228一軍戦25meeting point





















なんと頼りない。

堂島の苛々は募るばかりであった。

これだけの点数をつけておきながら、全く勝っている気がしない。

それどころか………。

嫌な言葉を思い出した。







???「…貴方らしいといえば貴方らしい決断ね」

堂島「そう思うか?」

???「今すぐに結果を出したい、今すぐに力が欲しい。弱い人間が食いつきそうなもの」

堂島「…」

???「でも、弱い人間が強くなることはありえないのよ」

堂島「…なんだと」

???「人は、生まれた瞬間に優劣が決まっているの。勝てる人は勝てる、負ける人は負ける。わかる?だからね……だから、いらないものは、捨てていくの。最終的に強い人だけが残ればいい」

堂島「それは俺もわかっている」

???「貴方も、私から見れば『弱い』わ。『強くなれると思っている』もの」

堂島「………」

???「覚えておいて欲しいのは…人は変われないという事、それと………『+』だけの存在は、この世の中にありえないということ」









―――代償。

堂島自身もそれは重々承知している。

足りないものを埋めれば、後々どこかで帳尻あわせしなければならない。

――――副作用?

秋沢、神緒のエラー、まさか…Dは欠陥品だというのか。

まさか…。

あの女…。



牧「…堂島様、打席ですよ」


はっ、と気づいて目線をあげる。

そうだ、この回のバッターは自分からであった。

マウンドの上には藤堂、こちらを見ることも無く淡々と投球練習に勤しんでいた。

なめられているのか、自分がDを使ってないからといって。

認めたくない事実だ、仮にも堂島は桐生院の主将である…しかし、藤堂と三上の神経が堂島の後ろの秋沢に向いているのは明らかだった。



藤堂(ワンナウトを取ってからが勝負…)



ようやく打席に入った堂島を見下ろしながら、ロージンバッグを投げ捨てる。

早く一死を取って、次の秋沢をどうするか考えなければならない。

ちらり、とサードの方を見る。

そして再び目線を元に戻す。


堂島「…」

藤堂「送りバントしかしない四番に用はない、三球で片付けさせてもらう」

堂島「なにぃ…」


堂島の浅黒い額にびきり、と怒りの筋が入る。

顔には幾重にもしわが刻まれている。


堂島「ふざけるなよ、藤堂っ!!」

藤堂「ふざけてなんかいないさ。お前は九番で十分だろ」


腰を十分にひねり、相手に背中を見せる。

そこから巻き込むようにしてミットに放り込むッ!!!


バシィイッ!!

『ストライク、ワンッ!!』


速い。

望月よりも、あるいは…。


藤堂「悔しかったら打ってみろよ」

堂島「ぐ…」

藤堂「望月さえ下ろせば終わりだと思ってたんだろ」











藤堂「甘く見るなよ」



バシィイイイッ!!!

『ストライク、ツー!!!』


堂島のバットはストレートよりも大分遅れてその場所を振っていた。

スピードについていかない。

こんなはずではなかったはずだ、何故望月以外の奴に…。


堂島「ならば…どうして投手として活躍しようとしないのだ藤堂!!」

藤堂「言っただろうが。適材適所って奴だ」

堂島「なにぃ…」


再びサード…望月の方をちらりと見た。


藤堂「勝てない勝負は、しない主義なんでね」

堂島「…俺には、勝てるということか藤堂ぉおおおっ!!」

藤堂「わかりきってることだろ?」




バシィイインッ!!!

『ストライク!バッターアウトォッ!!!』


何故だっ!!

何故、この俺がこんな奴に見下されなければならない!

直球三つの、完全な三振。

一軍の中で、お前が一番たいしたことないんだ、とそう言っていた。

三振した後、マウンド上の藤堂は蔑むように、口の端をつりあげた。

屈辱だ。


堂島「ぐあああっ!!!」


ヘルメットを地面にたたきつける!

ギャラリーを含めて、その場の人間全員が静かになった。


堂島「ふざけるなよ藤堂っ!!俺は勝っている、勝っているんだ!!貴様に見下される理由なんて、万に一つないのだ!!そんな目で俺を見るなぁああっ!!!」

藤堂「見苦しいぜ。アウトになったバッターは下がるもんだ」

堂島「なにぃいっ!!」

藤堂「迷惑なんだよ、その被害妄想が。びびってるなら控えと交代しろよ」




何故この俺が交代しなければならないっ!

堂島はヘルメットを一軍のベンチへ蹴飛ばした。

俺は、この場所にいなければならない存在なのだ、俺がいなければこのクズどもはクズのままで終わっていたはずなのだ!

俺が不必要だと…!

Dがないからか。

馬鹿が…この俺にはDなど必要ないからだっ!

今まで全て思い通りに事が運んでいた、何故だ…何故俺がこのような仕打ちを受けなければならない。

俺は救世主になるはずだった、弱い愚か者に力を与える神になれるはずだった、みんなが俺に跪き、俺をたたえるはずだった。

何故俺に逆らう。

嫌だろう?そんな実力主義、持って生まれた才能で全てを左右されるんだぞ、奴らあぐらをかいているうちに、必死に練習しても追いつけないんだぞ。

世の中そういう風になっているんだ、だからこそ……俺は。

気がつけば、一軍全員が堂島の方を見つめていた。


堂島「なんだ…」


俺を見るな。


堂島「そんな目で…」


俺を見るな。

俺は間違っちゃいない。

まだ勝っているんだぞ。


堂島「貴様らが不甲斐ないからこんなことになっているんだぞっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


グラウンドの端まで届くような叫び声だった。

それでも一軍の選手は堂島の目を見ていた。

思惑が食い違っている。

堂島の目には一軍全員が自分を責めているように、自分を蔑むように見ている、堂島の被害妄想である。

自分で自分がDの実力を持っていないために一人一軍の中で浮いていることを自覚しているがために、疑心暗鬼に陥ってしまっている。

実際は、一軍の全員が堂島に何か声をかけようとして、立場上声をかけられなかったことにある。

二軍ならば、気安くドンマイ、とか気にするな、とか言えただろうが。






藤堂は唾を吐き捨てた。

次だ。

今のはウォーミングアップにすぎない。

五番、サード秋沢…、枯山水。

三上をマウンドに呼び寄せた。


藤堂「…さて…どうするか」

三上「正念場ですね」

藤堂「流れが変わるなら、ここしかない、というところだ」


三上は鼻の頭の絆創膏をかいた。


藤堂「正直…牧なら打ち取れる自身はあった。一回限定だがな」

三上「秋沢先輩はない、ということですか?」

藤堂「牧は球速の変化に弱い、一年の頃多少面識があったから、それは頭の片隅に残っていた。だが…秋沢は万年二軍暮らしだ」

三上「…」

藤堂「俺よりお前の方がアイツのことを良く知っているんじゃないか?」

三上「…はい、と言っても特筆すべき点は…失礼ながらあまり…。元々特徴が無い選手だったので…」

藤堂「弱点がないのが長所、長所がないのが長所って奴か…」


Dの力でパワーアップしても、根本の部分が変わっていないというのは前回に述べた通りだ。

つまり、もともとの弱点は、他の能力に比べれば弱点としてわかりやすい形で残ってしまう、国分の打撃、烏丸の非力、牧の視力。


だが…秋沢の場合は元々『全てが足りていなかった』のだ。


藤堂「裏を返せば…『全てが足りないこと』は『ない』ということか」

三上「まるで言葉遊びですね…」

藤堂「おまけにそのバッティングとくれば南雲級だ、パワーもある。一発だけは避けたい」

三上「次の打者、綺桐、神緒とまともに勝負するよりはマシですね…歩かせますか?」



だが、言ったものの藤堂と三上はなるべくランナーを出したくは無かった。

後手に回るとはそういうことだ。

そして先ほどの痛い失点がまだ頭から離れていない。


藤堂「勝負はしたい、だが打たれたくは無い」

三上「……」

藤堂「勝負しなければ、俺はいけない気が、するがな」

三上「やはり、ですか?」



逃げれば、またもとの木阿弥だ。

勝てない勝負は、しない主義だ。

しかし時に人間は崖の前に立たなければいけない。


藤堂「どう、攻める?」


藤堂の腹は決まった。







バッターボックスの中。

秋沢はスパイクの紐を冷静に直していた。

あの堂島様をここまでコケにする、藤堂に怒りを感じている。

そしてその堂島にも、わずかながらに秋沢は疑問を感じていた。

堂島はあのような人だったか?

あんなに感情を表に出すような人ではなかったはずだ。

頂点に君臨する者としての威厳を備えた神々しき存在ではなかったか?

秋沢は首を振った。

先ほどのエラーの借りはここで返す。

自分自身で感じていた、望月のライオンハート並みの球が来ない限り打てない球は無い。




ようやく三上が長い相談を終えて自分の場所へと帰ってきた。

秋沢はメガネを指で直しながら、口を開いた。


秋沢「逃げる算段は終わったか」

三上「いえ、勝負します」


驚いたが、想定の範囲内だ。

やはり先ほどのエラーが頭に残っているんだろう。


秋沢「…だが、それが命取りだ」







大和「さて、藤堂君はどうするか」

宗「難しいな。藤堂は確かに優れたピッチャーではあるが、インパクトがない」

灰谷「インパクト?」

宗「決め球、って奴さ」

ストレートは速い、変化球もキレる、だが飛びぬけて三振を取れるほどの球が無いってことさ。

神野「ストレートじゃ、駄目なのか。さっきの堂島のように」

宗「秋沢相手にストレートで勝負しようと思ったら、今までの打席を見る限り…大和の白翼並の威力がなきゃ駄目だ」

神野「…確かに、藤堂のストレートは俺らでも打てる」

宗「変化球も豊富だが、これと言ってという程の奴が無い。逆に望月は基本的に足りてないところがあるんだが、フォークがまず普通の奴よりはキレて落ちる。だからそれで勝負できる」

だからこそ。

宗「どう勝負するか、だ。勝負すると決めるんならな」

大和「…僕なら」

宗「逃げる、か大和?」

大和「うん」

宗「…藤堂とお前じゃ性格が違いすぎる」

神野「大和はエラーが怖くないのか?もしかしてここで歩かせれば、また同じ結果が…みたいな」

大和「僕は、味方を信じている」


大和をのぞく三人は、思わず苦笑した。

確かに、藤堂とは性格が違うな、と。









三上(一球目は、カーブで)

三上と藤堂の結論は、とにかく逃げることだった。

後手に回りたくないがための逃げる投球術とはこれまた皮肉な結果だが、藤堂も自分の実力は自分で一番わかっている。

トルネードから、右打者の秋沢の外角へ逃げていくようなカーブ…。








キィインッ!!!!!!!!





藤堂「!?」

三上「なっ!?」


思わず同時に振りむいた、ボールだったはずなのに。

…が、ボールはファールゾーンのわずか外側を駆けていく。

『ファ、ファール!』


秋沢の舌打ちの音が、三上には脅威に感じられた。


妻夫木(野郎…ボール球を振ってきやがった…)

望月(…でも、逆に考えれば…)


ボール球を振ってくるほど焦っているということか。

三上は試しに内角高めのストレートを要求した。

藤堂…第二球っ!!!!





バシィインッ!!

『ボール!!』


三上(ボール球を振ってこない…?)

藤堂(違うな…コイツ、『手が届く範囲』なら『振ってきやがる』)


本格的に逃げる以外の退路を立たれた気がする。

さて、どうする、次は何を投げる。

秋沢の目は分厚いメガネが反射した西日で何も見えなかった。


気がつけば藤堂は顔に大量の汗をかいていた。

一度帽子を脱ぎ汗をぬぐう、雨で塗れた地面もわずかだが乾いている。

ずいぶんまぶしいと思ったら、いつの間にか太陽が完全に西に傾いていた、世界の半分がオレンジに染まりつつある。

空の半分が曇っている、後の半分が赤く焼けていた。

藤堂は思わず目を細めた。


秋沢「どうした、来いよ。堂島様にあの態度でこの俺には逃げる気か」


藤堂「いい加減気づいたらどうなんだ」


秋沢「何をだ」

藤堂「堂島なんかより、今のお前の方がよっぽど優れた選手だったてことをな」

秋沢「違うっ!!!!!!!それは違う!!今の俺がいるのは、堂島様がいてこそのことだっ!!堂島様を愚弄する言葉は許さないっ!!」












藤堂「可愛そうな奴だ」








キィンッ!!!!

『ファールボール!!』







大和「藤堂君…余裕がないのに、よくあそこまでの言葉が出るね」

宗「言葉だけはたいした野郎だ」

灰谷「状況は、変わってないように見えるがな…」

神野「ただ、カウントだけ見れば追い込んでるぜ」




しかし、藤堂はこの後ボール球を二球続け、フルカウント。

夕陽がグラウンドを照らす。


三上(…)

藤堂「…」

秋沢「…来い!!」


トルネード…ラストボール!!!!

振りかぶって、投げる!!!!!


藤堂「しいいいっ!!!!」




望月「!!」

布袋「!」

妻夫木「これは…」

大和「上手い!!」

宗「カーブかっ…しかもこのコースなら…」







三上(ストライクゾーンから、ボールへ抜けていく)


考えた末の一か八かの勝負。

しかし、藤堂のボールはこれ以上無いコースへ来た。


藤堂(針の穴を…通せたか!)



秋沢「甘いっ!!!!!!!!!」


手をめいいっぱい伸ばせば、バットはボールに…。































当たる!!




―――ッ!!!!

反響だけがその場に残る。

いやに夕陽がまぶしいことに気づいた、さっきのリプレイか。

だがしかし、藤堂は一度は踏みとどまった。

そしてその場に落ちたボールを投げようとして。



藤堂「――――っ!?」


右肩に激痛が走り、ボールは一塁を駆け抜ける秋沢を見つめながらその場に落ちた。









九回表、一軍9-8二軍。




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