228女子ソフト部戦12兆候

















五回表、野球部1-4女子ソフト部。

二死、ランナー三塁、バッターは一番に戻って、ライト野多摩…!




来宮「さぁ、野球部二死ながらもチャンスを迎えています!!」

赤城「…この回から急に野球部の攻撃の型が変わった気がせんか?」

森田「そうか?確かに急にチャンスになったことはわかるがたまたまじゃないのか?」

赤城「せやな…そうかもしれへん、やけど、どうもやらしい気がするんや」

如月「やらしいのはあんたでしょ!べたべた触らないでくれる!」

赤城「ゴミがついとっただけやがなぁ〜…じゃのうて、原田君の粘りとか、県君のセーフティ、とか冬馬君のバントとか…」

森田「だから触るなと言ってるだろうが!!」

山田「それがどうしたっていうの?」

赤城「相川君があんな興奮した状態で、将星があんな足元からちくちく攻めてくるような攻撃ができるか?……相川君以外やったらこんなん考えるの一人しかおらへん」

森田「……あいつか」





ざわり、とグラウンド内の空気が変わっているのがわかる。

三点いれて安全圏内の点差、投手の怪我、それによるあからさまの野球部の不利。

流れは女子ソフトに傾いていきそうなものだ…が、どうもしれにしては嫌な空気が充満している。

先発の柳牛も先ほどまでになかった異様な違和感に肌をちくちくと刺され、むずがゆい思いをしていた。


柳牛(うーん……なんなんだろう…なんだか急に寒気が…)

海部(くっ…あの流れでおまけにこちらはスクエアシフトを組んでいるんだぞ!それがなんで二死三塁なんだ…)


追い詰めているはずなのに、気づけば追い詰められているような、ちらりと三塁の県を見やる。

そんな不気味な焦燥感に駆られて海部は額に冷や汗をかいていた。


『一番、レフト、野多摩君』


コールと共にふわりとした打者が打席に入ってくる。

この雰囲気にそぐわないぽけぽけとした空気を醸し出していたが、それが余計に不気味さを拡大させる。

野多摩にもまた、真田からのアドバイスが行き届いていた。

打席に立つ前に一度タイムをとり、野多摩をベンチに帰らせていたのだ。



相川「このチャンス…どういかすっていうんだ?」

真田「まぁお前は黙ってろよ、そんな熱くなった状態でまともなリードなんてできやしない」

相川「ぐ…」

野多摩「あのぉ…僕にあの柳牛さんの球を打てるのでしょうかぁ〜?」

真田「無理だな」


ガクーン、と音を立てて何名かが崩れ落ちた。

何もそんなにはっきり言わなくても、と原田と大場が真田を見やる。

だが当の本人はさほどショックも受けてないのかポカーンとしていた。


緒方「き、決め付けるのはよくないんじゃないの?真田君」

真田「無理だ。あの球筋、変化球。まともにヒットを打てる人材は今のメンバーじゃ限られてくる…」

原田「そ、それは誰なんスか?」

真田「まずはあの御神楽とかいう奴…なんとかして奴に回す」


ぎらり、と尖った視線がネクストバッターズサークルに座る帝王を捉えた。

将星は各分野で優劣がはっきりと分かれている、降矢がいない今打撃力の低下は否めないがそれでも御神楽、吉田の二名はなんとかまだ物になるレベルだ、と真田は言い切った。


真田「あの気の弱いおかっぱのお坊ちゃんが内野安打で…しかも盗塁まで決めてくれるのはちょっと予想外だったがな」


だがそれは、幸運であった。

本来左打席であるということ、そして俊足で相手の守備を揺さぶるところまでは考えていたが、まさかここまでの好機に繋がるとは思ってもいなかった。

だが予想以上に大きな一撃になった。

証拠は今このグラウンド…いや、相手のソフト部側にうずまく嫌な空気だ。

逃げ切ろうとスタートダッシュを切ったところが、躓いて転んでしまったようなもの。


真田「追い込まれるまでは振らなくていい」

大場「し、四球狙いってこととですか?」

原田「で、でもッスよ」


そう、この回の先頭打者の原田にも実は同じ事を言っていたのだ。

打とうとしなくてもいい…ただ、粘って粘って相手が根負けするのを待て、と。

だが結果、根負けしたのは原田、なんでもない内野ゴロに終わった。


原田「あのピッチャーよっぽどコントロールに自信を持ってるッスよ、甘い球がまったく来なかったッスから…」

真田「なんだお前、甘い球なんて待っていたのか」

原田「え?…は、はいッス」

真田「だから内野ゴロになったんだよ」

原田「え!?」

大場「どういうこととですか!?」

真田「人間欲を出せば死ぬ。古今東西そういうもんだ。ちょっとでも打とうとした瞬間その意識はバットににじみ出る」


結果論ではあったが、妙な説得力が真田の言葉にはあった。


真田「そんなことは考えなくていいんだ、真正面からぶつかった所で、まだお前らが打てるところまで届いていない」

相川「届いて、いない?」

真田「簡単な話さ。ハードルが高すぎて飛べないなら下げればいい…その高さを飛ぶために『頑張った』ところで、無駄な苦労さ。人間できないことの方が多いんだ」

野多摩「え、ええとぉ」

真田「何もしなくてもいい、見逃し三振になってもいい、ただ粘って来い」

野多摩「見逃し三振になってもいいんですかぁ?」

相川「お、おいおいこのチャンスをみすみす見逃すのか!」

真田「目先の展開に捉われるなよ、相川。…一点取れればそれに越した事はないがな」

相川「しかし…」

真田「男でも女でもあの手のタイプの揺さぶり方は同じ、だと思うぜ俺は。お前には見えないか」

相川「な、何をだよ…」


真田はトーンの低い押し殺したような笑い声をあげたあと、内野の中心にいる少女を見やった。

横からでも、獲物を狙う狩人のような鋭い瞳ははっきりとわかった。


真田「鉄壁のコントロールの隙間からちらちら見える『不安』だよ」




『プレイ!』

果たして、その真田の言ったとおり、野多摩は追い込まれるまで手を出さないという指示を忠実に迷った。

その野多摩だが、意外と言われたことはきっちりと守るタイプのようだった。

チャンスであるというのに手を出さないという事実にもさほど疑問を持つことなく、余裕でボールを見送っていく。

不破(…?)

初球の高めのつり球はボール。

そして二球目高めのライズもボール、三球目のチェンジアップはストライク…。


バシィッ!!

『ボール!!』

そして、カウント1-2からの明らかにボールとわかる四球目…これも野多摩はぼけっとしながら見送り…もともと打つ気はないのだから、釣り球に手を出すはずも無い。

逆にバッテリーとしては不安この上ない。

三点差ビハインドというこのシチュエーションで、一点をなんとしても返したいはずの野球部。

そして三塁にバッターがいるのに、何故打ち気にならないのか。

疑問…というか、先ほどから急に変わり始めた野球部の攻撃に不穏を感じ始めていた。


不破(どういうこと?打ってこない?)

柳牛(何か…嫌な予感がします…)


不破は思わずバッターボックスの少年を見上げた。

何の変哲も無い…いや迫力や威圧感とは程遠いところにいるとしか思えないぽやぽやとした野多摩に何か別の意味で不安を覚えていた。

人間が恐怖を覚えるものは…痛さや寒さなど自分のどうしようもない死という終わりに関すること。

そして、もう一つは自分の意識を超えた意味のわからないものが圧倒的に自らに迫ってくることである。


野多摩「?」

不破(…う)


あまりにもじっと見つめすぎてていたせいか、野多摩がハテナーマークをつけながら視線の方向を振り返った。

男性というよりもむしろ、女性的な可愛さが勝っているような中性的な顔立ちを持つ野多摩に視線の中をのぞかれると何か不思議な気持ちになってしまう。

キャッチャーの不破もなんだか妙な気分に襲われてすぐさま首を振った。


不破(何を考えている)


確実に真正面からではなく横から背後から…というよりも、柳牛投げるボールよりも柳牛という投手そのものを攻略しにかかってきているような気がする。

やぐらの上にいる相手と直接戦うのではなく…やぐらそのものを壊してしまおうとする、そんな思惑。

しかし、打つ気が無いのならまともに勝負するしかない。

不破はシンプルに高めに伸びるストレートを要求した。



不破(あまり考えなくていい、自分の力を信じて)

柳牛「は、はい!」


ええい、と控えめながらも自らに喝をいれんばかりの大声を上げて右腕を振るう。

要求どおり、コントロール抜群に高めの際どい所にボールが来る。

バシィッ!!

『ストライク、ツー!!』

だが、やはりまだ野多摩は動かない。

事情を知っていれば追い込まれるまで振るな、という指示を受けているので当然に見える。

が、事情を知らない立場から見ればやはり不気味なことこの上ない。

先ほどまで考えなしでぶんぶん振ってたバッターが急に慎重になるとは思えない、不破の頭が搾り出した答えはチャンスで臆したか…?だった。

だがしかし、ここからだ。


海部「気にするな柳牛っ!」

関都「そうだそうだ、びびってるだけだっ!」

柳牛「は、はい!」


ふるん、ユニフォームのボタンがはじけんばかりのと大きな胸を揺らして頷く柳牛。

だがやはりその表情からは疑問が感じ取れる、確かに絶妙な采配で虚をつかれるような相手とも戦ってきたことはあったが、こんな不気味に感じることはなかった。

そう、感じることはなかったのだ。




柳牛はもともと投手志望ではなかったが、その送球の丁寧さに投手としての才能を見出され雨宮に起用された。

そのセンスはやはり間違っていなく、ぐんぐんと柳牛はコントロールをあげていった。

コントロールというのは大事なもので、いくら160kmを越えるストレートを持っていようともストライクに球が入らなければ意味が無い。

逆に110kmだろうが、コーナーを丁寧につかれた方が打者としては厄介だ。

そのコントロールの良さを変われて柳牛は実践で結果を出し、めきめきと頭角を現していく。

…が、その『結果を出していけた』のがまずかった。

性格上、手痛い目を見る前に完全に自分の欠点を直す彼女なので、なかなか失敗らしい失敗はしなかった、決して慢心するような人間ではないのだが、打たれなれていないので精神的にタフではないのだ。

そのことは雨宮も良くわかっていたが、それを差し引いても柳牛の投球技術はチーム内で抜群だった為に使わざるを得ない。

そして運が良かったのか悪かったのか、そんな柳牛に対して柳牛自身を突いてくるような攻めをしてくる相手がいても、その守備力の高さに助けられ大失態を許すことはなかったのだ。




雨宮「…」


だが、この野球部が今やっていることは目的は一緒でも方法がまるで違う。

…柳牛の精神をまったく別角度から攻めてきてる…。

雨宮(やはり、あの男か)

簡易ベンチに腰を下ろし、腕を組みながら戦況を睨んでいる。

そう、真田。


雨宮(…猪に余計なことを吹き込んだつもりか…小ざかしい)


おそらくマウンド上の柳牛は戸惑っているはずだ…だが、雨宮としては柳牛に手痛い目似合って欲しくなかった。

精神的なショックは練習中、もしくはまた別な形で受けさせるべきだ。

こんな大観衆が見つめ、先輩たちが守っている状況で失態を晒してしまったらあの『ど』がつくほど真面目で、ナイーブな心を持つ柳牛は…。


雨宮(つぶれかねない…)



カウント2-3。

ついにフルカウント…動かざるを得ない野多摩。


真田「…」

野多摩(粘る…うーん…)


打撃練習は良くやったが、粘るためにカットの練習なんてしたことはなかった。

バットを短く持ってとにかく当てて行くという姿勢でいいとは思うが、野多摩自身は少しびびっていた、ここで簡単にアウトになってしまったら…。

追い込まれて急に現状に気づき始める事が鈍いというかなんというかではあるが…。


不破(…勝負)


たとえギリギリな状況でもしっかりと投げられるだけの『技術』を柳牛は持っている。

心を鍛えるのには時間がかかる…柳牛は自分の臆病さを知りながらも、努力の『技術』でその心を完全に覆ったのだ。

その努力は球を受けてきた不破が一番知っている、例え本人がどれだけ不安だろうとも練習は人を裏切らない。

―――第、六球!



ボールは、内角をえぐるストレート!

野多摩(…!!)





キィンッ!!

『ファール!!』

多少振り遅れながらもなんとかバットはボールに当たってくれた。

ふう、と大きく息をつく野多摩。


雨宮(…ただファールで粘るだけ…か…?)


なら問題ない、柳牛はそこらの打者に根負けするような投手ではない。

…しかし。


ギィンッ!!

『ファール!!』

カキッ!!

『ファ、ファール!!』


この野多摩が、根気良く粘る。

驚いたことにライズボールやチェンジアップと投げ分けられても、なんとかついていくのだ。


相川「…話したことがあったか?」

真田「何がだ?」

相川「―――野多摩の反射神経の良さ」

真田「…さぁな」


以前、将星が…陸王学園と戦ったとき、野多摩はその反射神経の良さを発揮して将星の勝利に大きく貢献したことがある。

守備では打球に対する反応の良さをみせ…打撃でも九流々の無限軌道を打ち破る契機となった。

その反応の良さ…が出ているのかどうかは知らないが、野多摩はこの場面においてなんとか柳牛に食らいついていた。


真田「…あまり考えないってのは、いい。考えに振り回されないからだ」


野多摩が普段何を考えてるのかは、良くわからないが少なくとも相川よりは考えていないだろう。

先ほどもこの状況において追い込まれるまで手を出すな、という真田の指示に対してさしたる疑問も持たず頷いて打席へと向かっていった。

そして…二球目のボールになったライズ。

実はど真ん中から高目へとそれていくボールだったのだが、少しでも打つ気があれば手を出してもおかしくない球だった…だが野多摩はそれを難なく見送ったのだ。


相川「それは俺に対する嫌味か」

真田「勘違いするなよ、別に考えないのが悪いってことじゃない。――特にこのチームじゃお前が思考を放棄したら、ただ突っ込むだけの猪になっちまうだろ」


くっく、と笑う。

相川は文句の矛先を削がれた、と鼻息をならした。


真田「お前の相方の馬鹿にも同様のことが言える。変に考えるから打てない時もある。…当然考えないと打てない時もあるがな」

相川「…ああ」

真田「どうした?」

相川「その相方だがな…どうもさっきから、な」


相川の目線の先には、地面を見つめてうつむいている吉田の姿があった。


キィンッ!!

『ファール!』


柳牛(う…!)

不破(さっきまでと同じ選手とは思えない)


ただ考えないのなら、誰かが変わりに考えてやればいい。

とにかく野多摩は難しいことを考えず、アウトにならないように徹しろと真田は言った。

アウトになってもかまわないが、できるだけ粘れ、と。


野多摩(ふぅ………)


確かについてこられている…が、海部はそれほどの脅威を持たなくなってきた。

何故?かと問われれば…先ほどからのファールの球筋だ。


海部(おそらくそんなに力はないのだろう…)


女と見間違えんばかりの細腕、おまけにあれだけバットを短く持っている。

柳牛のしっかりとした投球なら、内野ゴロが関の山だ。

キィンッ!!

またもや金属音、すでにファールは五つ目だ。



不破(…なら)


―――不破、ここに来て攻め方を変える。

真っ向から勝負して粘られるなら、虚をつく。


柳牛(…はい!)


頷き、投球モーションに入る。

ウィンドミルから………右腕を、力強く振るっ!!!

柳牛「ぅ、ええいっ!」















――ふわり。


海部「…!」

相川「う!!」

県「スローボール!!」


気の抜けるような遅い球…しかも今までよりも更に遅い。

ほぼ弧を描くような軌道でキャッチャーに向かってくる。


相川(まずい!!)


野多摩の反射神経を逆手に取られたか…!

すでに野多摩の動作は開始してしまっていた…そう、反応が良すぎた為にスローボールの遅さに体がついていかないのである。


野多摩「…!」












―――だがっ!!!




パスっ。

野多摩は寸前のところで倒れこむようにバットを止めた。

あのまま打っても内野ゴロになる、と判断したからだ…!

しかし、これがストライクなら…!



『ボール!!!フォアボール!!』

『おおおお!!!』



六条「や、やった!」

原田「フォアボール…粘り勝ったッスよ!!!」


ランナーが二人…さらにチャンスが拡大したとなり、この固唾を飲むような真剣勝負の決着にギャラリー達はさらに盛り上がる。

だが、そんなことよりも重要なことがある。

―――根競べで勝った、ということ。

真田には、確かに柳牛の胸の奥…硬い壁で守られた心…その壁が一部はらり、と老朽化したペンキのように剥がれ落ちたことを確かに感じた。


『二番、ショート、御神楽君』


再び、御神楽を一度ベンチに呼び戻す。


御神楽「む…僕にも何かあるのか?」

真田「二撃…」

御神楽「む?」

真田「お前ならおそらくあの柳牛の球を弾き返せるだろう。…もっとも、ライズ以外、だが」


うむ、と多少困惑しながらも御神楽は頷いた、言いにくいことをはっきりと言ってくれる。

御神楽は低めの球を打つのは得意だが、高めはそうでもない、という癖があった。

だから真ん中から高めに伸びてくるライズボールは打ちにくいことこの上ないのである。


御神楽「ライズは、捨てるのであるか?」

真田「いや………ライズを狙え」

御神楽「は?お前が今ライズは打てぬと…」

真田「ただ打つのはライズじゃない」

御神楽「…む?どういうことだ」

真田「まぁ、打てるかどうかは、わからんがな。…狙いはライズ、だが勝負は別…の所にある」

御神楽「う、打てるかどうかわからないだと?一体なんだというのだ!」

真田「あのライズはおそらく…『地雷』…」



真田が御神楽にアドバイスをしている間、一度女子ソフト部はマウンドに集合していた。


海部「こんな時にタイムをかけてすまないと思うが…」

不破「いい、私も必要と感じた」

柳牛「す、すみません」

雪澤「なになに、気にしなくてもいいよん。まだ逆転されてないしぃ」

近松「でも…どうもヤな感じだな、なんかこう喉の奥につまってるっていうか、たちが悪い嫌がらせを受けてるみたいで…」

雪澤「同感さね、あんまりいい気分じゃないのは確か」

関都「やるなら堂々とやれってんだ、ったく男のくせにちまちまねちっこい事しやがって!」

海部「まぁ、そんなに焦る必要も無い、ただでさえ三点リードしてるんだ。それに二死…おまけに私たちのスクエアシフト、そんなに簡単には抜かれない」


一同がうん、と頷く。

それだけ女子ソフト部はこの鉄壁の内野陣に自信を持っていた。


海部「頼んだぞ柳牛」

柳牛「はいっ」


この中の何人が気づいただろうか。

わずかに柳牛の声が震え始めていたことに。


『プレイッ!!』



御神楽(どういうことなのだ一体…)


真田が言った言葉の意味はいまだに御神楽は図りかねていた。

なんせ追い込まれるまで『ライズ』以外は見逃せ、と言う。

おまけにライズが来たらわざと全力で空振りしろ、と言う、自分で自分の首を絞めてどうするのだ。

追い込まれれば『ライズで勝負してください』と言ってるようなものだ。


不破(落ち着いて丁寧に投げればいい)


柳牛、第一球はライズボール。

不破も先ほどの御神楽の打席でライズボールが有効と見えたのか、初球から来た。

ど真ん中のストレートに見えるが、そこからはるか高みへと上昇。


御神楽(…やればいいのだろうっ!!)


あれだけ自信満々に言い放つのであれば、何かあるのだろう。

御神楽は指示通りに見苦しいほどの大振りで、バットに空を切らせた。

『ストライク、ワンッ!!』

ああ、とギャラリー達からため息が漏れる。

素人目に見ても、御神楽にライズが打てそうに無いようなスイングだったからだ。

続く二球目こそ一度ボールではずしてくるが…。



柳牛「ええいっ!」

御神楽(またもやライズ…!)


まるで意思があるかのように天へと昇り行くボール。

グググ……!!

御神楽(ぐ…見逃せば…ええいっ!!)

御神楽はまたもや全力スイングで…空振りをするっ!

ブンッ!!バシィッ!!

『ストライク、ツー!』



来宮「あっという間に追い込まれました!御神楽選手、柳牛投手のライズボールに手も足も出ません!」

赤城「手も足も出ぇへん……ほんまにそうやろか?」

山田「…え?どういうことよ赤城君、あんなにバットとボールが離れてるんじゃ、どう考えても打てるわけないじゃない」

森田「いや、俺もなんか違和感を感じるぜ…」

山田「え?」

来宮「違和感…ですか?」

赤城「わいの知ってる御神楽君はな、あんな不恰好なスイングするようなバッターやないんや」



海部(…どういうことだ?)

ライズを狙いに来てるのか?わざわざ自分の苦手な球を…?

いや、それにしても明らかな空振りだ…どう考えてもわざとライズを空振りしてるとしか思えない。

海部(一体…?)


果たして。

御神楽(…嘘だったら、一発ぶん殴らせてもらうぞ真田っ!)

ベンチの真田に一瞥…もとい睨んでから再び目線を柳牛に戻す。


不破(…)

不破としては単純だ、シンプルにライズで攻めれば…終わる。

そうだ、物事なんてそんなものだ。

現実なんてえてしてあっけないのだ、盛り上げるだけ盛り上げておいてあっさり終わる、なんてこと別に珍しいわけではない。

当たり前に勝つ、当たり前に勝てばいいのだ。

柳牛も不破も、ライズで勝負…その一致で決まる。




カウント2-1…御神楽に対して、勝負球の…ライズ!!!














バシィッ!!

『………ボール!!』


御神楽「…!」

『おおおおお〜…!』

ギャラリーからもざわめきが漏れる、ボールの判定。

なんとかかんとかライズに手を出さなかった…手が出なかった。


御神楽(…おいおい)



真田はまたもや声を押し殺したように笑った。


真田「くくっ」

相川「ど、どうしたんだ一体」

大場「ただライズがボールに外れただけじゃないとですか」

真田「勘、だったんだがな。当たるとはな」

相川「どういうことだ…?」

真田「意外とな、低めに決まって無いんだよ、ライズボール」

相川「あ…?低めに決まってない?」

真田「それが癖かどうか知らないがな……もったいない、って思ってたんだよ俺は。でもついついど真ん中のストレートに見えるから手をだしてしまう…」

緒方「???ど、どういうことなのかしら?」

ナナコ「………あがるボール…全部、高いの」

真田「ふん、そのガキを見習ったらどうだ」

原田「えええ?」

六条「ナ、ナナコちゃん、どういうこと!?」


しかしナナコはぶんぶんと首をふるだけで、その先は言わない。

どうやらそこまでしかわかってはいなかったが…。


真田「上に行くボールが高めにしか決まらない…しかもその変化は結構たいしたもんだ。…なら、どうなる?」

相川「―――お、おいおい」

真田「まぁ、そういうことだ」




なんと、御神楽はこの後もなんとか粘りきり、四球で出塁。

二死ながらも…満塁!






五回表、野球部1-4女子ソフト部。

二死、ランナー満塁、三番、吉田……!



だが―――!

吉田「……」





top next

inserted by FC2 system