詰めるチャンスじゃ…」
真田「それが、駄目だ」
しかし激高する吉田に対して、真田はさらりと言ってのけた。
真田「一発出れば逆転なんて、瓢箪からコマ…プロ野球が毎日延々と試合しててもそうは出ないんだ、しかもこんな緊張した場面で出るわけがない」
吉田「それは…」
真田「なぁ吉田とやら、行けよ」
吉田「い、いや、俺は譲れん!俺はキャプテンだぞ!それがマネージャーの一人いなくなったぐらいで…!」
真田「行けっつってんだ!!!」
ビリビリ、と空気が揺れた。
その気迫に一瞬吉田も押されてしまう。
真田「別に俺はあんな女が心配な訳でも、お前に気を使ってる訳でもないんだ…。いい加減気づけよ」
どん、と吉田の胸を押す。
すると吉田は力なくその場に腰をついてしまった。
真田「邪魔なんだよ」
吉田「…」
相川「お、おい真田!」
真田「俺が今何を言ったって、こいつの頭からあの女のことが離れることは無い」
事実、言い争ってる間も、どこかで吉田の脳裏に三澤のことがよぎっていた。
いつだって側にいたのだ。
笑っていたのだ、彼女は。
こんなどうしようもない野球バカの隣で。
家族が大怪我をして落ち着いていられる人間なんて、そうはいない。
吉田にとって三澤はかけがえのない家族、小さい頃からずっと一緒で…妹みたいなものだ。
だからこそ三澤の大怪我を誰よりも心配していたのは吉田なのである。
真田「『気にするな』なんて気休めは俺は死んでもしない。行けよ、そんなんじゃ、どんな投手も打てねぇよ―――ヒットってのはバッティングのことだけを考えてる人間に許される物だ」
最早相川も口を挟めなかった。
吉田がいなくなれば戦力がダウンするのは否めない、試合には勝ちたい。
しかし、それでも友人として、親友として吉田には三澤のところへ行って欲しかった。
下手すれば鎖骨が折れてるかもしれない大怪我なのだから、余計だ。
相川は……自分でも信じられないぐらい心が落ち着いていた。
相川「任せろよ」
吉田「……あ、相川、俺は行けるぞ!」
腰をついていた状態から飛び起きた吉田は元気よく、その場でスイングをして見せた。
その様子を見て、ふふっと相川は笑った。
相川「いいから。…それに真田の言うとおり、そんな状態じゃ打てないって」
ナナコ「おにーちゃん、手が逆なの」
吉田「えっ?」
相川は見逃さなかった………そして、何故かナナコも。
右打ちであれば吉田のバットを持つ手は右手が上になってなければならない。
だが…今の吉田は左手がバットの上にあった。
苦笑せざるを得ない。
相川「行けって」
六条「吉田先輩、行ってあげて下さい!……三澤先輩は、ずっと待ってるんですよ…ずっと…キャプテンを」
いまだ無言のまま、うつむいて躊躇してる吉田の後頭部に何かやわらかいものが押し付けられた。
吉田「先生…え?」
そのまま、ぎゅっとヘッドロック。
緒方「行くわよ!私が引っ張っていくわ!」
吉田「おわあああ!?先生!?」
うらや…もとい、無茶苦茶な体勢のまま引きずられていく吉田主将。
緒方「私も行くわ、三澤さん気になるし…吉田君も!行くの!」
吉田「………相川」
相川「なんだ」
吉田「…頼んだ」
相川「さっきの啖呵、嘘じゃないことを証明しておくよ」
吉田はそのまま緒方監督と一緒に病院へ疾走していった。
…残された野球部は、吉田抜きで戦わなければならないということになったが…。
相川「…大丈夫なのか、本当に」
真田「かまわんさ、言葉に嘘はない。あんな状態ならまだお前のほうがヒット打てるだろ…落ち着いてきたみたいだし、な」
とん、と相川の胸を裏拳で押す。
相川は倒れずに真田の目線をしっかりと見ていた。
山田「ちょ、ちょっと!吉田君行っちゃうんじゃない!?」
来宮「な、なんと!ここで野球部の吉田キャプテンが突然の退場…ど、どうしちゃったんでしょうか!?」
赤城「…どうせ、三澤さんが心配で見に行ったんやろ」
その赤城の一言に、ギャラリーがざわめき立つ。
…主に将星高校二年の一部の女子中心に。
『ちょ、ちょっと!やっぱり心配だった訳!?』
『当たり前よ!なんだかんだ言ってやっぱり吉田君…』
『あんだけ柚子がらぶらぶ光線出してりゃ、そりゃあねぇ』
『それで様子見に行くって…』
『ついに柚子も報われる時が来たのね!!』
『やっぱりアクシデントがないとなかなか動かないわよぉ、あの二人は』
『そのままくっついちゃうのかなぁ、やっぱり?』
『ちょっとショックかも…実は吉田君いいなぁ、って思ってたんだけどなぁ』
ざわざわ、と拡大していくその話題。
やっぱりこの二人は周囲を相当やきもきさせていたようである。
氷上「…あなたも、心配なのかしら?」
桜井「…え?」
氷上「いってらっしゃい、友達、なんでしょ。三澤さん」
桜井「会長…」
氷上「どうせもうこの試合、行くところまで行くしかないようですわ…」
生徒会が陣取る内野の一角、その氷上の言葉に隣の夙川がびくりと震えた。
先ほど相川と真田に手厳しく言われたのをまだ気にして落ち込んでいるようだった。
自分は双方の破滅を防ぐために奔走していたというのに、このままでは野球部の破滅はほぼ間違いないというのに、あの二人は破滅を望んでいる。
いや…今のこの状況を見ていれば、おそらく本気で女子ソフト部に勝とうとしているみたいだが…。
夙川(勝てるわけ無い…)
新聞部副部長の夙川は、部長があんな有様なので細かい仕事の全てを行っていた。
当然大会に何度も出場して好成績を残す女子ソフトは取材することも多い。
そしてその実力も嫌というぐらいに知っている…どう考えても野球部が勝てるわけが無いのだ。
氷上「勝ちますわよ」
夙川「…え?」
氷上「今のうちに、ソフト部をなんとかする算段を考えていたほうがよろしくいんじゃないですの?」
夙川「さ、三点差なんですよ!」
氷上「…相川君なら、なんとかしますわよ、きっと」
『三番、サード吉田君に代わり…西条君!』
『おおおおおおおお!!』
おそらく次の投手になるであろう冬馬の肩を作るのを手伝っていた西条が呼び戻される…が、その前にサードランナーの県も真田は一度呼び戻していた。
県「…は、はい」
真田「いいな、任せたぞ」
ぽん、と県の肩を叩いてサードに戻す。
入れ替わりに西条が戻ってきた。
西条「やっぱり、俺、ですよね相川さん」
おそらく次の投手になるであろう冬馬の肩を作るのを手伝っていた西条が呼び戻された。
相川「お前も見てたろ、三澤が心配でたまらないから行かせたのさ」
西条「しかしまぁ、こんな状態で回ってくるとは思ってませんよ流石に」
はぁ、っと盛大に息をつく西条。
チャンスに指名された、というよりもまさか、という驚きのほうが大きいようだ。
気負ってはいない…、西条は悩むそぶりを見せながらも自分のバットを二、三回大きく振る。
西条「…で、なんかあるんですか?」
相川「流石西条、話が早い」
真田「いいか…西条、だったか」
西条「はん、ええ加減チームメイトの名前ぐらい覚えてくれませんか?」
真田「くっく…検討しておく。とにかく、おそらくもうライズは相手は見せ球にしか使ってこない……言葉どおり、無力化、した状態にある」
相川「言葉どおり…ライズにこだわらずにライズを攻略したのか…なるほどな」
真田「あのキャッチャーに助けられたな、野球部がライズになれてないと見るや、ライズ連投だ。ちょっと良く見てれば気づきにくい訳でもない…あのガキも、気づいてたみたいだしな」
相川「えっ…?」
目線の先には六条にジュースのストローに口をつける純粋な子供のナナコの姿があった。
試合そっちのけでその紙コップの中身を飲み干しているナナコに、六条は呆れながらあまり飲みすぎるとトイレが近くなる、と注意している。
真田「……あのガキ、何者だ相川」
相川「知らん、六条の妹じゃないのか?」
真田「俺に聞くな」
西条「んで、俺はどうしたらいいんですかね」
真田「ちっ、年上に対する口の利き方を覚えさせたほうがいいんじゃないか、相川」
相川「こんなところでもめてる場合か二人とも」
真田「……初球、全力で振れ」
西条「あ?それでいいんか?」
真田「当たらなきゃお前の負け、だ。くく…」
西条「無責任なアドバイザーやな…」
相川「お、おいおい真田、それだけなのか?」
真田「…二死満塁ってのを、良く考えろ。……自ずと見えてくる、あの投手がコントロールに自信を持っているっていうなら、な」
西条「???」
真田「後は自分で考えろよ、昔は有名だったんだろ?」
もう言うことは無い、と真田はつかつかとベンチに戻っていった。
西条「どういうことやねん…」
どうもこうもない、アドバイスがもう無いのなら西条は打席につくしかない。
ただ初球全力で振れ、と言っていたが…。
西条(ちっ、当てりゃいいんやろ!!)
ぎゅ、っとバットを握り締める。
女子ソフト部側にすれば助かったようなものだ、吉田よりも相手にしやすい。
柳牛にしてみれば落ち着く時間も与えてもらった、仕切り直しにはちょうどいい代打だ。
不破(…ライズ無しでも切り抜けれる)
さらに、西条はまだこの試合まだ一度も打席に立っていない。
それが大きい。
目が慣れていない状態では…普段野球の速度に慣れている人間が初見でソフトボールの球を打つのは並大抵のことではできない。
落ち着いていけば対処できる相手だ。
柳牛「……」
西条「……」
お互いに何かと、複雑な関係にある相手だった。
西条も柳牛も何か言いたそうにしていたが、そこから口を開くことができない。
…いや、今は勝負の投手と打者だ、何も考えることは無い、打つことだけ考えればいい。
―――初球!
柳牛は………ストレート!!
西条「うおあああああああああああ!!!!」
不破「!?」
柳牛「え!」
西条はアドバイスどおりに、バットが飛んでいきそうなほどのフルスイング!!
…が、当然当たるはずもなく。
バシィッ!!
『ス、ストライクワンッ!!』
柳牛と不破は軽く息をついた。
また、偶然が起こっては大変だ。
相川「お、おい、そうだ、西条はまだ柳牛の球に慣れてないじゃないか…ソフトの球を初見で打つのは…」
真田「だから初球フルスイングさせた」
相川「え?」
真田「あれだけ思い切り振っていればボールを良く見る余裕なんてないだろ」
相川「し、しかし…」
真田「あのフルスイングは、あることをあの投手に思い出させる」
相川「あること?」
真田「大場のホームランだ」
そう。
大げさなほどのフルスイングで印象を与えた試合序盤にあった大場の先制の一発である。
序盤とは言えどさすがにあんな凄まじいホームランだったので、いまだこの場にいる誰もが覚えている。
真田「……バッテリーの脳裏にもそれが残っているはずだ」
相川「だ、だから?」
真田「必要以上に冷静になる」
相川「…うーむ…相手に極限まで重圧をかけ続けるってことか?」
真田「それもある。…が、ここで御神楽と野多摩への四球が生きてくる」
相川「二死満塁………おいおい、そんなに『上手いこといく』のか?」
くく、っと真田は笑った。
真田「さぁな、後は神のみぞ知る。…が、俺たちはツイてるんだ、いけるだろ」
1球目のフルスイングの後は自分で考えろだと。
西条(どうすりゃいいってんだ)
やっぱり当たらなかった、後は自分の力でなんとかしろってことか…。
ライズボールは投げてこないにせよ、球が速すぎてついていかないってのは皆言ってた意見だ。
今のフルスイングではその球筋すらも良くは確認できなかったが。
西条(くそっ)
手詰まりだ、もともとあまり考えるのは得意じゃないんだぞ、と思わず悪態をついてしまった。
二死満塁であることを考えろ、と言っていたが…。
西条(今一番相手が怖いのはなんだ…?そりゃ一発だろうよ、ホームランで逆転なんて、それは避けたい)
次に避けたいのは…押し出し四球か?特に内野安打の後は四球四球で出したランナーだ、それは避けたい。
後、真田が言っていたのは……柳牛のコントロールがどうのこうのって…。
柳牛(…不破先輩)
不破(…狙いは、わかった)
不破と柳牛のバッテリーはこのフルスイングに別の解釈をしていた。
ライズが封じられた今、西条の狙いはおそらくは一発を狙ってのフルスイング…!
不破(だが、あの時のような失態はもうつかない)
際どいコースをつく、間違ってもホームランなど出ないコースで勝負する。
柳牛はコントロールが良い、押し出しは怖いが…大丈夫。
―――が。
不破の思いとは別に、柳牛の頭の中にはある思いがめぐっていた。
柳牛(フォアボールだけは避けないと…!)
それ。
ただその思い。
なまじコントロールが良いだけに、余計に四球を恐れてしまう…気をつければ防げるから。
だがその思いは…ひびが入った入れ物から湧き出た不安という液体は体を伝って腕へと流れる。
気づかないうちに柳牛の右腕はわずかながらも震えていた。
西条(…ん?なんか空気変わったか…?)
不破と柳牛の思いのすれ違い。
不破は二球目、三球目と際どいところを要求。
いくらコントロールがいいとはいえ、際どいコースで勝負すると言うことはそれだけボールになると言う可能性も増える。
『ボール!!』
カウント、1-2。
ボールカウントが増えていく度に少しづつその不安は大きくなる。
西条(………四球が嫌なら…)
真田「スリーボールになるより速くなんとか追い込みたい…ストライクがどうしても欲しい…」
相川「ストライクに投げられるだけのコントロールがある………おいおい、まさか」
第、四球!!
真田「走れ!県!!」
県「はいっ!!」
偶然か、はたまた意図どおりなのか。
不破が要求したチェンジアップは、柳牛の3ボールにしたくないという思い、そして県のホームスチールに動揺したのか…わずかに…いや、かなり甘く入ってきた。
西条はここで勝負とばかりに、スイングの動作に入る。
―――一番の幸運は、不破も3ボールを恐れてコントロールのつけやすいチェンジアップを選んだこと。
チェンジアップなら、西条も見える。
真田「…成った!」
キィィィィンッ!!!!!!!!
二人…いや、三人目がホームへ走っていくのを西条は確かに見ていた。
吉田は緒方の車でぶっ飛ばして病院へとたどり着いた。
途中何回信号無視をしたかわからない、とりあえず吉田は卒倒しそうになった。
どうにかこうにか病院へと辿りついたが…右足の時も降矢の時もそうだが、このところ良く病院に世話になっている気がする。
吉田よりも速く駆け出していく緒方の後をついていく、そんな胸で走るものだから揺れる揺れる。
それに目を奪われた医者の多いこと多いこと。
吉田(柚子っ!)
しかし、吉田の頭にはそんなことは一切入っていなかった。
受付から急いでレントゲン室へと走りよると、ちょうど移動式のベッドに一人の少女が寝かされていた、隣には親と見られる女性も見える。
「…あら、傑君!先生も」
緒方「あ、三澤さんのお母さんですか?」
「はい…」
吉田「おばちゃん!柚子は!!」
三澤「あれ…?傑ちゃん?なんで?!試合は…?」
吉田「え?…あ、いや、その…」
緒方「柚子ちゃんが心配でやっぱり様子見に来たのよ」
三澤「え…?」
くすくす、と隣にいた妙齢の女性が笑みをこぼす。
「大丈夫よ傑君、運良く打撲だけですんだわ、入院も必要ないって」
吉田「な…なんだ」
へなへな、と腰を抜かす。
なんだか普段の吉田傑とは違う様子に三澤は面食らってしまった。
三澤「…傑ちゃん……あ…そうだ!」
吉田「…あん?どうしたんだよ柚子」
三澤「私この病院に担ぎ込まれた時…廊下ですれ違ったの」
三澤「あれ…降矢くん…だったと、思う」